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元Sランクの俺、任務を果たす

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 不規則な揺れが続く馬車の荷台でうたた寝をするレン。ゴトゴトと荷物の揺れる音がうるさい中でも、涼しい夜風のおかげか気にすることなく眠ることができていた。

 そんなとき、突然馬車が急停止する。そのせいで積まれた荷物が崩れ落ち、レンの足元にいくつか音を立てながら転がり込んでいた。

「…………ん?」

 いくら眠っていたとしても、レンのような熟練の冒険者になると周囲の異常に勘で気付き、すぐに行動へと移すことができる。

 そして目を覚ましたレンは辺りを見回し、咄嗟に馬車が止まっていることを確認。その直後、なんらかの異常が発生したことを理解した。

「っ!」

 すぐさま聖剣の柄を握り、鞘を抜き捨てて荷台の窓から外へ向かって飛び降りる。

 高さはあったものの、レンは慣れた動きで受身を取り、そのままの勢いで商人の座っている御者台に向かった。

「おじさん! なにかあったのか!?」

「あ、あぁ……! いきなりワシの馬が足を止めてしまった。きっと近くに魔物が潜んでるに違いない!」

 その言葉の言う通り、確かに馬車を引く2匹の馬はどこか怯えた様子で、一向に前へ進もうとしなかった。

 このままでは暴走してしまうかもしれない。なのでレンは腰にぶら下げているポーチに手を伸ばし、ある物を取り出した。

「おじさん、馬用の耳栓は常備してあるか?」

「使い古した物だが、ちゃんと今でも使えるぞ!」

「よし、なら今すぐ耳栓で耳を塞ぐんだ!」

 レンが分かりやすく端的に指示し、商人はそれに従って速やかに馬用の耳栓を馬の耳につける。

 それを確認したレンは先ほどポーチから取り出した球体から伸びた紐を引きちぎり、前方方向に向かって全力で投擲した。

「おじさんも耳を塞いでくれ!」

「あ、あぁ!」

 商人に耳を塞ぐように指示し、レンが膝をついて手で耳を押さえた刹那。甲高い金属音のような音が辺りに鳴り響き、体の表面を貫通して脳に直接音が響き渡る。

 レンが投擲したのは《対魔物用音波炸裂玉》という道具である。

 対魔物用音波炸裂玉は表面に何重にも紐が巻かれており、その紐を引きちぎって緩ませ、強い衝撃を与えることで中に封じ込まれた《甲音鉱かんおんこう》という鉱石を爆散させ、鼓膜が破れるほどの音を鳴らす魔道具である。

「これで出てくればいいんだけどな……」

 つい数秒前とは打って変わり、不気味なほどの静寂が訪れる。最初は自分の呼吸音と足元の草が風でなびく音しか聞こえなかったが、次第に別の音が聞こえ始める。

 ガサッ。と、今吹いている風では鳴るはずのない草の揺れる音。その音の発生源はちょうどレンの真正面で、ぼんやりとした影が遠くでゆらゆらと揺れていた。

「光よ、闇夜を照らせ。ライト」

 レンが右手の人差し指を立て、光魔法である《ライト》を詠唱すると指先に直径10センチほどの光を放つ球体が現れる。

 その名の通りそれは明かりの代わりとして使用される魔法で、使用者の魔力が続く限り永遠と光を放ち続けるという便利な魔法だ。

 そんな光の球体をレンは遠くで揺れる影へと飛ばす。そしてその直後、揺れる影はライトにより照らされ、その姿を顕にした。

「あ、あれは……」

「あれはただのナイトゴブリンだな。あれくらい1人で余裕だ。任せてくれ」

「ちょ、ちょっと待て! おーい!」

 商人が手を伸ばし、声を上げてレンを止めようとするが既にレンは聖剣の柄を握りしめてその場から飛ぶように駆け抜けていた。

 ナイトゴブリン。それはゴブリンよりも強く、闇や影に紛れて獲物を襲う魔物。大きさは1メートルを超え、群れを形成して動くので注意が必要な魔物である。

 しかしレンにとって、ナイトゴブリンを倒すことは赤子の手を捻るより簡単なお仕事であった。いくらスキル開花の準備期間中であろうと、ナイトゴブリンに負けるビジョンは見えてすらいなかった。

「はぁっ!」

『ギィ──』

 先手必勝。レンは一番手前で耳を押さえているナイトゴブリンに接近し、頭を顎から切り上げて首を空の彼方へと弾き飛ばす。

 そして今度はその近くで耳を押さえながらレンを睨みつけるナイトゴブリンを見つけ、両手で強く柄を握りしめて頭からナイトゴブリンを叩き潰した。

『グ、グギャア!』

「ちっ、うるせぇなぁ!」

 バレないように草むらに潜んでいたのだろう。突然レンの足元からナイトゴブリンが飛び跳ね、半分ほど錆び付いたナタでレンの首を刈り取ろうとする。

 だがナタが首へ届く前にレンはナイトゴブリンの腕を片手で掴み、力任せに地面へ叩きつけた。

「これで終わりだ」

『ギャギュゥッ!』

 地面で寝そべっているナイトゴブリンの首に向かって剣先を突き刺し、ナイトゴブリンを絶命させる。

 周囲に醜く響き渡る断末魔と汚らわしく飛び散る鮮血を見下しながらレンは一息付き、聖剣に付着した血を払い捨てて商人の元へ向かって足を伸ばした。

「これで一件落着だ。じゃあおじさん、またよろしく」

「……そ、そうだな。お前さんのおかげでワシは無傷だ。よし、乗ってくれ。先へ進もう」

 大きくあくびをしながらレンは再び荷台に乗り込み、壁を背にして目を閉じる。

 ほんのりと生臭い血の臭いを感じつつも、レンは無心になって呼吸のリズムを一定にし、ものの数分で深い眠りにつく。

 心地よい風にさらされながら。心地よい揺れに揺らされながら。レンは明日のために英気をゆっくりと補っていた。




▽△▽△▽△▽
 



 翌朝。レンは暖かい風を体全体で感じ取り、重たい体を腕で持ち上げながら体を起こす。

 天気は快晴。瞼を擦りながら空を仰ぎ見ると、雲一つないまるで海のような青空がどこまでもずっと続いていた。

「おっ、おはようさん。気持ちよく寝れたか?」

「おかげさまで。おじさんは寝たのか?」

「いや、ワシは昼間に仮眠をとったからな。睡眠をとる必要がない」

「つまり昼夜逆転生活をしてるってことか。商人も大変だな」

 今までは馬車を借りて移動していたので、商人の馬車に乗るというのは生まれて初めての経験であった。

 それに普段パーティメンバー以外と会話を交わさないので、このように初対面の人と親しげに会話すること自体新鮮で、どこか楽しいと感じている自分がいた。

「大変なのはお前さんたち冒険者の方だと、ワシは──いや、商人達は全員思ってるだろうな」

「……え?」

 まさかの言葉に、思考が停止してしまった。生まれて初めて「冒険者は大変だ」と言われたからである。

「ワシら商人が食っていけるのは、危険な魔物を倒してくれるお前さんたち冒険者のおかげだ。もし昨日、お前さんの誘いを蹴っていたら。今頃ワシは死んでいたかもしれないしな」

「……それが、俺らの生きがいなんで」

 ついうるっときてしまった。何気ない言葉だが、昨日ギリュウたちに浴びせられた冷たい言葉のせいか、とても暖かく感じた。

 昨日は全てを失ったかのように絶望した。しかしまだこのように暖かい言葉を投げかけてくれる人がいるのだと、レンは心の底から感動していた。

「ほら、話してるうちに見えてきたぞ。あそこが目的地 《ケルア》の街だぞ」

「ケルア……懐かしいな」

 荷台の窓から身を乗り出し、ケルアと呼ばれる街の全貌を見渡す。

 10メートルは超えるであろう城壁に、大きな鉄格子の門。その門の前には人集りができており、遠くから見ても賑わっていることが分かった。

「この街で1からやり直すんだ。そして俺は……俺は……!」

 拳を握り、決意を新たなにレンは呟く。

 いったいどんな冒険が待っているのか。
 いったいどんな出会いが待っているのか。

 そんなことを考えつつもレンは荷台の中に戻り、聖剣の手入れと荷物の整理を始めていた。
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