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元Sランクの俺、クエストを受注する
しおりを挟むティエリナに呼ばれたレンは特に会話を交わすこともなく、1階にあるティエリナが受付をするクエストカウンターに案内される。
どうやら冒険者登録というのはどこのギルドも同じようで、レンは微かな記憶を頼りにティエリナに教わりながらギルドカードに一滴の血を垂らし、自分の名前を書いてティエリナに手渡しした。
「これで完成です! レンさんは本日をもって、Fランク冒険者として登録されました! 一応説明した方がいいでしょうか?」
「それは大丈夫──いや、一応説明してもらってもいいか?」
「はい! 私にお任せ下さい!」
何年間も冒険者をやってきたのでクエストの受け方やランクの上げ方等は熟知しているものの、もしかしたらギルドによって違いがあるかもしれないので、レンはティエリナの話に耳を傾ける。
だがそれは無駄な心配だったらしく、一通りの説明を聞いてあまり前のギルドと変わりがないことが分かった。
あえて相違点を挙げるならば、どうやらここのギルドはランクによってクエストを一定期間中に受けないと罰則が科されるらしい。
例えば今のレンのランクはFだが、Fランクは1週間に1回はクエストを受注し、達成しないと1ヶ月間活動が停止になるらしい。
一応怪我やクエストを受注できない理由等がある場合は大丈夫らしいのだが、念のため気を付けた方がいいだろう。
「えーと……え、レンさんって19歳なんですか!? もう少し上だと思ってましたよ」
「まぁ、確かに成人してるとよく間違えられるな。でも実際はまだ酒も飲めない子供だよ」
とは言ったものの、これは自分が未成年であるという意味合いなだけで、実際は飲めないと言ったら嘘になってしまう。
そもそもレンが冒険者稼業を始めたのは3年前の16歳のときである。なのでランクアップの祝杯を仲間達と交わしたりした経験は多々あった。
「ということは、私とレンさんは同い歳になるってことですね」
「え、ティエリナさんって19歳なんですか? ちょっと驚きです。てっきりもう20歳を超えているのだと思ってましたよ」
その言葉は嘘ではない。実際初めて見たとき、その落ち着いた雰囲気と綺麗な顔立ちで年上かと思ったからだ。
ほんのりと赤みがかり、編み込みがあるストレートロングの髪に、ちょっとした垂れ目と長いまつ毛。色素の薄く絹のような肌に、華奢な体に見合わない大きめな胸。
見れば見るほどその魅力に惹かれてしまう。しかも性格は意外と明るく、人当たりが良い。むしろこのような女性を嫌う男はいないのではないのだろうか。
しかしそれを口にするのは難しく、レンは明後日の方向を見ながらティエリナの返答を待っていた。
だがいつまで経っても返答が帰ってこない。レンがティエリナに視線を戻すと、ジト目でこちらを見つめてくるティエリナの姿がそこにあった。
「……それって、私が年齢以上に老けて見えるってことですか……?」
「あ、いやいや! 違うんだ! そうじゃなくて、最初見たときティエリナさんが大人に見えたんだ。その、なんていうか……とりあえず! き、綺麗ってことだ!」
やってしまった。やはり自分は人を褒めるということが苦手らしい。いきなり綺麗なんて安直なことを言ってしまえば気持ち悪がられること間違いなしである。
だからといって「キミはまるで水面に映った月のように美しい」なんて臭いセリフを言えるほど自分に自信があるわけでもない。これからは女性の年齢には極力触れない方がいいだろう。
しかしそんなレンの葛藤を否定するように、ティエリナは顔を真っ赤にし、目を回しながら手をブンブンと振り回していた。
「き、きき綺麗って! レ、レンさんはお世辞が上手なんですね!」
「いや、お世辞じゃなくて……って、ティエリナさん!? 俺のギルドカードを振り回さないでくれませんかね!?」
よほど褒められ慣れてないのだろうか。ティエリナはレンが指摘しても耳に届いてないのか、しばらくの間あたふたしながら声にならない悲鳴のような声をあげていた。
そして数秒後ハッと我を取り戻したのか、下を俯き、声を震わせたままレンに完成したギルドカードを渡していた。
「も、申し訳ございません……ちょっと取り乱してしまいました……」
「い、いや。仕方ないよ。俺も変なこと言っちゃったし。ごめん」
そして今度は2人の間になんとも言えない雰囲気が漂い始める。だがそんな雰囲気はティエリナによってすぐに崩れ去ることになった。
「そ、そうだ! レンさん、早速ですがクエストを受注しませんか? あちらにクエスト用紙が貼られた依頼板があるので、そちらでクエストを見てきてはいかがでしょう」
「うーん。よし、そうするよ。すぐに戻るから待ってて」
