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第一章

第五話 最小限の犠牲

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 理不尽な暴言をただひたすらに受け続けた私は、いつの間にか両親の前に居て、ゼラフを見送っていた。
 先程までの悪鬼のような表情はどこへ仕舞い込んだのか、ゼラフは人当たりの良い笑みを浮かべて、何かを話していたことだけは、記憶に残っている。


 ……この婚約、ゼラフ君は納得してないみたい。


 初めから予想していたことではあるが、改めて、それを確認した私は、ゼラフの人当たりの良さにホッとしている様子の両親を見て決意する。


 お父様とお母様には、絶対に言わない。


 きっと、ゼラフの本性を話せば、お父様もお母様も、すぐに婚約を断るべく動くだろう。しかし、それで我が家に降りかかる不利益が、いったいどれほどのものなのか、全く分からない。


 勉強、頑張って、婚約破棄を目指す。


 だから、向こうの引責となるように仕向けるのだ。家族さえ守れるのであれば、私自身はどうでも良いのだから。


「リコ、この婚約を進めても良いか?」

「はい、おとーさま」


 話すことも、表情を変えることも、私はずっと苦手だ。しかし、今は、表情を変えることが苦手なままで良かったと思える。
 無理に笑顔を作って、お父様達を騙すことも、ゼラフの言葉に傷ついた表情を見せることもせずに済むのだから。

 ホッとした様子のお父様達を眺めて、やはり私のこの決断は間違っていないのだと知る。


 頑張らなきゃ……。


 私の大切なものは、とても、とても少ない。だからこそ、それを守るためだけに全力を尽くしてみせる。


「そうか。なら、このまま進めよう。それと、明日は山で遊ぼうか」

「っ、はい」


 山を駆け回るのは楽しい。それにお父様もお母様も、時間さえあれば付き合ってくれることが、とても、とても嬉しい。
 お父様は私に他の友達を作ってほしいようではあったけど、今は、お父様とお母様にベッタリで居させてほしい。まだまだ、私にとって、外の世界は怖い場所でしかないのだから……。


「……黒豹、か……」


 明日の楽しみに思いを馳せていた私は、その小さな呟きに気づかない。
 生まれた時には黒くとも、成長するに従って色が変化するはずだった私の耳。五歳になっても変化がなければ、世にも珍しい黒豹の獣人として注目を浴びることとなる。そして……。


「どうか、幸せになってくれ」


 黒豹の獣人を狙う者は多く、困難に満ちた道しか歩むことができないなんて、この時はまだ知らない。
 お父様やお母様の願いを知ることのない私は、自分を犠牲にすることで家族を守りたい私は、ゼラフに婚約破棄されるまで、何一つ理解できていなかった。
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