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第六章 エルフ王国編

第217話 責任

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 エロピアスを開けたリュディアに、思わず興奮してしまった帰り道。
 夕方の公園で一人ブランコを漕いでいたミレイ。
 そんなミレイは、何やら意味不明な事を言っていた。

 ――私、出来ちゃったみたいなんです。

 数分のフリーズの後、俺は再起動する。
 え、出来ちゃったって何が?

「……出来ちゃったってニキビでも出来ちゃったのかな?」

 ミレイはふるふると首を振った。
 夕暮れ時に、ふわふわのくせっ毛が宙を舞う。
 まじかよ。
 出来たのはニキビではなかったらしい。
 じゃあ、なんだろう。
 ミレイに出来るものなんて他に心当たりがない。
 …………。
 ないったら、ない。
 ニキビじゃないとしたら、フキデモノ?
 いや、若くて美人なミレイにフキデモノなんて出来るわけがない。
 そもそも、ニキビとフキデモノの違いってなんだろう。
 よし、ここはひとつ腹を据えて考えて――。

「……赤ちゃんです。コウさんと私の……」

 無理やり意味不明な問題を考えて現実逃避しようとしていたら、ミレイが爆弾発言をしていた。
 アカチャン。
 アカ・チャンと考えれば陽気な中国人にも――。

「もうしばらくアレが来てなくて……気になって調べてみたら……妊娠二ヶ月だそうです……」

 どうしよう。
 ことごとくミレイが現実逃避を潰しにかかる。
 ニンシン?
 二ヶ月??

「…………」

 気づくと手がガタガタと震えていた。
 必死にポッケの中をまさぐる。
 あれ、タバコどこやったかな……。
 変だな、見つからない。

「……ど、どうやって調べたんだ?」

 とりあえず、出てきたのはそんな言葉だった。
 もしかしたら勘違いかもしれないし。

「……マリーさんのところで、妊娠検査薬を頂いたんです。真っ赤に反応していたので、間違いないと思います」

 あのババア、余計な事を。
 真っ赤に反応したらどうなるのかわかんねえよ。
 そもそもあのババアの検査薬って信用できんのかよ。
 向こうの世界の妊娠検査キットならまだしも。
 ガンガンに反応した妊娠検査キットを首からぶら下げて、アヘ顔ダブルピースしたミレイを写真に収めたい。
 ……そんな妄想をしている場合ではないが。
 さてどうしよう。
 ここはやはり、あ! もうすぐ塾の時間だー! バイビー! と逃げるのが上策だろうか。

「……コウさん」

 その時、ミレイが俺の手を掴んだ。
 その細い指先が、小刻みに震えている。
 ミレイの不安が、痛いほどに伝わってきた。

「……私、どうすればいいですか?」

 ミレイの瞳。
 溶かした飴のような透明な茶色の瞳には、涙が滲んでいて。
 暮れようとする夕日を反射して、息を飲むほど美しかった。

 俺は咄嗟に空を見上げる。

 なんでこうなった。
 俺の精子は死滅しているんじゃなかったのか。
 電磁波にやられてたはずじゃ……。
 しかし、ちゃんと仕事していたようだ。
 まあ、想定はしたことがある。
 やらかしちゃった時の想定。
 まず弁護士を呼ぶとか、DNA鑑定を要求するとか、突発性難聴になるとか、雨の中で縄跳びをさせるとか。
 でも。

「コウさん……」

 ポロポロと涙を流すミレイ。
 そんなミレイを見ていると、言えることは1つしかないわけで。

「よくやったな、ミレイ」

 そのふわふわの頭をぽんと撫でる。

「……?」

 撫でながら、膝がガクガクと震えた。
 一瞬で口の中がカラカラに乾いて、めまいがする。
 おおお!?
 なんじゃこりゃああ!?
 これからやろうとしていることを遺伝子レベルで拒否しているように。
 クズの遺伝子が、必死に抵抗している。
 だが、ここまで来たらやるしかない。
 俺も男だ。
 やったる、やったるけんのうっ!!
 俺は必死に決意を固めた。

「…………」

 しかし、言葉が出てこない。

「……ぐすっ、いいんです。コウさんのご迷惑になるなら、私……一人で育てます。……私も女ですから、やっぱり好きな人の赤ちゃんは産みたいですし」

 無理やり笑顔を作ったミレイが、なんか健気な事を言っていた。
 馬鹿野郎、女にこんな事言わせてんじゃねえよ。

「け、結婚してくださいっ!」

 叫ぶように絞り出す。
 そのままミレイを抱きしめていた。

「……え? え?」

 ミレイが戸惑いの声を上げる。
 男、アサギリ・コウ。
 ここが正念場である。

「俺と結婚してください。絶対に幸せにしてみせます」

 抱きしめたミレイが、吐息を漏らす。
 その全身は震えていて。

「……いいんですか?」

「当たり前だ」

「ふぇ……ふぇええぇぇ」

 嗚咽を上げるミレイを抱きしめながら、俺は覚悟を固めていた。
 俺は、初めての責任をとるのだ。
 ていうか。

「返事は?」

 泣いているミレイに、不安になって聞いてみた。
 一世一代の求婚をしたのに、返事ないとかビビるじゃんね。

「……ぐす、す、すみませんでしたっ! もちろん、お受けします! 私、コウさんの奥さんになります!」

 ミレイは晴れやかな笑みを浮かべる。
 うわ、すげえ美人。
 俺、こんな美人の奥さんもらっちゃっていんだろうか。
 今までの狂行? を振り返ると少し不安になる。
 まあ、反省する気はないが。

「……ちゃんとご両親にも挨拶しに行かないとな。確かミレイって港町出身だって言ってたよな?」

「え? ええ……こ、コウさん、無理していませんか? 挨拶なしでも私は大丈夫ですよ?」

 ミレイが謎の心配をしてくれる。
 いや、無理ならめっちゃしているが。
 ご両親に挨拶なんて死ぬほどしたくないのだが。
 でも、ケジメだから。
 胃は痛いけど仕方ない。
 とりあえず、ミレイの頭をポンポンと撫でた。

「……ふふっ」

 ミレイがくすぐったそうに喉を鳴らす。
 かわいい。

「あ、そういえば、私……別にルーナさんやセレナさんからコウさんを独り占めしたいわけじゃなくてですね……」

 おどおどとミレイは不安そうな顔をしていた。
 何を言っているんだ。

「俺もそんなつもりはねえよ?」

「ええっ!? い、いえ、いいんですけどね……」

 なぜかミレイは複雑そうな顔をしていた。
 ふむ。
 まあ、ミレイに求婚してしまったものの、ルーナになんて説明しようっていう不安はある。
 セレナはまあいいとしても。
 ルーナは、キスしただけで浮気だと騒ぐ女だ。
 あいつがギャン泣きする未来しか見えない。
 だがしかしである。

「俺に任せとけ。あの金髪エルフに、お前を必ず認知させてやんよ」

「だ、大丈夫でしょうか?」

 大丈夫じゃない気しかしないが、やるしかないのである。
 ちなみに、責任はとったものの、ルーナと別れるという選択肢などない。
 俺の話術でルーナを説得するのだ。
 上空を見上げると、見慣れた金髪エルフの呑気な笑顔が思い浮かんだ。
 待ってろよ、ルーナ。
 必ず、ミレイを認知させてやるからな……!

 俺はメラメラと決意に燃えていた。



「は、はわわ……きんきゅーじたいだ……しらせないと……村中に!!」

 近くの茂みで、ソバカスを浮かべた少女がガサゴソしているのを、この時の俺は全く気づいていなかったのだ。
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