87 / 173
第五章 戻った日常?
第八十四話 謎の美女
しおりを挟む
(……うぅ、眠い……)
本で時間を潰そうとした私だったけれど、眠くて眠くて仕方がない。けれど、眠ってしまえば、また悪夢を見ることは確実なので、眠るに眠れない。
「少しだけなら、庭に出ても良いかな?」
きっと、体を動かさないから、余計に眠いのだと考えた私は、極力部屋に居てほしいという言葉があったにもかかわらず、そう考えてしまう。
「部屋にずっと籠ってるのもなぁ……誰かに、その訪問者が居ない時間とか聞けたら良いかな?」
訪問者のことを思うと、また、胸がモヤモヤしたけれど、とにかく今はこの眠気をどうにかすることが優先だ。ベルを鳴らして、メアリー達のうちの誰かが来るのを待ちながら、私はひとまず探知魔法を試してみる。
(ジークさんとハミルさんは一緒に居る……他の人は……知らない人も居るから、分からないけれど、まだ訪問者らしい人は来てないのかな?)
訪問者は、必ずジークさんのところに行くはずだから、ジークさんの側にハミルさんの気配しかない現状、まだその人物は来ていないということになる。
(まだ時間があるなら、庭に出ても良いよね?)
気持ちの良い天気の今日、外に出ないのはもったいないようにも思う。
ベルの音で入ってきたメアリーに、庭に出ても良いかどうかを尋ねれば、すぐにジークさんから許可をもらってきてくれた。これで、眠気は少し治まってくれるはずだ。
メアリーとともに扉の外に出れば、扉の側に待機していたルティアスさんがすぐについてきてくれる。
(うーん、無言は気まずいなぁ)
いつもは、メアリー達やリド姉さんと話をしながら移動するけれど、何だかこの護衛の人達とはどう話せば良いのか分からない。しかも、ジークさんによって、護衛の人から話しかけてくることはできなくなってしまっているため、私から話さなければならない。
(話題、話題……うーん……、あっ、そうだ!)
「ルティアスさん」
「はいっ、どうかされましたか? ユーカ様?」
「えっと、様づけはやめて……いえ、やっぱり何でもないです」
お嬢様だとか、様だとかは、本当はつけてほしくはないのだけれど、『様づけはやめてほしい』と告げようとした途端、ルティアスさんの顔が青ざめたので、やめておく。きっと、私が知らないところで、色々なことがあるのだろう。
「ええっと、そうじゃなくて、あの、ルティアスさんは魔法には詳しいですか?」
「どうぞ、僕のことはルティアスと、そして、敬語もなしでお願いします」
「呼び捨てはちょっと……敬語は、何とかしま、するね」
「はい、では、そのように。そして、質問の答えですが、そうですね……僕は、治癒魔法専門ですけど、それなりには魔法に詳しいですよ?」
「本当です、じゃなかった、本当に! なら、猫に変身する魔法って知ってる?」
「猫に変身……それは、変化魔法ですかね」
「変化魔法?」
「えぇ、猫に限らず、様々な動物に変化できますよ? 例えば、ほらっ」
そう言って、ルティアスさんはアクアマリン色の狼に変身する。
「すごい……」
「あとは、こんなのとか?」
狼のまま口を聞いたルティアスさんは、今度はフクロウに変身する。その姿は、やはりアクアマリン色だ。
「なるほど、これで、ジークさん達は猫になってたのか……」
「へっ?」
「ユーカお嬢様。着きましたよ」
「あっ、うん」
魔法の正体が分かった私は、その魔法の面白さに感心すると同時に、なぜ、猫になって会いに来ていたのかを疑問に思ったけれど、その前にメアリーから到着を告げられる。
ルティアスさんも、フクロウから元の姿へと戻って、しっかりと警備をしてくれる。
「とりあえず、花でも見て回ろうかな?」
今はもう、薔薇が咲きはじめているらしく、庭園はとても豪勢に見える。それを楽しんでみるのも、一つの手だろうと、私は歩き出す。
