生殺与奪のキルクレヴォ

石八

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第2章

お仕置きの花

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 シュルートスが悠真とリュリーナを背に乗せ、アルグレートの足を尻尾で巻き付けてミアーラルの元へ運んでいる頃、未だにレナとルルータの試練は続いていた。

 レナがまさに蝶のように舞い、蜂のように刺すと形容できる激しい攻撃を仕掛け、ルルータが華麗に避けるという戦闘が続き早10分。ルルータは内心冷や汗をかいていた。

「っ! っ!!」
『全く……お主はどれほどの体力があるのだ……?』

 そう、レナの攻撃速度と威力は劣ることなく逆に鋭く、威力が増しているのだ。相変わらず目のハイライトは消え、いつものレナからは考えられないほどの殺意が解き放たれていた。

 ルルータは頭を抱えていた。良かれと思って使用した《自由への解放リザレクト》でレナから奴隷の腕輪を無くし、普通の『女の子』として悠真に接してほしかった。『楽』になってほしかったのだ。

 無駄に気を使わず、堅苦しい口調を止め、心の奥底から悠真との旅を楽しんでほしかった。それがルルータの願いであり、楽への架け橋だと思っていた。

 あの時レナにされた質問の中に、悠真に関する質問も混ぜたのだがその時のレナの表情はとても楽しそうで、輝いていた。だからこそルルータはもっと2人が内密になればと思っていたのだ。

 だがそれは違っていた。レナは奴隷として今の主従関係を気に入っていた。助けてくれ、救ってくれた悠真に尽くしたいレナは自分が悠真の奴隷だという『喜び』を感じていた。

 そしてその奴隷としての証であり、名前の次に悠真から贈られた腕輪を失い、レナは『楽』になるどころか『怒』の感情をあらわにした。今のレナはいつもレナとは違い、冷静だが冷淡と呼べる冷たいオーラが漂っていたのだ。

「っ!」
『それは!』

 レナは1度ルルータの懐に潜り込む動作をした。そしてルルータはレナの攻撃をかわすために落ち着いてその後の行動を予測していた。だが予測とは斜め上を行く行動をレナはとっていたのだ。

 目の前にいたレナはぐにゃりと曲がり、影に溶けるように残像を残し消えていった。そしていつの間にかルルータの真上に移動しており、両手に握られている小短剣の刃が下に向くように握り返し、腕を振った勢いでルルータの首を狩りに行く。

 だがさすが楽の化身と謳われるだけある。ルルータはレナの放つ確かな殺気を感じ取り、後ろを確認せず最低限な動きを使ってレナを避けたのだ。

『お主、今のは『俊影しゅんえい』ではないか。暗殺者の中級者……いや、上級者クラスになったら使える技をなぜお主が……?』
「……知りませんね。私は猫族のアルビノで、悠真に仕える奴隷です。それ以上でもそれ以下でもありません」

 レナは自分から大切な物を奪ったルルータと話をしたくないのか、かなり冷たく接して話を終わらせた。だがルルータだけは違った。レナのある言葉に反応し、動きが少し鈍くなっていた。

『猫族でアルビノ……? お主、もしや気付いてないのか? いや、それが幸せか──運命か』

 いきなり訳が分からないことを言い放つルルータに少し首を傾げるレナだったが、すぐさま攻撃に転じる。股下をくぐり抜けるように滑り奇襲、『俊影しゅんえい』といういつの間にか覚えていたスキルを使用しての急襲、様々な攻撃パターンでルルータを殺しにかかった。

 だがルルータはものともせず、むしろ今ではいつも肩身離さず持ち運んでいる本を真剣な眼差しで読んでいた。戦闘中だというのに呑気に読書をするルルータが気に入らなかったのか、レナは正面からの殺傷力を高めた突きを繰り出す。

『少し落ち着くがいい。《風弾ふうだん》』

 ルルータの唱えた『風属性魔法かぜぞくせいまほう』の《風弾ふうだん》により、レナは体勢を崩し後方へ吹き飛ばされる。何気にこの魔法がルルータによるレナへの初めての攻撃であった。

