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第四章 ヘルジオン魔国
第七十四話 招かれざる客
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ハミルトン様と連絡を取ってから、三日が過ぎた。その間に、私はハミルトン様とも、ジークフリートさんとも連絡を取り、現在、それなりの安全が確保できたといえる状況だった。それというのも、私が居る場所まで、ナリクさんが忍び込んでくれて、食事を届けてくれるようになったのだ。
脱出するまでには、準備が必要ということで、まだこの部屋に繋がれていなければならないものの、見知った顔があるというのはありがたい。……例え、かつて、地雷を踏んだ人物であっても。
(最初、ナリクさんを見た時は、誰かと思ったけれど……こっちが素なのかなぁ?)
キラキラと輝くエフェクトを背負っているイメージが強かったナリクさんは、なぜか、どんよりと暗くなっていて話し方もボソボソとしたものになっていた。まるで別人かと思うほどの変わりようだったけれど、本人に聞くと、場面によって使い分けているだけらしい。
安全な食べ物を食べて、誘拐犯達が来たら恐怖に怯えて暴れるフリ(たまに本気で怖くて暴れているけれど)をしているうちに、誘拐犯達は、私を心配しながらも、刺激できないというジレンマに悩まされることとなっていた。
ちなみに、これらの情報は、全て、ジークフリートさんやハミルトン様にも伝えられている。
そんなこんなで、ナリクさんから差し入れられた本を読みながら探知魔法を展開していると、そこに今まで近くに来たことのなかった人物が近づいてきていることに気づいた。
(二人? 誰だろう?)
今、私の部屋に隠れて待機してくれている人に合図を送ると、その人はコクリとうなずいて何かの合図を窓の外に向けて送る。
(とりあえず、伝音魔法っと)
本を隠して、二人の会話に意識を集中させると、どうやら、それは二人の男女らしいということが分かる。
『……ンナ様は、お可愛らしいですよ?』
『そぉ? うふふ、そうだっ、今日、また宝石商を頼んだのよ。パイロも一緒に見ない?』
『ほぅ、では、時間が合いましたらご一緒させていただきます』
どこか幼さを含んだ女の声と、青年らしいしっかりとした声。その二つが、私の部屋へと近づいてきていた。
『それにしても、ガーク様の秘密ってどこかしら?』
『ガーク様の秘密、ですか?』
『そうよぉ。南棟に来ちゃいけないってことは、絶対何かを隠してるってことでしょう?』
『ふむ、隠し事ですか……あぁっ、それならばっ』
『何? 何か知ってるの?』
『えぇ、何でも、少女を囲っているらしいとのお話が』
『えぇっ!? 何で!? あたしが居るのに!?』
『あくまで噂、ですがね』
そんなやり取りを聞いていると、何だか猛烈に嫌な予感がした。
ガーク様というのは、今までの聞き耳の結果、この国の魔王の名前だということは知っている。そして、どうやら、この国では、そのガーク様の片翼が幅をきかせていて、恐ろしく不評なのだということも。私が誘拐された元々の原因も、その片翼にうんざりした派閥が、ジークフリートさんにこの国を統治してもらいたいと思ってのことだということも。
(うん、どうしよう。もしかしなくても、今、ここに近づいてるのって、その噂の片翼さんだよね?)
なぜだかガークが少女を囲っているなどという真偽不明の情報を漏らしたパイロ。そして、私の居る部屋に近づいているということを考えると、嫌な予感しかしない。どうか、何事もなく通り過ぎてほしいと思っていると、私の部屋の前まで二人が来てしまう。
『ここにそんな子が居るの?』
『まぁ、噂は噂でしかありませんがね』
すでに、魔法を行使しなくとも会話が聞こえるため、私は伝音魔法を解除する。
(大丈夫。部屋には、鍵がかかってるはずだから……ナリクさん達みたいな人でない限り、入って来られない)
私を閉じ込めるための鍵。だけれど、今はそれにすがるしかない状態だった。
ガチャガチャとドアノブが動き、鍵がかかっていることを確認する二人。
『何よ。鍵がかかってたら入れないじゃないっ』
『ふむ、こんなこともあろうかと、マスターキーを持っております。と、いうわけで、使ってしまいましょう』
『やった!』
(鍵の意味ーっ!!)
