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第三章 歩み寄り

第五十三話 ユーカお嬢様とのお話(ララ視点)

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 ユーカお嬢様のお部屋へ向かう道中、リリと合流して一緒に行くことになったまでは良かった。問題が発生したのは、ユーカお嬢様のお部屋の扉をノックした時だった。
 パタパタと扉まで駆けてくる気配を感じて、私達はすぐに扉を開けることなく待ったのだが……なぜか、扉に少し衝撃が加わったかと思うと、そのまま微動だにしなくなった。


(? 扉を開けようとなさったわけではない?)


 ユーカお嬢様の考えが分からず、私は一応声をかけることにする。


「開けますよ? ユーカお嬢様」


 そうして、ノブをひねって扉を開けようとしたものの、なぜかその扉は動かない。いや、おそらくは、ユーカお嬢様によって押さえつけられていた。


「ユーカお嬢様?」

「どうしたのかしら?」


 心配そうにする後ろの二人。そして、私自身も心配で、さっと考えを巡らせて、一つの方法を取る。


「ユーカお嬢様。ノック一回が『はい』、ノック二回が『いいえ』、ノック三回が『分からない』という返事になるということにして、会話を試みてもよろしいでしょうか?」


 声が出ないユーカお嬢様のためにそう提案すると、即座にノックが一回、コンと返ってくる。


「それではまず、ユーカお嬢様自身に今、危険はありますか?」


 そう尋ねれば、コンコンと返ってくる。どうやら、何者かが侵入して、ユーカお嬢様が危険にさらされているということはなさそうだ。
 私が始めたその会話を、後ろの二人は固唾を呑んで見守っている。


「では、今、ユーカお嬢様が取っていらっしゃる行動は、ユーカお嬢様のご意志でしょうか?」


 コン、と返ってきたため、これは肯定だ。いったい、ユーカお嬢様に何があったのかと思いながら、私は続けて質問をする。


「私達が何か粗相をしてしまったのでしょうか?」


 コンコン、と返ってきて、少しだけホッとする。粗相をして怒らせてしまったわけではなさそうだ。


「私達全員が入るのはいけませんか?」


 そう問いかけると、間髪を入れずにコンと返ってくる。粗相はしていないものの、何か問題があるらしい。


「今、ここに居るのは、リドル様、リリ、そして、私、ララの三人です。まず、リドル様だけならお部屋に入っても良いですか?」


 リドル様とは、それなりに仲良くなっていたはずだと思い、真っ先に問いかけてみれば、コンコンと否定が返ってくる。


「そんなっ!?」

「リドル様は黙っていてください。それでは、リリだけなら入っても良いですか?」


 地味にショックだったらしいリドル様は放置して、次はリリの名前を出してみると、今度は肯定が返ってくる。


「では、リリと一緒に私もお部屋に入ることは可能ですか?」


 すると、またしても肯定のコンが返ってきて、私は異性がダメなのかもしれないと判断する。


「分かりました。リドル様には決して入らせませんので、私とリリは入室してもよろしいでしょうか?」


 コンという返事とともに、ユーカお嬢様の気配が部屋の奥へ向かうのを確認した私は、少し沈んだ様子のリドル様へと向き直る。


「それでは、リドル様。しばらくお待ちください」

「分かったわ。同性同士でしか話したくないこともあるでしょうしね」


 沈んだとはいえ、さすがに良識のあるリドル様は、快く同意してくれる。そうして、扉から少し離れてもらうと、私とリリはユーカお嬢様のお部屋へと入室するのだった。




「ユーカお嬢様っ? 大丈夫ですかっ?」


 入ってすぐに真剣な面持ちでユーカお嬢様へと駆け寄るリリは、何度もうなずくユーカお嬢様を見て、ようやく表情を崩す。


「良かったですっ。もし、ユーカお嬢様が落ち込んでたりしてたら、私、ハミルトン様を許せなかったところですっ」


 ただ、ハミルトン様の名前が出た途端、ユーカお嬢様はビクゥッと肩を跳ね上げる。


「ユーカお嬢様? ハミルトン様をシメますか?」


 十中八九、私達が閉め出された原因はハミルトン様にあると気づき、私は良案を思いついたとばかりに提案する。しかし、お優しいユーカお嬢様は、フルフルと首を横に振って、その提案を否定する。


「(その、ハミルトン様が悪いわけじゃなくて、えっと……私の耐性がないというか、何というか……)」

「なるほど、やはり全てはハミルトン様がユーカお嬢様を抱き締めたことが原因だったのですね?」

「(何で知ってるの!?)」

「ほわっ!? ハミルトン様、そんなことをしたんですかっ!?」


 さらっとハミルトン様の行動について話せば、ユーカお嬢様は目を大きく見開いて驚く。そして、リリは……きっと、私と同じように、どうやってハミルトン様を泣かせるかを考えていることだろう。


「……やっぱり、鞭は外せない?」

「(リリ、何のこと!?)」


 物騒な方向に思考が逸れたリリに突っ込むユーカお嬢様は、今見る限りは普段通りにしか見えない。ただ、きっと、ハミルトン様を前にすれば、動揺してしまうのだろうということだけは、今までの行動からよく分かっていた。


「(えっと、問題は、ハミルトン様だけじゃないの。ジークフリートさんも、心臓に悪くて……私、どうすれば良いのかなぁ?)」

「ユーカお嬢様は、お二人のことが嫌いですか?」


 ご主人様の名前が出てきたと分かった瞬間、私は思わずそう尋ねていた。そして、その話はリリも気になるらしく、じっとユーカお嬢様の唇を観察している。


「(嫌いでは、ないと、思う。けれど、とにかくどうしたら良いのか分からなくて……)」


 途方に暮れた表情のユーカお嬢様だったが、私は不謹慎ながら、『嫌いではない』という言葉に強く感動を覚えていた。まだ、『好き』とまではいかなくとも、『嫌いではない』のなら可能性はある。後は、ご主人様が無理をしなければ、ユーカお嬢様の心を手に入れられる未来もあるかもしれない。ハミルトン様のことはどうでも良い


「少しずつ慣れたいということを話してみてはどうですかっ?」


 リリがそう提案するのを聞きながら、ユーカお嬢様の反応を見てみると、パァッと表情が明るくなったのが分かった。


「(そっか、友達からってやつだねっ! ありがとう、リリ。そうしてみるっ!)」

(友達から……ご主人様。道のりは遠そうですよ?)


 思わず、ご主人様を思って遠い目をした私は、それでも今までの片翼達とは全く違うユーカお嬢様の様子に微笑む。


「それではユーカお嬢様。何かご入り用のものはございますか?」

「(? うん? あの、用事は?)」

「それは、もうすみましたので、お気にならさず」


 『嫌いではない』という言質は取った。後は報告だけなので、ユーカお嬢様に何か必要なものがないか聞くことは、なんらおかしなことではない。

 そうして、まだしばらくは落ち着きたいから、男性は入室禁止という言葉と、ココアがほしいという言葉をもらった私達は退出し、それぞれに役目を果たすため動き出すのだった。
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