『レナよ、一つ問う。アルビノというのは生まれながらの白い個体である。だが、お主は違う。そうであろう?』

 そんなルルータの質問を無視し、レナは攻撃を繰り出す。だがレナの攻撃はルルータに届くことなく終わる。いや、正確にはレナの動きが止まってしまったのだ。

『答えよ、いつまでもそんなくだらない凶器を振り回すなんて幼稚な行動はやめたまえ』
「っ!」

 身の危険を感じたレナはその場で飛び上がり、二歩三歩離れて小短剣を握りしめた。だが手元がカチャカチャとうるさい。レナは気づいてなかった。ルルータの放たれた威圧に己の身が無意識に震えていたことに。

 「なぜ?」という思考がレナの頭に過ぎる。目の前のルルータは攻撃は当たらなくても隙だらけだった。今でもそう、レナが『俊影しゅんえい』を使えばすぐに攻撃がしかけられるほど隙だらけであった。

 それなのに、それなのにレナは動けなかった。本能的に体が気付いていた。目の前のルルータは攻撃が1回も当たらないと、目の前のルルータに勝つことは『不可能』だと。

 知らぬ間にレナの目のハイライトは戻り始め、若干だが青みがかってきた。それに右頬にあった爪のような模様もほとんど見えないくらい消えかかっていた。

『答えよ、お主は生まれながらのアルビノではなく、途中から白に変化した『アルビノワール』だと』
「途中から変化したのは……事実です。ですがアルビノワール……? ではありません」

『そうか、では質問を変えよう。お主の年齢と、アルビノワールになってからの心身の変化を答えよ』

 急な質問攻めに会い戸惑うレナ。だがいつもおちゃらけてるルルータの変化に気付き、真面目に答えることにした。

「今は16……あと100日ほど経てば17歳になります。心身の変化は灰色ぽかった体が真っ白になったのと……急に喋れなくなったことでしょうか」
『…………ふむ、その喋れなくなった時から魔力が強くならなかったかね?』

「……はい、ですがなぜそれを………?」
『気にするでない』

 悠真どころか誰にも明かしていないことがルルータに知られており、レナは謎の不安感に襲われる。だが深呼吸を二度三度繰り返すことで平常心を取り戻すことができた。

『さて、お主に『楽』の感情が十分にあることが分かった。これにて『楽』の試練はクリアだ。奴隷の腕輪も返しておく。付いてくるがいいっ!』
「えっ……? あ、ありがとうございま……す?」

 急に試練が終わり、いつものルルータに変わったことで張り詰めた緊張感溢れる空気が和やかになり、レナの全身から力が抜けてその場で座り込んでしまう。するとルルータの言っていた通り自分の右腕には奴隷の腕輪が戻っていた。

 それを確認したレナの表情はパッと明るくなり、その腕輪をスリスリと手で優しく触っていた。そんなどこか不思議で、可愛らしい情景の裏腹に、ルルータの顔はとても難しいものになっていた。

『いつか、私らに天罰が下るかもしれん。だがこればかりはどうしようもないのだ……』

 そんな意味深なことをルルータは呟き、レナを背に乗せてミアーラルの元へ飛び立つのであった。



─────────



 心地よい微睡みの中、悠真が目を覚ますと異様な光景が目の前に広がっていた。

 まず目に入るのは優しく微笑んで見守ってくれるレナとうっすらと涙を貯めて胸の前で手を組んでいるフィル。体を起こした瞬間フィルに飛びつかれ、頭を地面に思いっきりぶつけてしまった。デジャヴと感じつつも背中は草であんまり痛くないし、なによりレナとフィルに無事会えたという安心感が強かった。

 それまではいい。それまではよかった。体を起こし、喜怒哀楽の化身とミアーラルを順々に見ていく。

 申し訳そうに俯いてるミアーラルと、その隣で体を寄せて寝ているリュリーナ。プルプルと体を震わせてを見るシュルートスに丸眼鏡をクイッと上にあげてを見るルルータ。なぜか2人? 2名? 2匹? はそのを見て笑いを堪えていた。