ティエリナに言われた通り、レンはクエストカウンターから見て左手にある依頼板に向かい、貼り付けられたクエストを右から左へと見流していく。
「んー、ろくなクエストがないな。なんだよこれ、飼い猫の捜索? 畑の見張り? これって、俺ら冒険者がすることなのか?」
そもそもFランククエスト自体が少ないので、選ぼうにも選ぶほど種類がなかった。しかも報酬金は安く、労力に見合った対価を貰えるクエストが一つもないことが分かった。
なのでレンは一つ上のEランククエストを見る。一応ギルドのルールとして、自分のギルドランクより1個上までのは受けることができるというルールがあったはずだ。
「んー……あ、これなんていいじゃないか。よし、これにしよう。これなら今の俺でも十分に達成できるクエストだ」
レンは依頼板からそのクエスト用紙を切り取り、ティエリナの待つクエストカウンターに向かい、クエスト用紙を手渡しする。
するとティエリナは目を見開き、心配した様子でそのクエスト用紙をレンの元へ返戻した。
「その、あまり私のような受付嬢がこのようなことを言うのはダメなのですが、このクエストは……」
「え? でもこれEランクのクエストでしょ? ならFランクの俺でも受けれるはずだけど」
「それは、そうですけど……その、しっかりとこのクエストの内容をご覧になりましたか……?」
「……? なんか見落としたか?」
自分の元に返されたクエスト用紙を掴み、再び1からその依頼内容を読んでいく。
その内容はケルアの東方面にある《ラット大森林》という名の森の中に生息する《イーテルウルフ》3匹の討伐であった。
イーテルウルフは本来、広大な草原で群れを成し獲物を狩る魔物なのだが、どうやら群れからはぐれてしまったイーテルウルフをこの街の人が見つけ、危険ということで討伐の依頼したらしい。
「どこも変なところはないぞ? 確認だけど、このクエストはイーテルウルフを3匹討伐したら帰ってきていいんだよな?」
「はい、その通りですが……レンさんは、イーテルウルフの強さを把握してるのですか?」
「別にイーテルウルフなんてそこまで驚異な魔物じゃないだろ? 確かに群れからはぐれたイーテルウルフは気性が荒くなって強さは跳ね上がるが……たった3匹だけなら対処は簡単だよ」
この言葉は見栄でもなんでもない。実際過去に20匹を超えるイーテルウルフの群れを1人で壊滅させたことがあった。
それを考えれば3匹など、今のままでも余裕で終わらせることができる自信がある。だが話してる途中で、レンは重大なことに気付いた。
なぜここまでティエリナが心配してくるのか。それはレンがまだ『Fランクの新人』だからである。
もしレンが元Sランク冒険者と知ればなにも言わず笑顔で送り届けてくれるだろうが、ティエリナはそれを知らない。
つまり今のレンは、ティエリナにとって『自分の力を過信してる物知りな駆け出し冒険者』と思われてしまっているのである。
「……そう、ですね。レンさんならきっと余裕ですよね! でも、無理はしないでくださいね?」
震えた小さな手でレンの手を握るティエリナの笑顔はどこか罪悪感を覚えるものであった。
心配で本当は止めたいけど、レンを否定したくない。そんな止めるか止めないべきかの境界線で迷っているのか、ティエリナの無理して作った笑顔を見ると心が痛んでしまう。
ここでなんと言えば安心させることができるだろうか。きっと胸を張って「心配は無用だ」と言ったとしても逆効果だろう。なら、今後このようなことが起きないため、結果を出す必要があった。
「あぁ、任せてくれ。きっと──いや、必ず依頼を達成して戻ってくるから」
「はい……信じてますからね」
心の底からの信用とまではいかないが、少しばかりレンを信じる気になったのだろう。
ティエリナは少し複雑な表情を浮かべながらも、大きめのハンコをカウンターの下から取り出し、ゆっくりとクエスト用紙の左上に《ティエリナ認》の文字を押した。
「本当に、気を付けてくださいね。一番重要なのは依頼の達成より生きて帰ることですからね!?」
「分かってる。じゃ、行ってくるよ」
こんなに女の子を心配させるなんて、自分もまだまだ子供である。
だが今回の件について学ばないほど、自分は子供でもバカでもなかった。
「一番重要なのは生きて帰ることだけど、信頼を勝ち取るには生きて帰るよりも依頼を達成する方がいいんだよな」
そんなことをポツリと呟きつつ、レンは腰にぶら下げた聖剣の柄を強く握り締め、ギルドの扉を押して開く。
そしてポーチからケルア付近の地図を取り出し、目的地である《ラット大森林》まで走って向かうことにした。
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