上 下
116 / 121
第七章 過去との決別

第百十五話 刈るっ

しおりを挟む
「まずは拘束ですわね。ルティ、手伝ってくださいますわよね?」

「う、うん」

「ライナード、お願いしても良い?」

「……む」


 戸惑った様子のライナード達をよそに、俺とリリスさんはバリカンを片手に引きつった表情の監視の魔族に許可を取り、エルヴィス王子達が居る場所へと入れてもらう。


「固定するのは頭ですわ。体は固定されていても、頭は動かせますからね。しっかり頼みますわよ? ルティ?」

「え、えっと……本気でやるの?」

「むむむむむーっ! むむーっ!(やめてくれっ! 頼むっ!)」

「むぐーっ! むむむぅむぐーっ!(いやぁっ! そんなのいやぁっ!)」


 エルヴィス王子達が叫ぶ傍らで、リリスさんはにっこりと笑う。


「もちろんですわ。あぁ、海斗、どんなヘアスタイルが良いか、しっかり考えましょうね?」


 そう、リリスさんが宣言すると、絶望の悲鳴が響き渡る。それはもちろん、ホーリーも同じで、彼女は涙目でブンブンと首を振っていた。


「じゃあ、誰からにする?」

「そうですわねぇ……」


 そうして、俺達は彼らの頭を容赦なく刈った。ロッシュはバッテン型のハゲに、ダルトは真ん中だけをハゲに、そして、エルヴィス王子はてっぺんだけをハゲに、ホーリーは丸刈りで、リオンは後頭部をハゲにして、全てが終わる。


「良い仕事をした……」

「ふふっ、そうですわね」


 散々騒いでいた勇者一行改め、愚者一行は、今やもう、虚ろな目で茫然自失といった状態だった。しかし、その満足感たるや、素晴らしいものであり、俺もリリスさんも良い笑顔になっていることと思う。


「絶対、リリスを怒らせないようにしなきゃ……」

「俺も、だ……」


 何やら隅の方で、ルティアスさんとライナードが話し合っているが、今はそれも気にならない。


「あっ、いけないいけない、忘れるところでしたわ」


 素晴らしいハゲが出来たことに満足していると、リリスさんが何かを思い出したらしく、どこからともなく、瓶を取り出す。それは、少し大きめなジャム瓶くらいのサイズであり、その中には、白いクリームがたっぷりと入っている。


「それは?」


 何のクリームだろうかと尋ねれば、リリスさんは途端に素晴らしい笑みを浮かべる。


「ふふっ、これはですね。ユーカ様に依頼して作ってもらった、毛根を死滅させるためのクリームですわ」

「毛根を、死滅……」

「むぎゅうっ!?(ひぃぃいっ!)」


 俺が、その意図を理解したように、仲良くハゲた彼らも分かったのか、途端にガクガクと震えて、力なく首を横に振る。


「えぇ、これで、彼らの髪型を固定してしまいましょう?」

「ナイス、リリスさんっ」

「「「むぅぅぅうっ!!(嫌だぁぁあっ!)」」」


 先程まで静かだった彼らは、決死の抵抗として、精一杯体を揺するが、拘束は頑丈だ。何人かの椅子は倒れたものの、それ以上、何かが起こることもない。


「ルティ」

「ライナード」


 もう一度、拘束をお願い。という願いを込めて呼べば、ルティアスさんとライナードは、真っ青な顔で、ギクシャクとした動きでエルヴィス王子達の頭を固定していく。


「むむむっ、むむむぅむむーむむっ!!(リリスっ、私達の仲だろうっ!!)」

「うふふ、婚約者だった頃は、触りたくもないと思っていましたが、こんな悪戯をするのはとても楽しいですわね」


 そう言いながら、リリスさんは容赦なく、手袋をした手でクリームを取り、その頭に塗り込んでいく。


「む、むむぅっ。む、むぅーっ(カ、カイト嬢。お、落ち着いて)」

「確かに、楽しいな。こうしていると、襲われた恐怖もなくなるってもんだ」


 俺も、リリスさんと同じ手袋をして、頭にしっかりと塗り込んでいく。


「……敵ながら、これはさすがに……」

「むぅ……」


 もう、エルヴィス王子達はその顔面を涙と鼻水とでグチャグチャにしていたが、それもお構い無しにせっせとクリームを塗り込んでいく。


「ちなみに、これ、効力は高いのですが、少し問題がありますの」

「そうなの?」

「えぇ、これは、塗って一時間ほどすると、猛烈に痛くなるらしいですわ」

「それは、大変だな」

「まぁ、彼らは自業自得ですけれどね?」


 そんな情報を知りながらも、嬉々としてクリームを塗り込んだ俺達は、死屍累々となった彼らを放置して、それぞれ、ルティアスさんとライナードとを連れて部屋を出る。


「そういえば、ライナード、今後、彼らはどうなるんだ?」

「む、話していなかったか。彼らは、今後、実験塔に送られて、人体実験の実験台にされる予定だ」

「ふぅん」

「……カイト、何か不満があった時は、ちゃんと聞くから、すぐに話してくれ」

「ん? うん、分かった」


 珍しく、ライナードが怯えたような表情を見せているのが気になったものの、俺は、そんなライナードに快く返事をする。


(ライナードに不満、かぁ……今のところはないかなぁ?)


 今後、一緒に暮らす上で、不満に思うこともあるかもしれないが、ライナードに言われるまでもなく、しっかりと話をするつもりではある。


(一緒に……)


 いつの間にか、ライナードが側に居ることが当たり前になった俺には、きっと、ライナードを手放すことはできない。


(あとは、一歩を踏み出すだけ、なんだよなぁ)


 きっと、ライナードは俺が告白するまで、決して手出しはしてこない。いや、まだ手出しされるのは戸惑うというか、困るというかなのだが、決心がつけば、俺は告白することになるのだろう。

 この世界で、俺を助けてくれたライナード。守ってくれたライナード。大切にしてくれたライナード。そんなライナードに好意を寄せるのは、きっと当然のことで、必然だった。そして、奇跡的に、ライナードが俺に好意を抱いていることも分かっている。


(……うん、頑張ろう)


 気持ちの整理をつければ、きっと……。そう思いながら、俺は馬車の中で、ライナードの手をギュッと握るのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。

あとさん♪
恋愛
大恋愛での結婚後、まるまる七年経った某日。 夫は愛人を連れて帰宅した。(その愛人は妊娠中) 笑顔で愛人をわたしに紹介する夫。 え。この人、こんな人だったの(愕然) やだやだ、気持ち悪い。離婚一択! ※全15話。完結保証。 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第四弾。 今回の夫婦は子無し。騎士爵(ほぼ平民)。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 第三弾『妻の死で思い知らされました。』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。 ※2024.03.28 15話冒頭部分を加筆修正しました。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

処理中です...