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第二章 訪問者

第三十話 意志疎通の会(リドル視点)

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「さぁっ、やってやろうじゃないっ。第一回、意志疎通の会よっ」


 昨日、ジーク達と話をしたワタシは、とにかく意志疎通をしなければならないと判断して、まずはワタシが両翼ちゃんと仲良くなることにした。もちろん、専属侍女達の協力は仰ぐものの、性別の境が曖昧とはいえ、ジーク達と同じ男であるワタシが仲良くなることには意味があるはずだった。
 準備のためにジークとハミルを伴って街に繰り出し、必要なものを買い揃えた頃には、随分と外は暗くなっていた。それでも、満足のいくものをそれぞれ買えたという自覚があるため、ワタシ達は晴れやかな表情でマリノア城へと戻り…………ジークとハミルは、あの双子の専属侍女達に遅いと叱られ、猫姿に強制的に変化へんげさせられて連れていかれたのだった。


(両翼ちゃんの専属侍女達は、敵に回しちゃダメね)


 何というか、両翼ちゃんのためなら主人にすら噛みつきそうな勢いがあって、若干怖かった。

 そんなこんながあって、色々おかしなこともあったけれど、今日のための準備は万端だ。後は、専属侍女達に頼んで、馬車の中のものを運び込んでもらうだけだ。


「では、これより運び込みます」

「えぇ、よろしくね」


 魔族の専属侍女、メアリーに荷運びを頼めば、双子の専属侍女、ララとリリの二人と協力してせっせと両翼ちゃんの部屋へと運びはじめる。


「さて、それじゃあ、ジークとハミルはまだ待機しておくこと、良いわね?」

「あぁ」

「うん」


 本来だったら、ジーク達こそ両翼ちゃんと仲良くなるべきであるものの、二人に最初から恐怖を感じているらしい両翼ちゃんを相手に無理はさせられない。まずは、男という存在に慣れさせることが大切だ。少しでもワタシに慣れてくれれば、次はジーク達をけしかけることもできる。


「運び込み、終了致しました」


 にこやかに告げるメアリーを見て、ワタシはいよいよかと気合いを入れる。今回の作戦は、簡単に言えば物で釣る作戦だ。見るからに幼い両翼ちゃんなら、それなりの効果が見込めそうだとの考えから、この作戦を立案したのだ。


「なら、行ってくるわね」


 そう言って、肩で風を切るようにして意気揚々と進んだのが、約十分前。そして、今現在はというと……。


「ほ、ほらっ、警戒しないで、ね?」


 ベッドの後ろにしゃがみ、顔だけを出す両翼ちゃん。じとーっという視線をワタシに向けて、全力で警戒する両翼ちゃんを、必死に宥めていた。


(どうしてこうなったのかしら?)


 ワタシは、特に警戒されるようなことをした覚えはない。買ってきたドレスや小物、アクセサリーを一緒に見ようと誘ったら、確かにこちらに来てくれたのだ。ただ、いくつかのドレスや小物を見た後、両翼ちゃんは随分と警戒をした様子でワタシから距離を取っていた。


「ユーカお嬢様? お気に召しませんでしたか?」


 そして、そんな両翼ちゃんの様子に戸惑っているのはワタシだけではない。メアリーやララ、リリも、なぜ警戒されているのか分からずに途方に暮れている。けれど、いくら問いかけても両翼ちゃんは口を閉ざしたまま、何かを話してくれる様子はない。


「……ユーカお嬢様? 何が、そんなにショックだったんですか?」

(ショック!? えっ? そんな風には見えなかったわよっ!?)


 両翼ちゃんをジーっと見つめていたララは、なぜかそんな一言を放つ。けれど、どうやらそれは的を射ていたらしい。両翼ちゃんは、そこで初めて視線を逸らす。


「ユーカお嬢様っ?」


 心配そうに両翼ちゃんを見つめるワタシ達。特に、リリは両翼ちゃんが心配でたまらないといった具合だ。と、そこで、両翼ちゃんはようやく口を開いた。


「(――――――――?)」


 何を言ったのかは分からないものの、それが分かるワタシ以外の三人はどうにも戸惑っている様子だ。


「い、いえ、さすがにそれはないと存じますが……」


 メアリーなどは、いつものにこやかな表情が崩れて、頬を引きつらせている。


(何を言われたのかしら?)


 物凄く気になる。そう思って、説明を求めるべく専属侍女達に視線を向けると、なぜか全員に視線を逸らされる。


「両翼ちゃんは、何を言ったの?」


 答えたくなさそうな彼女達を問い詰めるようなことはしたくない。けれど、今は聞かなければならないはずだ。


「その…………リドル様は、幼女趣味なのかと、聞かれました」

「……はっ?」


 それはいったいどういうことだろうか?

 思考が一時的に停止したワタシは、汚名返上のために慌てて口を開く。


「違うわよっ!? どうしてそうなったのかは知らないけれど、幼女趣味なんてないわっ! ワタシはレティ一筋よ!」


 あまりの興奮に、ワタシ自身の片翼の名前も出してしまったけれど、問題はないだろう。とにかく、幼女趣味なんていうとんでもない誤解を解く方が先だ。


「(――――――――)」

「あの? 何もおかしくはないと存じますが……?」

「(――――――――っ!)」

「「「はっ?」」」


 どうか誤解が解けてほしいと祈りながら、メアリーと交わす分からない会話を見守っていると、唐突に専属侍女の三人が声を上げて固まった。


「……今度は、どうしたの?」


 聞いても大丈夫なのか分からないものの、聞かなければどうしようもない。せめて、誤解が進んでいないことを必死に、今まで祈ったことなんてほとんどない神にまたしても祈っていると、何やら専属侍女達は互いに目配せし始める。


「(――――――――?)」

「……申し訳ございません。その通りです」

「(――――)」


 何やら挙動不審気味の専属侍女達に、ワタシはもう一度問いかける。


「ねぇ、何の話?」


 すると、メアリーが覚悟を決めたような表情でワタシを見上げてきた。


「十八です」

「はっ?」

「ユーカお嬢様の年齢は、十八だそうです」

「…………嘘だろ?」


 つい男に戻ってしまったワタシは、今までのやり取りを即座に振り返って、納得する。


「……つまりは、ドレスや小物類が明らかに子供向けなのを見て、幼女趣味だと誤解した?」

「はい」

「両翼ちゃんは、年齢を誤解されていることに気づいてなかった?」

「そのようです」


 淡々と答えるメアリーを前に、ワタシは情報不足の恐ろしさを思い知り、うなだれる。


「ごめんなさいね。ワタシ、両翼ちゃんのこと、せいぜい十歳くらいの子供だと思ってたのよ」

「(――――――?)」

「はい、わたくし達も同じです」


 ワタシと専属侍女達をそれぞれ見つめる両翼ちゃんは、きっと相当にショックだったのだろう。枕を抱き締めてうつむいたかと思えば、そのままじっと固まってしまう。


(作戦は失敗ね)


 せめて、最初に年齢を聞いておけばよかったものの、まさか身長が百五十センチもない彼女が、十八の大人だとは思わない。


(きっと、今まで食べられないことが多かったのね)


 その低すぎる身長から導き出された答えに、ワタシは胸が悪くなる。けれど、それをぶつける相手は今はまだ調査中でどうにもならない。


(今日のところは退散するしかないわね)


 動く様子のない両翼ちゃんを前に、悪いことをしてしまったと後悔しながら、そう決める。


(次は絶対、失敗しないわ)


 そう意気込むと、ワタシはもう一度両翼ちゃんに謝って、ドレスや小物を運び出してもらうのだった。
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