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022.

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 二十年前、国王は招かれた先のコレモンテ伯爵領で黒髪の魔女に出会い、恋をする。当時は王妃を含む三妃に子どもが生まれてから少したち、貴族たちから子どもを望まれていた時期だったということで、国王にとっては単なる息抜きの恋だった。
 ただ、相手の黒髪の魔女には、恋人の緋色の魔獣がいた。しかも、緋色の魔獣は自分とは血の繋がっていない魔女の子を育てている最中だった。

 そんな浮ついた火遊びの中、魔女が国王を唆す。曰く、「自分の子どもには人間の血が色濃く出ているため、『魔境』よりも人間の里で暮らすほうが適している」と。
「子どものため」なのか、「子どもが邪魔」だったのか魔女の本心は不明だが、国王は既に魔女に骨抜きにされていたため彼女の言葉を疑うことはない。子煩悩だった緋色の魔獣には知らせないままに、国王は魔女の子を隠してしまう。
 緋色の魔獣は半狂乱になって、愛する魔女の子を探した。しかし、国内をくまなく探すが見つからない。隣国へ向かっても見つからない。探せども探せども見つからない。その間、国王と魔女は夜毎仲を深めている。子どもなど、最初からいなかったかのように。
 絶望した緋色の魔獣は、怒り、嘆き、恨み、国王に魔法をかけた。そうして、失意のままに『魔境』へと戻っていった。

 魔女との短い恋が終わると、国王は王都に戻る。浮ついた心があったことを三妃に打ち明け、許しを乞い、三人は呆れながらも国王を受け入れた。
 緋色の魔獣がかけた「魔法」は、王妃が出産するときに明るみになった。王妃が産んだ第四王子は、夜になると子犬の姿に変わったのだ。
 夜が明けると人間に戻る赤子。一時は王妃と魔の者との交わりが疑われたものの、魔の者の魔法を受けたのは国王であると識者から告げられた。子どもを奪われた緋色の魔獣は、国王の子どもが昼夜で性質が転ずるという魔法をかけたのだ。
 その性質変化を「呪い」だと捉えてしまった王妃は、王子を別邸へと遠ざけ、口が堅く信用できる者たちだけに世話を任せることにした。現実を受け入れられなかったのだ。
 王妃から少し遅れて第二妃が産んだ第五王子は、昼は女、夜は男になるという性質を持っていた。動物好きな第二妃は「もう一人!」と国王にねだり、昼は猫になる第三王女を産む。二人の妃の子を目の当たりにした第三妃は、三人目を諦めた。
 そうして、呪いのことは王家の秘密となったのだ。

「つまり、ジラルド王子も?」
「そうだね。ジラルドは夜になると犬になるんだ」
「エミリーに懐いていた大きな犬、あれがお兄様よ」

 ルーチェは星の別邸に隠されていた秘密をようやく知る。星の別邸は、末の三人の王子王女は王家の秘密そのものだったのだ。

「フィオ王子が病弱だというのは、嘘ですよね?」
「もちろん。僕はアデリーナの代わりに公務を行なっているからね。公務がないときは騎士たちと剣の稽古をしているし、まぁ元気そのものだよ」
「わたくしは夜に書類の処理を行なっているの。おかげで昼間は眠くて仕方がないわ」

 昼は眠ってばかりのアディを思い出し、ルーチェは微笑む。フィオが淹れた香茶はすっかり冷めてしまった。

「ルーチェ、一つお願いがあるんだ。昼間の僕はリーナ、夜はフィオと呼んでくれないかな。もちろん、敬称はいらないから」
「わたくしはアディとアデリーナで構わなくてよ」
「かしこまりました。そのようにお呼びいたします」
「堅苦しいのはナシと言ったでしょ」

 フィオがバチンとウインクをする。それが「リーナ」っぽくてルーチェはたまらなくおかしい気分になる。

「それで、その、呪いはどうすれば解けるのかな? 真実の愛では解けないようだけれど」
「そう。おとぎ話ではないから、真実の愛では呪いを解くことができない。おそらく、緋色の魔獣の前に黒髪の魔女の子を連れて行くべきなんだとは、思う」

 そこで、フィオはチラリとアデリーナを見やる。アデリーナは澄ました顔で香茶を飲んでいる。

「――思うけど、協力してはもらえないんだよ」
「ええ。わたくしは呪いを解きたくないの。だって、特に不自由を感じないんですもの」
「僕はこんなに不自由しているのに……!」
「うふふ。ありがたいことに、お兄様のおかげで『アデリーナ王女』の評判は大変良いですから。わたくしはずっと猫でも構わないのです」

