ハッピーエンドをさがして ~バッドエンドを繰り返す王子と令嬢は今度こそ幸せになりたい~

千咲

文字の大きさ
上 下
12 / 37
一章 ジョゼフィーヌ○○エンド

012.いつもと違う、婚約

しおりを挟む
「す、少し、待って、ほしいの」
「なぜ?」
「だって、サフは幸福な結末を迎えたいだけでしょう?」
「それは当然のことではないか」
「じゃあ、別に、わたくしではなくても」

 ――そうよ。きっと、幸福な一生を手に入れたいがために、サフは手当たり次第に声をかけているのではないかしら。

「いや、ジョゼがいい」
「不幸になるかもしれないわ」
「構わない。それでも、ジョゼがいい」

 ジョゼは初めて恐怖を感ずる。
 サフィールと結婚したとしても、互いが幸福になるとは限らない。「幸福であらねば」と気を張りながら生きていくことは、果たして幸福なのだろうか。
 そして、一度でも結婚をしてしまうと、やはり情が芽生えてしまう。アルジャンに感じたときめきは、おそらく、幸福だったときの記憶のせいだ。

「だって、サフとの結婚が不幸な結末だったとしたら、次のときにどういう顔で……どうやって接すればいいの?」
「それは」
「お互いを深くに愛してしまって、それでも不幸な結婚だったとしたら? わたくしの記憶の中に、心の中に、ずっとサフが残り続けるのだとしたら?」

 ジョゼの肩が、手が、声までもが、震える。

「わたくしは、次の人生で、あなたと結婚する人に嫉妬してしまうかもしれないわ。そうなると、わたくしの結婚は、ずっと不幸なままで終わってしまう」
「ジョゼ……」
「わたくしには、そんな覚悟はできないの。怖くて怖くて、震えてしまう」
「そんなことを考えていたのか」

 ――わたくしはそんなことばかり考えているわ。サフは違うというの?

 同じように記憶を持ち合わせていても、サフィールの考え方は違うらしい。その事実にジョゼは絶望する。

「俺は、想像したことすらなかった。『真に愛する者』がジョゼなのかもしれないと思った瞬間から、もうジョゼを手に入れることしか考えていなかった」
「わたくしたちが普通なら、それで構わないでしょう。けれど、わたくしたちは、普通ではないの」
「すまない、ジョゼ。俺は、この結婚の結末がどうなっても構わない。それでも、きみのそばにいたい」

 サフィールがジョゼを抱きしめる。彼の行動も、言葉も、ジョゼは拒絶することができない。

「ジョゼが覚悟できないと言うのなら、俺が覚悟をしよう。今からずっと、ジョゼを愛し続けると、愛し抜くと、聖母神様に誓う」
「サフ……」
「どんな結末になっても、俺はジョゼを諦めない。何度不幸になったとしても、きみと幸福な結末を探したい」
「あぁ、サフ……!」

 ジョゼもぎゅうとサフィールを抱きしめる。
 誰かから、そう言ってもらいたかったのかもしれない。幸福な結末ではないかもしれないが、それでもあなたを愛したい、と。

「ジョゼ、もうアルジャンに返事をした?」
「……いえ。そもそも、アルからは求婚されていないんだもの」
「は? 求婚していない!? それなのに、あいつはキスをしたのか!?」
「キスもしていないわよ」

 サフィールは「嘘だろ、てっきり、俺」と顔を真っ赤にしてジョゼを強く抱きしめる。どうやら勝手に勘違いをして突っ走っていたらしい。

「ジョゼ、好きだ。俺と結婚してほしい」

 ようやく、ジョゼは覚悟を決めた。それを伝えるための言葉は、一つしかない。

「ええ、結婚しましょう」

 サフィールの濃い藍色の瞳が近づく。ジョゼは瞳を閉じ、柔らかく熱い唇を受け入れる。待ち受ける結末が輝かしいものであるものと、信じながら。



「お姉様、何かいいことがあったのでしょう?」

 イザベルがニコニコしながらジョゼを見つめる。鼻歌を歌いながら菓子を作っているのは、大変珍しいことだったらしい。

「今日、お父様が国王陛下に呼ばれていることと何か関係がある?」
「うふふ、そうねぇ」

 杏のシロップ漬けをつまみ食いしていたアレクサンドラが、慌てて顔を上げる。

「まさか……ジョゼお姉様、結婚なさるの?」
「国王陛下直々に? 国外の貴族の方かしら?」
「ふふ、どうかしら」

 シロップと玉子などを混ぜ合わせ、粉をふるいながら、ジョゼは微笑む。
 国王が父ロベール伯爵を王宮に招いたということは、サフィールとジョゼの結婚を国王が許したということだ。それを、ロベール伯爵にも認めるように伝えるための招聘だ。
 義理の娘が第一王子の妃となるのだから、伯爵は喜ぶことだろう。ロベール伯爵家は王家の親族となるのだから。

