賢者、平和を望み少女になる

銀狐

文字の大きさ
上 下
6 / 8

5

しおりを挟む
「旦那様、奥様、お嬢様。そろそろお着きになります」
「もう着くのか」
「早いわねぇ」

 真っすぐ向かって2時間のところを休憩込みで2時間半。
 長く感じるが、普段家族で出かけることがなかったため、3人は早く感じていた。

「ここが学園?」
「いや、ここは学園じゃないよ」

 着いた先は学園ではなかった。
 学園ではないものの、建物は大きく立派である。
 家が建ってから何十年も経っているはずなのに、屋根も壁も綺麗なまま。
 毎日毎日丁寧に手入れがされている。

「ここは先生のお家。合流してから行こうって連絡が来たから目的地を変えてもらったんだ」
「連絡?あの連絡魔法を?」
「そうだよ。特別に学生の頃に教えてもらったんだ。覚えればシルヴィにも出来ると思うよ」

 ダーヴィル時は側近が連絡をしていたため、こうした魔法が無かった。
 だから教えてもらえる時は、嬉しそうに聞いていた。

 家に入って案内される間、シルヴィはさっそく試してみた。
 ただ案内係が前を歩いてついて行くだけのため、歩きがてらでも大丈夫。
 今までの経験を活かし、感覚探りで話しかけてみた。

『アー、アー、エフティ聞こえたら返事を』
『――?―――!!』

 上手く聞き取ることは出来なかった。
 この魔法は片方が出来ても、もう片方が出来なければ会話は出来ない。
 エフティに声は届いても、返ってくる言葉がないのだ。

『聞こえたら“揺れる”のじゃ』

 その瞬間、象牙の木のネックレスが少しだけ揺れた。
 どうやら連絡魔法は成功していたようだ。
 シルヴィは満足したように、笑顔になっている。

「ん?どうかしたかい?」
「い、いや。なんでもない!」

 アドルフは笑顔になったシルヴィを見て笑っていた。
 面白いものでも見つけたのか、そんなことを考えていたようだ。
 廊下の周りにはいろいろなものが飾ってある。
 アドルフはそれを見て面白がっていると思っていたようだ。

「欲しくても、売ってもらえないからね?」
「分かっておる!ただ気が緩んだだけじゃ…」
「そうかい?」

 長い廊下を歩き続け、ようやく目的の部屋へとたどり着いた。
 そこまでの道のりは短いようで長く、自分の家も大きいが、それ以上に移動が大変だった。

「旦那様、お客様をお連れいたしました」
「「「失礼します」」」

 中には昨日家にやってきたミストともう一人、シルヴィと同じ年ぐらいの少女が座っていた。
 髪色はシルヴィと同じく金髪ブロンドヘアーだが、ボブぐらいでくせ毛が特徴的。

「随分と早かったね。連絡をしたときにはもう出ていたのかい?」
「そうですね。昨日あのようなことを言われたので、早めに来た方がいいと思いまして」
「早いのもいいが、早すぎると準備を急かすようにも見えるから気を付けといてほしいけどね」

 ミストの目線はアドルフからシルヴィへと変わる。

「うんうん。回復してそうだしよかったよ」
「無論じゃ。この程度、1日あれば回復するわい」
「“じゃ”?“わい”?」

 隣に座っている少女が疑問を声に出していた。
 ずっと口を閉ざしていたが、ようやく声を聞けたようだ。
 ずっとソワソワはしていたようだったが。

「口癖のようなものじゃ。お主は?」
「この子は孫娘のレディ。年はシルヴィちゃんと一緒で10歳だ」
「レディ・ルーツです。よろしくお願いします」

 育ちがいいのか、子供らしさが余りない挨拶だ。
 だが、言葉は大人っぽくても、言い方がやはりまだ幼い。
 言葉も言い方も年寄りっぽいシルヴィとはまた違った印象だ。

「レディはつい先日学園に合格した。そこで試験の案内をレディに頼もうと思う」
「私たちも一緒に行くのではないのですか?」
「原則、試験中は親でも近づくことはできません。それに合格した場合はすぐに書類を書いてもらう必要もありますので」
「昔はそんなことが無かったのに…」
「ちょっと事件がありましてね」

