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三章 ○○ハッピーエンド
037.【サフィール】幸福な結末
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――あぁ、もう、どうして、こんな日に限って!
サフィールは肩で風を切りながら、走る。すれ違う使用人たちは誰も、廊下を走る王子のことを咎めたりはしない。
「王子殿下、こちらですっ」
遠くから声をかけられて振り向くと、廊下の端のほうに義弟の姿がある。サフィールは慌てて踵を返し、そちらのほうへと駆けていく。
「お久しぶりです、兄上」
「レナルド、アレクサンドラは?」
「王子妃に付き添っております」
レナルドの腕には、ぷっくりと頬が膨れた可愛らしい男児が抱かれている。アレクサンドラが出産したのは半年ほど前だ。使用人に子どもを預けても構わない立場であるのに、レナルドは自らがいつも抱いて世話をしているらしい。これほどまでに彼が子煩悩になるとは、誰も予想していなかったものだ。
「可愛いな」
「でしょう!? いやぁ、我が子がこんなにも可愛いとは! まるで白い雪のようにすべすべの肌で!」
「白雪、というあだ名をつけるのだけはやめておけよ」
「ええっ、ダメですか?」
「アレクサンドラを失いたくなければ、やめておけ」
愛妻家でもあるレナルドは、すぐに「やめておきます」と頷く。物分りのいい男で助かる、とサフィールは笑う。
「イザベルは?」
「姉上はもう少し時間がかかりそうです。何しろ、お住まいが遠いので」
「仕方ない。国境に嫁いでいったのだから」
アレクサンドラの継姉イザベルは、フランペル王国の国境へと嫁いでいった。正確に言うと、国境にある森に棲む、獣のような大男の妻になったのだ。
イザベルは野性味あふれる彼のことを大層気に入り、領主と夫を引き合わせ、領民たちともうまくやっていると聞いている。ジョゼに届く手紙には、いつも楽しそうに暮らしている様子が書かれている。実際、持ち前の天真爛漫さで、周りの皆を虜にしていることだろう。
廊下を走り、階段を上り、ようやく目的の部屋へとたどり着く。あたりはそこまで騒がしくない。
「あぁ、王子殿下、我が妻に『あまり無理をするな』とお伝え願えませんか? 私は入室できませんので」
「わかった。無理をするな、と伝えればいいんだな?」
「はい。なにぶん、身重の体なので」
レナルドの言葉に、サフィールは目を丸くする。照れる義弟の肩をポンとたたき、「おめでとう」と祝福の言葉を贈る。心からの言葉だ。二人ならもう大丈夫だろう。
入室すると、ロベール伯爵夫人の姿と、その継娘アレクサンドラの姿が目に入る。「王子殿下」と立ち上がったアレクサンドラの腹は、確かに少し出ているようだ。
「どうだ?」
「あと少しだそうで、わたくしたちは外に出されてしまいました」
「いくら家族であっても、邪魔になってはいけませんから」
そうか、と呟いて、サフィールはレナルドの伝言をアレクサンドラに伝える。彼女は「姉の一大事ですもの」と言い退室することはない。無理ではないのなら、とサフィールも彼女を追い出すことはない。
そんなとき、ふぎゃあともへええともつかない、猫の鳴き声のような音が隣室から聞こえてきた。瞬間、夫人とアレクサンドラはパァと顔を輝かせて「おめでとうございます」と笑う。
「ジョゼ!?」
二人に礼も言わぬままに、サフィールは隣室の扉を開ける。湯の熱気と、血の臭いに一瞬圧倒されるものの、サフィールは奥へと走る。
「ジョゼ! ジョゼ、大丈夫か!?」
広い寝台の上で、ぐったりとしている妻を見つける。そばにいた医師の「大丈夫ですよ」という返答にホッと胸を撫で下ろす。
「ジョゼ、ありがとう」
「サフ……?」
