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第三章 歩み寄り

第五十一話 ハミルトンの謝罪

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 ジークフリートさんが変なことをしたせいで、今日の魔力コントロールの訓練は散々だった。集中はできないし、ジークフリートさんが気になってしかたないし、熱い視線を注がれてソワソワしてしまったし。
 最終的にララに助けを求めると、ジークフリートさんに何かを耳打ちして、なぜか今日の訓練は終わりになった。最後に見えたジークフリートさんの顔が、妙に青ざめていたことが気になるけれど、今は、ようやく落ち着いたことを喜びたい。


 コンコンコン。


 ベッドの上でゴロリと転がっていると、ふいにノック音が響く。とりあえず、ベッドから体を起こして、メアリー達のうちの誰かだろうと見当をつけながら、『(どうぞ)』と一応口を動かす。そうして、ゆっくり扉が開かれて……入ってきたのは、ララとハミルトン様だった。


「(えっ!?)」


 同性だから大丈夫だと気を抜いていた私は、ハミルトン様までもが入ってきたことに慌てて立ち上がる。多分、そんなにワンピースにシワはないはずだ。


「お休みのところ失礼します。ユーカお嬢様。本日は、ハミルトン様が謝罪をしたいのだそうです」


 そう言われて、確かにそんなことを朝に聞いたと思い出す。そして、ジークフリートさんほどではないにしろ、やはり目を合わせづらい相手が来てしまったことを、内心嘆いて……ふと、そのハミルトン様の手の中にあるものが気になった。


(花束と、箱?)


 そう疑問に思っていると、ゆっくりとした、いや、どこか緊張したような歩調でハミルトン様は私の目の前までやってくる。


「っ、今まで鎖をつけて、ごめんっ!!」


 頭を下げると同時に差し出されたそれら二つに、私はジーっと観察をしてみる。


「(クリスタルフラワー?)」


 そこにあったのは、色とりどりのクリスタルフラワーで、私は思わず目を輝かせる。


「ユーカお嬢様。その二つはハミルトン様からの贈り物です。謝罪を受け入れるにしろ、受け入れないにしろ、受け取って差し上げた方が良いです」

「(えっ? 贈り物? 受け取って良いの?)」

「はい」


 初めて見た瞬間から美しいと思っていた花が贈り物だと言われて、私は気まずかったことなど忘れて喜んで受け取る。


「(ありがとう。ハミルトン様)」


 若干、頬が緩んでいる気がするけれど、とにかく喜びをあらわにお礼を告げる。ララが通訳をしてくれているのを聞きながら、今度は箱の中身の方が気になった。箱は、可愛らしい動物柄の包装用紙に包まれていて、とても軽かった。


「ハミルトン様?」

「ハッ、ユーカ、開けても良いよ」


 なぜかボーッとしていたハミルトン様は、ララの呼びかけでようやく口を開く。そして、その許可は今の私には嬉しいもので、コクコクとうなずきながら、机の上に贈り物を置き、ゆっくり丁寧に包装を解いていく。


「(わぁっ、可愛いっ!)」


 包装を解いて、箱の中身を見てみると、そこには様々な動物のアイシングクッキーが入っていた。


「(あっ、これ、あーちゃんに似てる)」

「あーちゃん、ですか?」

「えっ? 誰のことなんだい!?」


 ララの問いかけに過剰なくらいに反応するハミルトン様がおかしくて、私はクスクス笑うと、一つの猫が描かれたアイシングクッキーを取り出す。


「(灰色猫の甘えん坊なあーちゃんです)」

「……『灰色猫の甘えん坊なあーちゃんです』だそうですよ?」


 またしてもボーッとしていたハミルトン様は、ララの通訳になぜか青ざめる。


「あ、甘えん坊……」

「(可愛いですよね。あーちゃん)」


 何度もここに来ていることから、おそらくこの城で飼われているであろう猫のことを話題にすれば、ハミルトン様は視線をさまよわせる。


「そう、だね。ハ、ハハハ……」

「ちなみに、ユーカお嬢様。翡翠色の猫の名前はどのような名前なのでしょうか?」

「(あっ、あの子は、クールなくーちゃんだよ)」

「そうですか……承知致しました。伝えておきましょう」

「(? うん?)」


 何を誰に伝えるつもりかは知らないけれど、ララならきっと大丈夫だろう。
 そうして、贈り物をしっかりと受け取ると、ハミルトン様は真面目な表情に戻る。


「その、本当にごめん。僕は、片翼に何度も自殺されかけていて、自殺防止のために、鎖で繋ぐくらいしか思い浮かばなくて……それで、その……」


 よっぽどつらい思い出なのか、後半はもう泣きそうになっているハミルトン様を見て、私はその言葉を遮るように口を開く。


「(大丈夫です。別に怪我をしたわけでもなんでもないので、そんなにつらそうにしないでください)」


 そうララに通訳してもらうと、ハミルトン様はそのトパーズの瞳を大きく見開く。


「許して、くれるのかい? 僕は、ユーカを鎖で繋いだんだよ?」

「(もうしないなら、許しますよ)」


 穏やかな表情に見えるよう祈って、表情筋を緩めると、ハミルトン様はなぜかさらに泣きそうになる。


「ありが、とう。ユーカ」

「(えっ? わわっ、えっと?)」


 まだ泣いていないものの、限りなく泣き顔に近い顔をされて、私は慌てる。すると……。


「大丈夫です。ユーカお嬢様。ハミルトン様は後で泣かせますので」

「(えっ? それって大丈夫……あっ、そういうことだね)」


 なるほど。確かに、女性二人の前で泣くことはできないだろう。ララのこの言葉は、きっと、後で、思いっきり泣けるように手配してくれるということなのだろう。

 そうして、私は油断していた。これで謝罪も終わったし、ハミルトン様はこのまま帰るはずだと。
 だから、ふんわりと春の日だまりみたいな香りに包まれたことに気づいた時は何が起こったのか分からなかった。


「本当に、ありがとう。ユーカ」

(えっ? …………だ、抱き締められてる!?)


 ギュッと腕に力を込められた私は、少し遅れてパニックになる。きっと、顔は真っ赤だ。


「それじゃあ、また明日。ユーカ」


 そうして、サラッと頭を撫でた後、ハミルトン様は、ようやくララを伴って部屋から出ていったのだった。パニックを起こしたままの私を置いて……。


「(……わーっ、わーっ、わーっ、何あれ、何あれ、何あれーっ!)」


 そうして、一人取り残された私は、枕をポフポフしながら悶絶するのだった。
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