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第一章 出会い

第二十三話 心地よい目覚め?

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 久しぶりに悪夢を見なかった。いつもいつも、これでもかというくらい繰り返し見ていた悪夢は、今日に限っては全くなかった。それが嬉しくて、目をパッチリと開けた私は、直後、悲鳴を上げる。


「(キャアァァァァアッ!!)」


 ただし、声は出ていないけれど。

 悲鳴を上げた原因は、目の前でドアップになっている美青年の寝顔だった。翡翠色の髪をした彼は、ジークフリート様。私の恩人であり、中々に怖い表情ばかり浮かべている魔王様だ。


(び、びっくりした……何で、ここに居るの?)


 私は確か、昨日は猫と一緒に眠ったはずだった。それなのに、ここにジークフリート様が居るのはどういうことだろう。
 状況は理解できなかったものの、ひとまず離れようと体を動かす。けれど……。


(な、何で、ガッチリ抱き締められてるのっ!?)


 なぜか、私はジークフリート様の腕の中に居た。もう、何が何だが分からなくて泣きそうだ。


(うぅ、出られないよぉ)


 助けを呼ぼうにも、声は出ない。ベルを鳴らして誰かを呼ぶにしても、ガッチリと抱き締められたままでは手が届かない。

 悪戦苦闘の末、諦めるという選択肢を選ばざるを得ないことに気がついた私は、グッタリとしながらもがくことを止める。そうだ、これはとっても美形なジャガイモなんだと頭の中で繰り返し再生しながら。なお、『美形なジャガイモ』とは何ぞや、などの突っ込みは求めていない。私自身も分かっていないのだから。


(ほんとに、美形、だよなぁ……)


 落ち着きを取り戻した私にできることは、ジークフリート様という名の美形なジャガイモを眺めることくらい。抱き締められているという状況は心臓に悪いものの、相手が眠っているのだから今のところ害はないはずだ。


(でも、やっぱり顔が怖い)


 せめて、眉間のシワだけでもなくなれば随分と違うのにと思いながら、私はどうにか自由に動く範囲で手を伸ばし、その眉間のシワをグリグリと押してみる。


(あっ、安らかな寝顔になった)


 少しつつくだけで効果があったらしく、ジークフリート様の顔は凶器じみたものではなくなる。この顔ならば、きっと起きてきてもフラッシュバックを起こすほどではないだろう。

 自分が行った成果に満足して、私は指をそっと離す。けれど、その瞬間、ジークフリート様のサファイアの目がパッチリと開いた。


「……」

「(……)」


 お互い無言の数秒間。そして、ジークフリート様の顔はその間に赤くなって……青くなった。


「すっ……」

「(す?)」

「すまないぃっ!!」


 それだけ言うと、ジークフリート様はガバリと起き上がり、瞬く間に部屋から出ていった。


(…………何だったんだろう?)


 残された私は、ポカンと口を開けてジークフリート様が出ていった扉を見つめることしかできない。初めてジークフリート様を前に震えることもフラッシュバックを起こすこともなかったのだけれど、そのことを思うよりも、ジークフリート様の行動が謎過ぎて首をかしげることしかできない。


(……寝惚けて、部屋を間違えた、とか?)


 思い返してみれば、ここの扉はどこも似たり寄ったりで、特徴らしい特徴がない。もしかしたら、部屋を間違えた末にそのまま眠ってしまったのかもしれない。


(うん、これは事故だったってことにしておこう)


 本人も謝っていたのだから、蒸し返す必要もないだろう。釈然としないものを感じていても、お互いのために、ここは流すべきだ。


(ところで……にゃんこはどこ行っちゃったんだろう?)


 今はもう、ジークフリート様のことなんてどうでも良い。今、大切なのは、私の癒しにゃんこだ。


(ここにも居ない……)


 鎖はついていても、部屋の中くらいなら歩き回れる私は、机の下やベッドの下、チェストの上に、クローゼットの中まで念入りに捜していく。


(お風呂場にも居なかったし……もしかして、ララさん辺りが回収しちゃった、とか?)


 そうだとしたら、少し残念だ。どうせ朝から見るのであれば、美形のドアップよりも、ブサ可愛いにゃんこの方が良かった。


(また、連れてきてくれるかな?)


 にゃんこが居ないことを確認し終えた私は、ベッドの縁に腰掛けながら昨日のにゃんこのことを思う。


(ハッ、いけない。これじゃあ、気が緩み過ぎだっ)


 今は、監禁された上に拘束までされている状況だというのに、あのにゃんこ効果で私は随分と無警戒になってしまった気がする。


(いけない、いけない。ここは敵地、ここは敵地……)


 再度自分の中の認識を改めると、私はキッと顔を上げて……。

 キュルルゥゥゥ……。


(ま、まずは、朝御飯、だよね?)


 誰にも聞かれていないことに安堵しながら、いそいそとベルを鳴らすのだった。
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