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第六章 エルフ王国編
第246話 細雪
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「グラーフ……」
カーチャンがボソッと呟く。
その美しい顔からはどんどん血の気が引いていった。
澄み切ったエメラルドの瞳が見据える先には、青い肌の騎士。
グラーフ。
それがあの魔族の名前だろうか。
グラーフは金色の瞳を細めて、不敵な笑みを浮かべている。
その全身から漂うのは、強者独特の雰囲気。
ヴァンダレイジジイやカンナさんのような。
己の強さに絶対の自信を持つ者だけが放つ雰囲気だった。
ものすごく嫌な予感がする。
あの魔族、絶対にやべえって。
魔族が肩に担いだ大剣は碧色の刀身だった。
一見すると美しい色なのに、なぜこうも禍々しく感じるのだろうか。
碧色の大剣は、薄く光っている。
どう見ても魔剣です。
絶対にやばい権能があります。
魔剣。
俺のラグニードやジジイの黒剣なんかが魔剣だ。
魔力を通すことで色々な能力が発動する。
ラグニードはなんか伸びるし、ジジイの剣を使ったアンは二人に分身していた。
魔剣とは、異世界特有のとんでも兵器なのである。
そんな魔剣を強そうな魔族が持っている。
首を刎ねるのに苦労しそうである。
「……魔将グラーフ、たった数騎で出てくるとは血迷ったか!! その首もらった!!!」
近くにいたエルフの騎兵が槍を構えながら叫んでいる。
グラーフは有名らしい。
魔将とかかっこいい呼ばれ方をしているのが気になったが。
俺も〇〇将って呼ばれたい。
やっぱり智将だろうか。
「雑魚が」
グラーフはつまらなそうに大剣を振り払う。
碧色の閃光。
「ぐはっ!!」
エルフの騎兵は一瞬で地面に投げ出されていた。
槍から穂先がなくなっていて、ついでに乗っていた馬が真っ二つになっている。
夥しい鮮血が吹き出す。
……強いな。
一瞬で大剣の2連撃。
俺の剣スキル《達人剣術》がビシビシとヤバさを告げる。
あいつ剣の腕も相当なものだ。
常人には、あいつの剣すら見えなかっただろう。
「……貴様のような雑魚は呼んでおらん。俺が求めるのはジークリンデのみ」
グラーフはつまらなそうに地べたの元エルフ騎兵の首を刎ねた。
ポーンとあっけなくエルフの首が宙を舞う。
そして、放たれる極上の殺気。
大気を震わせるほどの。
「ひいっ」「ば、化け物……」
勝ち戦に乗っていたエルフ兵たちは完全に呑まれた。
腰を抜かす者すらいる。
逆に勢いづいたのはオークたち。
殲滅されつつあったのに、無骨な武器を片手に歓声を上げている。
ブオオオ、ブオオオと。
その顔の通り豚の鳴き声に聞こえて間抜けだった。
しかし、戦場で聞くとなんとも不気味で。
「く、来るな!」「ぐひっ」「がは……」
戦意を削がれたエルフたちが討たれていく。
数では完全に優勢なのに、オークやゴブリンが押し始めた。
やばい。
たった一人で戦局を変えつつあった。
魔将パねえな。
「ジークリンデ!! さっさと出てこいっ!! さもなくば軟弱なエルフ共が全滅するぞ!!!」
臓腑に響くような、大音声だった。
しかも特濃の殺気つき。
エルフたちが更に怖気づいていく。
「くっ……! 私が出る。それまでグラーフの相手は誰もしないように。死体を増やすだけだ……!」
青い顔をしたカーチャンが手綱を引く。
まじかよ。
俺の見た限りカーチャンでもあの魔族の相手はきついと思うのだが。
カーチャンとは一度戦っているので、俺にはわかるのだ。
確かにカーチャンは強いけど……。
「お待ち下さい、アナスタシア様!! 敵の挑発に乗ってはいけません! 数はこちらが勝っています。一時の犠牲は増えても、奴は必ず討ち取られましょう!!」
カーチャンの前に立ちふさがって止めたのは、イケメンのインキンタムシさんだった。
