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第一章 ドラグニル竜国へ
第十二話 ライバル同士(ルティアス視点)
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ドラグニル竜国国王、アルム・ドラグニル。彼は、僕の大切な片翼であるリリスさんに想いを寄せるライバルだ。
魔族である僕は、片翼という唯一を失えば狂ってしまう。それほどに、僕ら魔族が片翼に寄せる想いは強く、重い。それは、自らの全てをなげうつほどのもので、実際、僕は今、リリスさんを守るために自ら呪いを受け、それでもなお、リリスさんの側に居たくて魔の森という危険な場所で一緒に暮らしている。
アクアマリンの髪と黄金の瞳、白い角を持ち、我ながら整っていると思える顔の僕は、ヴァイラン魔国で三魔将というかなり高い地位には居る。しかし、それでもさすがに他国の王に敵わない。
前に一度宣戦布告を受けているため、何を言われるか分からない中、警戒を強めて席に着くと、アルムはおもむろに口を開く。
「『絶対者』は、幸せか?」
強い、強い視線で、真意の分からない質問を受けた僕は、アルムの視線を受け止めながら応える。
「うん、リリスさんは、良く笑ってくれる。毎日、とても楽しそうだよ」
「そう、か……」
「それにしても、貴方はそんな口調だったんだね? リリスさんに対するのとは大違いだ」
「当たり前だ。彼女には、できるだけ優しく接したい」
(……優しく?)
「えっと……それ、本気で言ってる?」
「本気だが?」
つい、疑うようにアルムを見るものの、どうやら本気らしい。
(……どう考えても、軽薄な男にしか思えない口調は、優しさの表れ?)
「……そこのところは、シェイラさん辺りに確認した方が良いと思うよ?」
「どういう意味だ?」
「いや、うん、僕の口からはちょっと……」
ライバルだと思っていた男が、ここまで残念だと思いもしなかった僕は、少し警戒が緩むのを感じながらも口ごもる。
(シェイラさん、後は任せたっ)
「……分かった」
怪訝な顔で了承したアルムを見て、僕はホッと息を吐く。追及されずにすんだことは、とてもありがたかった。
「それで、本題だが……ボクは、彼女に想いを告げることはしない」
「? そう、なの?」
それは、かなり意外な言葉だった。てっきり、ライバルとして僕を牽制するなりなんなりをしようとしていたのかと思っていたのだが、どうにもそんな様子はない。
「……もちろん、彼女がボクを受け入れてくれるというのであれば、この上なく嬉しいが、それでお前が死んだり発狂したりしてしまえば、彼女を傷つける」
そんなことはない、とは言えなかった。ただでさえ、呪いを受けたこの身を心配してくれるリリスさんが、例え、他の男のものになる決断をしたとしても、僕のことを心配しないわけがなかった。
(リリスさんの幸せのためなら、死ぬことも、発狂することも抑えてみせるけど……そんな問題でもない、よね?)
「それに、ボクから見ても、彼女は、幸せそうだった。前は、笑うこともなかったのだが、な」
聞くところによると、リリスさんは、昔は全く表情を見せなかったという。それでも、アルムはリリスさんのことが好きで、必死にアプローチしていたらしいのだが……その内容を聞いて、僕はあまりの常識の違いに声を上げそうになる。
(いやいやいや、仕事を頼むことが求愛って、普通、人間は知らないからっ! 報酬にリリスさんが求めているものを用意していても、そんなの関係ないからねっ!?)
これは、本格的にシェイラさんにアドバイスしてもらう必要がありそうだと考えながら、あまりに残念なアルムをじっと見つめる。
「……なぜ、シェイラもお前もそんな目でボクを見る?」
「いや……シェイラさんに聞いてあげて? 僕は、答えられない」
「……」
さすがに、一国の王に対して残念過ぎるから、なんて言えるわけがない。
(あっ、それはシェイラさんも一緒か)
一瞬、選択を間違えたかと思ったが、アルムがリリスさんの妹を害するようなことをするわけはないと思って、その考えを飲み込む。
「ボクでは、彼女を笑顔にできなかった。だから、想い続けはするだろうが、この想いを告げることはない」
悔しそうなアルムに、僕は押し黙るしかない。
そうして、いくらかの沈黙が流れた後、アルムはようやく一つ、息を吐き、僕へと視線を合わせる。
「こんな話をして、すまないな」
「いや、話を聞けて良かったと思うよ。その心変わりの原因は気になるけど」
前に会った時、アルムは諦めるつもりはないと言っていたような気がするのだが、今回は随分と考えが変わったらしい。
「それは……シェイラと話していると、ボクは、彼女に何も与えられていないのだと自覚して、だな」
気まずそうに言うアルムに、僕は深く聞き込んでいく。
「シェイラが知る彼女は、多様な側面を持っているのに、ボクが知ることのできた部分は、あまりにも少ない。それに……」
「それに?」
「ボクはきっと、彼女を『絶対者』として見ることを止められない。それだけ、彼女はボクにとっての憧れだった」
少し遠い目をするアルムに、僕は『難儀だな』と思いつつも、アルムのその話に付き合う。
(でも、これ……気づいてないん、だろうなぁ……)
話の節々に出てくるシェイラさんの話に、アルムは、リリスさんの話をしている時以上に目を輝かせていた。
(これは、様子見だろうね)
そこにある気持ちがどんな形のものなのか、まだ分からない。しかし、きっと、それはアルムにとって大切なものなのだろう。
思いの外、長々と話すことになった僕達は、リリスさんが一泊して、まだシェイラさんと話をしたいと言った要望に従って、一日泊まることにするのだった。
魔族である僕は、片翼という唯一を失えば狂ってしまう。それほどに、僕ら魔族が片翼に寄せる想いは強く、重い。それは、自らの全てをなげうつほどのもので、実際、僕は今、リリスさんを守るために自ら呪いを受け、それでもなお、リリスさんの側に居たくて魔の森という危険な場所で一緒に暮らしている。
アクアマリンの髪と黄金の瞳、白い角を持ち、我ながら整っていると思える顔の僕は、ヴァイラン魔国で三魔将というかなり高い地位には居る。しかし、それでもさすがに他国の王に敵わない。
前に一度宣戦布告を受けているため、何を言われるか分からない中、警戒を強めて席に着くと、アルムはおもむろに口を開く。
「『絶対者』は、幸せか?」
強い、強い視線で、真意の分からない質問を受けた僕は、アルムの視線を受け止めながら応える。
「うん、リリスさんは、良く笑ってくれる。毎日、とても楽しそうだよ」
「そう、か……」
「それにしても、貴方はそんな口調だったんだね? リリスさんに対するのとは大違いだ」
「当たり前だ。彼女には、できるだけ優しく接したい」
(……優しく?)
