上 下
141 / 173
第七章 舞踏会

第百三十六話 微睡みと現実

しおりを挟む
「ユーカ、すまない」

「ユーカ、ごめんね」


 ふわふわとした微睡みの中、大好きな人達の、何だか情けない声が聞こえる。
 頬に、瞼に、おでこに、鼻に、柔らかいものが、何度も何度も降ってくる。それが、とても心地よくて、幸せな夢だなぁと感心する。
 そぅっと唇をなぞられて、また、頬に暖かくて柔らかなものが落ちてくる。


「ユーカ、愛してる」

「僕も、愛してるよ。ユーカ」

(夢じゃなければ良かったのに……)


 本当に愛しいというような声で囁く二人に、私の心の中には自虐が芽生える。


(私みたいなちんちくりん、二人に相応しくなんかないよ……)


 それは、あのご令嬢が言っていた言葉で、私もその通りだと思ってしまう。


(ジークさんも、ハミルさんも、魔王で、格好良くて、仕事ができて、優しくて、気遣いもできて、とっても強くて……もう、どこにも非の打ち所がない。私なんかとは、大違いだよ)


 分かってる。私は、二人に相応しくない。けれど、それを自覚すれば自覚するほど、胸が苦しくなってしまう。


「ユーカ!?」

「ど、どうしようっ、怖い夢でも見てるのかなっ」


 しくしくと泣いてしまう私に、ジークさん達が取り乱している気がする。なんて、リアルな夢なんだろうと思いつつも、その慌てようがおかしかった。


「大丈夫だ。怖いことは何もない」

「遅れてごめんね。ユーカを追い詰めたやつは、僕達が責任を持って処分するからね」


 頭をそっと撫でられて、その優しさに、心が随分と暖かくなる。


(そういえば、この夢、ジークさん達は隣に寝そべってるのかな?)


 何となく、熱い体温が体の両端から感じることに気づいて、どうやら二人に挟まれているようだと気づく。それは、普段なら顔から火を吹くほどに恥ずかしいことなのだけれど、今は不思議と、嬉しいとしか感じなかった。


「っ、かわっ……い、いや、ダメだ。ここは、我慢せねばっ。無心に、無心に……ぬおぉぉおっ」

「うっ、寝ながら微笑むとか……ユーカは僕達をどうしたいわけっ!? あぁぁあっ、キスしたいっ、いや、むしろ、今すぐ食べちゃいたいっ」


 二人して小声で悶えている様子を、私はおかしく思いながらも、次第に意識が沈み込むのを自覚する。


(もうちょっと……もう、ちょっ、と……)


 まだ、この幸せな夢を見ていたい。けれど、夢の中の私は、どんどん暗闇に引き込まれていく。


(せめて、起きたら、側にジークさん達が居てほしいな……)


 居るとしても、猫の姿だとは分かっていても、そう求めずにはいられない。そうして、私は再び深い眠りに落ちるのだった。









「んぅ……あ、れ?」


 朝、目が覚めた私は、ぼんやりとした頭で、昨日、いつ眠りに落ちてしまったのかを考えながら体を起こそうとする。


「っ、えっ?」


 ただ、なぜか、体は動かない。何かが私を絡め取っていて、身動きが取れなかった。


「? ……っ!?!!?」


 何が起きているのかを確認しようと、顔を横に向けた瞬間、私は内心で悲鳴を上げる。


(なななななっ、何でっ! ジークさんがここにっ!?)


 いや、猫姿であれば、私もここまで取り乱すことはなかった。けれど、そこに居たのは、とんでもない美形のジークさんで、今はラフな寝間着姿で私の隣に寄り添っている。


(あ、れ? ちょっと待って? ジークさん一人にしては、反対側からも体温を感じる、ような……?)


 恐ろしく嫌な予感がしながらも、確かめないわけにもいかない私は、思い切って反対側へと首を動かす。


「っ!?」


 覚悟していたとはいえ、美形のダブルパンチは堪える。そこには、美しい顔のハミルさんがスヤスヤと眠っていた。こちらもまた、ラフな寝間着姿で、ちょっとはだけた胸元を見てしまった私は、視線を大きくさまよわせる。


(何で!? 何が、どうしてこうなってるの!?)


 一気に茹だった頭で、私は必死に答えを求めて……最悪なことに、すぐにそこへと辿り着いてしまう。


(ま、さか……夢じゃ……なかっ、た……?)


 考えたくない。いや、考えてはいけない結論がそこにあって、私は今すぐ気絶できないものかと遠い目をする。けれど、こんな時に限って、気絶できる様子がない。


「ん、ユーカ……」

(起きたぁぁぁあっ!?)


 ぎゅっと右側に居たジークさんに引き寄せられて、私は心臓をバクバクさせて、口もパクパクさせる。


「ユーカ……? 良かった。目が覚めたんだな。だが、熱でもあるのか?」


 そう言って、おでこを合わせてきたジークさんに、もう、私はフラフラだ。


「熱は、ないな」

「ユーカ? はっ、目が覚めたんだねっ!」


 しかも、左隣に居たハミルさんまでも起き出してきて、声も出せずに大パニックを起こす。


「おはよう。ユーカ」

「おはよう。もう大丈夫? ユーカ?」


 ハミルさんの問いかけに、『大丈夫じゃないっ』と返したい気持ちはあったけれど、結局のところ、何も言うことができずに、うなずいてしまうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!

未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます! 会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。 一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、 ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。 このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…? 人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、 魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。 聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、 魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。 魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、 冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく… 聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です! 完結まで書き終わってます。 ※他のサイトにも連載してます

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

処理中です...