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06 激化の予兆
しおりを挟むヴァルトルク国王フランツとアンハルト侯爵家のソフィーとの結婚には政略的な理由が存在する。
アンハルト侯爵領はヴァルトルク王国の南の国境を守る武門の家である。
そして、フランツが王太子となった頃から南の国境を接する国境で新たな金鉱脈が見つかったことで、その領有権を巡る争いが起きている。
今のところはアンハルト侯爵が南の国の主張を退けて領有しているが、いつ戦争になるかわからない。
また一方で、アンハルト侯爵家を丸々籠絡しようという動きもある。
もとより国内でも一ニを争う軍事力を有し、現アンハルト侯爵は勇者の仲間として活躍し、大陸一の剣技を誇るとまで言われたマクシミリアンである。
彼に鍛えられたアンハルト騎士団は、国内の剣技大会で常勝記録を更新し続ける強者の集団だ。
そんな連中に裏切られてはたまらない。
そんな思惑が、フランツとソフィーの婚約、結婚へと繋がった。
つまり、王家にとってアンハルト侯爵家は、ハエのように手を擦り合わせてご機嫌を伺わなければならない存在ということだ。
では、どうして?
「困ったわね」
ソフィーとお茶をしているのだけれど、彼女は手紙を読んで困ったようにため息を吐いた。
「どうかしたのですか?」
「陛下がね、この間のエーリッヒのことで、こういう遊びをしないようにと注意をしてきたのよ」
俺の質問に答え、ソフィーはやれやれと手紙をテーブルに放った。
「うちがそんなことをしたと思われるのは、心外だわ」
「そうですね」
真実には知らない顔して、母親に同意しておく。
「アンハルトだからってなんでもできると思われるのも困りものよねぇ」
「なんでもできるんですか?」
「できるわけないでしょう? でも、王家の人たちはそう思っているみたいなの。概ね、お父様がいけないんですけど」
「お祖父様がなにかしたんですか?」
「お父様は勇者様の仲間として魔王と戦ったのは話したわね?」
「はい」
「それでね……」
と、ソフィーは魔王を倒して別れた後のマックスの面白逸話をいくつか教えてくれた。
そんな風にアンハルト宮殿での生活は過ぎていた。
ある日のことだ。
なにか、宮殿の中が暗いな。
目覚めると、なにかあちこちが暗い。
掃除が行き届いていないわけではない。
目が悪くなったわけではない。
おかしいなと思っていると、目の前で掃除中の侍女が倒れた。
「どうした?」
「あっ、殿下。申し訳ありません、なにか……」
そこまで言って、侍女は気を失った。
額が熱い。
息が荒い。
熱?
病気?
耳に意識を集中すると、そこら中で人の倒れる音や、苦しそうな息遣いが聞こえてくる。
もしやと思ってソフィーの部屋に行くと、彼女も辛そうに書机に蹲っていた。
「母様、大丈夫ですか?」
「ああ、アル。うん、ちょっと……なにかしらね、これ」
顔が赤いし、ふらついている。
これはおかしいな。
なんとか彼女をベッドに連れて行くと、気絶するように眠る。
宮殿にいる者たちが、一斉に感染?
なにか悪い物を食べたか?
それにしても、食事が同じではない侍女たちと同じ病気になるというなら、原因は違うのか。
ソフィーの部屋にも暗いものがあった。
部屋の隅、妙に影が濃いと思う程度かもしれないが、宮殿全体が暗いと感じるのであれば、なにかあると考える方が正しいはずだ。
近づいて手を伸ばしてみると、指先で光が弾けた。
「つっ」
すぐに指を引く。
なにかあるのかと影を見てみると、先ほどよりも薄くなっているような気がする。
「病魔か?」
いや、それ以外のなにかか。
とにかく、なにかの作為を感じられる。
頭に浮かぶのは第二正妃のカタリーナだが、懲りずに短期間で仕掛けてくるものなのか?
「原因の追求は後だな」
背後でソフィーが辛そうな息を漏らしている。
「まずは実行犯だ」
こんな急なこと、人間がやっているに違いないし、さっきの感触を見る限りは呪い系の魔法だ。
直接戦闘に関わらない魔法は俺の担当外だが、ここまで急激な変化が起きるような呪いであれば、実行者も近くにいるはずだ。
宮殿を出て、屋根に登る。
意識を集中し、宮殿に襲いかかる魔力の流れを見る。
「あそこか」
魔功で己を強化し、一息にそこに跳んだ。
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