扉の外で交わされるとんでもない会話に、私は焦る。残念なことに、この部屋はだだっ広いばっかりで、隠れる場所などほとんどない。ナリクさん達みたいに、姿を消すタイプの魔法も使えない。しかも、どちらにしろ、鎖で繋がれているため、逃げられない。
(ど、どうしようっ)
そうこうしているうちに、ガチャリと音を立てて扉が開いてしまう。
(あっ……)
入ってきたのは、十五歳以上くらいに見える赤毛に青い瞳を持った女の子と、金髪に赤い瞳、赤い角を持つ、どこか腹黒そうな青年。そして、その二人の瞳が、一直線に私を射抜く。
「な……何でっ、不吉な黒がこんなところに居るのよっ!」
驚愕と怯えの色を見せる少女、アンナは、私を指差して喚き散らす。
「パイロっ、こんなの、すぐに処分して!」
「ふむ、しかし、ガーク様が囲っているという噂が本当であれば、私には手出しできませんな」
いきなり物騒な発言をされて固まっていた私は、この状況はかなり不味いものだと気づく。けれど、それをどうにかする方法も思いつかないまま、話は進む。
「でもっ、不吉の黒よ! しかも、よく見たら髪だけじゃなくて目も黒じゃないっ! 処分しないと呪われちゃうわっ」
「ふぅむ、では、ガーク様の寵愛を受けるアンナ様が直接手を下すというのはいかがでしょう? それならば、ガーク様も責めることなどできますまい」
(うわわっ、このパイロって人、かなり怖いんだけれど!?)
恐らく、アンナという少女一人だけだったならば、何とでもやりようはあっただろう。けれど、このパイロという人物は、どういうわけか、私を害すことに躊躇いがない。むしろ、それが目的かもしれないとまで思えてくる。
「うーん、でも、そんなの、私にはできないよ……」
「では、諦めますか? もしかしたら、この女がアンナ様に取ってかわるかもしれませんよ?」
「っ、そんなの、いや!」
「では、やはり手を下さなければ。なぁに、この短剣を胸に突き立てれば、すぐに殺せますよ。どうやら、彼女は鎖で繋がれているようですし」
「っ、そ、そうね……」
恐る恐る、けれど、確実に短剣を受け取ってしまうアンナを見て、私はいよいよ覚悟を決めなければと考える。
まだ、脱出の準備が整ったという連絡はない。けれど、ここでみすみす殺されるつもりもない。ここからは、私の魔力が露見しても仕方ないだろう。
近づいてきたら結界を張るつもりで準備をしていると、アンナはしばらく動揺した後、覚悟を決めた瞳でこちらを睨んできた。
(来るっ)
そう思い、魔力を込めようと思った直後、そこに、嗅ぎ慣れた、あり得ない香りが発生して、混乱する。
(えっ?)
「私の片翼に手を出すことは許さない」
瞬きの間に現れた黒衣の男。翡翠の長髪に、サファイアの瞳、黒い角を持つ、大切な人。
「ジーク、フリートさん?」
低く冷たい声でアンナ達を牽制したジークフリートさんは、私のその声に振り返り、甘い笑みを浮かべる。
「遅くなった。ユーカ。だが、もうこれで大丈夫だ」
その言葉に、私は無意識に入れていた力が抜けていくのを感じた。これで助かるのだと、ジークフリートさんを前にした私は、安心するのだった。
脱出するまでには、準備が必要ということで、まだこの部屋に繋がれていなければならないものの、見知った顔があるというのはありがたい。……例え、かつて、地雷を踏んだ人物であっても。
(最初、ナリクさんを見た時は、誰かと思ったけれど……こっちが素なのかなぁ?)
キラキラと輝くエフェクトを背負っているイメージが強かったナリクさんは、なぜか、どんよりと暗くなっていて話し方もボソボソとしたものになっていた。まるで別人かと思うほどの変わりようだったけれど、本人に聞くと、場面によって使い分けているだけらしい。
安全な食べ物を食べて、誘拐犯達が来たら恐怖に怯えて暴れるフリ(たまに本気で怖くて暴れているけれど)をしているうちに、誘拐犯達は、私を心配しながらも、刺激できないというジレンマに悩まされることとなっていた。
ちなみに、これらの情報は、全て、ジークフリートさんやハミルトン様にも伝えられている。
そんなこんなで、ナリクさんから差し入れられた本を読みながら探知魔法を展開していると、そこに今まで近くに来たことのなかった人物が近づいてきていることに気づいた。
(二人? 誰だろう?)
今、私の部屋に隠れて待機してくれている人に合図を送ると、その人はコクリとうなずいて何かの合図を窓の外に向けて送る。
(とりあえず、伝音魔法っと)
本を隠して、二人の会話に意識を集中させると、どうやら、それは二人の男女らしいということが分かる。
『……ンナ様は、お可愛らしいですよ?』
『そぉ? うふふ、そうだっ、今日、また宝石商を頼んだのよ。パイロも一緒に見ない?』
『ほぅ、では、時間が合いましたらご一緒させていただきます』
どこか幼さを含んだ女の声と、青年らしいしっかりとした声。その二つが、私の部屋へと近づいてきていた。
『それにしても、ガーク様の秘密ってどこかしら?』
『ガーク様の秘密、ですか?』
『そうよぉ。南棟に来ちゃいけないってことは、絶対何かを隠してるってことでしょう?』
『ふむ、隠し事ですか……あぁっ、それならばっ』
『何? 何か知ってるの?』
『えぇ、何でも、少女を囲っているらしいとのお話が』
『えぇっ!? 何で!? あたしが居るのに!?』
『あくまで噂、ですがね』
そんなやり取りを聞いていると、何だか猛烈に嫌な予感がした。
ガーク様というのは、今までの聞き耳の結果、この国の魔王の名前だということは知っている。そして、どうやら、この国では、そのガーク様の片翼が幅をきかせていて、恐ろしく不評なのだということも。私が誘拐された元々の原因も、その片翼にうんざりした派閥が、ジークフリートさんにこの国を統治してもらいたいと思ってのことだということも。
(うん、どうしよう。もしかしなくても、今、ここに近づいてるのって、その噂の片翼さんだよね?)
