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第八章 再びリアン魔国へ

第百五十六話 仕事場へ

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 霧に包まれてなぜかエーテ城の隠し扉の向こうに転移してしまい、大泣きをしてしまった翌日。私は、悲鳴とともに朝を迎えることとなった。


「きゃあっ! ジ、ジークさんっ!?」

「……おはよう。ユーカ」


 なぜか、私のベッドの上に、ジークさんが寝ている。寝起きでまだ意識がはっきりしない様子のジークさんは何だか可愛くて……じゃなくてっ!


「ど、どうして、ジークさんがここにっ! い、いえ、その、くーちゃんなら分かるんですよ? でも、ですね……」


 確か、前にも一度、似たようなことがあった。あれは、舞踏会の後の出来事だ。

 それを思い出して、私は尻すぼみになりながら、その時と同じように、ジークさんとは反対側に温度を感じることに気づいて、ギギギギギ、とぎこちなく振り向いてみる。


「ん……ユーカ? おはよう」

(ハミルさんまで居たーっ!)


 残念ながら、予想は当たってしまった。朝から美しい顔をドアップで観察するはめになって、ものすごく心臓に悪い。けれど、これだけならまだ良かったのかもしれない。

 とりあえず、ジークさんとハミルさんを締め出して朝の着替えなどの準備を終えると、すぐさまハミルさんが入室してくる。


「ユーカ。僕達のどちらかが必ず一緒に居られるようにするからね」


 『今は僕の番』。そう言って、ハミルさんは私に一緒に来てほしいと告げる。
 何の用だろうかと思ってついて行くと、そこは執務室で、机には大量の書類が積み重なっているのが見える。


「えっと、ハミルさん、お仕事があるんじゃあ……?」


 さすがにこの書類の山を前に、自分の側に居てくれなどとは言えない。そう思って、ハミルさんに問いかけると、ハミルさんは困ったようにうなずく。


「うん、そうなんだよね。でも、ユーカ成分を補充したいから、この部屋に一緒に居てくれないかい?」


 まるで自分の責任であるかのように言うハミルさんだけれど、確実に、昨日、『一人は嫌だ』と泣いたせいなのだろう。その気遣いはとっても嬉しくて、けれど、迷惑にならないかが心配で、思わず不安な表情を浮かべてしまう。


「僕、ユーカが一緒に居てくれたら、仕事が捗る気がするんだ。だから、お願いしても良いかい?」

(その言い方はズルい)


 そんな言い方をされてしまったら、受ける以外の選択肢がなくなってしまう。
 昨日の今日で、まだまだ一人になりたくない気持ちもあったため、私は了承してしまった。
 ……そこから始まる過保護な暴走を知りもせずに。


「ユーカ。疲れてない? 美味しい紅茶があるよ?」

「ユーカ、その本が好きなら、こっちも面白いと思うよ?」

「ユーカ、肩が凝ったの? なら、マッサージしてあげる。こっちにおいで」


 書類をものすごい勢いで捌きながら、ハミルさんは私が何か反応する度に世話を焼いてくれる。正直、私は邪魔だろうと思うのだけれど、途中で現れたマーサ曰く、普段の倍ほどのスピードで書類を処理しているから問題はないとのこと。それでも、私が居ることによって、入室制限がかかっているらしいことを知って、大丈夫なのかと不安になるものの、それも心配ないとのこと。むしろ、今の方が効率的に作業できているとのことなので、良くは分からないけれど、私はここで大人しくしていれば良いらしい。
 しばらくするとハミルさんは書類仕事を終わらせて、次はジークさんの仕事の状態を見て、謁見の時間を調整すると言う。実際、すぐにジークさんが来て、私は今度はマリノア城へ転移で戻り、そこで先程のハミルさんと同じようにに書類仕事をするジークさんを眺めることとなった。もちろん、色々と世話を焼かれながら。


(ジークさんやハミルさんと一緒に居られるのは嬉しいけれど……本当に、邪魔じゃないのっ!?)


 書類仕事をしながら私に構ってくれる二人に、少しばかり罪悪感が湧く。すると、今度はそんな私の感情を察知したのか、ジークさんはおもむろに私の元に近づいて、私をひょいっと抱き上げ、さっさと私を膝の上に乗せる形で椅子に座ってしまう。


「これなら、ユーカを側に感じられて嬉しいな」

「……」


 背後に感じる体温に、私はもう、何を言って良いのかすら分からなくなる。とにかく恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。この部屋には、メアリー達くらいしか入室してこないらしいけれど、それでも見られるのは嫌だ。


「ジーク、さん? あ、あの……ひゃっ」


 どうにかしてこの体勢を変えようと声を上げたところ、何を思ったか、ジークさんは私の耳をペロリと舐め上げる。

 ハクハクと口を動かしつつも二の句が次げないでいると、ジークさんの『ふっ』という笑い声が落ちてくる。


「ユーカは甘い。砂糖菓子のようだな」


 目眩がするほどに甘い声に、もう、自分がどうしたいのかも分からない。ただただ顔を赤くして、うつむくことしかできなくて、書類がいつの間にか全てなくなっていることにも気づかなかった。
 そうして、私はまたエーテ城に戻り、ようやく、まだ宝鍵の話をしていないことを思い出すのだった。
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