「わぁっ、色々な薔薇があるっ」
薔薇といえば、赤やらピンクやら黄色といった色が思い浮かんだけれど、ここにはそれ以上に多くの種類の薔薇があった。花弁の先が濃い色で、だんだんと中心の色が淡くなっていくような薔薇や、花弁が一枚ずつ違う色の薔薇、なぜか、光輝いている薔薇など、実に様々だった。
(さすが異世界)
中には、薔薇の花弁が水の膜で覆われているようなものもあり、それぞれの種類を見るだけでも楽しい。おかげで、眠気も吹き飛んだ。
「ユーカお嬢様は、お花がお好きなのですね」
「うーん、そうなのかな? ここが見ごたえがあるから、そのせいじゃないかな?」
ここならば、どんな人でも楽しめそうだと思える。
「確かに、ここはヴァイラン魔国の中でも有数の庭園ですが……中にはこの庭園に見向きもしない方も居られるのですよ?」
「えっ!? そうなの!?」
(それは、もったいない。こんなにきれいなのに……)
思っていることが顔に出ていたのか、メアリーは笑みを深める。
「これだけ褒めていただければ、庭師も本望でしょうね」
「そっか、じゃあ、その庭師さんに、いつもきれいなお庭造りをありがとうって伝えておいてくれるかな?」
「承りました」
私の言葉に、少し目を見開いたメアリーは、すぐにその瞳に優しさを宿してお辞儀をする。
(そんなに畏まらなくても良いんだけれどなぁ……)
そうして、しばらく庭園の散策をしていると、ふいに、ジークさんとハミルさんのところに近づく魔力があることに気づく。
(覚えのない魔力だから、この反応が訪問者さんかな?)
運良く、この庭園の柵の間から、その人は見える位置に居そうだったため、私は少しだけ覗いてみることにする。すると……。
(うわぁ……すっごい美人さんだ……)
そこには、藍色の角に、藍色の髪をたなびかせ、緑と赤のオッドアイをした、羨ましいスタイルの美女が居た。つり目がちで、少し気が強そうには見えるものの、顔立ちはとても整っており、オッドアイの影響もあってか、どこかミステリアスにも見える美女だ。
(あの人が、ジークさんの大切な、親密な人……?)
と、そこまで考えると、なぜか胸がズキリと痛む。
不思議に思いながら胸に手をやるものの、痛みはその一度だけで、もう起こらない。
(何だったんだろう? ……でも、何でかな? すごく、苦しい気がする)
痛みはもうない。けれど、胸が締め付けられるような苦しさがある。
「ユーカお嬢様? どうかなさいましたか?」
「ううん、何でもない」
そう、きっと、何でもない。そう、自分に言い聞かせた私は、もう庭園を回る気にもなれず、部屋に戻ることを告げるのだった。
本で時間を潰そうとした私だったけれど、眠くて眠くて仕方がない。けれど、眠ってしまえば、また悪夢を見ることは確実なので、眠るに眠れない。
「少しだけなら、庭に出ても良いかな?」
きっと、体を動かさないから、余計に眠いのだと考えた私は、極力部屋に居てほしいという言葉があったにもかかわらず、そう考えてしまう。
「部屋にずっと籠ってるのもなぁ……誰かに、その訪問者が居ない時間とか聞けたら良いかな?」
訪問者のことを思うと、また、胸がモヤモヤしたけれど、とにかく今はこの眠気をどうにかすることが優先だ。ベルを鳴らして、メアリー達のうちの誰かが来るのを待ちながら、私はひとまず探知魔法を試してみる。
(ジークさんとハミルさんは一緒に居る……他の人は……知らない人も居るから、分からないけれど、まだ訪問者らしい人は来てないのかな?)
訪問者は、必ずジークさんのところに行くはずだから、ジークさんの側にハミルさんの気配しかない現状、まだその人物は来ていないということになる。
(まだ時間があるなら、庭に出ても良いよね?)