 そのの正体。それは首以外地面に埋まり、頭に1輪の赤い可愛らしい花を咲かせたアルグレートだったのだ。

「すいません悠真さん。私がもっと考えて試練を選んでいれば……」
「いやいや、リュリーナさんに治してもらったんで大丈夫ですよ。それよりも……」

 どうしてもアルグレートが気になってしまう。元々目つきが悪いので少し睨んでいるようにも見えるが、心做しか悲しそうな顔をしているようにも捉えられる。

 ついに笑いを堪えられなくなったシュルートスが『ワッハッハ!』とバカ笑いをして、珍しくルルータがその笑いにつられて『ハッハッハ』と羽毛で包まれた手をパチパチ? フサフサ? と合わせて手を叩いていた。

「あの……僕は怒ってないんで頭をあげてください。それよりもこの状況の方が気になるのですが……」
「あぁ……これですか。あと少し遅れたら悠真さんは確実に死んでいました。なので反省という意味を込めてシュルートスが了承するまで地面から抜け出せないようにしました。そして私が『暴言』や『暴行』をした場合頭に花が咲く呪い──ではなく魔法を施しました。特に悠真さんはアルグレートに恨みがあるでしょう。是非顔面をお蹴りください」

 いやいや、確かに恨みはあるけど……別に過ぎたことだしもう気にしてないんだよなぁ。アルグレートは嫌いだけど。ていうかさり気なくこの人『呪い』とか口走ったよね? それに『お蹴りください』って結構腹黒かったりするのかな。

 いや、これでもフィルの母親だ。そんなことはないと思う。多分、きっと、そうだ、うん。

『おい、今回は我が悪いのは認める……だがせめて地面から出させてくれんか?』
『にゃーに言ってるにゃ。バカグレートは暫く反省するにゃ。また暴走したらたまったもんじゃにゃいにゃ』

 リュリーナに『バカグレート』と呼ばれ、『んだとクソ猫!』と守り神らしからぬ口調で暴言を吐く。するとその暴言に反応して頭の上に赤い花が1輪追加され、合計2輪になっていた。

 それを見て笑い転げるシュルートス。さすがにイラッと来たのか『シュルートス! ふざけるなよ!』と言うと更に1輪追加され、『なんでだちくしょう!』と毒を吐くとなぜかまた反応して1輪追加され、合計4輪の赤い花がアルグレートの頭に咲き誇っている。

 さすがにこれ以上はプライドの高いアルグレートにとって苦痛なのか、苦虫を噛み潰したような顔になりつつも必死に喋らないように口を強く閉じていた。

『ワッハッハ! ミアーラルよ、儂らはもう500年以上の付き合いだがこのような罰は初めてではないか? 前は火炙りだとか吊るしだとか酒禁止だとかだったが意外とこっちの方が苦痛そうじゃのぉ!』
「えぇ、なんたってこの罰は私の可愛いフィルが考えたのですから」

 えぇぇ、そうだったのか。確かに可愛い罰だとは思うが……自分があの立場になったらかなり屈辱だと思う。今回だけはさすがにアルグレートに同情するぞ。

 だがそんなアルグレートの気持ちなんて知ることなく、フィルは「お花は可愛いですよね!」と満面の笑みでレナと話していた。それを聞いたアルグレートはフィルを若干睨みつつも、「仕方ない」と諦めたのか小さなため息を吐いていた。

 ところで気になったのだが、ミアーラルさんって一体何歳なんだろう。さり気なくシュルートスが『500年以上の付き合い』って言ってたけど見る限り20歳前半くらいの美しさだから実感がわかない。女性に年齢を聞くのは少し気は引けるが聞いてみることにしよう。

「えーと……ミアーラルさんって何歳なんですか? あ、気に障るようでしたら話さなくても大丈夫です」
「いえいえ、大丈夫ですよ。むしろそれが普通の反応ですから」

 ミアーラルは拒否反応を起こすことなくすぐに歳のことを話してくれた。それと同時に、グローリアや竜神族のことについても軽くだが教えてくれ、ミアーラルの年齢不相応の美しさについて知ることが出来た。

 要約するとこうである。


 グローリアや竜神族は人間と寿命や成長年数が大幅に違うらしく、グローリアは1年に人間計算で6歳も歳をとるらしい。そして、4歳(人間でいう24歳)になると見た目の成長が止まるのだと言う。

