勇者の俺が解雇された件

銀狐

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「これで終わりだ!魔王!!」
「ぐっ――ぐわああああ!!!」

 俺たち人間の夢、魔王討伐が叶った瞬間だった。

 俺、勇者の風間秋久かざま あきひさは転生者だ。
 年は21、運悪くブラック企業に入ってしまい、そのまま衰弱死した。
 その後、俺は魔王を倒すためにこっちの世界に呼ばれ、神からもらったスキル『勇者』を使いここまで来れた。

 このスキルは俺専用、つまり勇者だけが使えるスキルだ。
 どっちかと言うと、このスキルが手に入ったから勇者になったんじゃないかな。

 まあそんなことがあり、俺はこっちで仲間と出会って魔王を倒す旅に出た。
 仲間は俺を含めて5人。
 戦士のドラーグ・ロナルド、ハンマー使いのダングリア・バーク。
 魔法使いのサミナ・ユルマークに、同じ魔法使いのアナスタシア・アーク・シュリンピアだ。

 実はアナスタシアは元お姫様だ。
 魔王に潰された王国の姫、悲劇の姫とも呼ばれている。
 魔王に復讐するために、俺たちと一緒に旅を出たんだ。

 アナスタシアもそうだが、みんなもそれぞれ理由があって魔王に挑んでいる。
 俺とは違い、それは悲しくて重い過去を持っている。

 そんな俺たちの願いは叶ったのだ。

「これで俺たちの戦いも…終わりか……」
「ああ、ドラーグ。俺たちはやったぞ……。ついにやったんだ!」
「うおおおおお!!!」

 みんな喜びで大声を上げていた。
 念願の魔王を討伐出来たんだ。

「この時を待ち望んで何年だろうか……」
「私はもう10年はとっくに超えているわ」
「これで…国の人達も報われます……!!」

 皆、思い思いに歓喜の声を出していた。
 そんなみんなの中、魔王を討伐した本人の俺は無言だった。

「どうした、アキヒサ?」
「嬉しくないのか?」
「嬉しい、嬉しいけど……」

 俺は今後のことを考えていた。

 アナスタシアもそうだが、俺は帰る場所がない。
 こっちに来てすぐに旅に出たのだから。
 そもそもこっちの世界に来たのは魔王を倒すため。
 目的は達成されてしまったのだ。

