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第一章 幼少期編
第百三十四話 ぼくのひかり(イルト視点)
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現れたのは、大好きな大好きな、僕の婚約者。今まで見たこともない険しい表情で、僕の名前を呼びながら扉を破壊したユミリア嬢は、側妃様の姿を認めて、キッと睨む。
「黒の、獣つき? ということは、あなたがアルテナ公爵家の娘ですわね? あぁ、黒が二つも存在するなんて、なんて、忌まわしいっ」
「……初めまして。確かに、私はアルテナ公爵家が娘、ユミリア・リ・アルテナと申します。あなた様は、側妃様とお見受け致しますが、なぜ、ここにいらっしゃるのか聞いても?」
「ふんっ、わたくしがどこに居ようと、指図される謂れはありませんっ。それより、たかが公爵家ごときが、王家に逆らって無事ですむとでも?」
『だめだ、ユミリアじょうっ』。そう、言いたいのに、僕の口は、上手く動いてはくれない。側妃様も、王家の一員。彼女に逆らって、ユミリア嬢が無事でいられる保証など、どこにもない。むしろ彼女は、数多くのライバルを蹴落として、側妃という地位を手に入れた女傑だ。そんな彼女と、ユミリア嬢が対立するなど、悪夢以外の何物でもない。
「おや、おかしなことを仰られるのですね? 私は、王家の守り人。王族の、しかも、王位継承権を持つイルト様の危機とあって、駆けつけないことこそが、反逆と言えるのでは?」
それは、暗に、側妃様よりも、僕の方が上の立場なのだと表明する言い方であり、それによって側妃様が激昂する未来しか浮かばなかった僕は、反射的に目を閉じてしまう。しかし……。
「……そう、――――――」
側妃様は、予想に反して、怒り狂うことはなかった。何事か、小さな声で呟いていたのは分かったが、何を言っているのかまでは聞き取れない。
「興が醒めました。戻ります」
ユミリア嬢に対して、何か罰を与えることもなく、側妃様は一瞬、こちらに視線を向けたかと思えば、クルリと身を翻す。
「トルガ、いつまで寝ているつもりですの? さっさと行きますわよ?」
「っ、は、はいっ」
そうして、自分で手をあげた執事を背後に連れて、側妃様という嵐は、ようやく、この場を去ったのだった。
「……イルト様」
「ご、めん……ユミリアじょう……なさけなかった、よね?」
結局、僕は何もできなかった。側妃様が、ユミリア嬢へ危害を加えるかもしれない状況で、口を挟むことさえできなかった。今だって、緊張の糸が切れたらしく、体がカタカタと震えてしまっている。
「いいえ、情けなくなんかありません。イルト様は、頑張ったのです。だから、私が思いっきり抱き締めてあげますねっ」
途端に広がる、ユミリア嬢の甘い香り。その香りに、僕の心は、とても癒される。
「大丈夫。大丈夫です。いつだって、イルト様が危険な時は、私が駆けつけます」
「……それだと、ぼくは、かっこわるいおとこになってしまうよ」
「なら、私が危険な時は、イルト様が助けに来てください。それなら、イルト様の格好良さは天元突破ですっ」
「てんげん……?」
「そこはどうでも良いんですっ。ねっ、イルト様。そう約束してもらえたら、私がいくら助けても、問題ないでしょう?」
そういう問題とは、また違う気がする、と思いながらも、僕は、ユミリア嬢の言葉にうなずく。僕は、どうあっても、ユミリア嬢を守りたいのだから、その約束をしないという選択肢は存在しないのだ。
「ふふっ、それじゃあ、今日は、ちょっとだけ門限破りをしたい気分なので、イルト様は、私にしっかり付き合ってくださいね?」
明らかに、僕のためだと分かる提案に、僕は、ユミリア嬢の体を、ギュッと抱き締めた。
「黒の、獣つき? ということは、あなたがアルテナ公爵家の娘ですわね? あぁ、黒が二つも存在するなんて、なんて、忌まわしいっ」
「……初めまして。確かに、私はアルテナ公爵家が娘、ユミリア・リ・アルテナと申します。あなた様は、側妃様とお見受け致しますが、なぜ、ここにいらっしゃるのか聞いても?」
「ふんっ、わたくしがどこに居ようと、指図される謂れはありませんっ。それより、たかが公爵家ごときが、王家に逆らって無事ですむとでも?」
『だめだ、ユミリアじょうっ』。そう、言いたいのに、僕の口は、上手く動いてはくれない。側妃様も、王家の一員。彼女に逆らって、ユミリア嬢が無事でいられる保証など、どこにもない。むしろ彼女は、数多くのライバルを蹴落として、側妃という地位を手に入れた女傑だ。そんな彼女と、ユミリア嬢が対立するなど、悪夢以外の何物でもない。
「おや、おかしなことを仰られるのですね? 私は、王家の守り人。王族の、しかも、王位継承権を持つイルト様の危機とあって、駆けつけないことこそが、反逆と言えるのでは?」
それは、暗に、側妃様よりも、僕の方が上の立場なのだと表明する言い方であり、それによって側妃様が激昂する未来しか浮かばなかった僕は、反射的に目を閉じてしまう。しかし……。
「……そう、――――――」
側妃様は、予想に反して、怒り狂うことはなかった。何事か、小さな声で呟いていたのは分かったが、何を言っているのかまでは聞き取れない。
「興が醒めました。戻ります」
ユミリア嬢に対して、何か罰を与えることもなく、側妃様は一瞬、こちらに視線を向けたかと思えば、クルリと身を翻す。
「トルガ、いつまで寝ているつもりですの? さっさと行きますわよ?」
「っ、は、はいっ」
そうして、自分で手をあげた執事を背後に連れて、側妃様という嵐は、ようやく、この場を去ったのだった。
「……イルト様」
「ご、めん……ユミリアじょう……なさけなかった、よね?」
結局、僕は何もできなかった。側妃様が、ユミリア嬢へ危害を加えるかもしれない状況で、口を挟むことさえできなかった。今だって、緊張の糸が切れたらしく、体がカタカタと震えてしまっている。
「いいえ、情けなくなんかありません。イルト様は、頑張ったのです。だから、私が思いっきり抱き締めてあげますねっ」
途端に広がる、ユミリア嬢の甘い香り。その香りに、僕の心は、とても癒される。
「大丈夫。大丈夫です。いつだって、イルト様が危険な時は、私が駆けつけます」
「……それだと、ぼくは、かっこわるいおとこになってしまうよ」
「なら、私が危険な時は、イルト様が助けに来てください。それなら、イルト様の格好良さは天元突破ですっ」
「てんげん……?」
「そこはどうでも良いんですっ。ねっ、イルト様。そう約束してもらえたら、私がいくら助けても、問題ないでしょう?」
そういう問題とは、また違う気がする、と思いながらも、僕は、ユミリア嬢の言葉にうなずく。僕は、どうあっても、ユミリア嬢を守りたいのだから、その約束をしないという選択肢は存在しないのだ。
「ふふっ、それじゃあ、今日は、ちょっとだけ門限破りをしたい気分なので、イルト様は、私にしっかり付き合ってくださいね?」
明らかに、僕のためだと分かる提案に、僕は、ユミリア嬢の体を、ギュッと抱き締めた。
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