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第七章 舞踏会

第百三十八話 覚悟

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(あ、危なかった……)


 つい先程まで間近にあったジークさんの顔。あのまま、扉を誰かがノックしてくれなければ、きっと私は……。

 そこまで考えたところで、私は無性にどこかの穴に避難したくなる。もう、顔が熱すぎて、二人と目を合わせることすらできない。


「誰だ?」


 不機嫌そうに告げるジークさんの声を聞き流しながら、とりあえず状況整理から始めることにする。


(えっと、ジークさんもハミルさんも、私を励ましてくれてて、異世界人ってことがバレたら、異質な存在として気味悪がられるかと思ってたけど、それもなくて、むしろ、すぐに信じてくれたことも驚きだったというか……うわぁぁぁあっ)


 整理と思いながらも、その先にあったことをまざまざと思い出してしまった私は、後ろにあったウサギのぬいぐるみを手に取ると、そのお腹に顔を埋める。


「ユーカ!?」


 ハミルさんがアワアワしている雰囲気だったけれど、そんなこと関係ない。今は、冷却期間が必要だった。


「やぁやぁ、皆のナリクだよっ! って、ジーク!? 怖い怖いっ! 何で殺気をみなぎらせてるんだい!?」

「うるさい、黙れ、少し沈んでろ」

「ひぃっ! もももも、もしかして、お邪魔だったとかかい!? そ、それなら出直す「もう遅いっ」」


 扉を叩いていたのは、どうやらナリクさんだったらしく……ジークさんは、絶賛八つ当たり中らしい。何やら破壊音がそこかしこで響き、ナリクさんが逃げていく様子が良く分かる。


「まぁ、僕もジークの立場なら同じことをしそうだけど……今回は、リクに感謝かな?」


 だから、二人に集中していた私は、ハミルさんのその言葉を聞き逃すことになった。


「ユーカ、もう大丈夫だよ? 顔を上げてごらん?」

(無理ですっ!)


 余計にウサギを抱き締める私に、何やらハミルさんが接近してくる気配を感じて慌てる。


「顔上げないと、キス、しちゃうよ?」

「ひゃいっ!」


 耳元で囁かれたその言葉に、私は思い切って顔を上げる。すると、そこには蕩けるような笑みを浮かべたハミルさんが居て、もう居たたまれない。


「ふふっ、可愛いなぁ。ユーカは」

「ぁ……うぅ……」


 せめてもの抵抗として、ハミルさんから視線を外すものの、そうしたら髪を一房取られて、口付けが落とされる。


(お願いっ、誰か、誰かっ、この甘い空気を何とかしてっ!)


 甘過ぎる空気に、私は必死に願う。すると、どうやら願いは通じたようだった。


「ユーカちゃん、起きてる?」

「はいっ! 起きてますっ!」


 ノックとともに、リド姉さんの声が聞こえてきて、天の助けとばかりに勢い良く返事をする。……その際、隣から舌打ちが聞こえたような気がするのは、気のせいということにしておきたい。