なんか頭良い感じの事を言っているし、仕事ができる感じでイラッとする。
緊迫感のある表情をしたイケメンは、とてもインキンに苦しんで股間を掻きむしっているようには見えない。
これだからイケメンは。
「どきなさい、イーデ。今、討ち取られているのは、我がエリシフォンの兵だ。武人として黙って見ているわけにはいかない」
「しかし……!」
「くどいわ」
カーチャンはあっさりとイケメンの脇をすり抜けて、駆けていく。
使えないインキンである。
「くっ……直参兵たちよ、ジークリンデ様をお守りしろ!!」
「ははっ、イルフリーデ様!!」
カーチャンの傍に仕えていた騎士たちも慌ただしく駆け出していった。
当然イケメンもついていく。
戦場を見渡せる、見晴らしの良い丘。
そこには俺とフェルちゃんだけが残された。
「ど、どうしよう主! どうしよう!!」
小物なトカゲは完全に場の雰囲気に呑まれていた。
パタパタと飛びながらも、なんか慌てている。
空気が張り詰めていたもんなー。
さて俺はどうするか。
俺のカーチャンが行っちゃったので、ついていくしかないのだが。
「仕方ないですにゃー」
なんとなくニャン子のモノマネをしてみた。
108の社畜スキルの一つ、その場を和ませる謎モノマネである。
「あ! 今の主んちの猫みたいだった!! 主すごい!!」
ピュアなフェルちゃんには効果てきめんだった。
てきめんだったけど、トカゲが単純すぎてなんか釈然としない。
このレベルのモノマネですごいって言われる日が来るとは。
そんなことを考えながら、クッコロさんを弄ぶファラチオの触手を切り落とす。
「GUGAAA!」
馬ないと下まで行くのダルいから。
そういえばクッコロさんも残ってんな。
「きゃっ!」
こてんと地面に落ちるクッコロさん。
その全身は当然のごとく全裸だった。
ついでに謎の粘液まみれになっている。
「いったーい! お尻うっちゃった……」
粘液まみれになりながら、尻を打ったことを気にすんのかよ。
今更すぎるが、クッコロさん強メンタル。
とはいえですよ。
「あの……いいんすか? なんかエルフの皆さん行っちゃいましたけど……」
とりあえずそんな指摘をしてあげると、クッコロさんはやっと気づいたようであたりをキョロキョロ見渡した。
そして、自分しか残っていないのを悟って顔を真赤にする。
その見事な双乳がぷるんと揺れた。
相変わらずのナイスおっぱいである。
そんなクッコロさんは恥ずかしそうに一言。
「くっ、ころせぇ……!」
今日もクッコロさんはブレなかった。
エルフと魔物たちが殺し合う戦場。
飛び交う怒号と断末魔。
粉塵が吹き荒れ、血風が舞う。
そこはまさに。
現世に出現した地獄。
そんな地獄の中、可憐なエルフが馬を駆る。
「グラーフ!!」
まだ若い娘の声だった。
美しい声音を必死に強張らせて、敵の名を呼ぶ。
エルフの名はジークリンデ。
ジークリンデ・アナスタシア・イル・エリシフォン。
エルフ最高の剣士の名を欲しいままにする美しき将軍。
王家にも連なるエルフ随一の名門の令嬢ながら、この場にいるエルフの中で間違いなく最強の戦闘力を誇る女傑でもある。
ジークリンデは蒼き細剣――ジュリエスを腰から引き抜く。
シャランと、戦場には場違いな優雅な音が響いた。
それはまるで、名器と呼ばれる楽器のような音色。
見た目も美しい細剣は、しかし、尋常ならざる戦闘力を秘めている。
「おう! やっと来たかジークリンデ!!」
迎え撃つのは、赤髪の魔将グラーフ・ドルゴポロフ。
謎に包まれた魔族の中にあって、人間世界にもその名を轟かせる猛将。
魔族を率いる大将軍。
そして――。
「今日も存分に死合おうぞ!!」
グラーフは碧色に輝く大剣を振りかぶって構える。
――人間世界に恐怖を与える、有名な剣匠でもあった。
「戦狂いが……!」
小さく毒づきながらもジークリンデはジュリエスを構える。
交錯する美女と偉丈夫。
ぶつかり合う白馬と黒馬。
