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第六章 建国祭

第百一話 ハミルトンの過去

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「そういえば、デルトラ様とリュナ様は片翼同士ってことになるんですか?」

「あぁ」

「そうですよ」


 一通りリュナ様によるデルトラ様の黒歴史暴露大会が終わった頃に、私はふと引っ掛かったことを声に出していた。


「えっと、じゃあ、ハミルさんのお母様は……」

「彼女は、片翼ではない。言うなれば、魔王としての義務ゆえに娶った相手だ」


 ハミルさんのお母様であるパミーユ様の話題になった途端、デルトラ様の表情は悲痛に歪む。


「ねぇ、あなた。ユーカちゃんは知っておくべきだと思いますが……」

「……そう、だな」


 何か嫌なことを聞いてしまったらしく、難しい顔の二人に、私はオロオロとしてしまう。


「お父様、お母様。ユーカが困っています」

「あぁ、すまない。ユーカさん。少し、思い出してしまってな。……ユーカさんは、魔王の義務についてはご存知かな?」

「いいえ、特には何も聞いてません」


 言われてみれば、私はジークさんのことも、ハミルさんのことも、知らないことだらけだ。その事実に少し落ち込んでいると、デルトラ様はおもむろに魔王の義務を話し出す。


「魔王の義務は、統治すること、婚姻すること、後継者を残すことの三つだ」


 統治はともかく、婚姻と後継者の部分に、私はヒュッと息を呑む。


「統治は言わずとも分かるだろうが、婚姻は激務をこなす魔王の心の安定のため、後継者は、もちろん魔王を受け継がせるためだ」

「問題なのは、わたくし達魔族には片翼が居るという事実なんです」


 そうして話されたのは、魔王限定の婚約者制度。魔王は、ある一定期間片翼を持たなかった場合、まだ片翼を見つけていない魔族の女達が宛がわれる。そして、子をもうけるための行為を行わなければならないのだ。


「パミーユは、私の婚約者だった者なのだ」


 婚約者となる女性達は、ほぼ全て、魔王という権力者に近づきたいがために、そして、あわよくば次代の魔王の母となるために魔王へと群がる。パミーユ様は、そんな婚約者の一人だったのだそうだ。


「当時の私は、まだ片翼であるリュナを見つけることができていなかったために、安易に子を成した。そうして生まれたのが、あの子だ」


 ハミルさんを生んだパミーユ様は、大いに喜んだらしい。これで、自分の地位は安泰だと。実際、ハミルさんを生んだことで、パミーユ様は正式にデルトラ様と婚姻を果たした。けれど……。


「ハミルトン様がお生まれになってすぐ、わたくしはデルトラ様と出会ってしまったのです」


 魔族は、片翼しか愛せない。そのため、リュナ様に出会ってしまったデルトラ様は、すぐにでもリュナ様を手に入れようとした。


「あの頃は、まだ私も若かった。そうすることで、パミーユが何をするのかなんて考えもしていなかったのだ」


 自分の地位を、片翼だからというだけで脅かしてくるリュナ様に、パミーユ様は怯え、過剰防衛に出た。すなわち、リュナ様の暗殺だ。


「幸い、私がともに居たことで、リュナには怪我一つなかったが、魔王の片翼を傷つけることは極刑に値する。パミーユは、即座に処刑する流れとなったのだが……ここで、ハミルの存在が大きな要となった。まだ生まれたばかりのハミルから、母親を奪ってしまうことに、リュナが反対したのだ」


 リュナ様は、パミーユ様の行為はいけないことだとしつつも、ハミルさんの心のためにパミーユ様の処刑に待ったをかけた。そして、それは叶うこととなる。


「パミーユがしでかしたことを知る者が少数だったことが幸いして、パミーユの処刑を回避することはできたのだ」


 ここまでの話を聞いていれば、これでめでたしめでたしになるものだと思う。私だって、そう思っていた。けれど、話はそんなに簡単ではなかった。


「ハミルのために、しばらくは監視つきで過ごしてもらい、ハミルがある程度大人になれば、パミーユを国外追放するということで話はまとまっていたのだがな……そこで、パミーユは自身の片翼を見つけてしまったのだ」


 愛しい片翼を見つけたパミーユ様。けれど、相手は魔族ではなかった。


「パミーユが愛した片翼は、よりにもよって、純潔を何よりも重んじるエルフだった」


 パミーユ様は、すでにデルトラ様へと純潔を捧げてしまっている。たまたまエーテ城に来ていたエルフの男は、パミーユ様に見向きもしないどころか、穢らわしいと蔑んだらしい。そこからは、パミーユ様の怒りはハミルさんへと向いた。


「っ、何で! ハミルさんがそんな目に遭わないといけないんですかっ!」


 ハミルさんは、パミーユ様から何度も毒を盛られ、暴力を振るわれたらしい。けれど、パミーユ様はそれを上手く隠蔽した。特に暴力は、ただの不注意として見られてもおかしくはない程度のものばかりで、監視がついていながら、見過ごされたらしい。


「おかしいことに気づいたのは、あの子が三歳になる頃だった。リュナと一緒に居られる日々を送っていた私は、あの子が明らかに、他の子供よりも小さく、不健康そうな顔をしていることにようやく気づいたのだ」


 リュナ様は、パミーユ様に遠慮してハミルさんに会うことはなかったし、デルトラ様も仕事とリュナ様でいっぱいで、ハミルさんのことを見ていなかったらしい。


「調べて、すぐにパミーユの行いは表に出た。ただ、完全に精神を病んでしまったパミーユは、刑法上、責任能力を持たない。そのため、私ができる謹慎という処罰を永遠に彼女に科すことにしたのだ」


 法では裁けないパミーユ様を、デルトラ様は自分の権限で謹慎させることにしたのだ。そうして、ハミルさんはデルトラ様とリュナ様に愛されて育つこととなる。


「でも、じゃあ、ハミルさんはパミーユ様のことは……」

「……どう思っているのかは分からぬが、良い感情ではないことは確かだ」


 親に愛されない辛さは、私自身も良く知っている。親に拒絶され、暴力を振るわれるのは、とっても、とっても、痛い。そんな痛みをハミルさんも抱えていたのだと知った私は、愕然とする。


「できれば、ユーカさんが、あの子の心を救ってやってほしい」


 そんな言葉に、私はどうして良いのかも分からず、ただただ呆然とするしかなかった。
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