忍びしのぶれど

裳下徹和

文字の大きさ
上 下
23 / 60
第二章

2 カトリック神田教会

しおりを挟む
 跳が郵便配達の仕事で街中を回っていると、完成したカトリック神田教会が目に入った。 岩倉使節団の提言でキリスト教禁教令が廃止され、フランス公使ベルトミーの斡旋によりつくられたのだ。
 木造西洋風建築で、周囲の風景にはまだ馴染んでいない。
 教会の扉が開き、見覚えのある人物が姿を現した。るまだ。
 跳が声をかけるとるまが気付き、笑顔で寄ってくる。
「郵便屋さん。このあたりの受け持ちになったのですか? この間は、私達の為に、横浜から書状を持ってきてくれたと聞きました。本当にありがとうございました」
 頑張りが伝わったようだ。素直に嬉しかったが、冷静を装って跳は言う。
「る……、、み、皆さんが助かって良かったです」
 乍峰村の住民達は、裁判で無罪となり、キリスト教禁教令も廃止されたというのに、事件後まわりの村々から迫害が強くなって、政府により買い取られた土地に移住させられた。移住先は足立郡の舎人村近くで、来栖村くるすむらと名付けられ、農作をしている。キリスト教徒を保護しているという諸外国への宣伝の意味合いもあるのだろう。
「るまさんは、教会にお祈りしにきていたのですか?」
「いえ、私はここで働いているのです」
 るまは充足感に満ちた笑顔で続けた。
「私達の村には代々伝わる教えがありました。どんな苦難が訪れても耐え続ければ、再び宣教師様が来てくれると。私達は耐え続け、その時が来たのです」
 語るるまは目を輝かせ、恍惚とした表情を浮かべている。
「宣教師のジラール様も、禁教令を生き延びた私達と会い、大そう喜んでくれました。私達と共に歩み、導いてくれると言ってくれたのです。私には、教会で働くことも許可してくれました。教会の離れに住み込み、掃除や洗濯などをしています」
 るまは晴れがましい顔をしていた。生活は貧しいままだろうし、キリスト教に対する人々の視線はまだまだ冷たい。それでも幸せなのだ。
 そんなるまを見ていると、跳は少し羨ましいような気がしてくる。
「もし良かったら、留崎さんも一度礼拝に来てください」
 名前を憶えていてくれたことに喜びを感じつつ、跳は辞することにした。
「機会があればよろしくお願いします。では仕事があるので」
 背を向けて歩き出し、一度振り返ってみると、るまはまだ跳を見ていた。これだけで体に力がみなぎってきて、足が軽やかに動いた。
 郵便配達の業務に戻りながら、キリスト教の礼拝について想像してみる。るまに近付きたいが、小さな拒絶感がまとわりついてくる。自分が低くみられることには腹を立てるのに、他の者に対する偏見はなかなか拭い去ることが出来ない。跳は自分の小ささに腹立たしくなった。
    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

幕末博徒伝

雨川 海(旧 つくね)
歴史・時代
江戸時代、五街道の内の一つ、甲州街道が整備され、宿場町として賑わった勝沼は、天領、つまり、徳川幕府の直轄地として代官所が置かれていた。この頃、江戸幕府の財政は厳しく、役人の数も少なかったので、年貢の徴収だけで手がいっぱいになり、治安までは手が回らなかった。その為、近隣在所から無宿人、博徒、浪人などが流れ込み、無政府状態になっていた。これは、無頼の徒が活躍する任侠物語。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

トノサマニンジャ

原口源太郎
歴史・時代
外様大名でありながら名門といわれる美濃赤吹二万石の三代目藩主、永野兼成は一部の家来からうつけの殿様とか寝ぼけ殿と呼ばれていた。江戸家老はじめ江戸屋敷の家臣たちは、江戸城で殿様が何か粗相をしでかしはしないかと気をもむ毎日であった。しかしその殿様にはごく少数の者しか知らない別の顔があった。

天狗の囁き

井上 滋瑛
歴史・時代
幼少の頃より自分にしか聞こえない天狗の声が聞こえた吉川広家。姿見えぬ声に対して、時に従い、時に相談し、時に言い争い、天狗評議と揶揄されながら、偉大な武将であった父吉川元春や叔父の小早川隆景、兄元長の背を追ってきた。時は経ち、慶長五年九月の関ヶ原。主家の当主毛利輝元は甘言に乗り、西軍総大将に担がれてしまう。東軍との勝敗に関わらず、危急存亡の秋を察知した広家は、友である黒田長政を介して東軍総大将徳川家康に内通する。天狗の声に耳を傾けながら、主家の存亡をかけ、不義内通の誹りを恐れず、主家の命運を一身に背負う。

希うは夜明けの道~幕末妖怪奇譚~

ぬく
歴史・時代
古来より人間と妖怪という二種が存在する国、「日ノ本」。その幕末、土佐の貧しい郷士の家に生まれた岡田以蔵は鬼の血を色濃く継いだ妖怪混じり。兼ねてより剣にあこがれていた以蔵は、ある朝家の近くの邸宅の庭で素振りをしていた青年を見かける。彼の名は武市半平太。その邸宅の主であり、剣術道場を営む剣士であった。彼の美しい剣に、以蔵は一目で見とれてしまう。そうして彼はその日から毎朝そっと、邸宅を囲む生垣の隙間から、半平太の素振りを見るようになった。 やがて半平太は土佐勤王党を結成し、以蔵をはじめ仲間を伴い倒幕を目指して京に上ることになる。彼らは京で、倒幕派と佐幕派、そして京都の鬼を中心勢力とする妖怪たちの戦いに巻き込まれてゆく。 これは武市半平太の陰で動く岡田以蔵の、闘いと葛藤、選択を描いた物語。 *これはpixivで連載しているものを修正したものです

妖戦刀義

和山忍
歴史・時代
 時は日本の江戸時代初期。   とある農村で、風太は母の病気を治せる人もしくは妖怪をさがす旅に出た父の帰りを待っていた。  しかし、その父とは思わぬ形で再会することとなった。  そして、風太は人でありながら妖力を得て・・・・・・。     ※この物語はフィクションであり、実際の史実と異なる部分があります。 そして、実在の人物、団体、事件、その他いろいろとは一切関係ありません。

処理中です...