「お見舞いに来たわよーって、機嫌悪そうね、ハミル」

「そうだね。さっきまでは上機嫌だったんだけどね」

「あぁ、はいはい。邪魔者はすぐに退散するわよ」

「うん、そうして「ダメっ! リド姉さんはここに居て!」……ユーカ」


 ハミルさんがしょんぼりとして私を見てきているけれど、ここは譲れない。


「ハミル、あんた、ユーカちゃんに何したの?」

「な、何もしてないよっ」


 甘い空気を大量生産してましたとは言えない私は、ただただブンブンと首を横に振るだけに留める。


「ユーカぁ」

「まぁ、ユーカちゃんがそう望むなら、ワタシはここに居るわよ」

「ありがとうっ! リド姉さんっ!」


 ニコリと笑ったリド姉さんは、そのまま手に持っていたバスケットをサイドテーブルに置いて、中身を取り出していく。どうやら、お見舞い用の果物らしかった。


「とりあえず、このくらいしか狩ってこれなかったけれど、ユーカちゃんなら十分過ぎるくらいの量じゃないかしら?」

「こんなにたくさん、ありがとうございます」


 別に、私は病気になったわけではないのだけれど、リド姉さんからの厚意は素直に受け取ろうと思う。それに、果物はとっても美味しそうだった。


「ユーカはどれが食べたい? 剥いてくるよ?」

「えっ? えっと、じゃあ、これを」

「うん、じゃあ待っててね」


 そう言って、ハミルさんは席を外す。何だか呆気ないように思えて、少し呆然としていると、リド姉さんから声がかかる。


「ハミルは、挽回したいだけだから大丈夫よ。ところで、ユーカちゃん、少し聞きたいのだけれど、良いかしら?」

「うん、大丈夫だよ」


 何を挽回したいのか知らないけれど、どうやら私に害はないらしいと判断して、リド姉さんの言葉に耳を傾ける。


「ユーカちゃんは、あの公爵令嬢と前に知り合ったことはある?」

「公爵令嬢……?」


 それは、もしかしてやたらと私に突っかかってきたあの女性だろうかと思っていると、どうやらそれは当たりだったらしい。


「ユーカちゃんを罵倒した女のことよ」


 苛立った様子で告げるリド姉さんは、多分、私のために怒ってくれている。


「えっと、あの時会ったのが初めてだよ」

「そう。なら、やっぱりあの女の言葉に正当性はないわね」

「あの、いったい何が……?」


 こんなことを聞いてくるということは、リド姉さんは何かを知っているのだろう。そう思って尋ねると、リド姉さんは少し悩んだ後に口を開く。


「実はね、あの女は、自分の方が嵌められたのだと言ってたのよ。自分は正しいことを言っていて、それが目障りでユーカちゃんが自分に刺客を放ったのだと、ね」

「なっ……」


 正しいことを言ったという部分は、別に否定するつもりはないけれど、刺客を放ったというのは聞き逃せなかった。


「まぁ、そろそろその刺客達も目覚めることでしょうし、すぐにあの女が関係してることくらい明らかになるわ。ユーカちゃんは心配せずに居ると良いのよ」


 人から悪意を向けられるのは慣れている。けれど、それでもそれを直接知ってしまうと、震えが来てしまう。そんな様子の私に、リド姉さんは少し躊躇って、ゆっくりと口を開く。


「ごめんなさいね。ユーカちゃん。多分、あいつらの側に居る限り、こんなことはまた起こるわ。だから、あいつらの側に居たいなら、早めに覚悟を決めておきなさい。もちろん、あいつらはユーカちゃんのことを守ってくれるだろうけれど、それで全く悪意を受けないわけじゃないわ」

(側に居たいなら……)


 リド姉さんがこう言うのは、きっと、私を守るためだろう。ここで尻込みするのであれば、リド姉さんは私を囲う方向でジークさん達に報告するはずだ。それはそれで、二人に守られて、痛みのない、幸せな人生だろう。


(でも、私は、側に居たい。寄り添いたい)


 ただ守られるだけは、嫌だ。私も、ジークさんやハミルさんを守りたい。

 いつの間にか震えは止んでいた。


「リド姉さん、私は、二人を守りたいんです」

「っ……そう。なら、問題ないわね」


 ニッコリと笑ったリド姉さんは、心底安心したように見えた。


「ユーカ、邪魔者は排除してきた」

「ユーカ、剥いてきたよっ」


 そこに、何も知らないジークさんとハミルさんがやってくる。


「……リド、お前も邪魔するのか?」

「いいえっ! もうワタシは帰るわっ!」


 慌ただしく帰っていくリド姉さんを見ながら、私は改めて、ジークさんとハミルさんが好きなんだと自覚するのだった。
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