蒼色と翠色の剣光が、一瞬のうちに交わされる。
「くっ!」
「むおっ!?」
ジークリンデの肩鎧が砕け、グラーフの頬に赤い太刀傷が走る。
両者の一合目は、互角だった。
「ふはは、やるなジークリンデ! さすがは俺が見込んだ女よ……!!」
「抜かせ……!!」
不敵に笑うグラーフに、苦しそうに呻くジークリンデ。
ジークリンデは知っていた。
この相手には勝てない事を。
剣を交わしたのは一度ではない。
長いエルフと魔族の戦の中で、グラーフに負けたのは一度や二度ではない。
何度も負けてきた。
命に関わる傷を負わされた事もある。
グラーフは自分よりも強い。
それはこの身体が、知っている。
気を抜くと、ガタガタと震えだしそうな身体を奮い立たせて、ジークリンデはグラーフを睨む。
それでも。
「ジークリンデ様!!」
直参の兵たちとイルフリーデが駆けつけてきた声を、背中で聞く。
長い間仕えてくれている忠臣たちである。
周囲を見渡すと、顔の見知ったエルフたちが自分に縋るような目を向けていた。
負けられない。
この強敵に打ち勝たずして、何がエルフ一の名門エリシフォン家か。
己の誇りを全て愛剣にかけるのだ。
ジークリンデは全身に流れる膨大な魔力を蒼剣ジュリエスに込めていく。
「前に出すぎです、殿!!」
グラーフの元にも副官の女オーガが駆けつけて来た。
これまた強力な、厄介な女である。
時間はかけられない。
ジークリンデは、これで決着させるつもりで全魔力を解き放つ。
「啼け剣よ――!」
ジュリエスの権能。
込めた魔力の分だけ出現する幾千もの刃。
軍隊の相手すら可能な必殺技。
ジークリンデの周囲に尋常ならざる数の刃の幻影が出現する。
「細雪!!!」
号令一閃。
ジークリンデの声で、幾千もの刃が閃光となってグラーフに降り注ぐ。
膨大な魔力の残滓を振りまきながら。
「殿!!」
悲痛な声を上げた女副官が、グラーフを庇うように前に出た。
暴力とも言える閃光に、その双眸を細めながら。
「ふっ、ふはは!!」
しかし、グラーフは笑う。
その強靭な真っ白な牙をむき出しにして。
ジークリンデの必殺の刃が届くまで、一秒もない。
そんな絶望的な状況を楽しむように、魔将は笑うのだった。
「打ち砕け――龍哭丸」
グラーフの声が静かに響いた。
刹那。
――パリン。
ガラスが割れるような音。
そして。
ジークリンデの放った無数の刃。
魔剣の起こした奇跡。
それが、全て消え去った。
沈黙。
その場にいる全ての者が、今起きた出来事を処理できずにいた。
一人を除いて。
「ジークリンデ……」
おもむろにグラーフが馬を進める。
呆気にとられるジークリンデに向かって。
「ば、馬鹿な! くっ……」
やっとのことで声を上げたジークリンデは姿勢を崩した。
全魔力を込めた一撃だった。
剣では勝てないグラーフに向けて放った必殺の一撃だったのだ。
当然、魔力枯渇はやってくる。
「この馬鹿者が! 剣の死合いを派手な大道芸で汚すとは何事か!!」
「ぐはっ!」
グラーフの太い腕がジークリンデの頬を打った。
その勢いでジークリンデは馬から投げ出されてしまう。
とっさに身を起こそうとしても、魔力枯渇のせいで身体に力が入らなかった。
長く伸びた美しい脚で地面をこするだけである。
「あっ、ぐあ……」
ジークリンデの美しいプラチナブロンドを、グラーフの青い腕が掴む。
力なく持ち上げられるジークリンデ。
その肢体をくねらせて抵抗するも虚しく、美しさ故に妙な色香を振りまくだけだった。
「……いい女だ。戦場に咲く鬼百合のような美しさよ」
ジークリンデのスラリと伸びた肢体をグラーフが舐めますように見つめる。
荒廃した戦場の中にあって、無残にも吊るし上げられていても。
なおジークリンデは美しかった。
所々汚れてはいるが、金色の鎧は綺羅びやかで。
垣間見える純白の肢体は美しい。
腰回りは胸元は、女盛りの色気に溢れ。
