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第二章 葛藤

第三十三話 危機(ライナード視点)

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 カイトに色々バレて、ダメージを負った後、俺はしばらく落ち込んでいたものの、どうしてもカイトの様子が気になって、執務室を出る。


(どうせ、片翼休暇中で、仕事らしい仕事もない)


 きっと、四六時中一緒に居るなんてことをすれば、カイトからは引かれてしまうだろうが、少し時間を置いて会いに行くのは構わないだろう。


(……いずれ、カイトは俺から離れていくんだ。今くらいは、一緒に居たい)


 酔った俺に、カイトは側に居てくれると約束してくれた。しかし、それはきっと、俺が酔っていて、面倒だったために返した答えだったはずだ。本心から、俺の側に居続けたいわけではないだろう。だから、少しでも、幸せな時間を過ごしておきたかった。

 新たにカイトの仕事場となった書庫へ向かっていると、反対側からカイトの専属侍女、リュシリーがやってくるのが見える。


「? カイトは、どうした?」


 今の時間は、リュシリーがカイトと一緒に居るはずの時間だ。それに対して、リュシリーは困ったような表情を浮かべて答える。


「それが、カイトお嬢様に、後は自分一人でできるから、他の仕事をするようにと申しつけられまして」

「そうか……分かった」


 侍女を自分から離すことは、あまり良いことではないものの、この屋敷で危険な場所などほとんど存在しない。魔本についても危険を呼び掛けておいたため、そうそうカイトが危ない目に遭うことはないはずだ。


(? 何だ? この感じは?)


 しかし、そう思っているのに、俺は、どうにも胸騒ぎがして仕方がなかった。


「……俺が、様子を見てくる。リュシリーは、厨房にあるクリーム大福と、お茶の用意を」

「はい、かしこまりました」


 カイトから、クリーム大福なる存在を聞き出していた俺は、今日は是非ともそれを食べてもらおうと用意していた。ただし、カイト曰く、あれは冷えた状態が美味しいとのことだったため、今の今まで冷やしておいたのだ。


 厨房へ向かうリュシリーを見送り、俺は改めて書庫へと向かう。心なしか、その歩調が速くなっているのは、妙な胸騒ぎのせいか、それとも、ただカイトに会いたいだけなのか、今は判然としない。
 書庫の前に辿り着いた俺は、中にカイトの気配があることを確認して、扉へと手をかけた直後……。


「うわっ!」


 そんなカイトの悲鳴と、大きく何かが倒れる音が響き、俺は扉をぶち破る勢いで開けて叫ぶ。


「カイトっ!」


 そして、俺の目に映ったのは、黒く、不気味な靄を発する本が、倒れたカイトの顔を覆っている状態だった。


(魔本!?)


 なぜ、魔本が出てきたのかなんて、今は考えていられない。今思うことはただ一つ。


(カイトが危ないっ!)


 魔本について分かっていることは、いつ生まれたか分からない存在であるということ。魔本に魅入られた者は、その心を大きく傷つけられるか、廃人になるまで追い込まれること。魔本に魅入られた者を助け出すには……。


「くっ!」


 深い、愛の籠った口づけを交わす必要があるということ。


 俺は、魔本をカイトの顔からひっぺがすと、青ざめて、意識を失った状態のカイトに、迷わず口づけを落とす。何度も、何度も、落とす。
 見ようによっては、俺がカイトを襲っている図に見えるだろうが、俺にとっては、懸命な救助作業だ。魔本の力は計り知れないため、この短時間で、カイトがその心にどれだけの傷を負ったのかなど、想像もできなかった。


「カイトっ、カイトっ! 戻ってこいっ!」


 そうして、何度も口づけを落とすうちに、カイトの表情は穏やかなものへとようやく変化する。魔本の魔力の欠片も、今はもう、カイトの中に感じられない。


「っ」


 力を失ったカイトの体をしっかりと抱きしめ、その心音を確認した俺は、震えそうになる腕を叱咤し、おもむろにカイトを抱き上げたまま立ち上がる。


(布団に運ばねば)


 念のため、呪術を専門に扱う、ルティアスとは別のもう一人の同僚を呼ぶことにする。魔本は呪術の領域であるため、まだ何かあるのであれば、彼が適任だ。もちろん、ルティアスは単純な癒しのために呼ぶつもりもある。


「カイト……」


 今は、その温もりをしっかりと抱き締めて、カイトを安静にさせるために走って部屋へと向かうのだった。
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