6 / 74
第一章
第五話 最小限の犠牲
しおりを挟む
理不尽な暴言をただひたすらに受け続けた私は、いつの間にか両親の前に居て、ゼラフを見送っていた。
先程までの悪鬼のような表情はどこへ仕舞い込んだのか、ゼラフは人当たりの良い笑みを浮かべて、何かを話していたことだけは、記憶に残っている。
……この婚約、ゼラフ君は納得してないみたい。
初めから予想していたことではあるが、改めて、それを確認した私は、ゼラフの人当たりの良さにホッとしている様子の両親を見て決意する。
お父様とお母様には、絶対に言わない。
きっと、ゼラフの本性を話せば、お父様もお母様も、すぐに婚約を断るべく動くだろう。しかし、それで我が家に降りかかる不利益が、いったいどれほどのものなのか、全く分からない。
勉強、頑張って、婚約破棄を目指す。
だから、向こうの引責となるように仕向けるのだ。家族さえ守れるのであれば、私自身はどうでも良いのだから。
「リコ、この婚約を進めても良いか?」
「はい、おとーさま」
話すことも、表情を変えることも、私はずっと苦手だ。しかし、今は、表情を変えることが苦手なままで良かったと思える。
無理に笑顔を作って、お父様達を騙すことも、ゼラフの言葉に傷ついた表情を見せることもせずに済むのだから。
ホッとした様子のお父様達を眺めて、やはり私のこの決断は間違っていないのだと知る。
頑張らなきゃ……。
私の大切なものは、とても、とても少ない。だからこそ、それを守るためだけに全力を尽くしてみせる。
「そうか。なら、このまま進めよう。それと、明日は山で遊ぼうか」
「っ、はい」
山を駆け回るのは楽しい。それにお父様もお母様も、時間さえあれば付き合ってくれることが、とても、とても嬉しい。
お父様は私に他の友達を作ってほしいようではあったけど、今は、お父様とお母様にベッタリで居させてほしい。まだまだ、私にとって、外の世界は怖い場所でしかないのだから……。
「……黒豹、か……」
明日の楽しみに思いを馳せていた私は、その小さな呟きに気づかない。
生まれた時には黒くとも、成長するに従って色が変化するはずだった私の耳。五歳になっても変化がなければ、世にも珍しい黒豹の獣人として注目を浴びることとなる。そして……。
「どうか、幸せになってくれ」
黒豹の獣人を狙う者は多く、困難に満ちた道しか歩むことができないなんて、この時はまだ知らない。
お父様やお母様の願いを知ることのない私は、自分を犠牲にすることで家族を守りたい私は、ゼラフに婚約破棄されるまで、何一つ理解できていなかった。
先程までの悪鬼のような表情はどこへ仕舞い込んだのか、ゼラフは人当たりの良い笑みを浮かべて、何かを話していたことだけは、記憶に残っている。
……この婚約、ゼラフ君は納得してないみたい。
初めから予想していたことではあるが、改めて、それを確認した私は、ゼラフの人当たりの良さにホッとしている様子の両親を見て決意する。
お父様とお母様には、絶対に言わない。
きっと、ゼラフの本性を話せば、お父様もお母様も、すぐに婚約を断るべく動くだろう。しかし、それで我が家に降りかかる不利益が、いったいどれほどのものなのか、全く分からない。
勉強、頑張って、婚約破棄を目指す。
だから、向こうの引責となるように仕向けるのだ。家族さえ守れるのであれば、私自身はどうでも良いのだから。
「リコ、この婚約を進めても良いか?」
「はい、おとーさま」
話すことも、表情を変えることも、私はずっと苦手だ。しかし、今は、表情を変えることが苦手なままで良かったと思える。
無理に笑顔を作って、お父様達を騙すことも、ゼラフの言葉に傷ついた表情を見せることもせずに済むのだから。
ホッとした様子のお父様達を眺めて、やはり私のこの決断は間違っていないのだと知る。
頑張らなきゃ……。
私の大切なものは、とても、とても少ない。だからこそ、それを守るためだけに全力を尽くしてみせる。
「そうか。なら、このまま進めよう。それと、明日は山で遊ぼうか」
「っ、はい」
山を駆け回るのは楽しい。それにお父様もお母様も、時間さえあれば付き合ってくれることが、とても、とても嬉しい。
お父様は私に他の友達を作ってほしいようではあったけど、今は、お父様とお母様にベッタリで居させてほしい。まだまだ、私にとって、外の世界は怖い場所でしかないのだから……。
「……黒豹、か……」
明日の楽しみに思いを馳せていた私は、その小さな呟きに気づかない。
生まれた時には黒くとも、成長するに従って色が変化するはずだった私の耳。五歳になっても変化がなければ、世にも珍しい黒豹の獣人として注目を浴びることとなる。そして……。
「どうか、幸せになってくれ」
黒豹の獣人を狙う者は多く、困難に満ちた道しか歩むことができないなんて、この時はまだ知らない。
お父様やお母様の願いを知ることのない私は、自分を犠牲にすることで家族を守りたい私は、ゼラフに婚約破棄されるまで、何一つ理解できていなかった。
44
お気に入りに追加
654
あなたにおすすめの小説
婚約解消は諦めましたが、平穏な生活を諦めるつもりはありません!