 アデリーナの発言に、フィオはムッスリと唇を結ぶ。兄妹の間にも、呪いに対する考え方に温度差があるようだ。

「ジラルド王子はどうお考えなの?」
「彼も自由だからね。好きな人や恋人、婚約者ができれば呪いを解きたくなるかもしれないとは思っているけれど、今はまだ」
「わたくし、結婚は諦めていますから。末永く仲良く暮らしましょうね、ルーチェ」

 つまり、呪いを解きたいのはフィオだけ。他の二人は現状で満足しているということだ。ロゼッタの言葉を借りると、ジラルドとアデリーナは「魔法」にかかり、「呪い」にかかっているのはフィオだけなのだ。

「アデリーナが結婚を諦めているのはなぜ?」
「だって、こんな王女、嫌でしょう?」
「私は別に嫌だとは感じなかったよ、フィオがリーナでも」
「ルーチェ……!」

 フィオは感激している様子だ。確かに二人が同一人物であることに驚きはしたが、別に嫌な気分にはならなかった。それがルーチェの本心だ。

「それはルーチェが特別だからよ。あなたは女なのに男装をしていたんだもの。何かを偽っているのは、わたくしたちと同じなの」
「何かを偽っている人となら、価値観を共有できるということ? でも、ヴァレリオは嘘のない――」

 ガシャンとカップが揺れる。アデリーナは無言で立ち上がり、扉へと向かう。気分を害しただろうかとルーチェは慌てたが、彼女の顔が真っ赤になっているのが見えて、色々と納得する。

「ヴァレリオはまだアデリーナのことを想い続けているよ! 今度、茶会か夜会に招待してくれって!」
「ごごごきげんよう!」

 バタン、と扉が閉まる。おそらく、顔を真っ赤にしたアデリーナが、ディーノに「いかがいたしましたか?」などと聞かれているだろう。

 ――アデリーナは、猫じゃなくても可愛いんだなぁ。

 ヴァレリオが脈なしではないことに驚きつつも、ルーチェは何だか嬉しくなる。

「ヴァレリオ? ラルゴーゾラ侯爵家の?」
「そう。ずっと昔に、ヴァレリオがアデリーナと将来の愛を誓い合ったんだって。夜だと言っていたから、アデリーナじゃないかな」
「そうだね、アデリーナだろうね。僕の記憶にはないから。……ところで、ヴァレリオとはいつ会ったの?」
「ついこの間……」

 いつの間にか、フィオがルーチェの隣に座っている。大きなソファに、腰が深く沈む。フィオの手がルーチェに伸び、そっと頬に触れる。常磐色の瞳が、ゆっくりと近づいてくる。

「フィ、オ?」
「気づいているとは思うけれど、僕は意外と欲深くて、あなたに近づく男には嫉妬してしまうみたいなんだ」
「ヴァレリオは友達だし、コルヴォ様は女だよ?」
「うん、それでも」

 絶世の美男子の顔が迫ってくるため、ルーチェは後退る。しかし、ソファは大きくとも、逃げられる余地はない。背中がずるりと滑り、フィオの腕の檻に捕らわれる。

「可愛いルーチェを独占したいと思ってはいけないかな?」
「かわっ……!?」
「僕は、ルーチェが想像している以上に、あなたのことが好きだよ」

 ルーチェは動揺しながらも、フィオの腕が震え、耳が真っ赤になっていることに気づく。国王に謁見するときと同じで緊張しているのだ。
 震える唇が、何かを言いかけて、固く結ばれる。婚約者が何を言おうとしたのかルーチェはすぐに気づく。

 ――「ルーチェは?」ってことなんだろうな。だとしたら、答えは決まっている。

「私も、好き」

 ルーチェはフィオの首の後ろに手を伸ばす。そうして、ぎゅうと彼を抱き寄せる。リーナの柔らかな体とは違い、筋肉質な男の人の体だ。しかし、暖かさは変わらない。

「……ごめん、不安だったんだ」
「うん、知ってる」
「ずっと怖かった……ありがとう、ルーチェ」

 その気持ちは、ルーチェにもよくわかる。本当の自分をさらけ出すのには、かなりの勇気が必要なのだ。

「早く呪いが解けたらいいのに……」

 宛のない願い事を呟くフィオに、ルーチェは「そうだね」と微笑む。

 ――別に呪いが解けなくても、私は構わないんだけどな。

 その言葉は、まだ胸のうちにしまっておくことにした。


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