上 下
8 / 173
第一章 出会い

第八話 夢と図書室

しおりを挟む
 リリさんとの謎過ぎる攻防が終わり、何となく疲れ果てた私は、ゴロンとベッドの上で横になる。サイドテーブルには、新たにベルが設けられ、それを鳴らせば専属侍女の誰かが来てくれるらしいものの、今はちょっと休みたい。
 家ではこんな贅沢な休みなんて取れなかったなと、ぼんやり記憶を掘り起こしていたのがいけなかったのだろうか。いつの間にか眠ってしまった私は、悪夢を見た。


「誰に育ててもらったと思ってるんだっ! さっさとしろっ!」

「お前なんか誰にも望まれてねぇんだよっ」

「うっわぁ、ちょっとアレ、何で汚物がこんなとこに居んの?」

「何? その目? ふざけんなよっ」

「クスクス、ずぶ濡れね。良い気味」


 家で、学校で、虐げられ、いじめられ続けた記憶が、声が、グルグルと巡る。黒い人影達に一方的に責められて、私はどんどん小さくなっていく。


(助けて)


 クスクス、クスクス。


(助けて、誰か)


 あはははっ、きゃはははっ。


(もう、苦しいのは、やだよぅ)


 酷く苦しく、辛い夢は、その後もしばらく続き、ようやく目が覚めた私は汗だくで、随分と呼吸も荒かった。


(ゆ、め……夢、か……)


 具体的な内容は、目が覚めた瞬間に分からなくなってしまったものの、その苦しさ、辛さだけは覚えている。きっと、家でのこと、学校でのことなのだろうと当たりをつけて、大きく息を吐く。


(……お風呂、入りたいなぁ)


 少し落ち着けば、汗で濡れた体が気持ち悪い。お風呂くらいなら自分一人で用意できるだろうと、私はノロノロと起き上がってお風呂場へと続く扉を開く。


(えーっと……どうすれば良いんだろう?)


 お風呂場に入ってみると、まず、蛇口が見当たらない。それだけなら、まだ、パネルで操作するタイプのお風呂かとも思えたけれど、そのパネルも見当たらない。あるのは、壁に埋め込まれたっぽい赤の石と青の石のみだった。


(これが、スイッチ、とか?)


 そう思って押してみるものの、手応えはない。押して使うものではないらしい。その後も色々と試してみるものの、どうにも使い方が分からなかった。


(……呼ぶしかなさそう)


 お風呂に入りたいのであれば、あのベルで誰かを呼ぶしかなさそうだった。私は、一人では何もできなかったことにうなだれながら部屋へと戻り、サイドテーブルにあるベルをチリンと鳴らす。


「失礼します」


 少し待てば、すぐにノック音とメアリーさんの声がして、私は少しだけ安心した。先程、リリさんとは色々あったため、今はメアリーさんが来てくれたことがありがたかった。


「どうなさいましたか? お嬢様?」


 そう呼ばれて、そろそろお嬢様呼びも改善したいなと考えながら、私はお風呂を使いたいことを告げる。


「かしこまりました。すぐに湯を張ります」

「(あ、あと、その、私の名前、桜夕夏です。夕夏って呼んでくれませんか?)」


 すぐにお風呂場へ行こうとしたメアリーさんを引き留めて、私はようやく名前を告げる。


「え、えぇと、『シャクラ・ユーカ』お嬢様、ですか?」

「(『しゃくら』じゃなくて、『さくら』、なんですけど……夕夏は発音が近いので、とりあえずそれで呼んでください)」

「かしこまりましたっ。ユーカお嬢様」

「(できれば、『お嬢様』はなしで)」

「それはできませんっ。ユーカお嬢様」

「(……どうしても、ですか?)」


 『お嬢様』呼びは慣れないため、どうにかして変えてもらおうと私はジーっとメアリーさんを見つめる。けれど、メアリーさんは無情だった。


「はい」

「(……分かりました)」


 大真面目に即答されては、私も引き下がらざるを得ない。そうして、お風呂を準備してもらって、いつの間にかララさんが着替えと香油を持ってきたことに戦慄しながら、入浴を終えるのだった。