気持ちの良い天気の今日、外に出ないのはもったいないようにも思う。
ベルの音で入ってきたメアリーに、庭に出ても良いかどうかを尋ねれば、すぐにジークさんから許可をもらってきてくれた。これで、眠気は少し治まってくれるはずだ。
メアリーとともに扉の外に出れば、扉の側に待機していたルティアスさんがすぐについてきてくれる。
(うーん、無言は気まずいなぁ)
いつもは、メアリー達やリド姉さんと話をしながら移動するけれど、何だかこの護衛の人達とはどう話せば良いのか分からない。しかも、ジークさんによって、護衛の人から話しかけてくることはできなくなってしまっているため、私から話さなければならない。
(話題、話題……うーん……、あっ、そうだ!)
「ルティアスさん」
「はいっ、どうかされましたか? ユーカ様?」
「えっと、様づけはやめて……いえ、やっぱり何でもないです」
お嬢様だとか、様だとかは、本当はつけてほしくはないのだけれど、『様づけはやめてほしい』と告げようとした途端、ルティアスさんの顔が青ざめたので、やめておく。きっと、私が知らないところで、色々なことがあるのだろう。
「ええっと、そうじゃなくて、あの、ルティアスさんは魔法には詳しいですか?」
「どうぞ、僕のことはルティアスと、そして、敬語もなしでお願いします」
「呼び捨てはちょっと……敬語は、何とかしま、するね」
「はい、では、そのように。そして、質問の答えですが、そうですね……僕は、治癒魔法専門ですけど、それなりには魔法に詳しいですよ?」
「本当です、じゃなかった、本当に! なら、猫に変身する魔法って知ってる?」
「猫に変身……それは、変化魔法ですかね」
「変化魔法?」
「えぇ、猫に限らず、様々な動物に変化できますよ? 例えば、ほらっ」
そう言って、ルティアスさんはアクアマリン色の狼に変身する。
「すごい……」
「あとは、こんなのとか?」
狼のまま口を聞いたルティアスさんは、今度はフクロウに変身する。その姿は、やはりアクアマリン色だ。
「なるほど、これで、ジークさん達は猫になってたのか……」
「へっ?」
「ユーカお嬢様。着きましたよ」
「あっ、うん」
魔法の正体が分かった私は、その魔法の面白さに感心すると同時に、なぜ、猫になって会いに来ていたのかを疑問に思ったけれど、その前にメアリーから到着を告げられる。
ルティアスさんも、フクロウから元の姿へと戻って、しっかりと警備をしてくれる。
「とりあえず、花でも見て回ろうかな?」
今はもう、薔薇が咲きはじめているらしく、庭園はとても豪勢に見える。それを楽しんでみるのも、一つの手だろうと、私は歩き出す。
「わぁっ、色々な薔薇があるっ」
薔薇といえば、赤やらピンクやら黄色といった色が思い浮かんだけれど、ここにはそれ以上に多くの種類の薔薇があった。花弁の先が濃い色で、だんだんと中心の色が淡くなっていくような薔薇や、花弁が一枚ずつ違う色の薔薇、なぜか、光輝いている薔薇など、実に様々だった。
(さすが異世界)
中には、薔薇の花弁が水の膜で覆われているようなものもあり、それぞれの種類を見るだけでも楽しい。おかげで、眠気も吹き飛んだ。
「ユーカお嬢様は、お花がお好きなのですね」
「うーん、そうなのかな? ここが見ごたえがあるから、そのせいじゃないかな?」
ここならば、どんな人でも楽しめそうだと思える。
「確かに、ここはヴァイラン魔国の中でも有数の庭園ですが……中にはこの庭園に見向きもしない方も居られるのですよ?」
「えっ!? そうなの!?」
(それは、もったいない。こんなにきれいなのに……)
思っていることが顔に出ていたのか、メアリーは笑みを深める。
「これだけ褒めていただければ、庭師も本望でしょうね」
「そっか、じゃあ、その庭師さんに、いつもきれいなお庭造りをありがとうって伝えておいてくれるかな?」
「承りました」
私の言葉に、少し目を見開いたメアリーは、すぐにその瞳に優しさを宿してお辞儀をする。
(そんなに畏まらなくても良いんだけれどなぁ……)
そうして、しばらく庭園の散策をしていると、ふいに、ジークさんとハミルさんのところに近づく魔力があることに気づく。
(覚えのない魔力だから、この反応が訪問者さんかな?)
