7 / 8
命の落とし物
人生を渡す
しおりを挟む
「実は、僕の病院から幸のアパートが見えるんだ。よく屋上で寂しそうに黄昏てたでしょ?病院からいつも見てた」
そう言った後に秀平は「あの日は本当にたまたま、君に近く出会いたくなったから会いに行ったんだ。それがまさかこんな風になるとは思わなかったよ」と、本当に悲しそうな顔で言った。
あの日、たまたま外出許可が下りた秀平は本当にたまたま、いつも病室の窓から見かける私になぜか近く出会いたくなったからあのアパートの屋上に来てみたら、これまたたまたま私がフェンスの外に出ていたので咄嗟に襟を掴んで止めたのだと言う。
「だって目の前で死なれたら後味悪すぎるでしょ」
先ほどのしおらしさなんて感じさせないほどあっさりとそう言い切った秀平は呑気に手を挙げて店員に新しくホットミルクを注文していた。
「前から私のこと知られてたなんて気恥ずかしいね」
「幸はわざわざ毎朝同じ車両に乗ってる人を意識したりするの?」
私は話の話の要領を掴めずに「へ?」と間抜けな声を出してしまった。
「僕にとって幸は毎日変わらない景色の一部だってこと」
「ああ、そういうことね。まあ確かにそうだよね」
「なに、気にかけてもらえてうれしいとか思ってるわけ」
「別にそういうのじゃないけど、ううん、いやそうだったのかも。ごめん」
「なんで謝るの?」
「ええ?それは、何か勘違いしてたみたいだから」
謝罪の理由を問われて、その答えに自信が持てず尻すぼみな返事をする私をしばらく秀平は何も言わずに眺めていたところでホットミルクが届いた。秀平はホットミルクには手を付けず、その後もしばらく私を見つめた後、静かに口を開いた。
「そうか、幸は今までずっとそうやって生きてきたんだね」
気まずくて目線を下げていた私が、その静かな声に顔を上に向けると、可哀想なものを見るような目とは違った、本当に可哀想な目をしていた。
「なんでそんな目で私を見るの」
「理由はわからないし、きっと幸も無意識なんだろうけど、幸があまりにも自分に自信がないというか、自分の意思がないというか。そうやってずっと人生を過ごしてきたんだと思うと、幸も幸の人生も本当に心の底から可哀想。ねえ、そんなに人生が退屈なの?」
秀平のその問いかけに私はむすっとした顔で頷いた。実際そうなのだけれど、真実を直に突かれると、人間は誰しも気分がよろしくない。私が頷いたのを確認した秀平は、何か心を決めたかのような表情を一瞬だけ見せ、また口を開いた。
「そんなに退屈なら、僕の中で生きればいい」
その言葉がなにを意味するかくらいは、これまでの会話からもう十分に理解できた。しかしその選択を迫られると途端に威勢のなくなった私の姿を見て「なんだ、そんなものか。君の死ぬ覚悟は」と、低く怒ったような声で言い放った秀平は、すくっと立ち上がり、「次死にたくなるようなことがあったら連絡して。それまでは真剣に生きていたほうがいい。生きれるなら」と、いう言葉と、まだ湯気が出ている飲みかけのホットミルクを残し、去って行った。
そう言った後に秀平は「あの日は本当にたまたま、君に近く出会いたくなったから会いに行ったんだ。それがまさかこんな風になるとは思わなかったよ」と、本当に悲しそうな顔で言った。
あの日、たまたま外出許可が下りた秀平は本当にたまたま、いつも病室の窓から見かける私になぜか近く出会いたくなったからあのアパートの屋上に来てみたら、これまたたまたま私がフェンスの外に出ていたので咄嗟に襟を掴んで止めたのだと言う。
「だって目の前で死なれたら後味悪すぎるでしょ」
先ほどのしおらしさなんて感じさせないほどあっさりとそう言い切った秀平は呑気に手を挙げて店員に新しくホットミルクを注文していた。
「前から私のこと知られてたなんて気恥ずかしいね」
「幸はわざわざ毎朝同じ車両に乗ってる人を意識したりするの?」
私は話の話の要領を掴めずに「へ?」と間抜けな声を出してしまった。
「僕にとって幸は毎日変わらない景色の一部だってこと」
「ああ、そういうことね。まあ確かにそうだよね」
「なに、気にかけてもらえてうれしいとか思ってるわけ」
「別にそういうのじゃないけど、ううん、いやそうだったのかも。ごめん」
「なんで謝るの?」
「ええ?それは、何か勘違いしてたみたいだから」
謝罪の理由を問われて、その答えに自信が持てず尻すぼみな返事をする私をしばらく秀平は何も言わずに眺めていたところでホットミルクが届いた。秀平はホットミルクには手を付けず、その後もしばらく私を見つめた後、静かに口を開いた。
「そうか、幸は今までずっとそうやって生きてきたんだね」
気まずくて目線を下げていた私が、その静かな声に顔を上に向けると、可哀想なものを見るような目とは違った、本当に可哀想な目をしていた。
「なんでそんな目で私を見るの」
「理由はわからないし、きっと幸も無意識なんだろうけど、幸があまりにも自分に自信がないというか、自分の意思がないというか。そうやってずっと人生を過ごしてきたんだと思うと、幸も幸の人生も本当に心の底から可哀想。ねえ、そんなに人生が退屈なの?」
秀平のその問いかけに私はむすっとした顔で頷いた。実際そうなのだけれど、真実を直に突かれると、人間は誰しも気分がよろしくない。私が頷いたのを確認した秀平は、何か心を決めたかのような表情を一瞬だけ見せ、また口を開いた。
「そんなに退屈なら、僕の中で生きればいい」
その言葉がなにを意味するかくらいは、これまでの会話からもう十分に理解できた。しかしその選択を迫られると途端に威勢のなくなった私の姿を見て「なんだ、そんなものか。君の死ぬ覚悟は」と、低く怒ったような声で言い放った秀平は、すくっと立ち上がり、「次死にたくなるようなことがあったら連絡して。それまでは真剣に生きていたほうがいい。生きれるなら」と、いう言葉と、まだ湯気が出ている飲みかけのホットミルクを残し、去って行った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。
しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。
それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…
【 ⚠ 】
・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。
・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
彼女があなたを思い出したから
MOMO-tank
恋愛
夫である国王エリオット様の元婚約者、フランチェスカ様が馬車の事故に遭った。
フランチェスカ様の夫である侯爵は亡くなり、彼女は記憶を取り戻した。
無くしていたあなたの記憶を・・・・・・。
エリオット様と結婚して三年目の出来事だった。
※設定はゆるいです。
※タグ追加しました。[離婚][ある意味ざまぁ]
※胸糞展開有ります。
ご注意下さい。
※ 作者の想像上のお話となります。
浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。
Hibah
恋愛
私の夫エルキュールは、王位継承権がある王子ではないものの、その勇敢さと知性で知られた高貴な男性でした。貴族社会では珍しいことに、私たちは婚約の段階で互いに恋に落ち、幸せな結婚生活へと進みました。しかし、ある日を境に、夫は私以外の女性を部屋に連れ込むようになります。そして「男なら誰でもやっている」と、浮気を肯定し、開き直ってしまいます。私は夫のその態度に心から苦しみました。夫を愛していないわけではなく、愛し続けているからこそ、辛いのです。しかし、夫は変わってしまいました。もうどうしようもないので、私も変わることにします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる