忍びしのぶれど

裳下徹和

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第二章

5 勅書をめぐって

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 現在、明治政府は韓国に対する態度をめぐって、西郷中心の武力をもってあたろうする一派と、大久保中心の今はその時ではないというもう一派に分かれ争っている。
 日本のこれからが大きく左右される局面なのかもしれない。
 赤報隊の勅書が世に出れば、味方の軍に濡れ衣を着せ処刑した西郷の信用に、多少なれど傷がつきそうだ。ほんの少しの後押しが、政局を大きく変えるかもしれない。その変わった先に、自分の死が待っている可能性もある。慎重に行動せねばならない。
 海の向こうにいる川路に指示を仰ぎたいが、直接の連絡は禁じられているので、前島を通さねばならない。前島は薩長閥に属さない独自路線だ。今の政争も俯瞰しているように思える。それでも下手に情報をさらけ出すのは危険だ。多少は絞って伝えねばならない。
 色々と悩みながら走り、駅逓寮に着いた。
 現在、旧駅逓寮は取り壊され、新しい庁舎が建築されている最中だ。その為、近隣の建物を借りて、完成までの期間業務を行っている。
 運良く在室していた前島は、跳の顔を見て露骨に顔をしかめた。
「こっちも忙しいのだぞ。本業とは関係ない問題はたくさんだ。留崎跳」
「申し訳ありません。仏像をとりに伺ったのですが、栄雲和尚が仏像ごといなくなっておりまして、そのことで川路邏卒総長の御判断を承りたく…」
 それを聞いて前島は、公式電信要請書を書き始めた。
 書いている前島を観察するが、おかしい様子はない。赤報隊の勅書には関わっていないようだ。
 跳は、仏頂面の前島からうやうやしく書状を受け取り、すぐ近くにある日本橋電信局へ向かった。
 日本橋の南詰にある白い洋館が電信局だ。電信局からは電線が伸びており、電信柱をを介しながら、海の向こうまでつながっているのだ。
 跳は電信局へ入り、西欧にいる川路へ電信を送る。栄雲と仏像の処遇についてだ。上手く返信がくれば良いが、海の向こうにいる姿の見えない相手だ。どうなるかわからない。
 電信を送った後は、栄雲の待つ廃屋へと向かう。
 移動するのに、栄雲が僧衣だと目立つので、駅逓寮から背広とズボン、革靴を拝借してきた。後は帽子とかつらと付け髭をつければ少しはごまかせるだろう。跳は郵便配達の制服から着流しに着替えている。
 街中を走って、栄雲のもとへと向かっていると、軍人達が町人と話しているところへ出くわす。何やら情報収集しているようだ。
 怪しまれぬよう、速度を落として歩き、すれ違いざまに聞き耳をたてる。
「栄雲という坊さんがいなくなったのだが、心当たりはないか?」
 背筋が冷えた。
 跳はそのまま通り過ぎ、軍人達から離れる。冷静にならねばと思いつつも、早足になってしまう。
 軍までが栄雲を追っている。目当ては赤報隊の勅書だろう。かなり情報が洩れている。栄雲が隠れ切支丹事件に巻き込まれて、注目を集めてしまったのが影響していそうだ。
 聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえて振り返ると、葛淵武次郎が部下をどやしつけていた。上手く情報を得ることが出来ず、業を煮やしているのだ。
 跳は足を速める。
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