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第2章
覚醒への誘い
しおりを挟む意識が朦朧とする#微睡__まどろ__みの中、悠真は息苦しそうに咳き込み目を開く。そこは藍色の夜空の下でもなければ草原の絨毯の上でもなく、歪んだ砂時計などが並ぶ真っ白な空間。
過去に悠真はリーデからグランデスタへ行く途中の野営で見た夢と全く同じような空間だった。悠真はその空間の真ん中で浮かぶように倒れていた。
足元に床はなければ光が差し込むような窓は一つもない。それなのに落ちることはなければ前が見えないこともない。なんとも不思議な空間である。
「僕は……そうだ、アルグレートに否定されて……逆ギレして、叩きつけられたんだ……」
ここが天国や地獄のようなあの世の世界ではないことは理解できる。だが戦闘中に夢を見るなんてありえないことなのでおそらく気を失って気絶してしまったのだろう。
無理はない。何度も内部へ影響が出るほどの蹴りを喰らい、血を流し、そして今までの行動を否定されたのだ。気が病んでも正直当然と言えるレベルである。
悠真はそれを思い出し溜息をつくように息を吐き、その場で足を折り曲げて座ってしまう。今になって無念さと怒りがふつふつと湧いてきたのだ。
「僕は……間違ってたのか……?」
アルグレートの言葉を思い出す。彼は自分に『周りに頼れば、未来は変わっただろうな』と言い放った。その意味が全く理解できない。
城で『僕を頼ってくれ』と言ってくれた男がいた、和田である。もしあの時悠真が和田に頼っていれば未来は変わったのだろうか。もっと幸せになれていただろうか。
そんな思考になりつつも、悠真は頭を抑えて首を横に強く振る。それでは都合が良すぎるのだ。いつも距離を置き、言うこともあまり聞かなかったのに自分の都合が悪くなったら頼み込む……それじゃただのクズ人間である。
だがそんな協調性のない悠真を和田──そして蓮花は何度も何度も悠真に手を差し伸べた。しかし悠真はその手を振り払い、自分の勝手な独断と偏見で行動して城を脱走した。
この行動について、悠真は別に悪だとは思っていない。むしろ素晴らしい行動、讃えられるべき行動だと思っていた。皆が自分を嫌うなら自分が消えれば皆は清々する。自分が雰囲気をぶち壊すなら抜けることで雰囲気は元通りになる。
誰にも迷惑をかけていなければ誰も悲しんでいない。逆に皆喜んでいるし、邪魔者が居なくなって心ゆくまで楽しんでいることだろう。
「悲しむ人はいない……? いや、居た。1人だけ……」
その『1人』とは西園寺 蓮花のことである。蓮花は悠真が城から抜け出す時、止めることはせずむしろ悠真の意見を尊重し、誰にも言及することなく見逃してくれた。
だがその時の蓮花の表情を思い出すと心が痛くなる。城にいた頃悠真は蓮花に『作り笑顔だ』『困った顔を無意識にしてる』などと言われたことがある。だがそんな蓮花も悠真が抜け出す時は涙を流しながら『作り笑顔』をし、不安にさせないようにしていた。
その意味が分からなかった。なぜあの時作り笑顔をしてまで送り届けてくれたのだろう。なぜ涙を流しているのに止めなかったのだろう。
今になって悠真の思考は蓮花で持ちきりになってしまった。蓮花が何を考えた故の行動なのだろう。蓮花はなぜ悲しむのに捕まえず、見逃してくれたのだろう。そんな思考が頭の中を埋め尽くし、破裂しそうになる。
「分からない……分からない……!」
涙を流しながら頭を抑え、必死に考えても結論は導けなかった。怖かった。理解することが出来ないのが、謎を解明することができなかったのが。今まで1人で悩み、解決してきた。解決できなかったことはなかった。いつも打開策を見つけてクリアしてきた。
