忍びしのぶれど

裳下徹和

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第一章

十一 解けぬ謎

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 起き出した碑轍は、再び調査を開始した。
 村の中を歩き回り、家の中や田畑、墓や裏山の林の中まで調べる。いろいろと帳面に書きつけているが、手元をのぞくのは気が引けるので、盗み見ることはしない。
書く手を止めたかと思うと、碑轍は物を収集し始め、持ち帰れる証拠品を、小箱に入れて渡してくる。跳はそれらを鞄に入れながら、碑轍の後に続いた。
「留崎君。このあたりでこんな植物を見たことがないかね」
 突然声をかけられ、一枚の絵を見せられた。
 ケシの花の絵だ。ケシの花からは阿片がつくられる。碑轍は田満村の騒乱を阿片の仕業とにらんでいるのだろう。忍び時代に薬物毒物の知識は一通り教え込まれたので、跳もその可能性には思い当たっていた。
「郵便配達でこのあたりをまわっていますが、こんな花は見たことがないですね…。これは何の花ですか?」
 一応知らない振りをする。
 碑轍は落胆する様子もなく、いつもの淡々とした調子で説明してくれた。
「これはケシだ。この花から阿片をつくることが出来る」
「阿片……。そりゃまずいですね」
 隣の大国清が、阿片によって大変なことになっているので、日本政府は阿片の取り締まりは厳しくやっている。こんな田舎に持ってくるのは難しいし、栽培している様子もない。阿片の可能性は低いと思われた。しかし、もし阿片を使って隣村を混乱に陥れたのなら、乍峰村の住人は全員死刑だ。
 その後も調査を続け、碑轍から渡された証拠品もかなりの量となった。鞄が肩に食い込んでくる。
 そろそろ捜査終了の雰囲気が流れ出した時、またしても騒ぎが起き始めた。
 騒ぎの中心にいたのは、やはり葛淵だ。
「そんなことで切支丹を正しい道に導いてやれるのか? 四民平等とか真に受けて、百姓に手加減するというのか?」
 切支丹に対する拷問が手ぬるかったのだろう。葛淵が怒鳴りながら部下を殴りつけている。
 明治になり旧身分制度を廃止した一連の政策を、四民平等などと呼んだりもする。これにより名字を持つこと。身分を越えた婚姻。職業の自由などが認められた。しかし、今まで特権階級だった者は、面白く思わない者も多い。
 廃藩置県により藩兵がなくなり、天皇直属の御親兵がつくられたが、その構成員は旧士族だけだった。御親兵が近衛と名を変えても中身は変わらず、構成員は士族だけだ。農民に対する差別意識がなくなるはずもない。その上、葛淵は熱心に仏教徒であるとも聞く。国の政策で仏教は神道に追いやられ、苦しい立場にある。そのこともキリスト教に対する、必要以上の弾圧につながっていると思われた。それにしても葛淵は酷い。もともと嗜虐的な一面はあるのだろう。
「天皇陛下に仕える軍人なら、邪教徒を改宗させてみろ!」
 そう怒鳴りながら、葛淵は倒れた兵士を足蹴にする。
 まわりを囲む軍人と警官達は、上の地位にいる葛淵を怖れ、悲しい目で見ているだけだった。
「いい加減にしろ」
 低い声がした方に全ての視線が向けられる。そこには石走が立っていた。
 葛淵も動きを止め、石走を見やり、凶暴な目つきのまま口元を歪めて言う。
「人間の言葉を喋れるのだな狂い猿」
 同じ薩摩出身の二人だ。知らない仲ではないのだろう。ただ、二人の間に流れる空気から察するに、もともと二人の仲は険悪であったようだ。
「天皇陛下からお預かりしている兵士が、つぶれてしまうぞ」
 静かに言いながら、石走は葛淵へ近付こうとする。
 葛淵が腰に下げている刀に手をかけた。
 警官に佩刀は認められていない。支給されるのは三尺の棒のみ。石走はその棒を構えるでもなく、手にぶら下げたまま葛淵をにらみつける。
 空気が張りつめ、誰も音を発しない。
呼吸をするのもはばかられる程の緊張感だったが、先に折れたのは葛淵だった。
「侍の魂を捨てた畜生めが」
 そう捨て台詞残し、去っていく。
 軍人、警察、その場に居合わせた者全員の口から溜息がもれた。

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