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第三章 歩み寄り

閑話 リドルの悲劇(リドル視点)

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 ハミルの暴走に付き合わされたワタシは、癒しを求めていた。癒しとはすなわち、愛しい片翼、レティのことだ。
 馬車に揺られながら、テイカー家の別邸へと辿り着くと、これから会えるレティのことを思い、頬を緩める。
 なぜか痛ましげな表情をしている執事に気づくことなく、ワタシは玄関を潜り抜け、広間から階段を昇り、レティの部屋へと急いで……そちらに、レティの気配がないことに気づく。


「あら? 珍しいわね。どこに居るのかしら?」


 愛しいレティは、毎日玄関で出迎えてくれるか、部屋で待機していてくれるかが多い。けれど、今日に限って、レティは部屋に居なかった。
 すると、ワタシの背後に控えていた老齢の執事が恐る恐る声をかけてくる。


「旦那様。奥様より、お手紙を預かっております」

「手紙?」


 毎日一緒に居るのに、珍しいこともあったものだと振り返ったワタシは、執事のその表情に初めて気づき、何となく嫌な予感がしつつも可愛らしいピンクの便箋を受け取る。そして……その数十秒後、屋敷ではワタシの悲鳴が響くのだった。





 急いで片翼休暇の申請を商会とジークのところに提出したワタシは、数日分の荷物を詰め込むと、すぐさま馬車を出す。向かう先は、精霊の国、リュシー霊国だ。


「いったい、ワタシは何を誤解されたの?」


 握り締めた手紙を呆然と眺めながら、ワタシはもう一度、その文面を目で追う。


『リドルへ。

どうやら貴方は、わたくし以外を心に住まわせた様子。

そんな貴方の側には居られませんので、実家に帰らせていただきます。

レティシアより』


 このワタシが、レティ以外を愛することなんてあり得ない。何がどうなって、こんな誤解を生んだのか、全く心当たりがなかった。


「いえ、待って? まさか、ユーカちゃんに構ってることをレティが知ったとか?」


 一瞬過ったのは、黒目黒髪の不遇な少女の顔。ただ、ユーカちゃんの存在は極秘事項扱いなので、レティが本当にユーカちゃんの存在を知っているとは思えない。


「でも、疑いくらいはかけられても、おかしくないのかも?」


 ワタシは、商会での仕事を早めに切り上げて、ジーク達に協力してきた。帰宅する時間はいつもと変わりなかったものの、商会の者達に口止めをしたわけでもない。どこからかワタシの不審な行動が漏れていたのかもしれない。


「そうだとしたら、ワタシの失態だわ」


 愛しいレティに誤解されたことが、何よりもつらい。そうして、青ざめながら数日かけてリュシー霊国に辿り着いたワタシは、幻想的に光輝く森にしか見えないその場所をズンズンと進む。すると、三十センチくらいの人型の者が、ヒラヒラとした服を纏ってワラワラと木の中から飛び出してきた。


「わぁ、リドだぁ」

「リド、久しぶりー」

「リド、でかいー」

「リド、レティ姉、泣いてるよー?」

「レティが泣いてる!?」


 纏わりつくようにしてやってくる彼ら、下級精霊を無視していたワタシだったけれど、最後の最後で聞き捨てならない言葉が飛び出して目を剥く。


「レティ姉、泣いてるー」

「悲しいー」

「裏切られたー」

「裏切ってなんかないわっ」


 やはり、何かとんでもない誤解が生まれている。それを確信したワタシは、下級精霊達にレティの居場所を尋ねる。


「ダメー」

「内緒ー」

「レティ姉、かくれんぼー」


 キャッキャと無邪気に笑う下級精霊達に、余裕のないワタシは苛立ちを隠すことなく叫ぶ。


「レティ! どこだっ!」


 精霊の協力が得られないのであれば、自力で探すしかない。口調が男のそれに戻っていることにも気づかずに、ワタシは夢中で走り回る。


「レティっ! レティっ! 頼むっ、返事をしてくれっ!」


 リュシー霊国とは、この広大な森そのものを指す。だから、ワタシはその森を必死に分け入り、レティの気配を探るものの、どうやら意図的に気配を隠しているらしく、ちっともその姿は見当たらない。