しかし、そんな悠真には人間の心や行動が理解できなかった。習性や生態の話ではなく、人間が、人間に対する行動や思いがいつも1人だった悠真には理解できなかった。
悠真の心が黒くなっていく。それと同時に人間として欠けてはいけない#欠片__ピース__が細かく砕け、崩れ落ちていく音が脳に響く。だが悠真にとってそれは気持ちの悪いものではなかった。
そんな悠真の目の前に人の形をした黒い塊が音を立ててどこからか落ちてくる。その音に反応し、悠真はゆっくりと顔を上げた。
「まただ……お前は一体誰なんだ……?」
『…………』
夢の中に現れ、人形劇をした黒い塊に誰なのかを聞く。だが結果は同じ、答えてくれなかった。しかし悠真には反応するようで、立ち上がり気味の悪い視線から逃げようとするも粘着するように悠真を目で追ってくる。
そんな黒い塊の視線に苦手意識を持ちつつも、黒い塊という存在自体に不思議と嫌悪感は覚えなかった。むしろ安心するような気分になる。それと同時に、今まで覚えたことのなかった孤独感が悠真を包んでいく。その黒い塊に話しかけたくなってしまう。
「答えてくれ……お前は誰なんだ……?」
『…………オレ……ハ。オレハ、オマエ』
やっと返ってきた返答。だがその意味の分からない返答に悠真は「……は?」と嘲笑混ざりの声を上げてしまう。意味が分からない。目の前の黒い塊が僕なら、僕は目の前の黒い塊ということになる。
どうやらジョークが得意なようらしい。だが、せめてそのジョークも分かりやすいものにしてほしかった。
『…………チカラ、ツカウカ?』
「力……?」
つい脊髄反射するように聞き返してしまった。黒い塊は悠真の返答に軽く頷き、手のひらからビー玉のような黒い玉を生成し、悠真に差し出す。
『…………チカラ、ツカエバ、モット、ツヨクナル』
「もっと、強くなる……?」
今の悠真には通常な判断ができなかった。普通だったら信じない話を悠真は信じきっている。それはアルグレートに否定され、自分が非力だと知ったことによる他力本願である。
アルグレートは頼れと言った。今力を受け取る行為は一つの『頼る』になる。だがその『頼る』とアルグレートの言っていた『頼る』の意味が全く異なることも悠真は理解していた。
それでも悠真は力を手に入れたかった。誰にも負けない、自分が正しいと言える力を。道を外れた外道になってもいい。今の悠真の頭の中は『力』という言葉に埋め尽くされ、パンク寸前である。
悠真はその黒い玉に触れた。それと同時に全身に激痛が走る。夢なのに、夢であるはずなのに声を上げてしまうほどの激痛が悠真を襲う。そして悠真は助けを求めた。
「レナ……フィル……!」
レナやフィルのことを考えると激痛が引いていく感覚があった。ただの思い込みかもしれないが、今の悠真にとってこの激痛から逃れられればどうでもいいことだった。
炎に包まれるように熱く、氷に冷やされるように固まり、雷が走るように体が痺れる。そんな状況が1分ほど続くと、今までのが嘘のように激痛が引いてなくなってしまった。
『…………ウツワ、アル。デモ、チイサイ。コボレル。タリナイ。マダ、ムリ。ゼンノココロ、ジャマ、スル。アクノココロ、ナイ』
「ゼンノココロ? アクノココロ? おっ、おい。どういうことなんだ!? 教えてくれよ!」
影に溶けるように黒い塊は透明になっていく。悠真はその黒い塊を追うように掴みに行くとすでに消えてなくなっていた。
その瞬間悠真の視界がぐらつき、尋常ではない目眩が襲ってくる。そのまま音もなく後ろに倒れ、悠真は真っ白な空間の中眠るように意識がなくなった。
「……? ゴハッ!? ゴホッ、ゴホッ!!」