苦しそうに歪められた美しき双眸は、男の支配欲を刺激する。
そんなジークリンデに、グラーフは獣のような笑みを浮かべた。
「俺との約束を覚えているか? 俺に負けたら俺の嫁になるという約束を!!! 何度も何度も逃げおってからに……」
「なっ!? だ、だから私には夫も子供も……ぐっ、うう!!」
ジークリンデの細い顎を、グラーフの無骨な指が掴んだ。
苦しそうに呻くジークリンデ。
「忘れさせてやる……俺が抱き狂わせてやるわ! お前のような女には、俺こそが相応しい」
ジークリンデの匂い立つような頬に、グラーフが顔を近づける。
その双眸に獣欲の狂気を漂わせながら。
「だ、誰が貴様なんかに……!!」
「何、お前の気もそのうち変わるだろうよ。何万もの同胞の死体を目にすれば、な」
「や、やめろっ!!」
ジークリンデの抵抗も虚しく、グラーフは凍てついた目を副官に向けた。
そして一言。
「……やれ」
「はっ!」
グラーフの命令にオークたちが動き出す。
将であるジークリンデが討ち取られた今、エルフたちの戦意は底をついていた。
オークたちの蹂躙に耐えきれず、次々に討ち取られていく。
「くっ……!!」
ジークリンデはそんな惨状を黙って見ているしかできない。
魔力枯渇によって身体の力は入らず。
その身体は、グラーフに弄ばれる運命だった。
己の無力さに、ただ涙を流すことしかできない。
討ち取られていく同胞たちの悲鳴を聞きながら。
可憐な花は、手折られるのをじっと待つしかできなかった。
そんな時。
「ちょっと待ったああああああ!!!」
戦場に響いたのは、エルフでもオークでもない。
場違いな人間の声だった。
カーチャンがボソッと呟く。
その美しい顔からはどんどん血の気が引いていった。
澄み切ったエメラルドの瞳が見据える先には、青い肌の騎士。
グラーフ。
それがあの魔族の名前だろうか。
グラーフは金色の瞳を細めて、不敵な笑みを浮かべている。
その全身から漂うのは、強者独特の雰囲気。
ヴァンダレイジジイやカンナさんのような。
己の強さに絶対の自信を持つ者だけが放つ雰囲気だった。
ものすごく嫌な予感がする。
あの魔族、絶対にやべえって。
魔族が肩に担いだ大剣は碧色の刀身だった。
一見すると美しい色なのに、なぜこうも禍々しく感じるのだろうか。
碧色の大剣は、薄く光っている。
どう見ても魔剣です。
絶対にやばい権能があります。
魔剣。
俺のラグニードやジジイの黒剣なんかが魔剣だ。
魔力を通すことで色々な能力が発動する。
ラグニードはなんか伸びるし、ジジイの剣を使ったアンは二人に分身していた。
魔剣とは、異世界特有のとんでも兵器なのである。
そんな魔剣を強そうな魔族が持っている。
首を刎ねるのに苦労しそうである。
「……魔将グラーフ、たった数騎で出てくるとは血迷ったか!! その首もらった!!!」
近くにいたエルフの騎兵が槍を構えながら叫んでいる。
グラーフは有名らしい。
魔将とかかっこいい呼ばれ方をしているのが気になったが。
俺も〇〇将って呼ばれたい。
やっぱり智将だろうか。
「雑魚が」
グラーフはつまらなそうに大剣を振り払う。
碧色の閃光。
「ぐはっ!!」
エルフの騎兵は一瞬で地面に投げ出されていた。
槍から穂先がなくなっていて、ついでに乗っていた馬が真っ二つになっている。
夥しい鮮血が吹き出す。
……強いな。
一瞬で大剣の2連撃。
俺の剣スキル《達人剣術》がビシビシとヤバさを告げる。
あいつ剣の腕も相当なものだ。
常人には、あいつの剣すら見えなかっただろう。
「……貴様のような雑魚は呼んでおらん。俺が求めるのはジークリンデのみ」
グラーフはつまらなそうに地べたの元エルフ騎兵の首を刎ねた。
ポーンとあっけなくエルフの首が宙を舞う。
そして、放たれる極上の殺気。
大気を震わせるほどの。
「ひいっ」「ば、化け物……」
勝ち戦に乗っていたエルフ兵たちは完全に呑まれた。
腰を抜かす者すらいる。
逆に勢いづいたのはオークたち。
殲滅されつつあったのに、無骨な武器を片手に歓声を上げている。
ブオオオ、ブオオオと。
その顔の通り豚の鳴き声に聞こえて間抜けだった。
しかし、戦場で聞くとなんとも不気味で。
「く、来るな!」「ぐひっ」「がは……」
戦意を削がれたエルフたちが討たれていく。
数では完全に優勢なのに、オークやゴブリンが押し始めた。
やばい。
たった一人で戦局を変えつつあった。
魔将パねえな。
「ジークリンデ!! さっさと出てこいっ!! さもなくば軟弱なエルフ共が全滅するぞ!!!」
臓腑に響くような、大音声だった。
しかも特濃の殺気つき。
エルフたちが更に怖気づいていく。
「くっ……! 私が出る。それまでグラーフの相手は誰もしないように。死体を増やすだけだ……!」
青い顔をしたカーチャンが手綱を引く。
まじかよ。
俺の見た限りカーチャンでもあの魔族の相手はきついと思うのだが。
カーチャンとは一度戦っているので、俺にはわかるのだ。
確かにカーチャンは強いけど……。
「お待ち下さい、アナスタシア様!! 敵の挑発に乗ってはいけません! 数はこちらが勝っています。一時の犠牲は増えても、奴は必ず討ち取られましょう!!」
カーチャンの前に立ちふさがって止めたのは、イケメンのインキンタムシさんだった。
なんか頭良い感じの事を言っているし、仕事ができる感じでイラッとする。
緊迫感のある表情をしたイケメンは、とてもインキンに苦しんで股間を掻きむしっているようには見えない。
これだからイケメンは。
「どきなさい、イーデ。今、討ち取られているのは、我がエリシフォンの兵だ。武人として黙って見ているわけにはいかない」
「しかし……!」
「くどいわ」
カーチャンはあっさりとイケメンの脇をすり抜けて、駆けていく。
使えないインキンである。
「くっ……直参兵たちよ、ジークリンデ様をお守りしろ!!」
「ははっ、イルフリーデ様!!」
カーチャンの傍に仕えていた騎士たちも慌ただしく駆け出していった。
当然イケメンもついていく。
戦場を見渡せる、見晴らしの良い丘。
そこには俺とフェルちゃんだけが残された。
「ど、どうしよう主! どうしよう!!」
小物なトカゲは完全に場の雰囲気に呑まれていた。
パタパタと飛びながらも、なんか慌てている。
空気が張り詰めていたもんなー。
さて俺はどうするか。
俺のカーチャンが行っちゃったので、ついていくしかないのだが。
「仕方ないですにゃー」
なんとなくニャン子のモノマネをしてみた。
108の社畜スキルの一つ、その場を和ませる謎モノマネである。
「あ! 今の主んちの猫みたいだった!! 主すごい!!」
ピュアなフェルちゃんには効果てきめんだった。
てきめんだったけど、トカゲが単純すぎてなんか釈然としない。
このレベルのモノマネですごいって言われる日が来るとは。
そんなことを考えながら、クッコロさんを弄ぶファラチオの触手を切り落とす。
「GUGAAA!」
馬ないと下まで行くのダルいから。
そういえばクッコロさんも残ってんな。
「きゃっ!」
こてんと地面に落ちるクッコロさん。
その全身は当然のごとく全裸だった。
ついでに謎の粘液まみれになっている。
「いったーい! お尻うっちゃった……」
粘液まみれになりながら、尻を打ったことを気にすんのかよ。
今更すぎるが、クッコロさん強メンタル。
とはいえですよ。
「あの……いいんすか? なんかエルフの皆さん行っちゃいましたけど……」
とりあえずそんな指摘をしてあげると、クッコロさんはやっと気づいたようであたりをキョロキョロ見渡した。
そして、自分しか残っていないのを悟って顔を真赤にする。
その見事な双乳がぷるんと揺れた。
相変わらずのナイスおっぱいである。
そんなクッコロさんは恥ずかしそうに一言。
「くっ、ころせぇ……!」
今日もクッコロさんはブレなかった。
エルフと魔物たちが殺し合う戦場。
飛び交う怒号と断末魔。
粉塵が吹き荒れ、血風が舞う。
そこはまさに。
現世に出現した地獄。
そんな地獄の中、可憐なエルフが馬を駆る。
「グラーフ!!」
まだ若い娘の声だった。
美しい声音を必死に強張らせて、敵の名を呼ぶ。
エルフの名はジークリンデ。
ジークリンデ・アナスタシア・イル・エリシフォン。
エルフ最高の剣士の名を欲しいままにする美しき将軍。
王家にも連なるエルフ随一の名門の令嬢ながら、この場にいるエルフの中で間違いなく最強の戦闘力を誇る女傑でもある。
ジークリンデは蒼き細剣――ジュリエスを腰から引き抜く。
シャランと、戦場には場違いな優雅な音が響いた。
それはまるで、名器と呼ばれる楽器のような音色。
見た目も美しい細剣は、しかし、尋常ならざる戦闘力を秘めている。
「おう! やっと来たかジークリンデ!!」
迎え撃つのは、赤髪の魔将グラーフ・ドルゴポロフ。
謎に包まれた魔族の中にあって、人間世界にもその名を轟かせる猛将。
魔族を率いる大将軍。
そして――。
「今日も存分に死合おうぞ!!」
グラーフは碧色に輝く大剣を振りかぶって構える。
――人間世界に恐怖を与える、有名な剣匠でもあった。
「戦狂いが……!」
小さく毒づきながらもジークリンデはジュリエスを構える。
交錯する美女と偉丈夫。
ぶつかり合う白馬と黒馬。
蒼色と翠色の剣光が、一瞬のうちに交わされる。
「くっ!」
「むおっ!?」
ジークリンデの肩鎧が砕け、グラーフの頬に赤い太刀傷が走る。
両者の一合目は、互角だった。
「ふはは、やるなジークリンデ! さすがは俺が見込んだ女よ……!!」
「抜かせ……!!」
不敵に笑うグラーフに、苦しそうに呻くジークリンデ。
ジークリンデは知っていた。
この相手には勝てない事を。
剣を交わしたのは一度ではない。
長いエルフと魔族の戦の中で、グラーフに負けたのは一度や二度ではない。
何度も負けてきた。
命に関わる傷を負わされた事もある。
グラーフは自分よりも強い。
それはこの身体が、知っている。
気を抜くと、ガタガタと震えだしそうな身体を奮い立たせて、ジークリンデはグラーフを睨む。
それでも。
「ジークリンデ様!!」
直参の兵たちとイルフリーデが駆けつけてきた声を、背中で聞く。
長い間仕えてくれている忠臣たちである。
周囲を見渡すと、顔の見知ったエルフたちが自分に縋るような目を向けていた。
負けられない。
この強敵に打ち勝たずして、何がエルフ一の名門エリシフォン家か。
己の誇りを全て愛剣にかけるのだ。
ジークリンデは全身に流れる膨大な魔力を蒼剣ジュリエスに込めていく。
「前に出すぎです、殿!!」
グラーフの元にも副官の女オーガが駆けつけて来た。
これまた強力な、厄介な女である。
時間はかけられない。
ジークリンデは、これで決着させるつもりで全魔力を解き放つ。
「啼け剣よ――!」
ジュリエスの権能。
込めた魔力の分だけ出現する幾千もの刃。
軍隊の相手すら可能な必殺技。
ジークリンデの周囲に尋常ならざる数の刃の幻影が出現する。
「細雪!!!」
号令一閃。
ジークリンデの声で、幾千もの刃が閃光となってグラーフに降り注ぐ。
膨大な魔力の残滓を振りまきながら。
「殿!!」
悲痛な声を上げた女副官が、グラーフを庇うように前に出た。
暴力とも言える閃光に、その双眸を細めながら。
「ふっ、ふはは!!」
しかし、グラーフは笑う。
その強靭な真っ白な牙をむき出しにして。
ジークリンデの必殺の刃が届くまで、一秒もない。
そんな絶望的な状況を楽しむように、魔将は笑うのだった。
「打ち砕け――龍哭丸」
グラーフの声が静かに響いた。
刹那。
――パリン。
ガラスが割れるような音。
そして。
ジークリンデの放った無数の刃。
魔剣の起こした奇跡。
それが、全て消え去った。
沈黙。
その場にいる全ての者が、今起きた出来事を処理できずにいた。
一人を除いて。
「ジークリンデ……」
おもむろにグラーフが馬を進める。
