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元Sランクの俺、必要なものを知る
しおりを挟むキラキラと輝く星と、満月のように見える小望月が煌めく草原の真ん中で、レンは1本の聖剣を握って魔物と戦闘を繰り広げる。
だが今回は1人ではない。
昨日ティエリナに説教を受けたばかりなので、今回はライネリアとローザがレンの近くでその戦闘を眺めていた。
といっても加勢するわけではなく、あくまで襲いかかってくる魔物は全てレンが相手をするという、明らかに昨日よりも激しくなっていた。
餌が1つよりも3つあった方がもちろん魔物がやってくるわけで。ローザは自分のことを餌を見る目で見てくる魔物にイラつきながらも、手を出すことはなくレンの動きを静かに見守っていた。
『……あれからもうどれほど時間がかかっておる? 奴は化け物かなにかかの?』
『化け物は余計です。ですが、確かにここまで疲れた顔を見せないのは驚きですね。しかしそれはやる気があるということなので、いいことだと思いますよ』
『ふむ。それはそうじゃが……なぜ急にあそこまでやる気を見せたのじゃ?』
『それはですね──』
ライネリアが前日レンとリルネスタに説明したことを再度ローザに伝えると、ローザは『なんと!』と驚きを顕にしていた。
そしてある程度察したのかローザは腕を胸の下で組みながら納得しており、笑みを浮かべながら天に向けて手を上げ、黒炎を纏わせていた。
『ならば、妾も少しは手伝ってやろうかの』
と言い、ローザは空に向かって黒炎を放ち、パァンと破裂させる。
それにより熱風や音が辺り一帯に広がり、ちょうど魔物を倒し終えたレンは突然の事で肩を跳ね上がらせていた。
「……ローザ、今なにをした?」
『なぁに。お主のために魔物を呼んでのじゃよ』
「魔物を、呼ぶ?」
『うむ。どうせなら強い魔物の方が鍛錬になるじゃろ? ほれ、噂をすれば』
ローザが顎を前に出してレンの後ろを指すと、そこには大きな砂煙が上がっており、ドドドドと激しい地鳴りが地面を伝って響いてくる。
その正体はAランク指定されている《グラントドラゴン》であり、通称《地竜》とも呼ばれるその魔物は、四足歩行なのだが姿勢がとても低く、朝に活発的に動き回り夜には洞穴の奥底で眠るという魔物であった。
そんなグラントドラゴンがなぜ、とレンが頭を捻るが、直ぐにローザの発言を思い出して小さくため息を吐き捨てていた。
『ほれ、頑張れ頑張れ。妾を楽しませよ』
「別にこれは見世物じゃないんだがな……まぁ、せっかくだ。やってやるよ」
高速で接近してくるグラントドラゴンに対し、レンは空に向けて《ライト》を展開してから横に走っていく。
するとグラントドラゴンはそんな《ライト》に反応して進行方向を変えていき、レンはとりあえずライネリアとローザの安全を確保することに成功した。
ライネリアとローザなら別にこんなことをしなくても平気だとは思うが、あくまでこれは己を鍛えるためなので、戦闘面ではライネリアとローザの手助けは今のレンにとっては無用であった。
「思い出せ……ヤツの鱗はディオマインのように硬い。それなのに俊敏で、頭が切れる。だが、ヤツは旋回が苦手だ。なら──」
レンは腰を低く構え、《一閃》の構えをとる。
だがいつまで経っても《一閃》の詠唱を始めようとしない。
そもそも《一閃》の詠唱は元々不要であったのだ。
それなのに普段レンが詠唱を唱えるのは、魔力の暴走を抑えるための儀式のようなものであった。
初めてレンが《一閃》が使えるようになった時、あまりの威力に武器の方が壊れてしまい、何本も武器を無駄にしてきた。
なので詠唱を取り入れたのだが、今回はその魔力の暴走、もしくは魔力の過剰反応を利用しようとレンは企んでいた。
「まだだな」
まだ、とは。
1つは魔力の溜まり具合であり、レンは手のひらが熱くなっていくのを感じつつも、更に魔力を流し込んでいく。
今握っている聖剣は《ホーリーメアキャンサー》という魔法に対する耐性が異常に高い魔物の素材を使ったので、放出する分にも優秀で、溜め込む分にも優秀であった。
なので普段よりも2倍以上魔力を注いでいるころには、既にグラントドラゴンは顔の筋が見えるくらいの距離まで近付いていた。
そしてもう1つのまだは、グラントドラゴンとの距離である。
最も安全で、なおかつ強力な一撃をグラントドラゴンに叩き込むには、とある方法が定石であるとレンは学んでいた。
『ガギャァァアアァァア!!』
「──ここっ!」
待ちに待って石礫が飛んでくる中、レンは瞬時に横に飛び、グラントドラゴンの真横に移動する。
旋回が苦手なグラントドラゴンはそんなレンの動きに反応出来ず、そのまま通り過ぎようとする。
だがその隙をレンは好機と捉え、着地した瞬間地を蹴り、グラントドラゴンの後ろ足辺りに移動して全力で聖剣を抜き放つ。
「一閃ッ!」
まるでかつてスレイヴスネークに使用した《一閃・瞬光天翔斬》よりも遥かに高威力の一撃がグラントドラゴンの尻尾の付け根あたりに叩き込まれ、まず初めに地面が大きく抉れる。
そして順を追うようにグラントドラゴンの尻尾が付け根ごと切り落とされ、下半身はあまりの熱量に肉が爛れ、骨が見え隠れする。
そして上半身は衝撃を受け止めきれなかったのか破裂したかのように歪になっており、見るも無残な肉塊へと姿を変えたグラントドラゴンを前にレンは一息つきながら自分の力に若干引き気味になっていた。