目を覚ますと口の中に溜まっていた血を飲み込んでしまい咽せてしまう。血を吐き出すように咳をするとその小さな衝動で腹部や背中に酷い痛みが走る。どうやら夢は覚め、現実世界に戻ってきたようだ。
そして悠真は思い出す。今はまだ試練中だと。倒すべき相手がいるのだと。悠真はなぜか自分の隣に無造作に刺されていた黒鉄の短剣を掴み、体を支えながら立ち上がり短剣を引き抜いた。
『長かったではないか。待ちくたびれたぞ』
「…………」
目の前には見るだけで殺意が湧いてしまうほど嫌な相手、アルグレートがあくびをしながら寝転がっていた。悠真は無駄な殺生は避けたかった。救える命は救いたいといつも思ってきた。だが今の悠真は無性に目の前のアルグレートを殺したい一心であった。
これが怒りなのか、憎しみなのか、八つ当たりなのかは不明だ。しかし悠真にそんなことはどうでもいいことであった。理由は簡単である。
「お前を……倒す」
倒してしまえばどうでもいい。試練を乗り越えれば終わりであるからだ。そして、相手に認められなくていい。認めさせればいいのだ。
『威勢だけは認める。だが口だけなら誰でも言えるのだ。問題は、その後の行動だ』
アルグレートが悠真に驚くこともなければビビる様子もない。むしろ「はいはい、そうだね」のように聞き飽きてるような、舐めている様子であった。
悠真は目の前の敵を倒すために短剣の柄を手のひらから血が滲み出るのではないかと思うほど強く握り、剣先をアルグレートの額に向ける。目は悠真を知る者が見たら「誰お前?」と思ってしまうほど鋭いものになっている。
『気付いていないようだが、それが『怒』の感情だ。貴様は怒っても自分の中で抑え、発散した。だがそれは正しくない。怒りというのは時に、外側に向けることも大事なのだ。そうでなくては怒りによって自身の身を滅ぼすことになるからな』
少し前の悠真ならその言葉に対して納得し、アルグレートを見る目が変わっていたかもしれない。だが今の悠真は違う。目の前の敵を倒すことしか脳になく、どう立ち回り、どう攻撃するかしか考えていなかった。
『その感情を忘れるな。『怒』の感情は人を強くする。人を育てるのだ。だから貴様はその力を我に──待て、話してる途中ではないか』
悠真は『#加速__かそく__』を使用し、悠長に話しているアルグレートに接近し、斬りこみを入れた。せっかく悠真が『怒』の感情を覚え少し関心していたのに話を遮られたのが嫌だったのか声のトーンが少し下がっている。
だがそんなアルグレートも悠真の攻撃パターンが全く変わっていないことに気付き、再び深いため息を吐いて足で受け止め始めた。
『はぁ、『怒』の感情を覚えろとは言った。だがそれ以上はただの逆上である。やめておけ、これ以上は『無駄』だ』
無駄。この言葉に悠真は強く反応した。今のアルグレートの発言は別に悠真を否定したわけではなく、これ以上の戦闘が無駄であるという意味であった。だが今の悠真にとって『無駄』という言葉の響きは火に油を注ぐことだったのだ。
「無駄なんかじゃない! 僕がそれを証明するっ!」
『っ!』
急に悠真の動きが素早くなり、そして力強くなる。#US__ユニークスキル__である《#底力__そこぢから__》が発動したのだ。
《#底力__そこぢから__》の発動条件は不明で、使おうにも使えず悠真は何度も頭を抑えたことがあった。だが今はなにも気にせず《#底力__そこぢから__》は発動した。そう、このスキルの発動条件は『スキル所持者の強くなるという熱意か怒り』である。
普通だったら突然の変化に人間は追いつけず、転んだり暴走したりする。だが悠真の中にある大きな『怒り』がリミッターを解除し、全神経が脳へと直結する。
人間の出せていない力を解放し、普通なら出せない力を出し尽くすことができる。これが《#底力__そこぢから__》なのだ。
