賢者、平和を望み少女になる

銀狐

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「ダーヴィル・シュヴァルツ様、そろそろ――」
「うむ」

 ここは戦場。
 多々ある種族が手を組くこともあれば、同種族で戦うこともある。
 戦争が終われば新しい戦争がはじまり、終わったらまた始まる。
 途切れることが無い負の連鎖が続いていた。

「この前までわしに知らせをしてきた小僧はどうした?」
「昨日戦場に出てお亡くなりになりました。私は新しい側近です」
「またか…」

 今続いている戦争は、既に10ヵ月の月が経過している。
 それなのに、側近が変わるのはこれで6回目だ。
 出来ることなら側近は戦場に出ないようにしたいが、ダーヴィルはあくまでも国王に仕える兵の1人。
 そんな我儘が通じるわけがない。

「わしがもっと権力があればのう…」
「何を仰いますか。賢者様、いえダーヴィル様の権力は大きいと思います」
「そうかのう?」

 そう言ったものの、ダーヴィルへの命令はこうして側近を通して通達される。
 ダーヴィル自身、最後に国王の顔を見たのがいつなのか覚えていない。

 そう考えながらも、前線へと向かう。
 まだ戦場は戦闘中で、剣がぶつかり合う金属音に魔法の爆発音などが響いている。
 今からこの中へと足を運ぶと考えると、ダーヴィルはどっと疲れが出た。

 ダーヴィルが前線に着くと、仲間たちは攻撃を止め、守りの耐性に入る。

「賢者様が来たぞ!皆守りに入れ!!」

 ダーヴィルはすぐさま戦闘態勢に入る。
 戦闘はするが、ダーヴィル自身、戦いは好まない。
 ただ魔法という魅力なものがあったから研究していただけなのに、知りすぎてこうやって兵として戦わされている。
 賢者様なんて大層な名前はあるが、所詮国王のいいなりでしかなかったのだ。

極寒銀世界アイス・エイジ

 先ほどまで熱いと言ってもいいぐらいだった戦場だが、たった1つの魔法で凍える戦場へと変わる。
 何度か見たことがある兵はこれで終わりと分かり安堵の表情を、初めて見る兵は恐怖の顔をしていた。
 ダーヴィルは何度もこの光景を見ているが、恐怖の顔をされるのは何回見てもいい気はしない。

 何しろ、ダーヴィルは魔法をいいものとして広めたかった。
 こうして恐怖の対象とされるのは、本望ではない。
 平和のために覚えた魔法も、こうして人を殺めるものとして変わり果ててしまった。

「わしはもう、引退したほうがよいのかのう…」

 独り言を吐くダーヴィルの言葉に、周りの者たちは驚く。
 何よりも、新しく側近となった者が驚いている。

「何を仰いますか!ダーヴィル様が皆を導いてくれたおかげで、こうして勝利を勝ち取っているのですよ!!」

 確かに多くの戦いの貢献はダーヴィルだ。
 しかし、ダーヴィルはそんな戦績は望んでいない。
 欲しいとしても、研究者としての実績だ。

 側近の言葉を聞き、ダーヴィルは決意する。

「皆、先に拠点へと帰っておいてくれ。わしは少し行きたいところがある」
「では私も――」
「ひとりで行きたいんじゃ。年寄りのわがままだと思って聞いておくれ」
「…かしこまりました。拠点へと帰還いたします」

 側近は兵を率いて拠点へと足を運ぶ。
 凍える銀世界にはひとり、ダーヴィルだけになった。

 ダーヴィルはすぐさま歩き出す。
 向かう方向は拠点の方角ではなく、敵の方角でもない場所へと。

 道のりはとても長く、歩き始めて早1日が経とうとしていた。
 側近や仲間たちは、ダーヴィルの身に何が起きたのか不安になり、総出で探している。
 そんなことはお構いなしに、ダーヴィルはひたすらある方角へと歩き続けた。

 さらに数日が経つ。
 凍える世界から離れ、暖かい地域を越え、豪雨の地域を越え、火の雨が降り注ぐ戦争地域も越えた。
 腹が減れば食料を探し、喉が渇けば水を探す。
 そんな日々がなんと3年も続いた。

