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01-元カレはクズ男
01-02
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「ごめん、亜希ちゃん」
花火大会のせいで少し混んでいたコンビニでチューハイやらツマミやらを買ったあと、私のアパートに上がったシンちゃんは、そう言って土下座した。
「わかってる。亜希ちゃんは洋平のことがまだ好きだって、わかってるから。だから、俺は亜希ちゃんに手出ししないし、何ならジュースだけ飲んで、すぐに帰るから」
チューハイを冷蔵庫に入れながら、「真面目だなぁ」と呟く。別に、私は気にしないのに。
「そもそも、亜希ちゃんは俺と付き合いたいなんて思ってないでしょ? 情緒が不安定だったから、きっと」
「誰が情緒不安定だー!」
酷い言われようだけど、まぁ間違ってはいない。情緒が不安定だったから、安定を求めた。間違ってはいない。
小さなテーブルに缶チューハイとツマミを置いて、シンちゃんを座らせる。
「シンちゃん、見てて」
私は紙袋を手に、洋平のものをポイポイと入れ始める。歯ブラシ、いらない。髭剃り、いらない。靴下、ボクサーパンツ、一緒に買ったTシャツ、一緒に買ったカップ、いらない、いらない。プレゼント……の、おもちゃの指輪もいらない。思い出も、何もかも、いらない。
「亜希ちゃん」
「ぜんぶ、いらない! もう、いらないの!」
「わかった、わかったから……!」
我ながら、情緒が不安定すぎる。シンちゃんはどうすればいいのかわからない、といった表情で私を見つめている。
そこは、強引にハグしてもいいところだと思うよ、シンちゃん。抱き寄せて落ち着かせてくれればいいのよ。
でも、シンちゃんは真面目で優しいから、そんなことはしない。洋平みたいに強引に抱きしめたりしない。
だから、スキンシップがほしい、なんて考えてしまう私がちょっと浅はかなのよね、きっと。洋平に毒されすぎたんだよね。
「洋平への気持ちが残っていても、俺は構わないから」
「いや、洋平への気持ちなんて、もうないのよ」
「えっ?」
「きれいサッパリ、終わったの。洋平のものも視界から消したし、あーすっきり!」
シンちゃんは何だか変なものを見たような視線を送ってくる。女という生物が、理解しがたいのかもしれない。
私はチューハイを二つ開け、シンちゃんに差し出す。
「お付き合い記念日、飲もう、飲もう」
「えっ、ほんとに俺でいいの?」
「うん。よろしくね、シンちゃん」
失恋記念日より、お付き合い記念日のほうがいい。絶対に。
シンちゃんとはサシで飲んだことはない。でも、バイト先の愚痴や大学の愚痴、家族や友達の話なんかで、話題は尽きることがない。
楽しくて、楽しくて、ついついお酒が進む。明日が土曜日で本当によかった。朝イチに講義があったら、絶対起きられないわ。
「俺さぁ、ずっと前から亜希ちゃんのことが気になってたんだよね。でも、友達の彼女になっちゃったからさぁ、手出しはできないなぁって。だから、早く別れたらいいのにとは思ってた」
「へぇ。シンちゃん、私のこと好きだったんだ?」
「内緒な」
「わかった、内緒ね」
下らないことで笑い合う。それがどんなに幸せなことか、私はよく知っている。
「亜希ちゃん、可愛い。めちゃくちゃ可愛い」
酔っ払ったシンちゃんは、こんな感じなんだ。私をじぃっと見つめてはヘラヘラっと笑い、「可愛い」を連呼する。私は至って普通の女子だから、言ってもらえて嬉しいけど、今はたぶん、シンちゃんのほうが可愛い。母性本能をくすぐられる的な意味で。
「俺の彼女、世界で一番可愛い」
洋平が一度もくれなかった言葉を、シンちゃんがくれる。胸が痛い。比べちゃいけないのに、さっきから勝手に比べて傷ついている。