 そのため、今のミアーラルは少なくとも600歳は言ってるものの、グローリアや竜神族の寿命は900~1000歳らしく、あと300年は生きれるらしい。その寿命の長さから『グローリアを見たら長寿になる』という伝説もあるのだとか。

 で、フィルはまだこの世界に生まれて3年なのだが、人間にして見ると18歳辺りに見えるらしい。ちなみにフィルが3歳になったのはランデスタの儀式を終えた次の日らしく、儀式を終えた直後に人間の姿になっていたらあの黒い幼女が白くなった姿になったと言う。

 まぁ、簡単にまとめるととんでもない長生きで、それなのに見た目は人間で言う24歳から老けないという全世界の女性に羨ましがられる生態らしい。

「ってことは、フィルは実年齢はまだ赤ちゃん並だけど見た目は立派な大人ってわけか」
「そうですね、それに大きくなるにつれ体だけでなく脳も発達するので3歳になった瞬間言葉遣いや羞恥心、躊躇いを覚えるということですね。まぁ、3歳で人間の姿になってること自体異例なので私とて初めてなのですが……」

 やはりこの若さで人間の姿になるのは前例がなかったんだろうなぁ。そもそも人間の姿になったのは2歳なわけで、フィルがいかに人間になりたいという意思が強かったのかが今になって理解出来た。

 その人間になりたい理由が『イタズラをしたから謝りたい』とか『寝過ごして置いてかれたくないから』とか正直くだらない理由だったんだけどこれは喋らないでおこう。フィルもバレたくないだろうし。

「今思えば奇跡の連続だよなぁ……密猟者に襲われたフィルを助けたから今があるわけで、もしあそこで取り逃したり見つけられなかったら……考えるだけで恐ろしいですね」
「そうですね、グローリアの子供なんて珍しいですから高値で売られて実験されていたでしょう。グローリアには強い再生能力があるので臓器を取られても再生してしまいますし。まぁ、黒いグローリアならすぐに弱って死んでしまいますが……本当に悠真さんには感謝しています」

 また謝られてしまった。別に謝らせるために言ったわけじゃないんだけどなぁ。ていうかさっきからフィルの距離が異常に近い。右腕に抱きつかれて大きく実った双丘に埋もれてるし……悪くはないんだけどレナの視線が痛いしなにより実の母親の前でそれはやめたほうがいいのではないかと思ってしまう。

 確かに懐いてるとは思うけどここまで懐かれるなんて思ってなかった。反抗期なんてないからずっと甘えてくるし、ちょっと照れてしまう。

「ハルマお兄様、えーと。試練を乗り越えたんですよね? だったら鍵を受け取れるのでは?」
「あっ、すっかり忘れてた。ミアーラルさん、お願いします」

 ゆっくり頭を下げるが、なにやら様子がおかしい。なにか話したそうなそんな感じだ。


「……分かりました。ですがその前に悠真さんが教わった古い情報を訂正していいですか? 鍵はそのあとに渡します」
「古い情報……? あっ、神の塔とかのことですね。分かりました」

 確か試練をする前に神の塔のことについて話したら『違う』って言われたんだっけ。だったら鍵を受け取るのはそのあとでいいや。


 悠真はきっちりと座り直し、失礼のないように話を聞く姿勢になり、ミアーラルの話に耳を傾けるのであった。


























如月 悠真

NS→暗視眼 腕力Ⅲ 家事Ⅰ 加速Ⅰ 判断力Ⅱ 火属性魔法Ⅰ 広角視覚Ⅰ 大剣術Ⅰ 脚力Ⅰ 短剣術Ⅰ 威嚇

PS→危険察知Ⅰ 火属性耐性Ⅰ

US→逆上Ⅰ 半魔眼 底力

SS→殺奪



レナ(■■■)

NS→家事Ⅲ 房中術Ⅱ 水属性魔法Ⅰ 光属性魔法Ⅰ

PS→聴覚強化Ⅰ 忍足Ⅰ ■■■■Ⅲ ■■■■Ⅲ

US→■影 ■■

SS→■■■
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