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第二章 訪問者

第四十三話 衝撃の事実(メアリー視点)

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「(アマーリエさんはどうなったの?)」

「アマーリエ様なら、ご自身の国に帰られて、罰として自室に謹慎することとなりましたよ」


 リドル様とご一緒にユーカお嬢様を連れて図書室へと向かう途中、ユーカお嬢様は自身に危害を加えかけたアマーリエ様について尋ねてきました。どうやら、ユーカお嬢様はことの重大性を理解しておられないらしく、『罰なんて必要ないのに』とおっしゃっていましたが、そこはリドル様が詳しく説明してくださいました。
 魔王の片翼を傷つけようとした時点で、処刑されてもおかしくなかったのだと。


「(処刑!? ダメだよっ! そんなのっ!)」

「今回は、ユーカお嬢様を傷つける意思がなかったことと、ハミルトン様の妹君という立場もあって、自室への謹慎処分となっております。まぁ、その処分に反論する者もございますが……」


 ただ、その処分に反対するものは、良からぬことを企んでいることがほぼ確実な者達ばかりなので、その意見が通ることはございません。ユーカお嬢様の望み通り、軽い罰のままですみそうではございました。


「(……アマーリエさんが無事なら、それで良いよ)」


 結局のところ、そう妥協したユーカお嬢様は、すぐに図書室が目の前にあることに気づき、顔を上げます。


「(……よしっ)」


 小さく握り拳を作って気合いを入れるユーカお嬢様は、大変可愛らしいご様子でした。そして、早速、急ぎ足で図書室内を散策されたユーカお嬢様でしたが……しばらくすると、ほしい本が見当たらないのか、肩を落として帰ってこられました。


「ユーカちゃん、どんな本がほしいのか言ってくれれば、一緒に探すわよ?」


 止める間もなく散策に向かってしまったユーカお嬢様。わたくしもリドル様も、微笑ましいとばかりにしばらく観察しておりましたが、何か目的があったのであれば、わたくし達の出番です。


「(えっと、片翼に関する本が読みたいなって……)」


 そうおっしゃったユーカお嬢様は、上目遣いで、大変可愛らしいご様子。そして、もしかすると、そのお言葉は、ご主人様を売り込むチャンスをもらったということなのかもしれないと、俄然張り切ります。


「分かりましたっ。わたくしが必ずや、見つけて参りますね」


 恋愛小説を片っ端からユーカお嬢様に見せるつもりで、わたくし、すぐに本棚へと急ぎます。


(今度から、恋愛小説は下の段に移動しておきましょう。えぇ、もし、ご主人様が反対されても、押し通してみせましょうっ)


 ユーカお嬢様が片翼に関する本を見つけられなかったのも無理はございません。あまりに片翼に拒絶され続けたご主人様は、恋愛小説を見たくもないとばかりに、全て上の段に移動させてしまったのですから、背丈の小さなユーカお嬢様ではタイトルを見ることもできなかったはずです。
 わたくしは、軽くジャンプして天井まで伸びている梯子のほぼ天井近くの場所に足をかけると、高い位置にあるそれらの本を次々に引き抜いては片手で抱えます。そしてそれなりに集まると、そのまま飛び降りました。


「メアリー、あんた……それは不味いんじゃないの?」


 しかし、そこで、リドル様の声にハッと我に返ったわたくしは、人間にあるまじき身体能力を披露してしまったことに気づいてしまいました。


(あ、あぁぁぁあっ、ど、どうしましょうっ? せっかく、ユーカお嬢様には人間に見せかけることでご安心していただいていたのにっ。これでは、魔族であることがバレてしまいますっ)


 角が短くてほとんど見えないからこそ、人間のように振る舞うことで、片翼の方々の警戒心を取り払っていたわたくしは、調子に乗って普段ならあり得ない失敗をしてしまったことに大いに慌てました。これで、今まで積み重ねてきた信頼が、一気に崩れてしまうと思うと、心がヒヤリと冷水を浴びせかけられたようになります。

