上 下
58 / 173
第三章 歩み寄り

閑話 リドルの悲劇(リドル視点)

しおりを挟む
 ハミルの暴走に付き合わされたワタシは、癒しを求めていた。癒しとはすなわち、愛しい片翼、レティのことだ。
 馬車に揺られながら、テイカー家の別邸へと辿り着くと、これから会えるレティのことを思い、頬を緩める。
 なぜか痛ましげな表情をしている執事に気づくことなく、ワタシは玄関を潜り抜け、広間から階段を昇り、レティの部屋へと急いで……そちらに、レティの気配がないことに気づく。


「あら? 珍しいわね。どこに居るのかしら?」


 愛しいレティは、毎日玄関で出迎えてくれるか、部屋で待機していてくれるかが多い。けれど、今日に限って、レティは部屋に居なかった。
 すると、ワタシの背後に控えていた老齢の執事が恐る恐る声をかけてくる。


「旦那様。奥様より、お手紙を預かっております」

「手紙?」


 毎日一緒に居るのに、珍しいこともあったものだと振り返ったワタシは、執事のその表情に初めて気づき、何となく嫌な予感がしつつも可愛らしいピンクの便箋を受け取る。そして……その数十秒後、屋敷ではワタシの悲鳴が響くのだった。





 急いで片翼休暇の申請を商会とジークのところに提出したワタシは、数日分の荷物を詰め込むと、すぐさま馬車を出す。向かう先は、精霊の国、リュシー霊国だ。


「いったい、ワタシは何を誤解されたの?」


 握り締めた手紙を呆然と眺めながら、ワタシはもう一度、その文面を目で追う。


『リドルへ。

どうやら貴方は、わたくし以外を心に住まわせた様子。

そんな貴方の側には居られませんので、実家に帰らせていただきます。

レティシアより』


 このワタシが、レティ以外を愛することなんてあり得ない。何がどうなって、こんな誤解を生んだのか、全く心当たりがなかった。


「いえ、待って? まさか、ユーカちゃんに構ってることをレティが知ったとか?」


 一瞬過ったのは、黒目黒髪の不遇な少女の顔。ただ、ユーカちゃんの存在は極秘事項扱いなので、レティが本当にユーカちゃんの存在を知っているとは思えない。


「でも、疑いくらいはかけられても、おかしくないのかも?」


 ワタシは、商会での仕事を早めに切り上げて、ジーク達に協力してきた。帰宅する時間はいつもと変わりなかったものの、商会の者達に口止めをしたわけでもない。どこからかワタシの不審な行動が漏れていたのかもしれない。


「そうだとしたら、ワタシの失態だわ」


 愛しいレティに誤解されたことが、何よりもつらい。そうして、青ざめながら数日かけてリュシー霊国に辿り着いたワタシは、幻想的に光輝く森にしか見えないその場所をズンズンと進む。すると、三十センチくらいの人型の者が、ヒラヒラとした服を纏ってワラワラと木の中から飛び出してきた。


「わぁ、リドだぁ」

「リド、久しぶりー」

「リド、でかいー」

「リド、レティ姉、泣いてるよー?」

「レティが泣いてる!?」


 纏わりつくようにしてやってくる彼ら、下級精霊を無視していたワタシだったけれど、最後の最後で聞き捨てならない言葉が飛び出して目を剥く。


「レティ姉、泣いてるー」

「悲しいー」

「裏切られたー」

「裏切ってなんかないわっ」


 やはり、何かとんでもない誤解が生まれている。それを確信したワタシは、下級精霊達にレティの居場所を尋ねる。


「ダメー」

「内緒ー」

「レティ姉、かくれんぼー」


 キャッキャと無邪気に笑う下級精霊達に、余裕のないワタシは苛立ちを隠すことなく叫ぶ。


「レティ! どこだっ!」


 精霊の協力が得られないのであれば、自力で探すしかない。口調が男のそれに戻っていることにも気づかずに、ワタシは夢中で走り回る。


「レティっ! レティっ! 頼むっ、返事をしてくれっ!」


 リュシー霊国とは、この広大な森そのものを指す。だから、ワタシはその森を必死に分け入り、レティの気配を探るものの、どうやら意図的に気配を隠しているらしく、ちっともその姿は見当たらない。


「何があったか知らないが、全部誤解だっ! だから、頼むからっ。出てきてくれっ!」


 探し始めて、いったい何時間経ったのだろう。明るかった森は、今や暗闇に包まれて、空には満天の星が輝いている。叫び続けた声は、もう大分嗄れてきていた。


「レティ、レティっ!」


 と、その時、木の根に足を取られて、盛大に転ぶ。


「うっ……レティ、レティ……」


 森に来るまでは、ほとんど喉を通らないながらも飲み食いしていたものの、今日は森に入ってから、ほとんど何も口にしていない。魔族は、そこそこ体力のある種族ではあるものの、さすがに丸一日叫びながら森をさまよって、無事なわけがなかった。


「レティ……どこに、居るんだ……?」


 見つからない愛しい人を思って、ワタシは立ち上がることもできずにうなだれる。すると……。


「リド……」

「っ、レティ!?」


 愛しい人の声に顔を上げると、そこには、飴色のウェーブがかった長髪に、同じく飴色の瞳をした可愛らしい女性がいた。その服は、精霊らしく、ヒラヒラとした白いドレスで、体の大きさが百七十センチあることから、彼女が上級精霊であることが伺える。


「レティっ、誤解だっ! いえ、誤解なのよっ」


 レティに話しかけた直後、口調が男のものに戻っていることに気づき、慌てて修正しながら、どうにか力を振り絞って、フラフラと立ち上がる。


「……商会のお仕事の後、どこに向かってらしたの?」


 唇を震わせて、緊張気味に尋ねるレティに、ワタシは即座に答える。


「ジーク達のところよ。極秘の頼み事をされていて、毎日通う必要があったのよ」

「……それは、わたくしにも言えないこと?」

「そうね、こんな事態にならなければ、話す許可はもらえなかったわ。……簡単に言えば、ジークとその片翼の子との間を取り持つために動いていたのよ」


 周りに誰の気配もないことを確認して、ワタシはあっさりと事実を明かす。ただ、こんな事態にならなければ、ジークもユーカちゃんのことを隠したかったであろうことは確実だ。


「では、リドが女性もののドレスを注文していたというのは……?」


 飴色の瞳を不安で大きく揺らせたレティのその言葉に、事の発端は、ジークやハミルに頼まれてドレスを注文したことだったのだろうと理解する。まさか、その情報がレティの元に届くとは思っていなかったため、これは完全なるワタシの失態だ。


「どこまで知ってるかは知らないけれど、あれはジーク達に頼まれて、用意したドレスよ。ワタシが贈るものじゃないわ」


 そう言えば、レティは体当たりする勢いでワタシに抱きつき、ポロポロと涙を溢す。


「では、ではっ、わたくしは、リドに嫌われたわけではないのですねっ?」

「えぇ、もちろんよ。ワタシにとってはレティが全てなのよ」


 もう、立っているのもつらい状態ではあったものの、ここでふらつくわけにはいかない。心を痛めたレティを慰める役は、誰にも譲るつもりはない。


「良かった。本当に、良かった……」


 ワタシの胸に顔を押しつけて、くぐもった声で安心したということを告げてくるレティ。その様子に、ワタシは愛しさが溢れて止まらなくなりそうだ。


「レティ、帰りましょう。帰ったら、詳しい話もしたいし、たくさん愛し合いたいわ」

「はぃ……帰ります」


 『愛し合う』という言葉に頬を染めたレティを、ワタシは思わずギュッと抱き締めて、その柔らかな体を堪能する。


「リ、リド? 恥ずかしいですっ」

「もうちょっとだけ」


 そうして、誤解が解けたワタシ達は、仲良くヴァイラン魔国へと戻るのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!

未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます! 会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。 一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、 ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。 このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…? 人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、 魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。 聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、 魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。 魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、 冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく… 聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です! 完結まで書き終わってます。 ※他のサイトにも連載してます

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...