サフィールはジョゼの汗を拭ってやる。ジョゼはぐったりとしたまま微笑み、手を伸ばす。
「サフ、赤ちゃんは? 赤ちゃんは、無事?」
ところどころ血のついたエプロンを着た女が、ふにゃあと泣く小さな赤ん坊を抱いてやってくる。どうやら、湯を使って体を清めていたようだ。
「ご無事ですよ。ほら、可愛い可愛い男の子でございます」
「おめでとうございます」
あちこちで拍手が起こる。ジョゼはぼろぼろと涙を流し、サフィールは女から小さな命を受け取る。猿のような姿で、猫のような声で、幸福の象徴は産声をあげる。
「ジョゼ、生まれたぞ。俺たちの子だ」
「うん、うん……赤ちゃん……サフが、お父さんに……」
「そうだ、ジョゼが俺を父親にしてくれたんだ」
サフィールが涙をこらえながら子どもを抱いている姿を見て、ジョゼはさらに涙を流す。
「なんて綺麗な髪の色なんでしょう」
サフィールから赤ん坊を受け取った女たちが、体を清めながら口々に告げる。
「王子殿下に似た黒い髪かと思いましたら、何とも美しい銀髪でございます」
「生まれついての美貌。将来が楽しみでございますねぇ」
目を丸くするジョゼに、サフィールは微笑む。
「聖母神様は、ジョゼとの約束を違えなかったということだろうな」
「あぁ、サフ……聖母神様が、返してくださったのね、家族を」
二人は抱き合い、涙を流しながら笑い合うのだった。
……二人は生まれた赤ん坊にアルジャンと名づけました。そして、家族皆で、幸せに暮らしたのでした。
もちろん、アレクサンドラとレナルド、イザベルと野獣のような夫も、とっても幸せに暮らしました。
……たぶん。
聖母神の気まぐれや、アレクサンドラの不満で、また繰り返しになるかもしれません。
それでも、サフィールとジョゼはまた、同じように幸福な結末を探すことでしょう。何度失敗しても、何度不幸な結末を迎えても、きっと大丈夫です。
二人は、幸福な結末の探し方を、覚えたのですから。
了
読了ありがとうございました。
(R18版、番外編などは希望がありましたら……)
サフィールは肩で風を切りながら、走る。すれ違う使用人たちは誰も、廊下を走る王子のことを咎めたりはしない。
「王子殿下、こちらですっ」
遠くから声をかけられて振り向くと、廊下の端のほうに義弟の姿がある。サフィールは慌てて踵を返し、そちらのほうへと駆けていく。
「お久しぶりです、兄上」
「レナルド、アレクサンドラは?」
「王子妃に付き添っております」
レナルドの腕には、ぷっくりと頬が膨れた可愛らしい男児が抱かれている。アレクサンドラが出産したのは半年ほど前だ。使用人に子どもを預けても構わない立場であるのに、レナルドは自らがいつも抱いて世話をしているらしい。これほどまでに彼が子煩悩になるとは、誰も予想していなかったものだ。
「可愛いな」
「でしょう!? いやぁ、我が子がこんなにも可愛いとは! まるで白い雪のようにすべすべの肌で!」
「白雪、というあだ名をつけるのだけはやめておけよ」
「ええっ、ダメですか?」
「アレクサンドラを失いたくなければ、やめておけ」
愛妻家でもあるレナルドは、すぐに「やめておきます」と頷く。物分りのいい男で助かる、とサフィールは笑う。
「イザベルは?」
「姉上はもう少し時間がかかりそうです。何しろ、お住まいが遠いので」
「仕方ない。国境に嫁いでいったのだから」
アレクサンドラの継姉イザベルは、フランペル王国の国境へと嫁いでいった。正確に言うと、国境にある森に棲む、獣のような大男の妻になったのだ。
イザベルは野性味あふれる彼のことを大層気に入り、領主と夫を引き合わせ、領民たちともうまくやっていると聞いている。ジョゼに届く手紙には、いつも楽しそうに暮らしている様子が書かれている。実際、持ち前の天真爛漫さで、周りの皆を虜にしていることだろう。
