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一章 ジョゼフィーヌ○○エンド
012.いつもと違う、婚約
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「す、少し、待って、ほしいの」
「なぜ?」
「だって、サフは幸福な結末を迎えたいだけでしょう?」
「それは当然のことではないか」
「じゃあ、別に、わたくしではなくても」
――そうよ。きっと、幸福な一生を手に入れたいがために、サフは手当たり次第に声をかけているのではないかしら。
「いや、ジョゼがいい」
「不幸になるかもしれないわ」
「構わない。それでも、ジョゼがいい」
ジョゼは初めて恐怖を感ずる。
サフィールと結婚したとしても、互いが幸福になるとは限らない。「幸福であらねば」と気を張りながら生きていくことは、果たして幸福なのだろうか。
そして、一度でも結婚をしてしまうと、やはり情が芽生えてしまう。アルジャンに感じたときめきは、おそらく、幸福だったときの記憶のせいだ。
「だって、サフとの結婚が不幸な結末だったとしたら、次のときにどういう顔で……どうやって接すればいいの?」
「それは」
「お互いを深くに愛してしまって、それでも不幸な結婚だったとしたら? わたくしの記憶の中に、心の中に、ずっとサフが残り続けるのだとしたら?」
ジョゼの肩が、手が、声までもが、震える。
「わたくしは、次の人生で、あなたと結婚する人に嫉妬してしまうかもしれないわ。そうなると、わたくしの結婚は、ずっと不幸なままで終わってしまう」
「ジョゼ……」
「わたくしには、そんな覚悟はできないの。怖くて怖くて、震えてしまう」
「そんなことを考えていたのか」
――わたくしはそんなことばかり考えているわ。サフは違うというの?
同じように記憶を持ち合わせていても、サフィールの考え方は違うらしい。その事実にジョゼは絶望する。
「俺は、想像したことすらなかった。『真に愛する者』がジョゼなのかもしれないと思った瞬間から、もうジョゼを手に入れることしか考えていなかった」
「わたくしたちが普通なら、それで構わないでしょう。けれど、わたくしたちは、普通ではないの」
「すまない、ジョゼ。俺は、この結婚の結末がどうなっても構わない。それでも、きみのそばにいたい」
サフィールがジョゼを抱きしめる。彼の行動も、言葉も、ジョゼは拒絶することができない。
「ジョゼが覚悟できないと言うのなら、俺が覚悟をしよう。今からずっと、ジョゼを愛し続けると、愛し抜くと、聖母神様に誓う」
「サフ……」
「どんな結末になっても、俺はジョゼを諦めない。何度不幸になったとしても、きみと幸福な結末を探したい」
「あぁ、サフ……!」
ジョゼもぎゅうとサフィールを抱きしめる。
誰かから、そう言ってもらいたかったのかもしれない。幸福な結末ではないかもしれないが、それでもあなたを愛したい、と。
「ジョゼ、もうアルジャンに返事をした?」
「……いえ。そもそも、アルからは求婚されていないんだもの」
「は? 求婚していない!? それなのに、あいつはキスをしたのか!?」
「キスもしていないわよ」
サフィールは「嘘だろ、てっきり、俺」と顔を真っ赤にしてジョゼを強く抱きしめる。どうやら勝手に勘違いをして突っ走っていたらしい。
「ジョゼ、好きだ。俺と結婚してほしい」
ようやく、ジョゼは覚悟を決めた。それを伝えるための言葉は、一つしかない。
「ええ、結婚しましょう」
サフィールの濃い藍色の瞳が近づく。ジョゼは瞳を閉じ、柔らかく熱い唇を受け入れる。待ち受ける結末が輝かしいものであるものと、信じながら。
「お姉様、何かいいことがあったのでしょう?」