「勇者の恩恵か、魔力に関してはまだまだ余裕がある。それに聖剣も至って普通。ということはこの倍以上の威力出せそうだな。だが……」
問題点を上げるとすると、それは反動の大きさであった。
衝撃が大きい分、もちろんレンに伝わる反動も大きいわけで、レンの右手はプルプルと震えていた。
幸いにも腕が痛いだとか、骨が折れただとかいう一大事にはなっていないものの、これ以上威力を上げると最悪の場合腕が折れてしまうかもしれない。
そうなれば戦闘の続行は不可能になる。
治癒能力の高いライネリアなら治してもらえると思うが、頼りきりになるのは申し訳なく、そもそも治してもらうにしても何度も腕が折れる痛みを味わうのは肉体的にも精神的にも辛いわけで。
なので今はがむしゃらに魔物を倒すよりも、基本中の基本である体作りを徹底した方がいいかもしれないと、レンの中で結論が導き出されていた。
『ふむ、さすがの威力じゃのぉ……む? どうしたのじゃ?』
「いや、きっと勇者の力を引き出すには体作りが必要だと思ったんだ。今の一撃で分かった。俺に必要なのは勇者の力を引き出すための体ではなく、勇者の力にも耐えることができる体だってな」
もしこのまま魔物を倒し続け、勇者の力を引き出せたとしよう。
それはそれで勇者の力に認められたということになるのだが、その力の負荷に体が耐えることが出来なければ、本末転倒である。
なのでまずは勇者の力を引き出すことではなく、勇者の力を引き出してもその力に振り回されないような強靭な肉体が必要なのだ。
『ならば、妾は良い方法を知っておるぞ』
「良い方法?」
『うむ。まず初めに、体が壊れるまで筋肉を酷使するのじゃ。その名の通り、歩くことすら許されぬくらいにな。そして次にそこの猫に体を癒してもらい、また体が壊れるまで筋肉を酷使する。これを繰り返せばいつの間にか肉体だって強靭になってるはずじゃ』
「…………それは最終手段だな。いい案とは言えないが、否定もできない」
『……もしレン様がどうしてもというのなら私は協力しますが、私はそんな鍛錬は反対です。そもそもそれは鍛錬というより一種の拷問ですよ』
あまりにもスパルタ過ぎる方法にライネリアは割と真剣に拒んでおり、レンも苦笑いを浮かべながらローザの案を濁していた。
一方のローザは自分の中では最善の方法だと思っているらしく、認められないのが不思議で仕方がないのか『悪くないと思うがのぉ……』と呟きながらグラントドラゴンの亡骸を見下ろしていた。
『のぉ、先程から気になるのじゃが……』
「……? なにがだ?」
『いや、気の所為かも知れぬが……今宵の月はなにやら不気味なのじゃよ。嫌な予感と言えばいいのかの。なにやらゾワゾワとして仕方がないのじゃよ』
『……実は私も同じことを思っていました。嫌な予感……主に北の方面から感じるんです。理由は不明ですが、酷く気味の悪いなにかがこちらを見つめているかのように……』
そう言われてレンが北の方角を見つめるが、見えるのは竜の山や竜刻の祠のある山など、山ばかり。
むしろそんな山々と満点の夜空が相まって、程よい月明かりのおかげで幻想的な風景が広がっていた。
そんな事を感じるということは嫌な予感などは伝わってこないというわけで、レンは『どこかから魔物に見られてるんだろ』と2人に告げると、納得しない様子ではあったが疑っても仕方が無いと判断したのかレンの言葉にライネリアは頷き、ローザは相槌を打っていた。
「さて、じゃあ今日はもう切り上げるか。ライネリア、今日の夜、少しお願いしてもいいか?」
『はい。検査ですね、お任せ下さい』
『律儀じゃのぉ。ならば妾は少し空を舞ってから戻る。人化魔法の魔力消費は少ないといっても何日も継続だと不安になるからの』
「そうか。なら行こうか、ライネリア」
『そうですね。もし魔物が襲ってきたとしても私がお守りいたします』
そんな心強いことを言ってくれるライネリアと共に、レンはローザを置いてグランニールへと向かう。
すると後ろから眩い光が周囲を照らしたので、レンが後ろを振り向くとローザが黒竜の姿へと姿を変えており、大きな両翼を羽ばたかせて空を舞い、見る見るうちに姿が見えなくなってしまった。
「ライネリアもたまには羽を伸ばさなくていいのか?」
『……そうですね。私は昔から人化魔法を使っていたので大丈夫です。それに、私はレン様の傍にいられる方が羽を伸ばすことよりもよっぽど重要ですから』
そんな小恥ずかしいことを言いながら肩を寄せてくるライネリアにレンは妙な胸騒ぎを抱きつつも、後方から魔物の遠吠えが聞こえてくるので和やかな雰囲気が殺伐としたものになる。
レンが気付く頃にはその魔物は遠くで黒焦げになっており、隣から舌打ちが聞こえてくるが、レンは気のせいだと信じて足を再び動かす。
その後、ライネリアがレンに身を寄せようとする度に魔物が襲ってくるので、レンの髪の毛が若干逆立つほど空気がピリピリとしており、ライネリアは笑顔であったがいつしかのティエリナのようにその笑顔の裏には想像出来ない位の怒りが募っていた。
なのでレンが気を使ってライネリアに感謝の言葉を告げると、ピリピリとしていた空気は少しだけ和らぎ、ライネリアの雰囲気も元に戻っていた。
結局、その後グランニールに到着するまでに3回ほど魔物の襲撃があり、ライネリアの怒りが爆発しそうになったのは言うまでもないだろう。
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