運良く、この庭園の柵の間から、その人は見える位置に居そうだったため、私は少しだけ覗いてみることにする。すると……。
(うわぁ……すっごい美人さんだ……)
そこには、藍色の角に、藍色の髪をたなびかせ、緑と赤のオッドアイをした、羨ましいスタイルの美女が居た。つり目がちで、少し気が強そうには見えるものの、顔立ちはとても整っており、オッドアイの影響もあってか、どこかミステリアスにも見える美女だ。
(あの人が、ジークさんの大切な、親密な人……?)
と、そこまで考えると、なぜか胸がズキリと痛む。
不思議に思いながら胸に手をやるものの、痛みはその一度だけで、もう起こらない。
(何だったんだろう? ……でも、何でかな? すごく、苦しい気がする)
痛みはもうない。けれど、胸が締め付けられるような苦しさがある。
「ユーカお嬢様? どうかなさいましたか?」
「ううん、何でもない」
そう、きっと、何でもない。そう、自分に言い聞かせた私は、もう庭園を回る気にもなれず、部屋に戻ることを告げるのだった。
33
お気に入りに追加
8,108
あなたにおすすめの小説
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)
三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。
各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。
第?章は前知識不要。
基本的にエロエロ。
本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。
一旦中断!詳細は近況を!
【R18】らぶえっち短編集
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)
R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。
※R18に※
※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。
※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。
※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。
※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
とある婚約破棄の顛末
瀬織董李
ファンタジー
男爵令嬢に入れあげ生徒会の仕事を疎かにした挙げ句、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を告げた王太子。
あっさりと受け入れられて拍子抜けするが、それには理由があった。
まあ、なおざりにされたら心は離れるよね。
0(ゼロ)同士の恋愛 ほんとは愛されたい。【完結】
mamaマリナ
BL
必要とされない俺は、ただ生きるために体を売り、日々の生活のお金を稼いでいた。
知らない奴に刺され、やっと死ねると思ったのに。神様に願ったのに。なんで、こんなことになったんだ。異世界転生なら良かったのに。なんで転移なんだ。
必要とされたい、愛されたいと思いながら、怖がり逃げようとする、ちょっと口は悪いが根は真面目な青年と怖がられ避けられる恋愛経験0の男の恋愛話。
童貞×経験豊富な美人
タイトルに※はR18です
雪国の姫君(男)、大国の皇帝に見初められたので嫁ぎます。
ႽͶǾԜ
BL
世界一の軍事大国アーサー皇帝へと嫁ぐこととなった雪国の姫君(男)のお話。
世界一の軍事大国皇帝×雪国の美人姫
♡画像は著作権フリーの画像(商品利用無料、帰属表示の必要がない)を使用させていただいております。
※本作品はBL作品です。苦手な方はここでUターンを。
※第2章よりR18になります。(*つけます)
※男性妊娠表現があります。
※完全な自己満です。
※これまでの他作品とは、また別世界のお話です。
全寮制の男子校に転入して恋をした俺が、本物のセックスを思い知らされるまで
tomoe97
BL
非王道学園物を目指していたら、大分それました。少しの要素しかありません。
脇役主人公もの?
主人公がやや総受けです。(固定カプ)
主人公は王道転入生とその取り巻きに巻き込まれた生徒会副会長の弟。
身体を壊した兄の為に転入することを決意したが、実際の思惑はただただ男子校で恋人を作ったりセックスをしたいだけであった。
すぐセフレとシたり、快楽に弱かったり近親相姦があったりと主人公の貞操観念がゆるゆる。
好きな人と結ばれて念願の本当に気持ちいいセックスをすることはできるのか…。
アホアホエロです。
(中身はあまりありません)
メインカプは風紀委員長×生徒会庶務
脇カプで生徒会副会長×生徒会長です
主人公以外の視点もあり。
長編連載。完結済。
(番外編は唐突に更新します)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる