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第七章 舞踏会

第百三十話 動き出す腐(前半???、後半夕夏視点)

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(あぁ、あそこで談笑しておられる筋肉質な御仁と、可愛らしい男性……ルーブ伯爵とマイリー子爵の組み合わせ……お酒に酔って潤んだ瞳のマイリー子爵を、ルーブ伯爵が介抱という名目で連れていったあと、じっくり、ゆっくり追い詰めて……イイ……狼になったルーブ伯爵に襲われて涙目なマイリー子爵を想像するだけで涎が……はっ、いけませんわっ! 淑女たるもの、常に冷静であらねばっ)


 わたくし、リノリア・シャルトーレは、自分の妄想を振り払って、つんとすました表情で何気なく辺りを見渡す。散見する同士達の姿を横目に、わたくしは、今日の主役を今か今かと待ちわびる。

 社交界シーズンの最初に開かれるマリノア城での舞踏会。毎年開かれるそれは、長い年月を生きるわたくしにとって、彩り鮮やかなえもの達を鑑賞できる大切な場の一つだ。この舞踏会では、国内のほとんどの貴族達が参加するため、妄想はとても捗る。唯一難しいのは、それを一切表情に出さないよう、コントロールすることだったが、そこは常日頃の努力の結果、しっかりと鍛えられているため問題はない。


(さぁ、両翼のお方は、いったいどんな方?)


 いつもなら、魔王陛下のご尊顔を眺めて、あれやこれやと考えているうちに終わってしまう舞踏会だったが、今日は重大な目的がある。魔王陛下方の両翼の方を観察するという目的が。

 ワインを片手に歓談する貴族達をサラリと眺め、わたくしも一つ、ワインを手に取ったところで、その声は響く。


「魔王陛下、および、リアン魔王陛下、そして、両翼の君の入場です」


 前もって、招待状に書いてあったとはいえ、本当にリアン魔王陛下までお越しになるという事実は、何だか妄想が現実を侵食してきているような気がして、非常に気分が良い。


(っと、そうではありませんわ。両翼の方は……っ!?)


 つい、妄想の世界に旅立とうとしていた思考を切り替えて壇上に目を向ければ、そこには、小さな人間が、魔王陛下とリアン魔王陛下にエスコートされていた。


(黒目黒髪……いえ、それよりも、そんなことよりも、なんて、なんてっ)

「私とリアン魔王陛下との間の両翼。ユーカ・サクラだ。私は、彼女を害する存在を認めることはない。ゆえに、今日は彼女の顔を覚えてもらいたい」

(ユーカ・サクラ様、サクラ様っ。なんてっ、愛らしいお方なのっ!?)


 少し緊張したような幼い顔立ちの少女は、魔王陛下の言葉を受けて、一生懸命に挨拶をする。その姿は、もう、全力で守ってあげたいと思わせるのに十分な姿で、わたくしは完全にノックアウトされていた。子供というものが珍しい魔族にとって、小さいということは、ズバリ、可愛らしいということだ。チラリと見れば、同士達も同じ様子でサクラ様に見惚れている。


(これは、何としても守らなければなりませんわっ!)


 ここは魔窟だ。魑魅魍魎が跋扈する舞踏会だ。こんなところで、サクラ様の笑顔が翳るようなことがあってはならない。
 わたくしは、とある組織の副会長に目配せをし、会員を集めるように訴えかける。副会長は、周りに悟られないくらい小さくうなずくと、すぐさま会員達を集めるべく、行動を開始する。


(さぁ、わたくしも、動かなければなりませんわね)


 彼女の敵は、全て、排除してみせよう。あの美麗な魔王陛下達に愛される、可愛らしい彼女のためなら、どんな苦難だって越えてみせよう。


「うふふ」


 そうと決まれば、まずは接触。わたくしは、どのタイミングが最適かを見定めるために、サクラ様を観察するのだった。








(……見られてる。すっごく、見られてる)


 ファーストダンスというものが終わって、元の姿に戻ってしまったジークさんにエスコートされる私は、あまりにも注がれ続ける視線に隠れたくなってくる。


「ユーカ。大丈夫だ。誰もユーカを取って食べたりなどしない」

「は、はい」


 様々な人達の挨拶を受けていたジークさんは、その合間にも私を気にかけて声をかけてくれる。


(でも、視線が怖い……)


 あまり、見られるのは得意じゃない。しかも、その中に敵意のある視線まであれば、居心地は悪くなる一方だ。


「此度は、貴重な場にお招きいただき、感謝いたします」

「シャルトーレ公爵。お久しぶりです」


 逃げ出したいのを必死に我慢していると、ふいに、『シャルトーレ公爵』という人の隣に居た女性がニッコリと私に笑いかけてくる。
 思わず会釈で返すと、女性はニコニコしながらジークさん達の話へと入ってくる。


「お父様。わたくし、サクラ様と親交を深めたいと存じます。陛下、お許しいただけますか?」


 どういうことだろうと思っていると、ジークさんは少し考えた後、私に向き合う。


「ユーカ。シャルトーレ公爵令嬢、リノリア・シャルトーレ嬢だ。彼女は、貴族達の中でも令嬢方のまとめ役を担っている。仲良くしておいて損はない相手だ」


 『どうする?』と視線で問いかけてくるジークさん。けれど、そこまで言われたら、仲良くしておいた方が良いことくらい分かる。


「分かりました。申し遅れました。夕夏・桜です。どうぞよろしくお願い致します」

「まぁ、こちらこそ。では、あちらの庭へ行きませんこと? 今は薔薇園が見頃ですのよ」

「ぜひ」


 ジークさんがうなずいてくれたのを確認した後に返事をすると、リノリア様は淑やかに微笑む。


(こんな、素敵な女性になれたら良いなぁ)


 とても綺麗な女性との出会いに、私は胸を高鳴らせて庭へと一緒に向かった。
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