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第五章 戻った日常?

第八十九話 レティシアとのお茶会

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 朝、目が覚めて、腕の中に微妙に固まったくーちゃんが居るのを確認して、体を起こす。


「おはよう。くーちゃん」

「ニ、ニャア」


 とりあえず、朝の挨拶をして、『くーちゃんは猫、くーちゃんは猫』という暗示を再びかけ直す。と、そこで、ふいに扉の外で物音がした。


「? 何だろう?」


 寝巻き姿のままはどうかとも思うけれど、くーちゃんを部屋の外に出さなければ着替えも出来ないため、恐る恐る扉を開けて……………………そっと見なかったことにして閉める。


「んーんっ!!」

(私は見てない。扉の前で、鞭で縛り上げられて猿轡までされているハミルさんなんて、絶対見てない)

「ニャア……」


 くーちゃんは何か言いたげではあったけれど、とりあえず無視だ。くーちゃんも、この姿の時に話すことを禁止したことは、しっかり覚えていてくれているらしい。


「うん、私は何も見てない。とりあえず、誰か呼んで、くーちゃんを預けることにするね」

「ニャフ」


 扉の方を、何やら残念なものを見る目で見ていたくーちゃんは、私の言葉に大きくうなずく。


(……猫らしい反応しかしちゃダメっていうのも付け加えた方が良かったかなぁ?)


 ついつい、ジークさんを意識しそうになった私は、もう一度『くーちゃんは猫、くーちゃんは猫』と暗示をかけて、ベルを鳴らす。
 しばらくすると、『あれっ? まだハミルトン様、居たんですか?』とか、『邪魔ですね。掃除しましょうか』とか聞こえたけれど、聞こえなかったことにしておきたい。くーちゃんはどこか遠い目をしていたけれど、それも見なかったことにしよう。くぐもった悲鳴とか、ズルズル引きずるような音がした後、静けさを取り戻した扉の外からノックが聞こえる。


「ど、どうぞ」

「おはようございますっ。ユーカお嬢様っ」

「おはようございます。それでは、くーちゃんをお預かりしますね」

「うん」


 メアリーにくーちゃんを預け、リリに朝の支度を手伝ってもらう。ほどなくして、ララが朝食を持ってきて、ゆったりとした時間を過ごす。


「本日は、午後からレティシア様をお呼びしております。それと、ハミルトン様が面会を求めていらっしゃいますが、いかがなさいますか?」


 レティシアさんのことはあらかじめ分かっていたことだけれど、ハミルトン様の件は……予想できたことだろうけれど、あまり考えていなかった。いや、朝の光景が衝撃的過ぎて、考えないようにしていたが正解かもしれない。


「うん、分かった。ハミルさんにも会うよ」


 もしかしたら、ハミルさんにも心配をかけたのかもしれないと思えば、会わないという選択はなかった。……なぜ、あんな場所で縛られてあたのかは謎だけれど。

 すぐにハミルさんが居るという部屋に行くと、ハミルさんは大袈裟なくらいに心配をあらわにした。


「ユーカっ。大丈夫? もうつらいとか、痛いとか、苦しいとかないのかい?」


 まだ少し気まずいと感じていた心は、全身で心配してくるハミルさんを前に吹き飛ぶ。


「はい。もう大丈夫です。くーちゃんが添い寝してくれましたし……」


 そう言えば、ハミルさんはピキンと固まる。


「確か、魔力過多症なんだよね……ねぇ、僕じゃ、ダメ?」


 トパーズの瞳を潤ませて問いかけるハミルさん。正直、その顔はずるい。
 私は、少し戸惑いながら、ジークさんに言ったのと同じ約束事を伝えて、ハミルさんに納得してもらう。


「分かったよ。じゃあ、僕も添い寝仲間だね」

「あくまでもあーちゃんですからねっ」


 ハミルさんとあーちゃんを同一に考えてはダメだと、必死に暗示をかけていると、どうやらまだ仕事があるらしいハミルさんは、すぐに帰っていった。


「……何か、この先、動物を信用できなくなりそう」


 部屋で、タマとシロのじゃれ合いを見れば、そんな荒んだ心も癒されるけれど、見れば見るほど、くーちゃんとあーちゃんが人間らしかったことに気づいてしまう。

 タマは大人しくてのんびり屋。シロは、天然でちょっとやんちゃらしい。実際、タマは移動速度からしてのんびりで、シロはちょこまかと動き回っている。ただし、ちょっと目を離せば、シロはどこかに挟まっていたり、高いところから下りられなくなって絶望の表情を浮かべていたり、好物を目の前に出されても、食べ始めるまでは警戒して、一口食べた途端、大喜びになったりと、見ていて飽きない。そんなシロは、今、自分の尻尾を追いかけ回して、目を回したところだった。


「猫、良いなぁ」


 見ているだけで癒してくれる猫は、きっと今の自分にかけがえのないものだ。そうして、しばらく猫と戯れていると、昼食の時間、そして、レティシアさんとのお茶会の時間へと流れていく。


「そういえば、レティシアさんってどんな人?」

「そうですね。レティシア様は、精霊王の娘で、とても可愛らしいお方ですよ」

「そっかぁ……仲良く話せるかなぁ?」

「大丈夫ですっ。ユーカお嬢様も負けず劣らず可愛いですからっ」


 メアリーとリリ、そして、会話には入ってこないものの、ライナードさんも一緒に、私達はお茶会用のテラスへと向かっていた。


「まぁっ、貴女がリドの言っていたユーカちゃんですねっ! こんにちは。わたくし、レティシアと申します。ぜひとも、レティと呼んでくださいませ」


 飴色の髪に飴色の瞳を持つ、可愛らしい女性は、白を基調とした青の紋様が描かれたふんわりとしたワンピースの裾を少し手に取り、挨拶をしてくる。


「は、初めまして。桜夕夏と申します。リド姉さんには、いつも良くしてもらってます。今日は、よろしくお願いします。レティさん」


 少し固かっただろうかと思いながらも、緊張で震えそうな手を押さえながら挨拶を返す。


「まぁまぁっ、可愛らしいですっ。わたくし、こんな妹がほしかったんですっ」

「ふきゅっ」


 対するレティさんは、どこに『可愛らしい』と称する要素があったのかは知らないけれど、どこか感激した様子で、私を抱き締めてきた。


(あれ? 結構、力、強い?)


 ギュムギュムと抱き締められて、柔らかな二つの感触が当たって、息が苦しくなって、何やらわけが分からなくなってきたところを、慌てた様子のリリとメアリーが止めに入る。


「あぁっ、ごめんなさいね。わたくしったら、つい」

「い、いえ。……その、とりあえず、お茶にしませんか?」


 そうして、ようやく、延びに延びたお茶会が始まるのだった。
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