上 下
1 / 74
第一章

プロローグ

しおりを挟む
 昔から、私が異端・・である自覚はあった。
 異様に強い力。オリンピック選手もびっくりな身体能力。耳も目も鼻、良すぎるくらいに良くて、とても、とても、気味が悪いモノとして見られていた。


「おとーさん」

「来るな! 化け物めっ!」


 父親という存在は、私を毛嫌いした。


「お、おかーさん」

「どうして、どうして、あんたみたいな化け物がっ!! あんたなんて、生まれてこなければ良かったのにっ!!」


 母親という存在は、私を産んだことを悔やみ続けた。


「菜々……」

「ひっ! いやぁ! お父さん! お母さん! 化け物がっ!!」


 妹の菜々は、私が側に寄るだけで叫んだ。


 どうして、どうして、どうして、どうして……。


 何も、悪いことなんてしてはいない。この力が異常だと気づいてからは、ずっと、ずっと、隠そうと努力し続けてきた。そのはずなのに……。


「化け物が来たぞ!」

「に、逃げろ!」


 それは、子供同士のお遊びの声ではない。本気で、恐怖に怯える者の声だった。
 私はただ、一緒にボール遊びに加わりたかっただけなのに……。


「化け物だっ!」

「なんで、化け物がこんなところにっ」

「いやぁ、化け物よっ!!」


 ねぇ、私の名前、化け物じゃあないよ?


 そう、言いたくとも、それ以上の言葉が続かないことも、彼らが聞こうともせずに逃げ出すことも知っていた。


「私の、名前……」


 私は、自分の名前を呼んでくれる人が居ないという事実を誰よりも理解していたから。私が側に居るだけで、誰もが恐怖を覚えることを知っていたから。

 毎日、学校から帰ると、公園へ逃げ込んだ。私が来るまでは人で賑わっていたそこも、私が毎日訪れるようになってからは、誰一人として近づかない。
 学校では、別の教室に隔離されて、DVDで一人、授業を受けた。家でも私だけ、別の部屋を与えられて、そこでじっと過ごすしかなかった。

 寂しい、と感じたところで、誰も私を見てはくれない。


「一人部屋、全然、嬉しくないよ……」


 学校の中でのお喋りは、参加できなくても聞こえてはくる。『一人部屋があるって良いなぁ』と、誰かが言っていたことに対して、一人呟いて、駆け出す。
 体を動かしている時だけは、何も考えなくて済む。走り回って、飛び上がって、回転して、縦横無尽に公園を駆け巡るのが、私の日課だ。それは、ずっと、ずっと……幼い頃から、十六歳まで続く日課となる。ただし……。


「うっ……」


 最近、胸がとても痛かった。これまで、十六年間、ずっと風邪一つ引いたことのない私は、それが病気だという頭はなかった。それでも、何度も何度も続けば、その可能性が過ぎる。


「……あの人達に、頼まなきゃいけない、のかなぁ」


 すでに、両親のことを『お父さん』や『お母さん』と呼ぶことはない。
 十六年の月日の間に、妹だけでなく弟も生まれて、彼らはとても幸せそうだった。私一人を除いた四人家族で、とても楽しそうだった。
 義務教育だけでなく、高校にまで通わせてもらえていることには感謝しなければならない。一緒に食べることは叶わずとも、食事を与えられるだけ、感謝しなければならない。そう、理解はしていても、この積もりに積もった寂しさが薄れることはない。

 その日のうちに、私は手紙を書いた。病院に行きたいという内容を認めたものを、両親に向けて。それが、さらなる地獄の始まりとも知らずに。


「ど、して……」


 怯えながらも医者が下した診断は、原因不明の病であり、後僅かな余命しか残されていないこと。絶対安静が必要であり、隔離するということ。
 私はそれを、治療のためだと眠らされた後、全身をベッドに拘束された状態で聞くこととなった。


「ご両親も同意済みです」


 その言葉に、頭を殴られたような衝撃を受けた。
 親として接して来なかった癖に、私に干渉する権利だけは持っている彼ら。きっと、化け物である私から離れられるチャンスとばかりに、拘束を許可したのだろう。


「そんな……」


 逃げ出そうと思えばできるかもしれない。しかし、その後はと考えると、行動には移せなかった。
 拘束具を引き千切るなど、漫画やアニメでもないのだから、やったら最後、私は本格的に化け物として追われることになるかもしれない。平和な日本でそれはない、と言いたいところだが、現在、こうして拘束することすらも両親からの許可だけで可能となったのだ。