呆気にとられるジークリンデに向かって。
「ば、馬鹿な! くっ……」
やっとのことで声を上げたジークリンデは姿勢を崩した。
全魔力を込めた一撃だった。
剣では勝てないグラーフに向けて放った必殺の一撃だったのだ。
当然、魔力枯渇はやってくる。
「この馬鹿者が! 剣の死合いを派手な大道芸で汚すとは何事か!!」
「ぐはっ!」
グラーフの太い腕がジークリンデの頬を打った。
その勢いでジークリンデは馬から投げ出されてしまう。
とっさに身を起こそうとしても、魔力枯渇のせいで身体に力が入らなかった。
長く伸びた美しい脚で地面をこするだけである。
「あっ、ぐあ……」
ジークリンデの美しいプラチナブロンドを、グラーフの青い腕が掴む。
力なく持ち上げられるジークリンデ。
その肢体をくねらせて抵抗するも虚しく、美しさ故に妙な色香を振りまくだけだった。
「……いい女だ。戦場に咲く鬼百合のような美しさよ」
ジークリンデのスラリと伸びた肢体をグラーフが舐めますように見つめる。
荒廃した戦場の中にあって、無残にも吊るし上げられていても。
なおジークリンデは美しかった。
所々汚れてはいるが、金色の鎧は綺羅びやかで。
垣間見える純白の肢体は美しい。
腰回りは胸元は、女盛りの色気に溢れ。
苦しそうに歪められた美しき双眸は、男の支配欲を刺激する。
そんなジークリンデに、グラーフは獣のような笑みを浮かべた。
「俺との約束を覚えているか? 俺に負けたら俺の嫁になるという約束を!!! 何度も何度も逃げおってからに……」
「なっ!? だ、だから私には夫も子供も……ぐっ、うう!!」
ジークリンデの細い顎を、グラーフの無骨な指が掴んだ。
苦しそうに呻くジークリンデ。
「忘れさせてやる……俺が抱き狂わせてやるわ! お前のような女には、俺こそが相応しい」
ジークリンデの匂い立つような頬に、グラーフが顔を近づける。
その双眸に獣欲の狂気を漂わせながら。
「だ、誰が貴様なんかに……!!」
「何、お前の気もそのうち変わるだろうよ。何万もの同胞の死体を目にすれば、な」
「や、やめろっ!!」
ジークリンデの抵抗も虚しく、グラーフは凍てついた目を副官に向けた。
そして一言。
「……やれ」
「はっ!」
グラーフの命令にオークたちが動き出す。
将であるジークリンデが討ち取られた今、エルフたちの戦意は底をついていた。
オークたちの蹂躙に耐えきれず、次々に討ち取られていく。
「くっ……!!」
ジークリンデはそんな惨状を黙って見ているしかできない。
魔力枯渇によって身体の力は入らず。
その身体は、グラーフに弄ばれる運命だった。
己の無力さに、ただ涙を流すことしかできない。
討ち取られていく同胞たちの悲鳴を聞きながら。
可憐な花は、手折られるのをじっと待つしかできなかった。
そんな時。
「ちょっと待ったああああああ!!!」
戦場に響いたのは、エルフでもオークでもない。
場違いな人間の声だった。
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【二章完結】ヒロインなんかじゃいられない!!男爵令嬢アンジェリカの婿取り事情
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気がつけば乙女ゲームとやらに転生していた前世アラサーの私。しかもポジションはピンクの髪のおバカなヒロイン。……あの、乙女ゲームが好きだったのは私じゃなく、妹なんですけど。ゴリ押ししてくる妹から話半分に聞いていただけで私は門外漢なんだってば! え?王子?攻略対象?? 困ります、だって私、貧乏男爵家を継がなきゃならない立場ですから。嫁になんか行ってられません、欲しいのは従順な婿様です! それにしてもこの領地、特産品が何もないな。ここはひとつ、NGO職員として途上国支援をしてきた前世の知識を生かして、王国一の繁栄を築いてやろうじゃないの!