「そろそろ、わしにも見える頃かのう…」

 着いた先は、ダーヴィルが生まれた故郷『ゼノ』だった。
 ダーヴィルがまだ小さいころ、ある言い伝えを教えられていた。
 それは――

「――死期が近づくとき、大樹へ出向けば望む姿で生まれ変われる。もう何十年も昔の事なのに、このことだけは忘れられなかったのう…」

 ゼノはもう何十年も前にゴーストタウンとなっている。
 理由は戦争、ダーヴィルが最も激怒した戦争だ。

 当時は故郷を失った怒りで我を見失い、敵軍へ復讐するために1人残さず攻撃を続けた。
 その結果、優秀な兵として雇われてしまったのだ。

「怒りで我を見失い、挙句の果てにさらに人の命を奪う。これは悲劇の始まりでしかなかった」

 ダーヴィルは自分の家があったところへ向かい、道中で見つけた花を束にして置く。
 そして大樹の方へと向かった。

 大樹は戦争時に焼けてしまったが、種を見つけたダーヴィルはもう一度育って欲しいと願いを込め、大樹があった場所に植えていた。
 その大樹は今、昔と同じ大きさへと成長を遂げている。
 普通ならここまで成長はしないのだが、ダーヴィルは植えるときに魔法をかけていたのだ。

「たくさんの命を奪ったわしにはおこがましい願いだったが、ただ平和に生きたかった。戦いをやめたら死ぬ、死にたくないから人の命を奪う。わしはとうとう狂ってしまったのではないだろうか――ゴホッゴホッ!」

 口を手で塞ぎ、大きくせき込む。
 収まったと思い、手を見てみると、その手は赤く染まっていた。

 そう、ダーヴィルの命の灯は消えかけている。

「ふふっ。例え生まれ変わりが出来なくても、この大樹が心配だった。忙しくなってから足を運ぶことすら出来なかったからのう。無事でよかったよかった」

 ダーヴィル大樹を背に座り込む。
 咳は数を増し、段々と声を出すことすら困難になってきた。

 そんなダーヴィルに、一輪の花が落ちてきた。
 色は白く、見たこともない花だ。
 ダーヴィル自身花には詳しくないが、それはとても魅力的な花だった。

「大樹…からのお別れか…のう…。残りの…魔力を分け与えたいが…もう動くことすら難しい…」

 そんなダーヴィルの顔は笑顔だった。
 今まで人の命を奪ってきた自分を、違う形で「お疲れ様」と言われた気がしたからだ。

 ダーヴィルはそっと目を閉じ、願いを唱える。

「平和な世界を…見たい…」

 それがダーヴィルの最期の言葉だった。

 ダーヴィルだけしかいない場所。
 ゴーストタウンとなった今、誰も足を運ばない地域。

 そんな場所に、ひとつの足音が聞こえる。

「あなたが大樹わたしを植え、あなたが大樹わたしを育てた。母は争いに巻き込まれて亡くなり、あなたも争いの影響で亡くなる」

 そこには半分透けている精霊と言ってもいい女性が立っていた。
 鳥が集まり、リスも集まり、熊も集まる。
 みんながダーヴィルを見送るかのように。

「確かにあなたはたくさんの命を奪ってきました。ただ、そんなあなたがいなければ私たちは生まれてこれなかったのです」

 大樹があるから、木の実ができる。
 大樹があるから、周りには木が生え始める。
 大樹があるから、森が出来る。
 大樹があるから、動物たちが生活できる。

 たった1本の木だが、その1本の木がたくさんの命をつくり上げた。
 ここにいる動物たちも、ここで生きている植物たちも。

「あなたは知らなかったでしょうが、側近になった子は皆あなたに憧れていましたよ。だからこそ、自分を見てほしくて前に出ていたのです」

 今の側近も、ダーヴィルが死んだことは知らずに探し続けている。
 姿を消してから3年も経った今もなお。

「みんなから愛されるあなたに、みんなから贈りものを――」

 大樹が光りだし、女性も光りだす。
 周りの木々も光りだし始めた。

「あなたの願い『生まれ変わり』を――」
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