風見ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢である、私、リノア・ブルーミングはラルフ・クラーク辺境伯から求婚され、現在、結婚前のお試し期間として彼の屋敷に滞在しています。
滞在当初に色々な問題が起こり、婚約解消したくなりましたが、ラルフ様が承諾して下さらない為、諦める事に決めて、自分なりに楽しい生活を送ろうと考えたのですが、仮の嫁姑バトルや別邸のメイドに嫌がらせをされたり、なんだかんだと心が落ち着きません。
妻になると自分が決めた以上、ラルフ様や周りの手を借りながらも自分自身で平穏を勝ち取ろうと思います!
※拙作の「婚約解消ですか? 頼む相手を間違えていますよ?」の続編となります。
細かい設定が気にならない方は未読でも読めるかと思われます。
※作者独自の異世界の世界観であり、設定はゆるく、ご都合主義です。クズが多いです。ご注意ください
『番』という存在
彗
恋愛
義母とその娘に虐げられているリアリーと狼獣人のカインが番として結ばれる物語。
*基本的に1日1話ずつの投稿です。
(カイン視点だけ2話投稿となります。)
書き終えているお話なのでブクマやしおりなどつけていただければ幸いです。
***2022.7.9 HOTランキング11位!!はじめての投稿でこんなにたくさんの方に読んでいただけてとても嬉しいです!ありがとうございます!
『えっ! 私が貴方の番?! そんなの無理ですっ! 私、動物アレルギーなんですっ!』
伊織愁
恋愛
人族であるリジィーは、幼い頃、狼獣人の国であるシェラン国へ両親に連れられて来た。 家が没落したため、リジィーを育てられなくなった両親は、泣いてすがるリジィーを修道院へ預ける事にしたのだ。
実は動物アレルギーのあるリジィ―には、シェラン国で暮らす事が日に日に辛くなって来ていた。 子供だった頃とは違い、成人すれば自由に国を出ていける。 15になり成人を迎える年、リジィーはシェラン国から出ていく事を決心する。 しかし、シェラン国から出ていく矢先に事件に巻き込まれ、シェラン国の近衛騎士に助けられる。
二人が出会った瞬間、頭上から光の粒が降り注ぎ、番の刻印が刻まれた。 狼獣人の近衛騎士に『私の番っ』と熱い眼差しを受け、リジィ―は内心で叫んだ。 『私、動物アレルギーなんですけどっ! そんなのありーっ?!』
隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~
夏笆(なつは)
恋愛
ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。
ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。
『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』
可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。
更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。
『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』
『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』
夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。
それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。
そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。
期間は一年。
厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。
つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。
この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。
あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。
小説家になろうでも、掲載しています。
Hotランキング1位、ありがとうございます。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
おいしいご飯をいただいたので~虐げられて育ったわたしですが魔法使いの番に選ばれ大切にされています~
通木遼平
恋愛
この国には魔法使いと呼ばれる種族がいる。この世界にある魔力を糧に生きる彼らは魔力と魔法以外には基本的に無関心だが、特別な魔力を持つ人間が傍にいるとより強い力を得ることができるため、特に相性のいい相手を番として迎え共に暮らしていた。
家族から虐げられて育ったシルファはそんな魔法使いの番に選ばれたことで魔法使いルガディアークと穏やかでしあわせな日々を送っていた。ところがある日、二人の元に魔法使いと番の交流を目的とした夜会の招待状が届き……。
※他のサイトにも掲載しています
[完結]間違えた国王〜のお陰で幸せライフ送れます。
キャロル
恋愛
国の駒として隣国の王と婚姻する事にになったマリアンヌ王女、王族に生まれたからにはいつかはこんな日が来ると覚悟はしていたが、その相手は獣人……番至上主義の…あの獣人……待てよ、これは逆にラッキーかもしれない。
離宮でスローライフ送れるのでは?うまく行けば…離縁、
窮屈な身分から解放され自由な生活目指して突き進む、美貌と能力だけチートなトンデモ王女の物語
ヒロインがいない世界で悪役令嬢は婚約を破棄し、忠犬系従者と駆け落ちする
平山和人
恋愛
転生先はまさかの悪役令嬢・サブリナ!?
「なんで悪役!? 絶対に破滅エンドなんて嫌!」
愚かな俺様王子なんて、顔だけ良ければヒロインに譲ってあげるつもりだった。ところが、肝心のヒロインは学園にすら入学していなかった!
「悪役令嬢、完全に詰んでるじゃない!」
ずっとそばで支えてくれた従者のカイトに密かに恋をしているサブリナ。しかし、このままでは王子との婚約が破棄されず、逃げ場がなくなってしまう。ヒロインを探そうと奔走し、別の婚約者を立てようと奮闘するものの、王子の横暴さにとうとう我慢の限界が。
「もう無理!こんな国、出ていきます!」
ついにサブリナは王子を殴り飛ばし、忠犬系従者カイトと共に国外逃亡を決意する――!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる