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42 肉は肉屋
しおりを挟むそれから聖女長イルファタはアンハルト宮殿に泊まることになった。
名目としては王妃ソフィーの治療のため。
エルホルザで病気療養していたというのが、いい言い訳になった。
フランツにとってはいい面の皮だろうが、こっちとしては知ったことじゃない。
どんな医者がソフィーを健康だと言おうと、聖女長イルファタに「いいえまだです」と言われては、それを否定することはできない。
できるのは皇帝と教皇ぐらいだろう。
とはいえこの二人だって、聖女長に戻ってくるようにと言うことはできるだろうが、わざわざ一国の王妃の健康状態を断じることはしないだろう。
なにより、聖女長が王妃の治療を申し出たのに王がそれを拒否するなんてことをしたら、それこそ王家とアンハルト侯爵家の溝が明確になることだろう。
王は第一王妃を邪魔に思っているなどと、公にできるわけもない。
だが、その心ははっきりとしている。
なぜなら、俺たちが戻ってから、フランツは一度もアンハルト宮殿に顔を出していない。
イルファタを歓迎する宴以外では顔を合わせてもいない。
まぁ、そんな話はいいんだ。
「いやぁ、やばいかも」
イーファが乾いた笑いを零している。
その手にあるのは、西部諸国に送った手紙の返事だ。
ここはアンハルト宮殿に用意された聖女長の部屋だ。
俺はそこで、神学の授業という体裁で居座っている。
ゼルは「じゃあ、俺の時間じゃないな」と自分の部屋にこもっている。
カシャはゼルに従わないといけないので、ここにはいない。
マナナはいつも通りに俺の側にいるが、すでに飽きて隣で寝ている。
そういえば、マナナと出会ったイーファの態度は面白かった。
見たことがない新獣人だし、それが魔晶卵から生まれたと聞いて、さらに顔が引き攣っていた。
神の教え的に新たな種の誕生が忌まわしいものだということはないけれど、そんなものを目にすることがあるとは思っていなかったのだろう。
それはともかく。
手紙の話だ。
「全部、偽物にすり替えられてるかもだって」
西部諸国に分割して預けていた剣が、全て偽物になっていたというのだ。
「それ、逆にすごいな」
預けていたのは王だけでなく、神殿や貴族などの有力者を含めた様々な人たちもいた。
それら全てが盗まれ、偽物にすり替えられていたというのだ。
城に潜入するというのは簡単なことではない。
国の中枢なのだ。
警備はどこよりも厳重だし、建物自体も潜入されないように考えられた作りになっている。
城の中を守っている者も、見知らぬ者を見かければ見て見ぬ振りをすることはない。
俺並みに気配を殺すことができるか、相当に計画を立てなければ不可能だ。
しかもそれを、複数の場所でこなす?
「どんな怪盗の仕業だよ」
「怪盗……怪盗ねぇ」
俺の言葉にイーファが考え込む。
「なんだよ?」
「そういえば、あんたと旅してた時に怪盗に会ったわよね?」
「あん?」
怪盗?
ああ、そういえばいたな。
「ええと、名前は……」
なんだったっけ?
あんまり覚えていないな。
「なんか、長くて鬱陶しい感じの名前だったような?」
「それ、別の奴じゃない?」
「あれ? じゃあ……」
「ヴィジョーネ。怪盗ヴィジョーネよ」
「ん? んん……ああっ! たしかにそんな名前だったかも!」
怪盗ヴィジョーネ。
あれは……なんだ? なにか、なにかって特定するわけじゃないな。
なんか、『これをするには〇〇が必要だ』みたいな時には、ちょくちょく顔を出してきて邪魔してくるような変な奴だ。
とある貴族の弱みを握りたかった時とか、とある誘拐された姫様を解放するために必要な財宝だとか、とある武器を作るのに伝説の炎がいるとか……。
本当に、よく顔を出して状況をかき回していた。
そしてだいたい最後には、ドジをしてそれは俺のものになるという。
「あのお邪魔虫ちゃんだ」
「そんな変な呼び名をつけるから、本名を忘れるんでしょう」
「んで、そいつがどうしたって?」
「あのドジっ子ちゃんなら、できそうだと思わない」
お前だって変な呼び名を付けているじゃないかと思ったが、そこはツッコマなかった。
それより、その言葉の内容を考える。
「いや、あのお邪魔虫ちゃんも、もういい歳だろう」
まだ活動してるのか?
「後継がいたりしないかしら? 彼女なら少しは同類のことを知っているかもしれない」
「肉は肉屋か」
ん?
それなら裏社会の人間なら誰でもいいってことにならんか?
「どうなん?」
「そっちはもう調べた」
「そうか」
まぁそうだよな。
そして、なにも得られなかったから、この話の流れになるわけか。
「でも、だとしたらあのお邪魔虫ちゃんがなにか知ってるってのも無理がないか?」
「無理があるかもしれないけど、調べる価値があるなら調べてみるしかないわね。あなた、外に出る許可とか取れる?」
「俺も行くのかよ」
「あなたなら、ドジっ子ちゃんの弱味だって握ってるでしょ」
「まぁ、それは」
「本当にあるところがひどい話よね。あなたって本当に勇者?」
「心配するな、元だ。ていうか、会えるのか?」
「会うのは簡単なのよ」
そうなのか?
そういうもんか?
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