「ジョゼお姉様が結婚するなんて嫌よ。わたし、もっとお姉様たちと一緒にいたいのに」
「サンドラったら。十五にもなるのにお姉様にべったりだと、社交界デビューをしたあとの茶会や夜会で笑われてしまうわよ。お姉様は十九歳なのだから、結婚適齢期なの。いつ結婚してもおかしくはないのよ」

 イザベルがアレクサンドラを諭している。それでも、末娘は「嫌だ、嫌だ」と繰り返す。

「そんなこと言ったって仕方がないの。結婚したあとでも、三姉妹で仲良くすればいいじゃないの」
「でも、ベルお姉様。それでは、ずっと一緒にはいられないでしょう? ジョゼお姉様やベルお姉様が国外へ嫁いでいってしまったら、すぐに会うことすらできなくなってしまう……!」
「まあ。わたしたちとずっと一緒にいたいの? 可愛いことを言うのねぇ、サンドラったら」

 妹たちの戯れは、何とも可愛らしいものだ。ジョゼは焼き型に生地を流し込みながら、微笑む。

「もっとお姉様たちと出会うのが早ければよかったんだわ」
「そうねぇ。伯爵とお母様の再婚が早ければ、もっと長く一緒に過ごせるわねぇ」

 かまどの火加減を見ながら、ジョゼはただ、杏のケーキを美味しそうに頬張るサフィールの顔だけを思い出していた。

 ――結婚する前が一番幸せなのかもしれないわね。

 いずれ不幸が訪れるにしても、この時間だけはとても幸せだったのだ。とても。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

姫の歳月〜貴公子に見染められた異形の姫は永遠の契りで溺愛される

花野未季
恋愛
最愛の母が亡くなる際に、頭に鉢を被せられた “鉢かぶり姫” ーー以来、彼女は『異形』と忌み嫌われ、ある日とうとう生家を追い出されてしまう。 たどり着いた貴族の館で、下働きとして暮らし始めた彼女を見染めたのは、その家の四男坊である宰相君。ふたりは激しい恋に落ちるのだが……。 平安ファンタジーですが、時代設定はふんわりです(゚∀゚) 御伽草子『鉢かづき』が原作です(^^; 登場人物は元ネタより増やし、キャラも変えています。 『格調高く』を目指していましたが、どんどん格調低く(?)なっていきます。ゲスい人も場面も出てきます…(°▽°) 今回も山なしオチなし意味なしですが、お楽しみいただけたら幸いです(≧∀≦) ☆参考文献)『お伽草子』ちくま文庫/『古語辞典』講談社 ☆表紙画像は、イラストAC様より“ くり坊 ” 先生の素敵なイラストをお借りしています♪

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

お飾り妻宣言した氷壁の侯爵様が、猫の前でドロドロに溶けて私への愛を囁いてきます~癒されるとあなたが吸ってるその猫、呪いで変身した私です~

めぐめぐ
恋愛
貧乏伯爵令嬢レヴィア・ディファーレは、暗闇にいると猫になってしまう呪いをもっていた。呪いのせいで結婚もせず、修道院に入ろうと考えていた矢先、とある貴族の言いがかりによって、借金のカタに嫁がされそうになる。 そんな彼女を救ったのは、アイルバルトの氷壁侯爵と呼ばれるセイリス。借金とディファーレ家への援助と引き換えに結婚を申し込まれたレヴィアは、背に腹は代えられないとセイリスの元に嫁ぐことになった。 しかし嫁いできたレヴィアを迎えたのは、セイリスの【お飾り妻】宣言だった。 表情が変わらず何を考えているのか分からない夫に恐怖を抱きながらも、恵まれた今の環境を享受するレヴィア。 あるとき、ひょんなことから猫になってしまったレヴィアは、好奇心からセイリスの執務室を覗き、彼に見つかってしまう。 しかし彼は満面の笑みを浮かべながら、レヴィア(猫)を部屋に迎える。 さらにレヴィア(猫)の前で、レヴィア(人間)を褒めたり、照れた様子を見せたりして―― ※土日は二話ずつ更新 ※多分五万字ぐらいになりそう。 ※貴族とか呪いとか設定とか色々ゆるゆるです。ツッコミは心の中で(笑) ※作者は猫を飼ったことないのでその辺の情報もゆるゆるです。 ※頭からっぽ推奨。ごゆるりとお楽しみください。

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。

待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。 父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。 彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。 子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。

処理中です...