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第一章 復讐の聖女候補
第十話 シエラ・ポンピーネ2
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侍女と美しい令嬢、シエラのみが歩く音が響く聖華塔。基本的に、聖女候補者達の仲はよろしくない。表面上はニコニコしていようとも、その裏では、どうやって相手を蹴落そうかと思考を巡らせている。だから、特に用がなければ他のご令嬢と鉢合わせになることは少ない。しかし、この聖華塔では少なくない侍女や神官達が存在するため、その誰ともすれ違わずに階を移動するのは難しかった。それなのに……先程から、シエラの目には、目の前を歩く侍女以外見えていない。
「まだ着かないのかしら?」
「もうしばらく先になります」
「そう……」
人が居ないという異常。それに気づいているのかいないのか、シエラは不安そうな表情を浮かべる。いや、それだけではない。シエラが問いかけた通り、『まだ着かない』という事実が、シエラに不安を与えていた。
歩いても歩いても、代わり映えのない通路。聖華塔を探索するなどということはシエラ自身、したこともないのだろうが、それでも異常だと思えるほどの通路の長さに、シエラはもう一度口を開く。
「ねぇ、まだ――」
「着きました」
まだ着かないのかを問いかける前に、いつの間に出現したのか、目の前には重厚な扉が現れていた。塔の内部はとても華美であり、扉一つをとっても美しい装飾を施されている聖華塔において、その扉は、飾り気の欠片もない、ただの黒塗りの扉。しかも、材質は木製なのか、ところどころヒビが見えるような粗末なもの。
「本当に、こちらに殿下がいらっしゃるの?」
「はい。そう聞き及んでおります」
淡々と返す侍女は、そこに何の表情も浮かべてはいない。それどころか、虚ろな目で、生気を感じられない有様だ。しかし、それにシエラが気づくことはなかった。もとより、侍女などという立場の人間のことなど、貴族階級であるシエラにはどうでも良い存在だった。だから……。
「そう。なら、お伺いしなくてはね?」
扉の中へと足を踏み入れる宣言をしたシエラに、侍女はそっと扉をノックして、シエラの来訪を告げる。中からは、距離が遠いのか、わずかに男性の許可らしき声が届き、キィっと音を立てて、扉が開かれる。
(こんな扉、相応しくないわ。すぐに替えさせないと)
聖華塔にこんな軋むほどの扉が存在するなど夢にも思わなかったシエラはそんな思いを抱えながら、今はとにかく王太子殿下の元へ向かわねばと扉の中に視線を移す。
「……?」
ただ、なぜだか、その扉の中は、随分と暗かった。とはいえ、全く見えないというわけではなく、誰かが、そこに居ることだけは理解できる程度の明るさは存在している。窓際に、背中を向けて立つ誰か。それを、何の疑いも持たずに王太子殿下だと判断したシエラは、そっと扉の中に入り、背後で、バタンっと音を立てて閉まる扉に、ビクッと肩を跳ね上げる。咄嗟に背後を振り返るも、そこに、侍女の姿はない。と、いうより、王太子殿下と思しき人影以外、誰も見当たらない。
(未婚の女性が異性と二人っきりの場面なんて……)
本来、未婚の女性が異性と二人で話す場合、必ずその場には侍女や侍従が控えるか、扉を開けて声が聞こえるようにするものだ。純潔を重視する貴族社会において、それは、とても大切な決まりごとだった。たとえ、相手が王太子殿下だとしても……いや、王太子殿下だからこそ、この対応は不味い。しかも、他のご令嬢達による罠という可能性まであるという始末。
(すぐに出なければっ)
だから、シエラが扉に駆け寄ったのは正しい選択だ。その扉は、復讐が終わるまで開かれることはないと知らなかったのだから。
「まだ着かないのかしら?」
「もうしばらく先になります」
「そう……」
人が居ないという異常。それに気づいているのかいないのか、シエラは不安そうな表情を浮かべる。いや、それだけではない。シエラが問いかけた通り、『まだ着かない』という事実が、シエラに不安を与えていた。
歩いても歩いても、代わり映えのない通路。聖華塔を探索するなどということはシエラ自身、したこともないのだろうが、それでも異常だと思えるほどの通路の長さに、シエラはもう一度口を開く。
「ねぇ、まだ――」
「着きました」
まだ着かないのかを問いかける前に、いつの間に出現したのか、目の前には重厚な扉が現れていた。塔の内部はとても華美であり、扉一つをとっても美しい装飾を施されている聖華塔において、その扉は、飾り気の欠片もない、ただの黒塗りの扉。しかも、材質は木製なのか、ところどころヒビが見えるような粗末なもの。
「本当に、こちらに殿下がいらっしゃるの?」
「はい。そう聞き及んでおります」
淡々と返す侍女は、そこに何の表情も浮かべてはいない。それどころか、虚ろな目で、生気を感じられない有様だ。しかし、それにシエラが気づくことはなかった。もとより、侍女などという立場の人間のことなど、貴族階級であるシエラにはどうでも良い存在だった。だから……。
「そう。なら、お伺いしなくてはね?」
扉の中へと足を踏み入れる宣言をしたシエラに、侍女はそっと扉をノックして、シエラの来訪を告げる。中からは、距離が遠いのか、わずかに男性の許可らしき声が届き、キィっと音を立てて、扉が開かれる。
(こんな扉、相応しくないわ。すぐに替えさせないと)
聖華塔にこんな軋むほどの扉が存在するなど夢にも思わなかったシエラはそんな思いを抱えながら、今はとにかく王太子殿下の元へ向かわねばと扉の中に視線を移す。
「……?」
ただ、なぜだか、その扉の中は、随分と暗かった。とはいえ、全く見えないというわけではなく、誰かが、そこに居ることだけは理解できる程度の明るさは存在している。窓際に、背中を向けて立つ誰か。それを、何の疑いも持たずに王太子殿下だと判断したシエラは、そっと扉の中に入り、背後で、バタンっと音を立てて閉まる扉に、ビクッと肩を跳ね上げる。咄嗟に背後を振り返るも、そこに、侍女の姿はない。と、いうより、王太子殿下と思しき人影以外、誰も見当たらない。
(未婚の女性が異性と二人っきりの場面なんて……)
本来、未婚の女性が異性と二人で話す場合、必ずその場には侍女や侍従が控えるか、扉を開けて声が聞こえるようにするものだ。純潔を重視する貴族社会において、それは、とても大切な決まりごとだった。たとえ、相手が王太子殿下だとしても……いや、王太子殿下だからこそ、この対応は不味い。しかも、他のご令嬢達による罠という可能性まであるという始末。
(すぐに出なければっ)
だから、シエラが扉に駆け寄ったのは正しい選択だ。その扉は、復讐が終わるまで開かれることはないと知らなかったのだから。
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