廊下を走り、階段を上り、ようやく目的の部屋へとたどり着く。あたりはそこまで騒がしくない。
「あぁ、王子殿下、我が妻に『あまり無理をするな』とお伝え願えませんか? 私は入室できませんので」
「わかった。無理をするな、と伝えればいいんだな?」
「はい。なにぶん、身重の体なので」
レナルドの言葉に、サフィールは目を丸くする。照れる義弟の肩をポンとたたき、「おめでとう」と祝福の言葉を贈る。心からの言葉だ。二人ならもう大丈夫だろう。
入室すると、ロベール伯爵夫人の姿と、その継娘アレクサンドラの姿が目に入る。「王子殿下」と立ち上がったアレクサンドラの腹は、確かに少し出ているようだ。
「どうだ?」
「あと少しだそうで、わたくしたちは外に出されてしまいました」
「いくら家族であっても、邪魔になってはいけませんから」
そうか、と呟いて、サフィールはレナルドの伝言をアレクサンドラに伝える。彼女は「姉の一大事ですもの」と言い退室することはない。無理ではないのなら、とサフィールも彼女を追い出すことはない。
そんなとき、ふぎゃあともへええともつかない、猫の鳴き声のような音が隣室から聞こえてきた。瞬間、夫人とアレクサンドラはパァと顔を輝かせて「おめでとうございます」と笑う。
「ジョゼ!?」
二人に礼も言わぬままに、サフィールは隣室の扉を開ける。湯の熱気と、血の臭いに一瞬圧倒されるものの、サフィールは奥へと走る。
「ジョゼ! ジョゼ、大丈夫か!?」
広い寝台の上で、ぐったりとしている妻を見つける。そばにいた医師の「大丈夫ですよ」という返答にホッと胸を撫で下ろす。
「ジョゼ、ありがとう」
「サフ……?」
サフィールはジョゼの汗を拭ってやる。ジョゼはぐったりとしたまま微笑み、手を伸ばす。
「サフ、赤ちゃんは? 赤ちゃんは、無事?」
ところどころ血のついたエプロンを着た女が、ふにゃあと泣く小さな赤ん坊を抱いてやってくる。どうやら、湯を使って体を清めていたようだ。
「ご無事ですよ。ほら、可愛い可愛い男の子でございます」
「おめでとうございます」
あちこちで拍手が起こる。ジョゼはぼろぼろと涙を流し、サフィールは女から小さな命を受け取る。猿のような姿で、猫のような声で、幸福の象徴は産声をあげる。
「ジョゼ、生まれたぞ。俺たちの子だ」
「うん、うん……赤ちゃん……サフが、お父さんに……」
「そうだ、ジョゼが俺を父親にしてくれたんだ」
サフィールが涙をこらえながら子どもを抱いている姿を見て、ジョゼはさらに涙を流す。
「なんて綺麗な髪の色なんでしょう」
サフィールから赤ん坊を受け取った女たちが、体を清めながら口々に告げる。
「王子殿下に似た黒い髪かと思いましたら、何とも美しい銀髪でございます」
「生まれついての美貌。将来が楽しみでございますねぇ」
目を丸くするジョゼに、サフィールは微笑む。
「聖母神様は、ジョゼとの約束を違えなかったということだろうな」
「あぁ、サフ……聖母神様が、返してくださったのね、家族を」
二人は抱き合い、涙を流しながら笑い合うのだった。
……二人は生まれた赤ん坊にアルジャンと名づけました。そして、家族皆で、幸せに暮らしたのでした。
もちろん、アレクサンドラとレナルド、イザベルと野獣のような夫も、とっても幸せに暮らしました。
……たぶん。
聖母神の気まぐれや、アレクサンドラの不満で、また繰り返しになるかもしれません。
それでも、サフィールとジョゼはまた、同じように幸福な結末を探すことでしょう。何度失敗しても、何度不幸な結末を迎えても、きっと大丈夫です。
二人は、幸福な結末の探し方を、覚えたのですから。
了
読了ありがとうございました。
(R18版、番外編などは希望がありましたら……)
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