「(メアリーさん、私、あの、何かしたいです)」


 生まれて初めて香油を体に塗られた私は、自分から漂う良い香りにしばらく慣れなかったものの、今は特に気にならないくらいまでになっていた。そして、手持ち無沙汰な私は、またあんな夢を見ては堪らないとばかりにメアリーさんへそっとお伺いを立てる。


「何か、とは? 暇を潰せるもの、ということでよろしいですか?」

「(えっと、できれば、メアリーさんみたいに働けたらなぁと)」


 何もしないでただ美味しい食事を与えられる現状は、正直落ち着かない。せめて、恩返しのために動きたい。けれど、私の言葉にメアリーさんはその美しい顔を歪ませる。


「ユーカお嬢様は働く必要などありませんよっ」


 勢い良くそう言われ、私はやっぱり、能力のない子供を雇いたいとは思わないかと納得する。


「(あ、あの、でしたら、本、とか……)」


 ならば、せめて勉強をしたい。この世界が何なのか、ここはどういったところなのかを。


「まぁっ、そういえば、本も何もございませんでしたねっ。かしこまりました。急いでご用意を……いえ、もしよろしければ、図書室へご案内致しましょうか?」

「(えっ? 良いんですか!?)」


 パチクリと瞬いた私は、予想外の言葉に勢い良く飛び付く。まさか、監禁されている状態で外に出られるとは思ってもみなかったのだ。


「えぇ、もちろん、許可を取ってからになりますが、気分転換にはなりますでしょう?」

「(っ、はいっ!)」


 私は普通にしていたつもりだったけれど、どうやら夢のせいで落ち込んでいることはバレバレだったらしい。それでも、この素晴らしい提案に、私は嬉しくなる。


「では、許可を取って参りますね。あぁ、それと、わたくしのことはメアリーとお呼びください。敬語も不要ですよ」

「(えっ、あっ、ですが……)」

「わたくし達はユーカお嬢様の専属侍女、使用人です。主にそうかしこまられると居心地が悪いのですよ」


 言い淀む私に、メアリーさんは諭すように説明する。


「(分かりま……分かった。よろしくね。メアリー)」


 正直、明らかに自分より年上のメアリーさんに敬語を使わないというのは私の居心地が悪いのだけれど、求められたのならば仕方ない。不用意に軋轢を生まないためには、相手に従う従順さも必要だ。……もちろん、危険な要求に従うつもりはないけれど。


「では、許可を取って参ります。許可が取れれば、ララとともに向かいましょうね」

「(はい、じゃなくて、うん)」


 香油を塗った後、気配を消して佇んでいたララさん。私は、失礼だけれど、まだそこに居るとは思わず、ララさんの姿に驚いて、少しだけビクッとしながらうなずく。

 退出するメアリーを見送りながら、私はまだ見ぬ知識の山に期待で胸を膨らませるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

幸せなのでお構いなく!

恋愛
侯爵令嬢ロリーナ=カラーには愛する婚約者グレン=シュタインがいる。だが、彼が愛しているのは天使と呼ばれる儚く美しい王女。 初対面の時からグレンに嫌われているロリーナは、このまま愛の無い結婚をして不幸な生活を送るよりも、最後に思い出を貰って婚約解消をすることにした。 ※なろうさんにも公開中

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

竜王の加護を持つ公爵令嬢は婚約破棄後、隣国の竜騎士達に溺愛される

海野すじこ
恋愛
この世界で、唯一竜王の加護を持つ公爵令嬢アンジェリーナは、婚約者である王太子から冷遇されていた。 王太子自らアンジェリーナを婚約者にと望んで結ばれた婚約だったはずなのに。 無理矢理王宮に呼び出され、住まわされ、実家に帰ることも許されず...。 冷遇されつつも一人耐えて来たアンジェリーナ。 ある日、宰相に呼び出され婚約破棄が成立した事が告げられる。そして、隣国の竜王国ベルーガへ行く事を命じられ隣国へと旅立つが...。 待っていたのは竜騎士達からの溺愛だった。 竜騎士と竜の加護を持つ公爵令嬢のラブストーリー。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

処理中です...