悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌

文字の大きさ
上 下
135 / 412
第一章 幼少期編

第百三十四話 ぼくのひかり(イルト視点)

しおりを挟む
 現れたのは、大好きな大好きな、僕の婚約者。今まで見たこともない険しい表情で、僕の名前を呼びながら扉を破壊したユミリア嬢は、側妃様の姿を認めて、キッと睨む。


「黒の、獣つき? ということは、あなたがアルテナ公爵家の娘ですわね? あぁ、黒が二つも存在するなんて、なんて、忌まわしいっ」

「……初めまして。確かに、私はアルテナ公爵家が娘、ユミリア・リ・アルテナと申します。あなた様は、側妃様とお見受け致しますが、なぜ、ここにいらっしゃるのか聞いても?」

「ふんっ、わたくしがどこに居ようと、指図される謂れはありませんっ。それより、たかが公爵家ごときが、王家に逆らって無事ですむとでも?」


 『だめだ、ユミリアじょうっ』。そう、言いたいのに、僕の口は、上手く動いてはくれない。側妃様も、王家の一員。彼女に逆らって、ユミリア嬢が無事でいられる保証など、どこにもない。むしろ彼女は、数多くのライバルを蹴落として、側妃という地位を手に入れた女傑だ。そんな彼女と、ユミリア嬢が対立するなど、悪夢以外の何物でもない。


「おや、おかしなことを仰られるのですね? 私は、王家の守り人。王族の、しかも、王位継承権を持つイルト様の危機とあって、駆けつけないことこそが、反逆と言えるのでは?」


 それは、暗に、側妃様よりも、僕の方が上の立場なのだと表明する言い方であり、それによって側妃様が激昂する未来しか浮かばなかった僕は、反射的に目を閉じてしまう。しかし……。


「……そう、――――――」


 側妃様は、予想に反して、怒り狂うことはなかった。何事か、小さな声で呟いていたのは分かったが、何を言っているのかまでは聞き取れない。


「興が醒めました。戻ります」


 ユミリア嬢に対して、何か罰を与えることもなく、側妃様は一瞬、こちらに視線を向けたかと思えば、クルリと身を翻す。


「トルガ、いつまで寝ているつもりですの? さっさと行きますわよ?」

「っ、は、はいっ」


 そうして、自分で手をあげた執事を背後に連れて、側妃様という嵐は、ようやく、この場を去ったのだった。


「……イルト様」

「ご、めん……ユミリアじょう……なさけなかった、よね?」


 結局、僕は何もできなかった。側妃様が、ユミリア嬢へ危害を加えるかもしれない状況で、口を挟むことさえできなかった。今だって、緊張の糸が切れたらしく、体がカタカタと震えてしまっている。


「いいえ、情けなくなんかありません。イルト様は、頑張ったのです。だから、私が思いっきり抱き締めてあげますねっ」


 途端に広がる、ユミリア嬢の甘い香り。その香りに、僕の心は、とても癒される。


「大丈夫。大丈夫です。いつだって、イルト様が危険な時は、私が駆けつけます」

「……それだと、ぼくは、かっこわるいおとこになってしまうよ」

「なら、私が危険な時は、イルト様が助けに来てください。それなら、イルト様の格好良さは天元突破ですっ」

「てんげん……?」

「そこはどうでも良いんですっ。ねっ、イルト様。そう約束してもらえたら、私がいくら助けても、問題ないでしょう?」


 そういう問題とは、また違う気がする、と思いながらも、僕は、ユミリア嬢の言葉にうなずく。僕は、どうあっても、ユミリア嬢を守りたいのだから、その約束をしないという選択肢は存在しないのだ。


「ふふっ、それじゃあ、今日は、ちょっとだけ門限破りをしたい気分なので、イルト様は、私にしっかり付き合ってくださいね?」


 明らかに、僕のためだと分かる提案に、僕は、ユミリア嬢の体を、ギュッと抱き締めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

転生したら避けてきた攻略対象にすでにロックオンされていました

みなみ抄花
恋愛
睦見 香桜(むつみ かお)は今年で19歳。 日本で普通に生まれ日本で育った少し田舎の町の娘であったが、都内の大学に無事合格し春からは学生寮で新生活がスタートするはず、だった。 引越しの前日、生まれ育った町を離れることに、少し名残惜しさを感じた香桜は、子どもの頃によく遊んだ川まで一人で歩いていた。 そこで子犬が溺れているのが目に入り、助けるためいきなり川に飛び込んでしまう。 香桜は必死の力で子犬を岸にあげるも、そこで力尽きてしまい……

おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 サロン勤めで拘束時間は長く、休みもなかなか取れずに働きに働いた結果。 貯金残高はビックリするほど貯まってたけど、使う時間もないまま転生してた。 そして通勤の電車の中で暇つぶしに、ちょろーっとだけ遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したっぽい? あんまり内容覚えてないけど… 悪役令嬢がムチムチしてたのだけは許せなかった! さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドを堪能してくださいませ? ******************** 初投稿です。 転生侍女シリーズ第一弾。 短編全4話で、投稿予約済みです。

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

処理中です...