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第五章 戻った日常?

第八十四話 謎の美女

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(……うぅ、眠い……)


 本で時間を潰そうとした私だったけれど、眠くて眠くて仕方がない。けれど、眠ってしまえば、また悪夢を見ることは確実なので、眠るに眠れない。


「少しだけなら、庭に出ても良いかな?」


 きっと、体を動かさないから、余計に眠いのだと考えた私は、極力部屋に居てほしいという言葉があったにもかかわらず、そう考えてしまう。


「部屋にずっと籠ってるのもなぁ……誰かに、その訪問者が居ない時間とか聞けたら良いかな?」


 訪問者のことを思うと、また、胸がモヤモヤしたけれど、とにかく今はこの眠気をどうにかすることが優先だ。ベルを鳴らして、メアリー達のうちの誰かが来るのを待ちながら、私はひとまず探知魔法を試してみる。


(ジークさんとハミルさんは一緒に居る……他の人は……知らない人も居るから、分からないけれど、まだ訪問者らしい人は来てないのかな?)


 訪問者は、必ずジークさんのところに行くはずだから、ジークさんの側にハミルさんの気配しかない現状、まだその人物は来ていないということになる。


(まだ時間があるなら、庭に出ても良いよね?)


 気持ちの良い天気の今日、外に出ないのはもったいないようにも思う。
 ベルの音で入ってきたメアリーに、庭に出ても良いかどうかを尋ねれば、すぐにジークさんから許可をもらってきてくれた。これで、眠気は少し治まってくれるはずだ。

 メアリーとともに扉の外に出れば、扉の側に待機していたルティアスさんがすぐについてきてくれる。


(うーん、無言は気まずいなぁ)


 いつもは、メアリー達やリド姉さんと話をしながら移動するけれど、何だかこの護衛の人達とはどう話せば良いのか分からない。しかも、ジークさんによって、護衛の人から話しかけてくることはできなくなってしまっているため、私から話さなければならない。


(話題、話題……うーん……、あっ、そうだ!)

「ルティアスさん」

「はいっ、どうかされましたか? ユーカ様?」

「えっと、様づけはやめて……いえ、やっぱり何でもないです」


 お嬢様だとか、様だとかは、本当はつけてほしくはないのだけれど、『様づけはやめてほしい』と告げようとした途端、ルティアスさんの顔が青ざめたので、やめておく。きっと、私が知らないところで、色々なことがあるのだろう。


「ええっと、そうじゃなくて、あの、ルティアスさんは魔法には詳しいですか?」

「どうぞ、僕のことはルティアスと、そして、敬語もなしでお願いします」

「呼び捨てはちょっと……敬語は、何とかしま、するね」

「はい、では、そのように。そして、質問の答えですが、そうですね……僕は、治癒魔法専門ですけど、それなりには魔法に詳しいですよ?」

「本当です、じゃなかった、本当に! なら、猫に変身する魔法って知ってる?」

「猫に変身……それは、変化へんげ魔法ですかね」

「変化魔法?」

「えぇ、猫に限らず、様々な動物に変化できますよ? 例えば、ほらっ」


 そう言って、ルティアスさんはアクアマリン色の狼に変身する。


「すごい……」

「あとは、こんなのとか?」


 狼のまま口を聞いたルティアスさんは、今度はフクロウに変身する。その姿は、やはりアクアマリン色だ。


「なるほど、これで、ジークさん達は猫になってたのか……」

「へっ?」

「ユーカお嬢様。着きましたよ」

「あっ、うん」


 魔法の正体が分かった私は、その魔法の面白さに感心すると同時に、なぜ、猫になって会いに来ていたのかを疑問に思ったけれど、その前にメアリーから到着を告げられる。
 ルティアスさんも、フクロウから元の姿へと戻って、しっかりと警備をしてくれる。


「とりあえず、花でも見て回ろうかな?」


 今はもう、薔薇が咲きはじめているらしく、庭園はとても豪勢に見える。それを楽しんでみるのも、一つの手だろうと、私は歩き出す。


「わぁっ、色々な薔薇があるっ」


 薔薇といえば、赤やらピンクやら黄色といった色が思い浮かんだけれど、ここにはそれ以上に多くの種類の薔薇があった。花弁の先が濃い色で、だんだんと中心の色が淡くなっていくような薔薇や、花弁が一枚ずつ違う色の薔薇、なぜか、光輝いている薔薇など、実に様々だった。


(さすが異世界)


 中には、薔薇の花弁が水の膜で覆われているようなものもあり、それぞれの種類を見るだけでも楽しい。おかげで、眠気も吹き飛んだ。


「ユーカお嬢様は、お花がお好きなのですね」

「うーん、そうなのかな? ここが見ごたえがあるから、そのせいじゃないかな?」


 ここならば、どんな人でも楽しめそうだと思える。


「確かに、ここはヴァイラン魔国の中でも有数の庭園ですが……中にはこの庭園に見向きもしない方も居られるのですよ?」

「えっ!? そうなの!?」

(それは、もったいない。こんなにきれいなのに……)


 思っていることが顔に出ていたのか、メアリーは笑みを深める。


「これだけ褒めていただければ、庭師も本望でしょうね」

「そっか、じゃあ、その庭師さんに、いつもきれいなお庭造りをありがとうって伝えておいてくれるかな?」

「承りました」


 私の言葉に、少し目を見開いたメアリーは、すぐにその瞳に優しさを宿してお辞儀をする。


(そんなに畏まらなくても良いんだけれどなぁ……)


 そうして、しばらく庭園の散策をしていると、ふいに、ジークさんとハミルさんのところに近づく魔力があることに気づく。


(覚えのない魔力だから、この反応が訪問者さんかな?)


 運良く、この庭園の柵の間から、その人は見える位置に居そうだったため、私は少しだけ覗いてみることにする。すると……。


(うわぁ……すっごい美人さんだ……)


 そこには、藍色の角に、藍色の髪をたなびかせ、緑と赤のオッドアイをした、羨ましいスタイルの美女が居た。つり目がちで、少し気が強そうには見えるものの、顔立ちはとても整っており、オッドアイの影響もあってか、どこかミステリアスにも見える美女だ。


(あの人が、ジークさんの大切な、親密な人……?)


 と、そこまで考えると、なぜか胸がズキリと痛む。
 不思議に思いながら胸に手をやるものの、痛みはその一度だけで、もう起こらない。


(何だったんだろう? ……でも、何でかな? すごく、苦しい気がする)


 痛みはもうない。けれど、胸が締め付けられるような苦しさがある。


「ユーカお嬢様? どうかなさいましたか?」

「ううん、何でもない」


 そう、きっと、何でもない。そう、自分に言い聞かせた私は、もう庭園を回る気にもなれず、部屋に戻ることを告げるのだった。
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