『生意気なっ!』
アルグレートは悠真を瀕死寸前にしたあの蹴りを再び繰り出そうとしていた。右足を引っ込め、左足を横から抉るように放つ。だが悠真はその攻撃を一度受けている。そのため対応することが出来た。
「…………」
『気味が悪いな……その学習能力。普通なら1回食らっただけで対応なんかできんぞ?』
左足を軽々しく短剣で受け止められたアルグレートは悠真に対し苦手意識を持った。今までどんなルザインも力で粉砕し、力の前に屈させてきた。だが目の前のルザインは違う。どんな攻撃をして吹き飛ばしても戻ってくるし、しかも同じ攻撃が通じなくなる。
戦いの中での異常な進化。それはスキルの力ではなく、悠真の『才能』と言っても過言ではなかった。
『様々な力の前にも対応し、進化する。恐ろしい才能だ……だが、これならどうだっ!』
「…………っ!」
蹴りの姿勢をとったアルグレートに対応するため悠真は剣で守れるように攻撃を中断していた。だが次に飛んできたのは足ではなく真っ赤な拳であった。
バキッ! と鈍い音が鳴り響き、ポタポタと血が滴り落ちる音が静寂の中反響する。
『なっ……!?』
「…………」
その血は悠真の口から出た血でもなければ殴られて吹き出た血でもなかった。そう、アルグレートのものだったのだ。
強烈な拳は空を切り、正面にある赤い花の花弁を宙に浮かせていた。それと同時に、緑色の草がジワジワと赤く染まっていく。
カランカランと鉄のような物が落ちる音が足元で聞こえる。悠真の丈夫な短剣の刃は綺麗に折れ、柄の部分を含めても長さは半分もなかった。
だが確かな傷が残っている。アルグレートの左腹に大きく抉りとるような生々しい傷が出来ていたのだ。
「おかえしだ」
悠真は不敵に笑い、アルグレートを見る。だがそこに居たのは悠真の知っているアルグレートではなかった。目は真っ赤に充血し、全身の毛は逆立ち、全身から熱風がメラメラと放たれていた。
『ルガァアァァアアァァ!』
「っ!?」
強靭な太い腕で薙ぎ払われる。だが悠真は《#判断力__はんだんりょく__》で対応し、短い短剣の腹で受け止めることができた。だが──
「ガハッ!?」
『ルガァ!!』
悠真の腹に刺激が走る。いつの間にかアルグレートは右手で悠真の背中を抑えており、力が逃げないようにしていた。そしてその反対の左手には悠真の折れた短剣の刃が握られており、深々と悠真の腹に刺し込まれていった。
「シュルートス! リュリーナ! 早くアルグレートを止めに!」
水晶玉を持っていたミアーラルは張り詰めた声でシュルートスとリュリーナに命令する。いつも笑い、いつもめんどくさそうに居眠りをしている『喜』と『哀』の化身の2名はすぐに立ち上がり、地面を抉りながら悠真とアルグレートの居る元へ走っていく。
ミアーラルの手がプルプルと震え、額から汗が吹き出てくる。まるで「私はとんでもないことをしてしまった」という焦りが全面的に溢れていた。
そのまま水晶玉が手から転がり落ち、フィルが走って水晶玉を掴みに行く。
「ハルマお兄様!」
そんなフィルの叫びが草原に響く頃には水晶玉の向こうにいる悠真の腹から夥しい量の血が流れていた。
如月 悠真
NS→暗視眼 腕力Ⅲ 家事Ⅰ 加速Ⅰ 判断力Ⅱ 火属性魔法Ⅰ 広角視覚Ⅰ 大剣術Ⅰ 脚力Ⅰ 短剣術Ⅰ 威嚇
PS→危険察知Ⅰ 火属性耐性Ⅰ
US→逆上Ⅰ 半魔眼 底力
SS→殺奪
レナ
NS→家事Ⅲ 房中術Ⅱ 水属性魔法Ⅰ 光属性魔法Ⅰ
PS→聴覚強化Ⅰ 忍足Ⅰ
US→NO SKILL
SS→NO SKILL
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