「何があったか知らないが、全部誤解だっ! だから、頼むからっ。出てきてくれっ!」


 探し始めて、いったい何時間経ったのだろう。明るかった森は、今や暗闇に包まれて、空には満天の星が輝いている。叫び続けた声は、もう大分嗄れてきていた。


「レティ、レティっ!」


 と、その時、木の根に足を取られて、盛大に転ぶ。


「うっ……レティ、レティ……」


 森に来るまでは、ほとんど喉を通らないながらも飲み食いしていたものの、今日は森に入ってから、ほとんど何も口にしていない。魔族は、そこそこ体力のある種族ではあるものの、さすがに丸一日叫びながら森をさまよって、無事なわけがなかった。


「レティ……どこに、居るんだ……?」


 見つからない愛しい人を思って、ワタシは立ち上がることもできずにうなだれる。すると……。


「リド……」

「っ、レティ!?」


 愛しい人の声に顔を上げると、そこには、飴色のウェーブがかった長髪に、同じく飴色の瞳をした可愛らしい女性がいた。その服は、精霊らしく、ヒラヒラとした白いドレスで、体の大きさが百七十センチあることから、彼女が上級精霊であることが伺える。


「レティっ、誤解だっ! いえ、誤解なのよっ」


 レティに話しかけた直後、口調が男のものに戻っていることに気づき、慌てて修正しながら、どうにか力を振り絞って、フラフラと立ち上がる。


「……商会のお仕事の後、どこに向かってらしたの?」


 唇を震わせて、緊張気味に尋ねるレティに、ワタシは即座に答える。


「ジーク達のところよ。極秘の頼み事をされていて、毎日通う必要があったのよ」

「……それは、わたくしにも言えないこと?」

「そうね、こんな事態にならなければ、話す許可はもらえなかったわ。……簡単に言えば、ジークとその片翼の子との間を取り持つために動いていたのよ」


 周りに誰の気配もないことを確認して、ワタシはあっさりと事実を明かす。ただ、こんな事態にならなければ、ジークもユーカちゃんのことを隠したかったであろうことは確実だ。


「では、リドが女性もののドレスを注文していたというのは……?」


 飴色の瞳を不安で大きく揺らせたレティのその言葉に、事の発端は、ジークやハミルに頼まれてドレスを注文したことだったのだろうと理解する。まさか、その情報がレティの元に届くとは思っていなかったため、これは完全なるワタシの失態だ。


「どこまで知ってるかは知らないけれど、あれはジーク達に頼まれて、用意したドレスよ。ワタシが贈るものじゃないわ」


 そう言えば、レティは体当たりする勢いでワタシに抱きつき、ポロポロと涙を溢す。


「では、ではっ、わたくしは、リドに嫌われたわけではないのですねっ?」

「えぇ、もちろんよ。ワタシにとってはレティが全てなのよ」


 もう、立っているのもつらい状態ではあったものの、ここでふらつくわけにはいかない。心を痛めたレティを慰める役は、誰にも譲るつもりはない。


「良かった。本当に、良かった……」


 ワタシの胸に顔を押しつけて、くぐもった声で安心したということを告げてくるレティ。その様子に、ワタシは愛しさが溢れて止まらなくなりそうだ。


「レティ、帰りましょう。帰ったら、詳しい話もしたいし、たくさん愛し合いたいわ」

「はぃ……帰ります」


 『愛し合う』という言葉に頬を染めたレティを、ワタシは思わずギュッと抱き締めて、その柔らかな体を堪能する。


「リ、リド? 恥ずかしいですっ」

「もうちょっとだけ」


 そうして、誤解が解けたワタシ達は、仲良くヴァイラン魔国へと戻るのだった。
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