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元Sランクの俺、遊びに誘われる

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 早朝。俺は宿に出る前に服が乱れてないかを確認し、半ば早歩き気味でケルア街内の北部へと歩いていく。

 今回、リルネスタはラット大森林の調査のため俺は休息を取ろうとしていた。

 だがそれなのになぜ早朝から普段行くことのないケルア街内の北部へと向かっているのか。

 それにはちゃんとした理由があった。

「レンさーん! 遅いですよ~!」

「す、すまん。身支度に時間がかかって──と言っても、いつもと同じ服なのだが」

「そうですね、いつものレンさんです。でも、いつも通りでホッとしました」

 普段着ている黒と青を基調としたギルド職員の服ではなく、白いレースが付いた水色を基調とした服を着たティエリナは、レンを見つけたと思えば両手を大きく振って自分の居場所をレンに伝える。

 だがそこは道のど真ん中。つまり今のティエリナは周りからすごく目立っているわけで。

 つまり、必然的にレンも目立ってしまっているということだ。

「あ、あまり大声を出さないでくれ。多方向から視線が集まってきてなんかイヤだ」

「ごめんなさ~い。ところでレンさん、どうですか? いつもと違う私は」

「えーと……新鮮でいいと思う。ティエリナさんみたいな人には水色のように明るい服が似合うな。それに、その髪留めもいつもと違うから良い意味で別人に見える」

「まさか髪留めにまで気付いてくれるなんて……あは、ありがとうございます」

 近付いて分かるのだが、きっとティエリナは少しだけ化粧をしているのだろう。今日のティエリナはいつもよりも明るく、綺麗に見えた。

 しかしそれも当然だろう。なぜなら今日はティエリナのあまり数多くない大事な休日だからだ。

「じゃあ、早速行きましょう。デートに」

「…………デートじゃなくて遊びに行くだけだろ?」

「別にどっちだっていいじゃないですか。あは、もしかして照れてます?」

「いや、そういうわけじゃないが……」

「ならいつまでも道の真ん中で立ち話してると邪魔になりますし、行きましょうよ!」

「お、おい。あんまり手を引っ張らないでくれ──っておい!」

 レンがティエリナに声をかけるが、テンションが上がりきっているのかティエリナは聞く耳を持たず、レンは腕を引っ張られてしまう。

 なぜ今レンはティエリナと二人で出掛けているのか。それはつい昨日の出来事である────





△▼△▼△▼△▼△▼△▼△





 ルーセフに連れられ、二階へ上る階段へ向かうリルネスタを見送ったレンは、先ほど目の前で起きた一瞬の出来事を頭の中で整理していた。

 一応、状況を理解することはできた。だがそれよりも気になることが一つだけあった。

 それは、今もなお隣で静かに微笑んでいるティエリナのことであった。

 どうして先ほどから一言も喋ろうとしないのか。と、レンはティエリナに問おうとするが、その天使のような笑顔に見える魔王の微笑を前に、レンはただ黙って視線に耐えることしかできなかった。

 だがそれも時間の問題。黙って耐えることができなくなったレンは一度咳払いをし、静寂を切り開く。

「あの、さっきからなんで黙ってるんだ……?」

「あは、なんでだと思います?」

「えー…………」

 静かに目を閉じ、自分に落ち度があるかを深く考え込む。

 だがどう考え、どう悩んでもティエリナにここまで執拗に見られる要因は思い当たらなかった。

「なんで、さっきクエストの報告に来てくれなかったんですか?」

「……あ、もしかしてそんなことで怒って──」

「怒ってはないですよ?」

 レンが『怒ってるんですか?』と聞こうとすると、その前に食い気味にティエリナが否定する。

 その勢いのあまり、レンさその場でピタリと固まってしまう。

 今までたくさんの魔物を前にし、怯むことなく倒してきたレンをここまで抑え込むのはティエリナだけかもしれない。

「私は心配だったんですよ? 二日連続でFランクではなくEランクのクエスト……しかも討伐クエストを受けたんですから。少しは顔を見せてくれないと不安になってしまいます」