 子供が使ったように見せかけて親が魔法を使ったり、幻術を見せる魔法を使ったり、脅迫したりなどいろいろと問題はある。
 現在は試験監督と試験を受ける子供だけのようだ。

「む?まだ何か言いたいことがあるのか?」
「シルヴィ…ちゃん?」
「シルヴィでよい、レディよ」
「シルヴィ…。うん、シルヴィ!」

 レディは嬉しそうにほほ笑んだ。
 普段年上と接しているシルヴィは、同い年の子とはあまり話さない。
 そのせいか、シルヴィまで口元が緩んでいた。

「さて!面会も終わったことだし、早速学園へと行こうか。私たちは学園の中を周っているから、終わったら試験監督に言って案内してもらいなさい」
「分かった!」

 レディは素に戻ったようだ。
 初対面の時は印象をよくするために、挨拶だけは直されていた。
 レディは元々の子供らしい返事をした。

 その後はミストとレディも加わり、学園へと馬車で向かった。
 距離としては歩いてでもそこまでは遠くないのに、身分相応な移動をする。
 「学生気分を味わいたいから歩きたい」とアドルフが言ったものの、執事に止められていた。
 なんだかんだ、この中で一番子供心を忘れていないのはアドルフだったのかもしれない。

 馬車で移動と言っても、ミストとレディは別の馬車。
 これ以上シルヴィたちの馬車に人が入るとギュウギュウ詰めになってしまう。
 そうならないために、ミストはあらかじめ馬車を用意していた。

 馬車に乗って数分、馬車は止まった。

「これが…ダーヴィル学園…」

 学園と言われるだけだから大きいと予想していただろう。
 だけど、シルヴィの予想なんて小さな予想でしかなかった。

 第一に見える建物、それがとてつもなく大きい。
 何万人もの生徒がいるのかと思わせるほど大きく、一流の建築士がつくったのか、小さなデザインまでこだわっている。
 今まで住んでいた家がちっぽけな家だと思うほど、学園はとてつもなく大きい。

「びっくりしただろう?」
「うむ…。まさかここまで大きいとは…」
「実はこの建物、学園内にある校舎の“一つ”でしかないんだよ?」
「んなっ!?」
「……ぷっ。あっはっは!シルヴィもこうして驚くのは初めて見るかもしれないな」
「あなた、これを見たら誰でも驚きますよ…。まだこんなに大きな建物があるって…」

 驚いて当然だ。
 歴史に載ってもおかしくはない大きさに細部までこだわったデザイン。
 それがいくつもあるとなると、驚かない方が逆にすごいだろう。

「いや、確かに校舎はまだあるけど、これ並みに大きいのはないよ」
「「なんだ…」」
「ただ、1つだけこれ以上に大きな校舎ならあるよ」
「「あるの!?!?」」

 シルヴィとセレナはさらに驚く。
 ただでさえ目の前にある建物は大きいのに、さらに大きい建物があるという。
 驚きしかない、そんな学園だった。

 到着して降りてみると、2人は上を見上げていた。
 ほぼ真上を見ないと頂上が見えない。
 2人はその建物に見惚れていた。

「どうかな?段々と楽しみが増えてきただろう?」
「うむ。これはぜひとも入りたいのう」

 ここまで見せられては黙っていられない。
 来るまでは「入ることが出来たらいいかな」程度に思っていた。
 しかし今は何が何でも入りたい、そう思い始めていた。

 シルヴィは首に付けている象牙の木のネックレスをぎゅっと握りしめ、学園を見つめる。

「ここが今世のわしの…生きる世界かもしれんな…」

 そうつぶやいた。
 声が小さかったのか、周りには聞こえていないほど小さい。
 だけど、その決意は強かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

アイテムボックスだけで異世界生活

shinko
ファンタジー
いきなり異世界で目覚めた主人公、起きるとなぜか記憶が無い。 あるのはアイテムボックスだけ……。 なぜ、俺はここにいるのか。そして俺は誰なのか。 説明してくれる神も、女神もできてやしない。 よくあるファンタジーの世界の中で、 生きていくため、努力していく。 そしてついに気がつく主人公。 アイテムボックスってすごいんじゃね? お気楽に読めるハッピーファンタジーです。 よろしくお願いします。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...