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第二章 目論む者達

第三十四話 囚われて(前半アルム、後半シェイラ視点)

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 シェイラを抱えて走る女の竜人に追い付き、ボクは一気に加速してシェイラを取り戻そうとするが、それよりも、女がボクに気づく方が早かった。


「っ! 動くなっ! 動けば、この女を殺すっ!」


 意識を失い、グッタリとした様子のシェイラは、女の肩に抱えられた状態で、その首に鋭利なナイフを当てられる。


「っ」


 その光景に、ボクは思わず立ち止まる。すると、女はニタリと笑う。


「これはこれは、竜王様。寵妃にご執心というのは本当だったようですねぇ」

「何が目的だ?」


 一刻も早く、シェイラを助け出したいとは思うものの、女の纏う空気がそれを許してくれない。どこか退廃的な彼女の様子に、いつ、シェイラが殺されてもおかしくないと思えてしまったのだ。


(シェイラを傷つけさせはしないっ)


 とにかく、今は時間を稼ぐ必要がある。しっかりと包囲網を完成させて、隙を窺えば、きっと打開する時がくるはずだった。


「うん? そんなの答えるわけないでしょう? それよりも、包囲していると分かれば、こいつを殺す。私を捕らえようとしても殺す。ってことで、さっさと包囲の命令を撤回してもらえませんかねぇ?」


 目の前に、シェイラが居るにもかかわらず、この手が届かないという事実が、ボクの精神を蝕む。しかし、恐らく女は本気なのだろう。ボクは、渋々ヨークへ命令の撤回を伝音魔法で伝える。


「ふふふっ、良くできました。それじゃあ、私は退散させてもらいましょうかねぇ?」


 このままでは、みすみす逃すこととなってしまう。それだけは、避けなければと、ボクは、女に気づかれないよう、ひっそりと魔法を使う。それは、シェイラが着けている魔法具の一つに備わった機能を発動させるための魔法だ。こんなことでもなければ、一生使わないだろうと思いながら、『絶対者』に使い方を教えてもらった魔法だ。


「それじゃあ、さようなら」


 一気に駆け出した女を前に、ボクは、動くことはできない。……そう、ボクは、動けない。


「転移」


 女がシェイラを連れ去ったのを見送ったボクは、すぐに、精鋭部隊を集めて、シェイラ奪還のために動き出すのだった。








(ん……ここ、は?)

「魔封じも施しましたし、これでいくらでも使えますよ」

「うふふ、そう。それは良いですわね? じゃあ、まずは腕を切り落としてみるなんてどうかしら?」

「いたぶり方に関してはお任せしますよ。ただ、人間は弱いから、腕を切られるだけでも死んでしまうかもしれないですよ?」

「あら、それはダメですわね。この女には、たっぷり苦しんでもらわなきゃいけないもの」


 はっきりとしない意識の中で、何やら物騒な相談が聞こえてくる。そこで、意識を失う前のことを思い出して、一気に血の気が引く。


(私、もしかして拐われました?)


 しかも、聞くところによれば、魔封じも施されているかもしれない。そうなれば、転移で逃げることもできない。


(……いえ、まずは落ち着かなければ。こういう時は、取り乱す方が危険です)


 とりあえずは、本当に魔封じが施されているのかの確認からした方が良さそうだと判断して、蜘蛛達へ意識を飛ばしてみるものの、応答が全くない。


(……こんなことならば、怪しいと思った時点で逃げれば良かったです)

「それで? いつ頃目覚めるのかしら?」

「昏倒用の薬を嗅がせましたからねぇ。もうすぐじゃないですか?」


 昏倒用の薬など、嗅いだ覚えはない。しかし、会話の相手の一人があの使用人に扮した竜人の女だと分かり、必死に思考を巡らせる。


「確か、紅茶に混ぜて間近に持っていったのだったわね?」

「えぇ、あれは、水分と反応して辺りに効果を発揮するものですからねぇ。ただ、持続時間はさほどないのが難点ですが」


 思いがけず、自分が倒れた原因を知ることになった私は、恐らくドラグニル竜国特有であろうその毒の摂取方法に舌を巻く。


(そんなの、対処のしようがないじゃないですかっ)

「ふふふっ、でも、今みたいな状態なら、とっても使い勝手の良い薬ですわね。さて、と……自然に目覚めるのを待つのも良いですが、少し荒っぽいのも良いと思いませんか?」

「ご随意に」

「っ、もうっ、つれないですわねっ。良いですわっ。この女を蹴り起こしなさい」

「はい」


 そんな声とともに、カツカツと足音が迫ってくる。だというのに、私はどんなに目を開けようと頑張っても、体が全く動かない。


(動いてっ、動いてっ!)

「それじゃあ、死ぬ前に起きてくださいねぇ?」


 そんな言葉の直後、腹部に重い衝撃が走った。
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