「あれはリルネスタにギルドのシステムを知ってもらうためにあえて行かなかっただけなのだが……」

「だとしても、せめて挨拶はしてください。私はレンさんの専属受付嬢なんですから」

「そう……だな、一理ある。これからはちゃんと顔を見せることにするよ」

「はいっ! 分かってくれたならなによりです。あ、レンさん。ちょっとギルドカードを借りてもいいですか?」

「あぁ、別に構わないが」

 レンは内側の胸ポケットからギルドカードを取り出し、ティエリナに手渡しする。

 それを受け取ったティエリナは笑顔のまま自分のカウンターへと早歩きで向かってしまう。

 そして待つこと数分、早歩きでレンの元へ戻ってきてギルドカードを渡したと思えば、ティエリナはレンの目の前で小さな拍手をしだした。

「おめでとうございます! レンさんは今回クエストを達成したことで、FランクからEランクにギルドランクが上がりました!」

「おー、ついにか」

 受け取ったギルドカードを見ると、そこには確かに『F』の文字が『E』に変わっていた。

 数日前は『E』ではなく『S』であった。

 だがここまでギルドランクが上がったのを嬉しいと感じるのは『A』から『S』に上がった時と同等かそれ以上かもしれない。

「ちなみにレンさんはどれくらいまでランクを上げるつもりなんですか?」

「やっぱり……Sランク、かな」

 そう告げると、ティエリナの目が急に輝きはじめる。

 それはまるで夢を見る少女のようで、邪気という邪気は少したりとも感じなかった。

「Sランク……! レンさんならきっとなれますよ!」

「ありがとう、頑張るよ」

 よっぽど『Sランク』という響きがいいのか、ティエリナはレンの正面にある椅子に座ってご機嫌な様子で鼻歌を歌っていた。

 確かに、受付嬢からしたら担当している冒険者がSランクという高みに上り詰めたなら素晴らしい功績だと言えるだろう。

 だがティエリナからはそれを手柄にしようだとか、そういうものは微塵たりとも感じられなかった。

 きっと、ティエリナはレンにSランクというギルドの頂点に到達してほしいと心の底から思っているのだろう。

 その時のティエリナの笑顔はどこか見蕩れてしまうものがあり、心做しかレンの気分も少しばかり晴れやかになっていた。

「私、レンさんがSランクになるまで頑張ります。一緒に頑張りましょう!」

「おう、頑張ろうな」

「そしてもしSランクになったら盛大にパーティとかしたいですね」

「おっ、いいなそれ。賛成」

「じゃあ……明日遊びにでかけませんか?」

「あぁ、いいぞ──ん? 今なんて……?」

 レンがティエリナに聞き直すころには、既にティエリナはウィンクをしながら自分のカウンターへ戻っていってしまった。

 あれ、今ティエリナさんはなんて言ったんだ? と、もう1度深く考え込むレン。

 だがそれよりも先に、自分の手にしていたギルドカードの裏に一枚の紙が貼られているのを発見し、レンはその紙を裏返しにして黙読する。

[レンさん、私は明日、朝を伝える鐘が鳴ってから三時間後にケルアの北部にある噴水の前で待ってます。楽しみにしてるので、ちゃんと来てくださいね?]

「う、嘘だろ……?」

 レンはその手紙の内容を見て絶句していた。

 内容を見る限り、これは若干誘導尋問気味の受け答えで、遊びに誘うのを成功する前提での文章である。

 つまり、あのときレンが用事あって断った場合ティエリナは大きな恥をかくわけであって。

 リスク的にいえばハイリスクローリターンなはずなのだ。

「もしかして、絶対に俺を誘える自信があったってことか……?」

 この世界に絶対なんてことはない。
 だがこの結果を目の当たりにして、レンはただ黙って何度も何度も同じ文を読み返すことしかできなかった。

「断るか……? いや、俺は男だ。一方的にとはいえ、ちゃんと許諾したんだ。それなのに今更断ったら失礼に値するし、ここは腹を決めるしかない」

 なにが一番恐ろしいかといえば、ティエリナが完全にこちらのペースを掴んできているということである。

 いや、掴んできているというのは間違いで、もしかしたら掴むだけでは終わらず、中にまで侵入してきているかもしれない。

「……俺って、結構分かりやすい男なのかな」

 自分の胸ポケットにギルドカードと手紙をしまったレンは、机に肘をついてリルネスタを待つことにする。

 一方その頃、ティエリナは隣のカウンターで作業するメガネがワンポイントの《ニカ》という名の女性と静かに談笑していた。

「ニカさん、成功しましたよ!」

「え、本当にあの方法で成功したの!?」

「はい。ちょっと卑怯でしたが、流れに任せてみました。まぁ、レンさんは優しいので無理難題ではなければ断らないはずですから、あの方法でもいけたのかもしれませんね」

 ティエリナは始終笑顔のままだったが、ニカはその笑顔を見て少しばかり怯んでいた。

「まぁ、ティエリナちゃんは昔からあれだよね。大好きなもの以外は目に入らないっていうか。あ、もしかしてレンくんだっけ? あの子のことが好きなの?」

「うーん、好きというよりは、興味に近いですね。好意がないというわけではないですが、付き合いたいだとか、結婚したいとは違います」

「ふーん、難しいんだねぇ」

 そんなことを呟くニカは、ティエリナから顔を逸らして自分の目の前に積み上げられた書類に手を伸ばす。

 そして依頼の確認や、達成報酬などの確認をする。

「…………私、昔から気に入ったものはつい壊しちゃうんですよね」

「え? ごめん、夢中になってて聞いてなかった。もう一回言って?」

「ううん、なんでもないです。ただの独り言なので、気にしないでください」

 そう言うと、ニカは特に気にする様子もなく書類へと振り返り、再び作業に戻る。

 そんな中、ティエリナはカウンターの椅子に座り、明日どんな服ででかけようかなと鼻歌を交えながら微笑んでいた。
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