「みんなはこの後どうするんだ?」
「ハハッ、勇者様はもう次のことを考えているのか」
「そうじゃない。今後どうしようか迷っているんだ」

 これは単なる人生相談だ。
 少しでもアドバイスになる言葉が欲しい。

「そうだなあ、俺は残った悪魔どもを潰し周ろうかな。ダングリアはどうする?」
「俺か?俺もドラーグと同じように残党潰しをしようかな!」
「私も!」「私もよ!」

 ………。
 戦いが終わっても、また次の戦いがある。

「ほら!アキヒサが待っているぞ!」
「それならさっそく行こう!アキヒサはどこかに行きたいか?」
「ん?あー、そうだなあ……」

 俺たちは、いや俺はずっと戦い続けなければいけないようだ。
 それに、みんなには聞いていたのに俺の意見は聞かない。

 勇者ってこういう運命さだめなのか。

「とりあえず、まずはみんなで打ち上げをしたいかな」
「ならいい店を知っているぞ!」
「なに!?早く案内しろ、ダングリア!!」
「おいおい、焦るなって!」

 みんなはもう楽しそうに話している。
 まるでさっき倒したのが魔王だったのが嘘だったかのように。

 俺たちは魔王の住む城を出た先にある森を歩いていた。

「やっとこの森も安全になるのか」
「ずっと人間俺たちと魔王との間だったからな」

 ここは人間と魔王の間にある森。
 それだけあってよくここで戦闘があった、みたいだ。

 実のところ、俺はそのことについてよく知らない。
 俺たちは防衛線ここで戦うのではなく、最前線で乗り込めと言われたからな。

 森の中を歩いている、そんな時だった。
 赤子の鳴き声が聞こえたのだ。

「赤子の声だと?」
「こっちだ!」
「おい!まだ一人だと危ないぞ!」

 俺は赤ちゃんの声が聞こえた瞬間に動いていた。
 声がする方向へ全速力で向かう。
 そこには赤ちゃんが入っている籠と倒れている大人がいた。

 俺は赤ちゃんより先に親の方を確認した。

「…だめだ、もう亡くなっている」

 なんて悲しいことだ。
 子供の前で亡くなってしまっている。

「おぎゃー!おぎゃー!!」
「わかったわかった。ちょっと待ってろ」

 赤ん坊が入っているのは果物を入れるようなバスケットの中だった。
 上には布が被せてあり、苦しかったんだろう。

「ほーら、これで外が見え――」
「やーっと追いついた」
「行くのが早すぎるわよ」

 俺はその赤子を見て驚いた。
 そして固まっている俺を見ると、ドラーグが横から赤ちゃんを見た。

「ん?獣人の赤子ではないか」

 籠の中には羊の獣人の赤ちゃんが泣いていたのだ。
 どうやら女の子のようだ。
 俺は籠からそっと赤ちゃんを取り出し、両手で優しく抱きかかえた。

「…何をしているんだ、アキヒサ」
「何って…何を言っているんだ、ドラーグ?」
「おいおい……。そいつは獣人だぞ!!」
「気が狂ったのか!アキヒサ!!」

 ドラーグとダングリアは激怒した。
 後ろにいるサミナとアナスタシアは、怒りはしなかったものの、冷たい目で俺を見ていた。

「獣人は…獣人は俺たち人間を裏切ったんだぞ!!」

 獣人は昔、俺たち人間を裏切った。
 魔王が言葉巧みに獣人を騙し、獣人を使って俺たち人間を多く殺した。

 そして人間は獣人を憎むようになり、どんどんと獣人を潰していった。
 ピンチになった獣人達は、魔王に助けを求めたものの、助けが来ることはなかった。

 獣人は魔王にとって、捨て駒でしかなかったのだ。

「俺たちが憎んでいるのは分かっているだろう……?そいつはなあ、そいつは俺の家族を殺したんだぞ!!」

 ドラーグは旅に出る前は普通の父親だった。
 そして獣人の裏切りの被害者でもあった。

 ドラーグは妻と子供2人で裕福とは言えないが、幸せの生活をしていた。
 仕事は農家、それに牛を何匹か飼っていた。
 そして近くには獣人も住んでいた。

 そして、ある日を境に獣人は忽然と姿を消した。
 そう、魔王が獣人を騙した日だ。

 ドラーグも不思議に思ったが、ここでは急に引っ越す者が多かった。
 家族が病気になったり、お金が無くなり軍に入るなど。
 理由は人それぞれ、聞くことはまずなかった。

 そして悪夢がやってきた。

 ドラーグはちょうど、出稼ぎで人間の国に行っている間のことだ。
 獣人がドラーグの農場に入って食べ物を奪い、そして家族を殺した。

 ドラグノールが帰った時には家族の亡骸と牛の骨が数本。
 そして獣人のメモが残されていた。

「『飯は貰った。うるさかったからそいつらは潰しておいた。感謝しろよ?』と。俺がその場で泣き崩れ、どれだけ絶望したのか分かっているのか!!」
「……」

 何も言い返すことができない。
 人の心の痛みはその人にしか分からないから。
 ドラーグが恨みを持っていて、獣人を嫌う理由は十分にある。

「だけど、こいつはまだ何もしていない!それにまだ赤ん坊なんだぞ!」
「それが、どうしたというんだ?」
「ドラーグ……」

 ドラーグはもう、俺を見ていなかった。
 自分の過去、獣人への恨みしか見えていない。

 そして雨が降り始めた。
 少しでも俺たちを落ち着かせるように、熱を冷ますように。
 そしてドラーグは口を開いた。

「…そいつをどうする気なんだ?」
「育てる。そして獣人と、皆と助け合う世界にする」

 咄嗟に出た考えだが、本音でもある。
 戦いが二度と起きないようにしたい。

 俺は戦い続けるのが嫌なんだ。

「……分かった」

 ドラーグは俺に背中を向けた。
 そしてささやくようにつぶやいた。

「勇者は…死んだ……」
「「「「!?!?!?」」」」

 俺は耳を疑った。
 あれだけ一緒に戦ってきた友の言葉だとは思えなかった。
 いや、思いたくなかった。

「みんな、行こう。俺たちの勇者はもう死んでしまった」
「あ、ああ……」
「そうみたいね」
「悲しいですけど……」
「おい!みんなもか!!」

 耳の次は目を疑った。
 みんな、ドラーグについて行ったのだ。

「平和な世界にしたくないのか!そうすれば二度と悲しい出来事は繰り返されない!そして戦わなくても良くなるんだぞ!!」

 俺の声はみんなには届いてくれなかった。
 一度も後ろを振り向くことなく、みんなは行ってしまったのだ。

「おぎゃー!おぎゃー!!」
「ごめんよ、急に大声を上げてしまって」

 赤ちゃんの声で現実に戻された感じがするよ。
 俺は仲間に棄てられたみたいだ。
 あれだけ一緒に頑張ってきたのに……。

 たった一つの出来事でこうも簡単に崩れるのかよ。

「きゃっきゃっ」
「こらこら、叩くな…よ……」

 いつの間にか涙が流れていた。

 俺は、間違っていたのだろうか?
 俺はこの赤ん坊を殺さなければならなかったのだろうか?

 いや、それは違う!
 そんな考えはおかしい!俺は間違っていない!!

「俺は、俺は自分の考えを正しいと思ったんだ。曲げずにやり遂げる!!」

 俺の目標が決まった。
 俺はこの世界を平和にするために動く!!

「うー?」
「あはは、大丈夫。君は俺が守るよ」

 赤ん坊は可愛らしく声を出した。

「そうだ、これから一緒にいるなら君に名前が必要だね」
「だー!!」

 そう言うと、手でピースをした。

「ふむ、なるほど……。君の名前はピースだ!」
「うー?」
「ピースはな、こういう手のポーズでもあるし、俺のいた世界では『平和』っていう意味もあるんだ」
「だー!!」
「おっとっと」

 ピースは嬉しそうに動きだした。
 あまりにもよく動くもんで落ちそうになったが。

「これからよろしくな、ピース」
「あー!!」

 こうして、俺の新しい人生が始まった。
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