「えっと……それ、本気で言ってる?」
「本気だが?」
つい、疑うようにアルムを見るものの、どうやら本気らしい。
(……どう考えても、軽薄な男にしか思えない口調は、優しさの表れ?)
「……そこのところは、シェイラさん辺りに確認した方が良いと思うよ?」
「どういう意味だ?」
「いや、うん、僕の口からはちょっと……」
ライバルだと思っていた男が、ここまで残念だと思いもしなかった僕は、少し警戒が緩むのを感じながらも口ごもる。
(シェイラさん、後は任せたっ)
「……分かった」
怪訝な顔で了承したアルムを見て、僕はホッと息を吐く。追及されずにすんだことは、とてもありがたかった。
「それで、本題だが……ボクは、彼女に想いを告げることはしない」
「? そう、なの?」
それは、かなり意外な言葉だった。てっきり、ライバルとして僕を牽制するなりなんなりをしようとしていたのかと思っていたのだが、どうにもそんな様子はない。
「……もちろん、彼女がボクを受け入れてくれるというのであれば、この上なく嬉しいが、それでお前が死んだり発狂したりしてしまえば、彼女を傷つける」
そんなことはない、とは言えなかった。ただでさえ、呪いを受けたこの身を心配してくれるリリスさんが、例え、他の男のものになる決断をしたとしても、僕のことを心配しないわけがなかった。
(リリスさんの幸せのためなら、死ぬことも、発狂することも抑えてみせるけど……そんな問題でもない、よね?)
「それに、ボクから見ても、彼女は、幸せそうだった。前は、笑うこともなかったのだが、な」
聞くところによると、リリスさんは、昔は全く表情を見せなかったという。それでも、アルムはリリスさんのことが好きで、必死にアプローチしていたらしいのだが……その内容を聞いて、僕はあまりの常識の違いに声を上げそうになる。
(いやいやいや、仕事を頼むことが求愛って、普通、人間は知らないからっ! 報酬にリリスさんが求めているものを用意していても、そんなの関係ないからねっ!?)
これは、本格的にシェイラさんにアドバイスしてもらう必要がありそうだと考えながら、あまりに残念なアルムをじっと見つめる。
「……なぜ、シェイラもお前もそんな目でボクを見る?」
「いや……シェイラさんに聞いてあげて? 僕は、答えられない」
「……」
さすがに、一国の王に対して残念過ぎるから、なんて言えるわけがない。
(あっ、それはシェイラさんも一緒か)
一瞬、選択を間違えたかと思ったが、アルムがリリスさんの妹を害するようなことをするわけはないと思って、その考えを飲み込む。
「ボクでは、彼女を笑顔にできなかった。だから、想い続けはするだろうが、この想いを告げることはない」
悔しそうなアルムに、僕は押し黙るしかない。
そうして、いくらかの沈黙が流れた後、アルムはようやく一つ、息を吐き、僕へと視線を合わせる。
「こんな話をして、すまないな」
「いや、話を聞けて良かったと思うよ。その心変わりの原因は気になるけど」
前に会った時、アルムは諦めるつもりはないと言っていたような気がするのだが、今回は随分と考えが変わったらしい。
「それは……シェイラと話していると、ボクは、彼女に何も与えられていないのだと自覚して、だな」
気まずそうに言うアルムに、僕は深く聞き込んでいく。
「シェイラが知る彼女は、多様な側面を持っているのに、ボクが知ることのできた部分は、あまりにも少ない。それに……」
「それに?」
「ボクはきっと、彼女を『絶対者』として見ることを止められない。それだけ、彼女はボクにとっての憧れだった」
少し遠い目をするアルムに、僕は『難儀だな』と思いつつも、アルムのその話に付き合う。
(でも、これ……気づいてないん、だろうなぁ……)
話の節々に出てくるシェイラさんの話に、アルムは、リリスさんの話をしている時以上に目を輝かせていた。
(これは、様子見だろうね)
そこにある気持ちがどんな形のものなのか、まだ分からない。しかし、きっと、それはアルムにとって大切なものなのだろう。
思いの外、長々と話すことになった僕達は、リリスさんが一泊して、まだシェイラさんと話をしたいと言った要望に従って、一日泊まることにするのだった。
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