 私に、人権はない。

 そう思い知るに十分な状況が、目の前に存在していた。


 動きたい、走りたい。


 そう思っても、ここから抜け出すわけにはいかない。


 外に、出たい。


 そう訴えたところで、彼らがうなずくことはなく、ただただ、体が衰弱していくのを自覚する。
 これではきっと、本当に抜け出すこともできない。


 助けて……。


 最期の最後に、そんな言葉が浮かんで、それでも、助けてくれる人を誰一人として思い浮かべることができなくて……私は、長い息を吐き出した。






「あぁあっ! ごめんなさい! やっと、見つけたと思ったのにっ! でも、もう大丈夫。今度はちゃんと……」


 どこかで、誰かのそんな声が聞こえた気がして、次の瞬間、全身に激痛が駆け巡る。


「ほぎゃあ、おぎゃあっ」


 大きな泣き声で目を覚ますと、私はなぜか、赤子になっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

継母の心得

トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10〜第二部スタート ☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定☆】 ※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロ重い、が苦手の方にもお読みいただけます。 山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。 治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。 不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!? 前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった! 突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。 オタクの知識を使って、子育て頑張ります!! 子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です! 番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。

5度目の求婚は心の赴くままに

しゃーりん
恋愛
侯爵令息パトリックは過去4回、公爵令嬢ミルフィーナに求婚して断られた。しかも『また来年、求婚してね』と言われ続けて。 そして5度目。18歳になる彼女は求婚を受けるだろう。彼女の中ではそういう筋書きで今まで断ってきたのだから。 しかし、パトリックは年々疑問に感じていた。どうして断られるのに求婚させられるのか、と。 彼女のことを知ろうと毎月誘っても、半分以上は彼女の妹とお茶を飲んで過ごしていた。 悩んだパトリックは5度目の求婚当日、彼女の顔を見て決意をする、というお話です。

【第二章・完】魔女の生き残り大作戦~女神の台本は屑籠へどうぞ~

茄珠みしろ
恋愛
目覚めたら小説の中ですぐに自殺してしまい退場する令嬢に転生していたルディア(5歳)。 妹に婚約者を奪われる経験なんて一度で十分! 今世は全力回避させていただくため、婚約自体拒否! 諸悪の根源である父親とも縁を切りフラグを折るどころか立たせない! けれども裏で暗躍するアンポンタンが余計なことをするせいで面倒なことに? せっかく諸悪の根源を家から追い出したのに、どこまでもチラチラと気配を感じてしまう。 ならばこちらも徹底的に————無視! 虚弱な体質のせいでなかなか思うように動けないルディアは、神官の力を借りて体を治すために神聖国に向かう。 そこでの出会いはルディアのその後の人生を大きく左右するもので、無自覚に原作小説のヒロインの邪魔をしているが、気にしない。 だって自分の人生が大切だから! 神聖国で魔法を習得したルディアは本当の父親の招待を受けて別の島に旅立つ。 異母兄たちの洗礼を受けたルディアとルディアを溺愛する異父兄のフィディス。 末の妹にメロメロになってしまう異母兄たちが突然腕試しを始めた目的はいったい何なのか? 唖然とするルディアに知らされた目的、それは————ルディアの専属騎士になる事。 強力なライバル(?)登場に焦りを感じるフィディスだが、本当のライバル(?)は地上の魔族の国にこそいた。 夢の中でだけの邂逅だった念願の相手、ノクスとの出会いに胸を膨らませ神聖国に戻ったルディアを待っていたものは、アンポンタンの計略!? いい加減しつこい。そう思っていれば大神官長から教えられた衝撃の真実。 ふざけんな、女神! その台本は屑籠行決定だ!

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

婚約破棄の、その後は

冬野月子
恋愛
ここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと思い出したのは、婚約破棄された時だった。 身体も心も傷ついたルーチェは国を出て行くが… 全九話。 「小説家になろう」にも掲載しています。

異世界で狼に捕まりました。〜シングルマザーになったけど、子供たちが可愛いので幸せです〜

雪成
恋愛
そういえば、昔から男運が悪かった。 モラハラ彼氏から精神的に痛めつけられて、ちょっとだけ現実逃避したかっただけなんだ。現実逃避……のはずなのに、気付けばそこは獣人ありのファンタジーな異世界。 よくわからないけどモラハラ男からの解放万歳!むしろ戻るもんかと新たな世界で生き直すことを決めた私は、美形の狼獣人と恋に落ちた。 ーーなのに、信じていた相手の男が消えた‼︎ 身元も仕事も全部嘘⁉︎ しかもちょっと待って、私、彼の子を妊娠したかもしれない……。 まさか異世界転移した先で、また男で痛い目を見るとは思わなかった。 ※不快に思う描写があるかもしれませんので、閲覧は自己責任でお願いします。 ※『小説家になろう』にも掲載しています。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

私のバラ色ではない人生

野村にれ
恋愛
ララシャ・ロアンスラー公爵令嬢は、クロンデール王国の王太子殿下の婚約者だった。 だが、隣国であるピデム王国の第二王子に見初められて、婚約が解消になってしまった。 そして、後任にされたのが妹であるソアリス・ロアンスラーである。 ソアリスは王太子妃になりたくもなければ、王太子妃にも相応しくないと自負していた。 だが、ロアンスラー公爵家としても責任を取らなければならず、 既に高位貴族の令嬢たちは婚約者がいたり、結婚している。 ソアリスは不本意ながらも嫁ぐことになってしまう。

処理中です...