私、欲しかったんだなぁ、優しい言葉が。私を認める言葉が。
シンちゃんはテーブルに突っ伏して寝始める。割とお酒には弱いみたいだ。知らなかった。今度から飲ませすぎないようにしなくちゃ。
缶やツマミの袋を片付けて、タオルケットをかけてあげる。シンちゃんは眠りながらだらしなく笑っている。
きっと、こういうのを幸せと言うのだろう。付き合い始めたばかりの彼氏から指一本触れられないことを、「大事にされている」と言うのだろう。
そう、大事にされている。
私は、大事にされたかった。
だから、これで――。
ガチャリ、と音がする。玄関のドアの向こうに、人の気配がある。
「……あ」
忘れていた。
洋平は、合鍵を持っているのだ。まだ返してもらっていなかった。
「よ、洋平……」
「おー」
眠そうな洋平がドアを開けて入ってきて、見慣れた靴とシンちゃんの姿を確認する。けれど、驚いた様子はない。洋平はただ、ニヤリと笑った。
「へぇ。もう晋太郎を連れ込んでるわけ?」
「ち、ちが」
「ふぅん。これ、俺の荷物? まとめてくれたんだ? 準備がいいねぇ」
「だから」
玄関のそばに置いてあった紙袋を、洋平は持ち帰ろうとする。私の『もう別れる』というメッセージに、返事すらしてくれないままに。
「洋平、私たち」
「別れるんだろ? いいよ、それで。じゃ」
「……それだけ?」
「ん? 他に何か言うことある?」
一年ありがとう、とか。楽しかった、とか。幸せになれよ、とか。ほら、あるじゃん。
浮気してごめん、とか。幸せにしてやれなくてごめん、とか。なんか、ほら、色々。
「……バカ」
色々あふれて、ぐしゃぐしゃだ。泣いたら、シンちゃんが起きてしまうのに。洋平の前で泣きたくなんてなかったのに。
「じゃ」ですまされるような関係だったなんて、そんな関係にすがっていたなんて、本当にバカみたい。
「……亜希」
洋平は面倒臭そうに私の名を呼んで、ぐいと私の腕を引く。そして、強引に唇を合わせてきた。
花火大会のせいで少し混んでいたコンビニでチューハイやらツマミやらを買ったあと、私のアパートに上がったシンちゃんは、そう言って土下座した。
「わかってる。亜希ちゃんは洋平のことがまだ好きだって、わかってるから。だから、俺は亜希ちゃんに手出ししないし、何ならジュースだけ飲んで、すぐに帰るから」
チューハイを冷蔵庫に入れながら、「真面目だなぁ」と呟く。別に、私は気にしないのに。
「そもそも、亜希ちゃんは俺と付き合いたいなんて思ってないでしょ? 情緒が不安定だったから、きっと」
「誰が情緒不安定だー!」
酷い言われようだけど、まぁ間違ってはいない。情緒が不安定だったから、安定を求めた。間違ってはいない。
小さなテーブルに缶チューハイとツマミを置いて、シンちゃんを座らせる。
「シンちゃん、見てて」
私は紙袋を手に、洋平のものをポイポイと入れ始める。歯ブラシ、いらない。髭剃り、いらない。靴下、ボクサーパンツ、一緒に買ったTシャツ、一緒に買ったカップ、いらない、いらない。プレゼント……の、おもちゃの指輪もいらない。思い出も、何もかも、いらない。
「亜希ちゃん」
「ぜんぶ、いらない! もう、いらないの!」
「わかった、わかったから……!」
我ながら、情緒が不安定すぎる。シンちゃんはどうすればいいのかわからない、といった表情で私を見つめている。
そこは、強引にハグしてもいいところだと思うよ、シンちゃん。抱き寄せて落ち着かせてくれればいいのよ。
でも、シンちゃんは真面目で優しいから、そんなことはしない。洋平みたいに強引に抱きしめたりしない。
だから、スキンシップがほしい、なんて考えてしまう私がちょっと浅はかなのよね、きっと。洋平に毒されすぎたんだよね。