なぜだかガークが少女を囲っているなどという真偽不明の情報を漏らしたパイロ。そして、私の居る部屋に近づいているということを考えると、嫌な予感しかしない。どうか、何事もなく通り過ぎてほしいと思っていると、私の部屋の前まで二人が来てしまう。
『ここにそんな子が居るの?』
『まぁ、噂は噂でしかありませんがね』
すでに、魔法を行使しなくとも会話が聞こえるため、私は伝音魔法を解除する。
(大丈夫。部屋には、鍵がかかってるはずだから……ナリクさん達みたいな人でない限り、入って来られない)
私を閉じ込めるための鍵。だけれど、今はそれにすがるしかない状態だった。
ガチャガチャとドアノブが動き、鍵がかかっていることを確認する二人。
『何よ。鍵がかかってたら入れないじゃないっ』
『ふむ、こんなこともあろうかと、マスターキーを持っております。と、いうわけで、使ってしまいましょう』
『やった!』
(鍵の意味ーっ!!)
扉の外で交わされるとんでもない会話に、私は焦る。残念なことに、この部屋はだだっ広いばっかりで、隠れる場所などほとんどない。ナリクさん達みたいに、姿を消すタイプの魔法も使えない。しかも、どちらにしろ、鎖で繋がれているため、逃げられない。
(ど、どうしようっ)
そうこうしているうちに、ガチャリと音を立てて扉が開いてしまう。
(あっ……)
入ってきたのは、十五歳以上くらいに見える赤毛に青い瞳を持った女の子と、金髪に赤い瞳、赤い角を持つ、どこか腹黒そうな青年。そして、その二人の瞳が、一直線に私を射抜く。
「な……何でっ、不吉な黒がこんなところに居るのよっ!」
驚愕と怯えの色を見せる少女、アンナは、私を指差して喚き散らす。
「パイロっ、こんなの、すぐに処分して!」
「ふむ、しかし、ガーク様が囲っているという噂が本当であれば、私には手出しできませんな」
いきなり物騒な発言をされて固まっていた私は、この状況はかなり不味いものだと気づく。けれど、それをどうにかする方法も思いつかないまま、話は進む。
「でもっ、不吉の黒よ! しかも、よく見たら髪だけじゃなくて目も黒じゃないっ! 処分しないと呪われちゃうわっ」
「ふぅむ、では、ガーク様の寵愛を受けるアンナ様が直接手を下すというのはいかがでしょう? それならば、ガーク様も責めることなどできますまい」
(うわわっ、このパイロって人、かなり怖いんだけれど!?)
恐らく、アンナという少女一人だけだったならば、何とでもやりようはあっただろう。けれど、このパイロという人物は、どういうわけか、私を害すことに躊躇いがない。むしろ、それが目的かもしれないとまで思えてくる。
「うーん、でも、そんなの、私にはできないよ……」
「では、諦めますか? もしかしたら、この女がアンナ様に取ってかわるかもしれませんよ?」
「っ、そんなの、いや!」
「では、やはり手を下さなければ。なぁに、この短剣を胸に突き立てれば、すぐに殺せますよ。どうやら、彼女は鎖で繋がれているようですし」
「っ、そ、そうね……」
恐る恐る、けれど、確実に短剣を受け取ってしまうアンナを見て、私はいよいよ覚悟を決めなければと考える。
まだ、脱出の準備が整ったという連絡はない。けれど、ここでみすみす殺されるつもりもない。ここからは、私の魔力が露見しても仕方ないだろう。
近づいてきたら結界を張るつもりで準備をしていると、アンナはしばらく動揺した後、覚悟を決めた瞳でこちらを睨んできた。
(来るっ)
そう思い、魔力を込めようと思った直後、そこに、嗅ぎ慣れた、あり得ない香りが発生して、混乱する。
(えっ?)
「私の片翼に手を出すことは許さない」
瞬きの間に現れた黒衣の男。翡翠の長髪に、サファイアの瞳、黒い角を持つ、大切な人。
「ジーク、フリートさん?」
低く冷たい声でアンナ達を牽制したジークフリートさんは、私のその声に振り返り、甘い笑みを浮かべる。
「遅くなった。ユーカ。だが、もうこれで大丈夫だ」
その言葉に、私は無意識に入れていた力が抜けていくのを感じた。これで助かるのだと、ジークフリートさんを前にした私は、安心するのだった。
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