 本を持ったまま固まり、背後に居るユーカお嬢様の方を振り向けないでいると、ふいに、トンッと軽い衝撃とともに、背後から小さな温もりが伝わって参りました。


「ユーカちゃん!?」


 リドル様のお言葉を聞くまでもなく、背後に居る人物がユーカお嬢様であることは分かっておりましたが、なぜ、抱きつかれているのかが全く理解できません。


「ユーカ、お嬢様?」


 読唇術を使わなければ、ユーカお嬢様のお言葉を知ることもできない。そう思って覚悟を決めて振り返ると……なぜか、ユーカお嬢様の目はとてもキラキラと輝いておりました。


「(すごいっ、すごいっ! サーカスみたいだった! 実際には見たことないけれどっ)」

「え、えぇ……そ、う、でしたか?」

「(うんっ! あっ、でも、足が痛かったりしない? 魔法とか使ってたの?)」


 なぜかはしゃいでいる様子のユーカお嬢様に、どうやら魔族だとはバレていないらしいと気づき、ホッとしながら話を合わせることと致します。


「足は痛くはございませんよ。ちょっとした魔法です」


 まだ魔法を習っていないユーカお嬢様ならば、この答えで満足してくれる可能性が高いという打算の下、使ってもいない魔法をあのジャンプ力の原因として挙げます。すると、ユーカお嬢様の背後にいらっしゃったリドル様も状況を認識してくださったらしく、話を合わせてきます。


「あれは、風魔法で体を浮かせているのよ。慣れてきたら、そこそこの速度で、本当にジャンプだけで移動しているように見せられるものなのよ」


 サラリと吐かれた嘘を、ユーカお嬢様は純粋に信じた様子で、また『すごいすごい』と称賛してくださいます。


(……ユーカお嬢様が褒めてくださるなら、これでも良いですね)


 嘘を吐いている罪悪感はあれど、魔族だとバレるよりはよっぽどかマシだと、わたくし、そのまま笑いかけて、次の瞬間、固まることとなりました。


「(私はてっきり、メアリーは魔族だから身体能力が人間とは違うのかと思ってたよ)」

(……えっ?)


 とってもナチュラルに、魔族だとバレていることを告げられて、私はすぐに言葉が出てきません。


「(ララとリリ以外は皆魔族みたいだけれど……身体能力に違いはないのかなぁ?)」


 ついでに、リドル様も魔族だとバレているらしいことに、わたくし、驚きを隠せません。


「メアリー? どうしたの?」


 リドル様が固まったわたくしを見て不審げな目を向けてきましたが、今は、それどころではございません。


「ユーカお嬢様? いつから、わたくしやリドル様が魔族だとお気づきになっていたのですか?」

「ちょっと!?」

「(?? だって、皆ことあるごとにしゃがんで目線を合わせてくるから、割りと最初から角があるのは気づいてたよ?)」


 そうおっしゃったユーカお嬢様に、わたくし、少々放心してしまいました。まさか、そんなことで小さな角を見つけられてしまっていたとは、思いもしませんでした。


「メアリー? ユーカちゃんは何て?」


 そうして、リドル様にもその事実をお伝えすると、わたくしと同じように放心なさって……すぐに正気を取り戻します。


「じゃあ、本気でユーカちゃんは魔族に忌避感がないってことじゃないっ!?」

「はっ、確かに、そうですねっ」


 そんな衝撃の事実に雷で打たれたかのような感覚に陥っていると、わたくしに抱きついていたユーカお嬢様が、いつの間にかわたくしの手の上にある本を覗き込んでいました。


「(えっと、メアリー? 私、実用書みたいなのもほしいんだけれど……)」

「はっ、承知致しましたっ! すぐに取って参りますね?」


 そう言いながら、わたくしは、魔族に忌避感を持たないというユーカお嬢様のことがとっても気に入りました。今までは、魔族と分かった途端、手のひらを返したように拒絶する方達ばかりでしたが、今回は違います。その事実に、わたくしは大きな期待を抱いて、本を選別するのでした。
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