イザベルがニコニコしながらジョゼを見つめる。鼻歌を歌いながら菓子を作っているのは、大変珍しいことだったらしい。
「今日、お父様が国王陛下に呼ばれていることと何か関係がある?」
「うふふ、そうねぇ」
杏のシロップ漬けをつまみ食いしていたアレクサンドラが、慌てて顔を上げる。
「まさか……ジョゼお姉様、結婚なさるの?」
「国王陛下直々に? 国外の貴族の方かしら?」
「ふふ、どうかしら」
シロップと玉子などを混ぜ合わせ、粉をふるいながら、ジョゼは微笑む。
国王が父ロベール伯爵を王宮に招いたということは、サフィールとジョゼの結婚を国王が許したということだ。それを、ロベール伯爵にも認めるように伝えるための招聘だ。
義理の娘が第一王子の妃となるのだから、伯爵は喜ぶことだろう。ロベール伯爵家は王家の親族となるのだから。
「ジョゼお姉様が結婚するなんて嫌よ。わたし、もっとお姉様たちと一緒にいたいのに」
「サンドラったら。十五にもなるのにお姉様にべったりだと、社交界デビューをしたあとの茶会や夜会で笑われてしまうわよ。お姉様は十九歳なのだから、結婚適齢期なの。いつ結婚してもおかしくはないのよ」
イザベルがアレクサンドラを諭している。それでも、末娘は「嫌だ、嫌だ」と繰り返す。
「そんなこと言ったって仕方がないの。結婚したあとでも、三姉妹で仲良くすればいいじゃないの」
「でも、ベルお姉様。それでは、ずっと一緒にはいられないでしょう? ジョゼお姉様やベルお姉様が国外へ嫁いでいってしまったら、すぐに会うことすらできなくなってしまう……!」
「まあ。わたしたちとずっと一緒にいたいの? 可愛いことを言うのねぇ、サンドラったら」
妹たちの戯れは、何とも可愛らしいものだ。ジョゼは焼き型に生地を流し込みながら、微笑む。
「もっとお姉様たちと出会うのが早ければよかったんだわ」
「そうねぇ。伯爵とお母様の再婚が早ければ、もっと長く一緒に過ごせるわねぇ」
かまどの火加減を見ながら、ジョゼはただ、杏のケーキを美味しそうに頬張るサフィールの顔だけを思い出していた。
――結婚する前が一番幸せなのかもしれないわね。
いずれ不幸が訪れるにしても、この時間だけはとても幸せだったのだ。とても。
「なぜ?」
「だって、サフは幸福な結末を迎えたいだけでしょう?」
「それは当然のことではないか」
「じゃあ、別に、わたくしではなくても」
――そうよ。きっと、幸福な一生を手に入れたいがために、サフは手当たり次第に声をかけているのではないかしら。
「いや、ジョゼがいい」
「不幸になるかもしれないわ」
「構わない。それでも、ジョゼがいい」
ジョゼは初めて恐怖を感ずる。
サフィールと結婚したとしても、互いが幸福になるとは限らない。「幸福であらねば」と気を張りながら生きていくことは、果たして幸福なのだろうか。
そして、一度でも結婚をしてしまうと、やはり情が芽生えてしまう。アルジャンに感じたときめきは、おそらく、幸福だったときの記憶のせいだ。
「だって、サフとの結婚が不幸な結末だったとしたら、次のときにどういう顔で……どうやって接すればいいの?」
「それは」
「お互いを深くに愛してしまって、それでも不幸な結婚だったとしたら? わたくしの記憶の中に、心の中に、ずっとサフが残り続けるのだとしたら?」
ジョゼの肩が、手が、声までもが、震える。
「わたくしは、次の人生で、あなたと結婚する人に嫉妬してしまうかもしれないわ。そうなると、わたくしの結婚は、ずっと不幸なままで終わってしまう」
「ジョゼ……」
「わたくしには、そんな覚悟はできないの。怖くて怖くて、震えてしまう」
「そんなことを考えていたのか」
――わたくしはそんなことばかり考えているわ。サフは違うというの?
