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第六章 建国祭

第百二話 デート前

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「お父様。それはユーカに求め過ぎですわ。ユーカはまだ、お兄様と恋人にすらなれていないのですよ?」

「何だと? 我が息子はヘタレではなかったはずだが?」

「あらあら、知らなかったのですか? ハミルトン様は、片翼に拒絶され続けた結果、立派なヘタレにおなりですよ」


 ハミルさんのことを頼まれて、どうしたら良いのか分からなかったから、アマーリエさんの言葉は渡りに船だったけれど……ハミルさん、随分な言われようだなぁ。


「誰が、ヘタレだって?」

「ひゃあっ!」

「あっ、お兄様っ」


 ふいに、耳許で発せられた低音ボイスに、私は思わず飛び上がる。


「むっ、もう戻ってきておったか」

「うふふ、ハミルトン様、ヘタレではないとおっしゃるなら、これから証明してくださいな」


 デルトラ様の言葉は別に問題ない。けれど、リュナ様の言葉は、何だか大問題な気がする。


「ハ、ハミル、さん?」


 囁かれた耳を押さえたまま振り返った私は……そのまま絶句した。
 普段も格好いいとは思っていたものの、今日は、礼服に身を包んだハミルさんの姿は、絶品だった。黒と金を基調とした軍服のような姿のハミルさんに、私はつかの間、惚ける。


「ん? どうしたんだい? ユーカ。もしかして、僕に見惚れた?」


 しかも、そんな格好いいハミルさんから、的確な指摘を受けて、私は一瞬にして顔が熱くなるのを感じる。


「ユーカ?」

「か、格好いいです。ハミルさん」


 蚊の鳴くような声で、口元を押さえながら感想を告げると、ハミルさんは一瞬呆けた後、みるみるうちにその顔を赤くする。


「それ、反則だよ。ユーカ」


 ふいっと目を逸らしてしまったハミルさんに、私は何か不味いことを言ってしまっただろうかと慌てるものの、デルトラ様もリュナ様も、アマーリエさんも、なぜか私を生暖かい目で見つめるだけだ。


「ハ、ハミルさん?」

「えぇっと、そうっ、ジークもすぐにここに来るから、少し待っていよう、ねっ?」

「は、はい」


 まだ耳が赤い気はするけれど、平静に戻ったらしいハミルさんの提案に、私は一にも二にもなくうなずく。そうして、ハミルさんが式典に出ている間に何を話していたのかを聞かれたのだけれど……。


「昔話ですわ」

「あぁ、昔話だ」

「そうですね。昔話でしたね」


 といった具合に、なぜかアマーリエさん達は話そうとしない。


「ふぅん? 大方、僕の幼少期の話ってとこかな?」

(バレてるよ!?)


 そうして、にっこりと笑ったハミルさんは、私にだけ聞こえるように耳許で囁く。


「後で、しっかり教えてね?」


 何となく、逆らってはいけない気がした私は、小刻みにコクコクとうなずいて返事をする。


「さて、と。そろそろジークも来たみたいだし、僕らはお暇するよ」

「うむ、後は私が引き受けよう」

「うん、よろしく。父上」


 自然とエスコートされた私は、デルトラ様達にお話を聞かせてくれたお礼を言いながら退出する。すると……。


「あっ、ジーク。こっちだよ」


 そこには、赤と緑を基調とした、やはり軍服のような礼服を着こなしたジークさんが居た。


「やはり、ハミルの方が先に来ていたか」

「うん、僕は挨拶が終われば解放されるからね。ジークは、ちゃんとすませてきた?」

「あぁ、もちろんだ。と、その前に、今日も綺麗だ。ユーカ」


 自然とひざまづき、手を取ってキスを落としてきたジークさんに、私はポフンッと顔を沸騰させる。ハミルさんもジークさんも、私をドキドキで殺すつもりなのだろうかと疑うほどに、私の心臓はうるさく鼓動している。


「僕は、今日の朝も褒めたけど。何度でも言おう。ユーカ。可愛いよ」


 そう言って、ハミルさんはエスコートのために取っていた手に、やはりキスを落とす。


(もう、気絶しても良い?)


 あまりにも衝撃が強くて、私は一瞬気が遠くなるものの、ここで気絶してしまえば、きっと二人のうちのどちらかにお姫様抱っこされるだろうことと、その様子が他の人の目に触れるだろうことを考えて、根性で耐える。そんな羞恥心の限界を試すようなこと、今の私にできるはずもない。いや、きっと、永遠にそんなことはできない。


「それで、ジークはどのくらい時間があるの?」

「それが、もうすぐにでも帰らなければならない状態だ」


 残念そうに告げるジークさんの目は、ハミルさんを見ずに、なぜか私の方を見ている。それも、すごく切なそうな瞳で。


「うん、それなら仕方ないか。それじゃあ、僕達はこれから建国祭を楽しんでくるよ」

「……ユーカを頼む」

「もちろんっ」


 そうして、ジークさんは名残惜しそうにしながらも、転移でマリノア城に戻って行くのだった。


(うん、お土産は絶対に買おう)


 そうすれば、ジークさんは喜んでくれるだろうと思いながら、私はハミルさんに言われて、一度部屋に戻り、町娘風の衣装に着替え直すのだった。
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