男爵家に引き取られたヒロインポジの元アラサー女が、恋より領地経営に情熱を注ぐお話。(…恋もたぶんある、かな?)
※現在10歳※攻略対象は中盤まで出番なし※領地経営メイン※コメ返は気まぐれになりますがそれでもよろしければぜひ。
女を肉便器にするのに飽きた男、若返って生意気な女達を落とす悦びを求める【R18】
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どんなに良い女でも肉便器にするとオナホと変わらない。
その真実に気付いた俺は若返って、生意気な女達を食い散らす事にする
人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚
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アーリア戦記から抜粋。
帝国歴515年。サナリア歴3年。
新国家サナリア王国は、超大国ガルナズン帝国の使者からの宣告により、国家存亡の危機に陥る。
アーリア大陸を二分している超大国との戦いは、全滅覚悟の死の戦争である。
だからこそ、サナリア王アハトは、帝国に従属することを決めるのだが。
当然それだけで交渉が終わるわけがなく、従属した証を示せとの命令が下された。
命令の中身。
それは、二人の王子の内のどちらかを選べとの事だった。
出来たばかりの国を守るために、サナリア王が判断した人物。
それが第一王子である【フュン・メイダルフィア】だった。
フュンは弟に比べて能力が低く、武芸や勉学が出来ない。
彼の良さをあげるとしたら、ただ人に優しいだけ。
そんな人物では、国を背負うことが出来ないだろうと、彼は帝国の人質となってしまったのだ。
しかし、この人質がきっかけとなり、長らく続いているアーリア大陸の戦乱の歴史が変わっていく。
西のイーナミア王国。東のガルナズン帝国。
アーリア大陸の歴史を支える二つの巨大国家を揺るがす英雄が誕生することになるのだ。
偉大なる人質。フュンの物語が今始まる。
他サイトにも書いています。
こちらでは、出来るだけシンプルにしていますので、章分けも簡易にして、解説をしているあとがきもありません。
小説だけを読める形にしています。
月が導く異世界道中
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月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
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漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
女神様から同情された結果こうなった
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どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
機械オタクと魔女五人~魔法特区・婿島にて
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東京の南はるか先、聟島に作られた魔法特区。魔法技術高等専門学校2年になった俺は、1年年下の幼馴染の訪問を受ける。それが、学生会幹部3人を交えた騒がしい日々が始まるきっかけだった。
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神様に転生させてもらった元社畜はチート能力で異世界に革命をおこす。賢者の石の無限魔力と召喚術の組み合わせって最強では!?
不死じゃない不死鳥(ただのニワトリ)
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●あらすじ
ブラック企業に勤め過労死してしまった、斉藤タクマ。36歳。彼は神様によってチート能力をもらい異世界に転生をさせてもらう。
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フェンリルにスライム、猫耳少女、エルフにグータラ娘などいろいろ登場人物に振り回されながらも異世界を楽しんでいきたいと思います。
タイトル変えました。
旧題、賢者の石による無限魔力+最強召喚術による、異世界のんびりスローライフ。~猫人族の村はいずれ大国へと成り上がる~
※R15は保険です。異世界転生、内政モノです。
あまりシリアスにするつもりもありません。
またタンタンと進みますのでよろしくお願いします。
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よろしくお願いします。
想像以上に多くの方に読んでいただけており、戸惑っております。本当にありがとうございます。
※カクヨムさんでも連載はじめました。
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