同じように記憶を持ち合わせていても、サフィールの考え方は違うらしい。その事実にジョゼは絶望する。
「俺は、想像したことすらなかった。『真に愛する者』がジョゼなのかもしれないと思った瞬間から、もうジョゼを手に入れることしか考えていなかった」
「わたくしたちが普通なら、それで構わないでしょう。けれど、わたくしたちは、普通ではないの」
「すまない、ジョゼ。俺は、この結婚の結末がどうなっても構わない。それでも、きみのそばにいたい」
サフィールがジョゼを抱きしめる。彼の行動も、言葉も、ジョゼは拒絶することができない。
「ジョゼが覚悟できないと言うのなら、俺が覚悟をしよう。今からずっと、ジョゼを愛し続けると、愛し抜くと、聖母神様に誓う」
「サフ……」
「どんな結末になっても、俺はジョゼを諦めない。何度不幸になったとしても、きみと幸福な結末を探したい」
「あぁ、サフ……!」
ジョゼもぎゅうとサフィールを抱きしめる。
誰かから、そう言ってもらいたかったのかもしれない。幸福な結末ではないかもしれないが、それでもあなたを愛したい、と。
「ジョゼ、もうアルジャンに返事をした?」
「……いえ。そもそも、アルからは求婚されていないんだもの」
「は? 求婚していない!? それなのに、あいつはキスをしたのか!?」
「キスもしていないわよ」
サフィールは「嘘だろ、てっきり、俺」と顔を真っ赤にしてジョゼを強く抱きしめる。どうやら勝手に勘違いをして突っ走っていたらしい。
「ジョゼ、好きだ。俺と結婚してほしい」
ようやく、ジョゼは覚悟を決めた。それを伝えるための言葉は、一つしかない。
「ええ、結婚しましょう」
サフィールの濃い藍色の瞳が近づく。ジョゼは瞳を閉じ、柔らかく熱い唇を受け入れる。待ち受ける結末が輝かしいものであるものと、信じながら。
「お姉様、何かいいことがあったのでしょう?」
イザベルがニコニコしながらジョゼを見つめる。鼻歌を歌いながら菓子を作っているのは、大変珍しいことだったらしい。
「今日、お父様が国王陛下に呼ばれていることと何か関係がある?」
「うふふ、そうねぇ」
杏のシロップ漬けをつまみ食いしていたアレクサンドラが、慌てて顔を上げる。
「まさか……ジョゼお姉様、結婚なさるの?」
「国王陛下直々に? 国外の貴族の方かしら?」
「ふふ、どうかしら」
シロップと玉子などを混ぜ合わせ、粉をふるいながら、ジョゼは微笑む。
国王が父ロベール伯爵を王宮に招いたということは、サフィールとジョゼの結婚を国王が許したということだ。それを、ロベール伯爵にも認めるように伝えるための招聘だ。
義理の娘が第一王子の妃となるのだから、伯爵は喜ぶことだろう。ロベール伯爵家は王家の親族となるのだから。
「ジョゼお姉様が結婚するなんて嫌よ。わたし、もっとお姉様たちと一緒にいたいのに」
「サンドラったら。十五にもなるのにお姉様にべったりだと、社交界デビューをしたあとの茶会や夜会で笑われてしまうわよ。お姉様は十九歳なのだから、結婚適齢期なの。いつ結婚してもおかしくはないのよ」
イザベルがアレクサンドラを諭している。それでも、末娘は「嫌だ、嫌だ」と繰り返す。
「そんなこと言ったって仕方がないの。結婚したあとでも、三姉妹で仲良くすればいいじゃないの」
「でも、ベルお姉様。それでは、ずっと一緒にはいられないでしょう? ジョゼお姉様やベルお姉様が国外へ嫁いでいってしまったら、すぐに会うことすらできなくなってしまう……!」
「まあ。わたしたちとずっと一緒にいたいの? 可愛いことを言うのねぇ、サンドラったら」
妹たちの戯れは、何とも可愛らしいものだ。ジョゼは焼き型に生地を流し込みながら、微笑む。
「もっとお姉様たちと出会うのが早ければよかったんだわ」
「そうねぇ。伯爵とお母様の再婚が早ければ、もっと長く一緒に過ごせるわねぇ」
かまどの火加減を見ながら、ジョゼはただ、杏のケーキを美味しそうに頬張るサフィールの顔だけを思い出していた。
――結婚する前が一番幸せなのかもしれないわね。
いずれ不幸が訪れるにしても、この時間だけはとても幸せだったのだ。とても。
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