「洋平への気持ちが残っていても、俺は構わないから」
「いや、洋平への気持ちなんて、もうないのよ」
「えっ?」
「きれいサッパリ、終わったの。洋平のものも視界から消したし、あーすっきり!」
シンちゃんは何だか変なものを見たような視線を送ってくる。女という生物が、理解しがたいのかもしれない。
私はチューハイを二つ開け、シンちゃんに差し出す。
「お付き合い記念日、飲もう、飲もう」
「えっ、ほんとに俺でいいの?」
「うん。よろしくね、シンちゃん」
失恋記念日より、お付き合い記念日のほうがいい。絶対に。
シンちゃんとはサシで飲んだことはない。でも、バイト先の愚痴や大学の愚痴、家族や友達の話なんかで、話題は尽きることがない。
楽しくて、楽しくて、ついついお酒が進む。明日が土曜日で本当によかった。朝イチに講義があったら、絶対起きられないわ。
「俺さぁ、ずっと前から亜希ちゃんのことが気になってたんだよね。でも、友達の彼女になっちゃったからさぁ、手出しはできないなぁって。だから、早く別れたらいいのにとは思ってた」
「へぇ。シンちゃん、私のこと好きだったんだ?」
「内緒な」
「わかった、内緒ね」
下らないことで笑い合う。それがどんなに幸せなことか、私はよく知っている。
「亜希ちゃん、可愛い。めちゃくちゃ可愛い」
酔っ払ったシンちゃんは、こんな感じなんだ。私をじぃっと見つめてはヘラヘラっと笑い、「可愛い」を連呼する。私は至って普通の女子だから、言ってもらえて嬉しいけど、今はたぶん、シンちゃんのほうが可愛い。母性本能をくすぐられる的な意味で。
「俺の彼女、世界で一番可愛い」
洋平が一度もくれなかった言葉を、シンちゃんがくれる。胸が痛い。比べちゃいけないのに、さっきから勝手に比べて傷ついている。
私、欲しかったんだなぁ、優しい言葉が。私を認める言葉が。
シンちゃんはテーブルに突っ伏して寝始める。割とお酒には弱いみたいだ。知らなかった。今度から飲ませすぎないようにしなくちゃ。
缶やツマミの袋を片付けて、タオルケットをかけてあげる。シンちゃんは眠りながらだらしなく笑っている。
きっと、こういうのを幸せと言うのだろう。付き合い始めたばかりの彼氏から指一本触れられないことを、「大事にされている」と言うのだろう。
そう、大事にされている。
私は、大事にされたかった。
だから、これで――。
ガチャリ、と音がする。玄関のドアの向こうに、人の気配がある。
「……あ」
忘れていた。
洋平は、合鍵を持っているのだ。まだ返してもらっていなかった。
「よ、洋平……」
「おー」
眠そうな洋平がドアを開けて入ってきて、見慣れた靴とシンちゃんの姿を確認する。けれど、驚いた様子はない。洋平はただ、ニヤリと笑った。
「へぇ。もう晋太郎を連れ込んでるわけ?」
「ち、ちが」
「ふぅん。これ、俺の荷物? まとめてくれたんだ? 準備がいいねぇ」
「だから」
玄関のそばに置いてあった紙袋を、洋平は持ち帰ろうとする。私の『もう別れる』というメッセージに、返事すらしてくれないままに。
「洋平、私たち」
「別れるんだろ? いいよ、それで。じゃ」
「……それだけ?」
「ん? 他に何か言うことある?」
一年ありがとう、とか。楽しかった、とか。幸せになれよ、とか。ほら、あるじゃん。
浮気してごめん、とか。幸せにしてやれなくてごめん、とか。なんか、ほら、色々。
「……バカ」
色々あふれて、ぐしゃぐしゃだ。泣いたら、シンちゃんが起きてしまうのに。洋平の前で泣きたくなんてなかったのに。
「じゃ」ですまされるような関係だったなんて、そんな関係にすがっていたなんて、本当にバカみたい。
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