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第九章 邪王討伐

第百六十四話 決着

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 私の叫びに、邪王達は困惑する。


「どうしたの? シズク? 返してって、どういうこと?」

「まさか、シズク……僕達以外に心を移したのっ?」


 ハミルさんとジークさんが交互にそう言って青くなる。


「ダメだダメだっ! シズクは俺達のっ!」

「嫌だよ、シズクっ! 僕達はシズクのためなら何でもするからっ! だから、嫌わないでっ!」

「嫌うとか何とか、そういう問題じゃないっ! 私は、夕夏ですっ! あなた方の言うシズクさんじゃありませんっ!」


 もう、我慢なんてできなかった。ジークさんとハミルさんの姿で、声で、私をシズクと呼ぶことに。ジークさんとハミルさんなのに、別の者が入って、私を抱き締めていることに。


(返してっ、返してっ!)


 心の中は、ただただジークさんとハミルさんを求めて泣き叫ぶ。それなのに……。


「あぁ、やっぱり、全部なくさなきゃいけなかったんだね」

「そうだね、僕達がシズクを間違えるわけがないから、きっと、誰かに何かをされたんだね? 本当に、救いがたいよ」


 何だか不穏な空気を醸し出し始めた二人は、一生懸命その腕から抜け出そうとする私を引き寄せて、さらに抱き締めてくる。


「待ってて、シズク。すぐに、魔族も人間も、滅ぼしてくるから」

「すぐに元に戻してあげるからね、シズク」


 ハミルさんとジークさんの形をした彼らは、狂気をその血色の瞳に宿して囁く。


(っ、不味いっ)


 何が不味いかははっきり分からないけれど、とにかく、このままでは危険だということだけが頭に浮かぶ。


「っ、戻ってきてっ! ジークフリートっ、ハミルトンっ!」


 そう、叫んだ直後だった。


「ぐっ」

「うぅ……」


 邪王に乗っ取られたはずのハミルさんとジークさんが頭を抱えて呻き声を上げる。


「っ、ジークさんっ、ハミルさんっ!」

「っ……ユー、カ?」

「ぐっ、お願い、ユーカ……僕達、を、殺し、て……」


 どうやら、一時的に意識が戻ってきたらしいけれど、ハミルさんの言葉に、私は思わず硬直する。


「ユー、カ……俺から、も、頼……む」


 しかも、ジークさんまでもが同じことを求めてくる現状に、私はまた、泣きそうになる。


「でき、ませんっ、そんなことっ! できないに決まってるでしょうっ!」

「もう、長くは……もた、ない……次、意識を呑まれた、ら……俺達、は、国を、滅ぼすだろ、う」

「僕達、は……ユーカの大切な、ものを、傷つけたく、ないん、だよ……だ、から……」

「嫌、嫌ですっ! 絶対っ、嫌っ!」

「ユーカ……」


 ブンブンと首を振って、私はわんわんと泣きじゃくる。ジークさんを、ハミルさんを、殺すなんてできるわけがない。それをするくらいなら、私が死んだ方がましだ。


『姫っ、姫っ! 私を使えば、彼らの肉体を通り抜けて、邪王のみを討伐できるのですよっ!』


 ただ、その言葉を聞いた瞬間、私達の間にあった悲壮な空気は固まる。そして、数秒後……。


「「「先に言って(言え)!」」」


 声を揃えて、聖剣に突っ込んだ私達は、すぐに行動を開始する。そう、まずは、聖剣をわし掴むところからだ。


「ジークさんにもハミルさんにも、傷がつくことはないんですね?」

『はいっ、もちろんですともっ!』


 私に柄を掴まれて機嫌良く答える聖剣に、私は少しばかりイラッとする。


「本当に本当、でしょうね?」

『もっちろんですともっ! こう、ブスッと刺すなり、ザクッと斬るなり、方法はどうぞお好きにっ!』

「そう……もし、二人が怪我するようなことがあれば……」

『あれば?』

分解かいぼうします」

『ひっ、大丈夫でっす! お約束致します!』


 短く悲鳴を上げ、それでも言葉を撤回しなかった聖剣に、私は一応信用できると判断する。

 案外重い聖剣を抱えた私は、まず、ハミルさんに狙いを定める。


「ユー、カ?」

「ハミルさん。どうやら大丈夫みたいなので、やってみますね?」


 そう言って、フラフラしながら聖剣の鞘を抜き放ち、自分の体に対して垂直になるような状態で抱える。


「ユ、ユーカ、あ、あの、その……せめて、急所は避け、て?」


 苦しそうにしながら青ざめた表情を見せるハミルさんに、私はとりあえずうなずき、『刺さればどこでも良いですっ』と告げる聖剣の言葉に従って、手を狙うことにしてみる。


「行きますっ」

「う、うんっ」


 聖剣の重さのせいで、手がプルプルと震えた状態で、私はハミルさんの方へと向かっていき……。


「あっ」

「えっ?」


 直前に大きく手を震わせてしまった私は、ハミルさんのお腹に吸い込まれる聖剣を『しまったっ』という気持ちで眺め……その直後、ハミルさんは、バターンッと後ろに倒れてしまう。一瞬、私は慌てたけれど、『気絶しましたねっ』という聖剣の呑気な声に、ホッとする。


「あっ、血が出てない」


 ハミルさんが倒れた拍子に抜けた聖剣を眺めれば、確かに血は出ていない。そして、次の瞬間、ハミルさんの体から黒いモヤモヤが飛沫を上げるように放出され、消えていく。


『私、大・活・や「黙って」……はい』


 どうやら上手くいった。意識を失っている様子のハミルさんは心配だけれど、今は、すぐにでもジークさんを何とかしなければならない。
 そう思って振り返ると、こちらを眺めていたジークさんは青い顔でビクゥッと反応する。


「待って、くれ……倒れない、ように、壁に、凭れる……」

「あっ、はい、分かりました」


 確かに、ハミルさんは盛大に倒れていたので、どこかぶつけているかもしれない。私は、もう一度聖剣を抱えて、壁に凭れて座り込むジークさんの側に行く。


(うん、失敗がないと分かれば大丈夫、だよね)


 そうして、私はジークさんの前で、剣を目一杯掲げて見せる。


「ユ、ユーカ?」

「大丈夫です。すぐに終わらせますねっ」

「ひっ」


 その直後、私はジークさんの頭に向けて、聖剣を振り下ろしたのだった。
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