上 下
8 / 37
一章 ジョゼフィーヌ○○エンド

008.サフィールからの手紙

しおりを挟む
 ジョゼがサフィールと密会した翌日、フランペル王家の紋章の封蝋がついた手紙が送られてきた。立派な二頭立て馬車を見て興奮したのは、イザベルだけだ。なぜかアレクサンドラははしゃぐことなく、眉間に皺を寄せてジョゼを睨んでいる。

「どうしたの、サンドラ?」
「お手紙にはなんて書いてあるのです? 先日お会いしたという、銀の王子様からのお手紙なの?」

 残念ながら、封蝋は青い。両親の期待を裏切り、届いたのは青の王子ことサフィールからの手紙だ。昨日、「贈り物をするならきちんと手紙を書くように」と指摘したため、礼儀正しく手紙を寄越したのだろう。
 どんなことが書いてあるかわからないため、ジョゼは居間では開封せず自室へと戻ろうとする。

「ジョゼお姉様、それはもしかして、求婚のお手紙なの?」
「ふふ。まさか」
「ダメ、ダメです、結婚なんて!」

 ジョゼが階段を上ると、アレクサンドラが追いかけてくる。ジョゼの私室は三階にある。私室へ向かう間、アレクサンドラは「結婚しないで」とジョゼにすがってくる。

「どうしたの、サンドラ」
「わたし、お姉様たちともっと一緒にいたい! だって、今はとても幸せなんですもの! お姉様が結婚して家を出ていくなんて、イヤ!」

 アレクサンドラの母が亡くなったあと、伯爵は多忙を理由に使用人たちにアレクサンドラの世話を任せていた。使用人たちからは愛されようと、両親からの愛情を身に受けることなく育ったアレクサンドラは、家族の愛というものに飢えている。
 その飢えを満たしたのは、ジョゼの家族だ。

 新たなロベール伯爵夫人は、継母としてアレクサンドラを甘やかし、ときに厳しく接している。王都での夫人間の交流の結果を余すところなく三姉妹に教え、時流に遅れないように流行を取り入れている。三姉妹に十分な教養を身に着けさせるために、結婚式の前から一流の家庭教師を手配している。
 イザベルは一つ下のアレクサンドラが可愛くて仕方がない様子で、朝から晩まで彼女のそばにいる。厳しい家庭教師からアレクサンドラを守っているのも、彼女だ。
 多忙な伯爵は、夫人や子どもたちがアレクサンドラの面倒を見ていることを、好ましいものと認識しているようだ。今まで娘の教育にお金や時間を使っていなかったことを恥じ、夫人の言いなりになって金を捻出している。

 この環境が、アレクサンドラにとってはとても居心地がいいものなのだろう。末娘は、新しい家族を歓迎し、その形が失われるのを恐れているように見える。

「大丈夫よ、サンドラ。わたくしはまだ結婚しないわ」
「本当に?」
「ええ。けれど、サンドラもいつか結婚するでしょう? いずれロベール伯爵家を継ぐか、嫁いでいくかを決めなければならないのよ」

 三階の廊下で、ジョゼはそんなふうにアレクサンドラを諭す。アレクサンドラは涙を浮かべて、首を左右に振る。

「そんなっ、そんなこと、言わないで。わたしはもっとお姉様たちと一緒にいたい。お姉様、結婚なんてしないで。わたしも結婚したくないの」
「ふふ。お父様が聞いたら卒倒なさるわね」
「お父様はわたしを駒だと思っているの。政治のために動かされる駒。そんな結婚なら、したくないわ」
「大丈夫よ、あなたはちゃんと幸せな結婚を……」

 しかし、ジョゼはふと気づく。
 サフィールとアレクサンドラの結婚は、幸福な結末には至らない。サフィールにとっても、アレクサンドラにとっても、不幸な結婚となったはずだ。

「結婚なんてしたくありません! この家で、ずっとお姉様たちと暮らしたいの!」

 ジョゼにはそれが、不幸な結婚をしたアレクサンドラの魂の叫びのように思える。結婚なんてしたくない、今のまま幸福を感じながら暮らしたい、と。

「困ったわね。説得できないじゃないの」

 泣き出しそうなアレクサンドラを抱きしめ、ジョゼは困ったように微笑むのだった。



 サフィールから送られてきた手紙は何とも簡素なものだ。季節の挨拶も、美辞麗句も並んでいない。
 その文面を見て、ジョゼは「サフらしい」と笑う。

=====

 親愛なるジョゼ

 結婚はやはり選択の連続だ。
 婚姻が持続しようとも心が離れては意味がない。
 仕方ないと諦めるのは簡単だが、
 ようやく俺も覚悟を決めた。
 うそ偽りなく『真に愛する者』に愛を捧ぐ。

 いつもと違う選択をする男、サフ

=====

 サフィールもどうやら「いつもと違う選択」をすることに決めたようだ。ただ、彼の決めた選択が何なのかはわからない。彼が誰を愛しているのかもわからないが、アレクサンドラでないことだけは確かだ。

「お姉様! 王家の使者がしきりに『縦に読んでください』と仰っているわよ!」

 扉の向こうで、イザベルの声がする。どうやら、王家の使者は帰らず、ジョゼの返事を待っているらしい。

「縦……?」

 インクをペンにつけ、便箋に返事を書こうとしていたジョゼは、再度サフィールの手紙に目を走らせる。

 ――あのとき、お母様はなんて仰っていたかしら? 確か、手紙の中に暗号を隠すのが流行りだとか……。

「……え?」

 便箋に大きなインクの染みが落ちてしまっても、ジョゼは気にすることなく――そんな些末なことが気にならないくらいの衝撃を受けていた。

「おねえさまぁー!」
「ま、待って……これは」
「お返事、どうなさいますのー!? そろそろクッキーが焼き上がる頃ですわよー!」

 イザベルの催促に気づき、ジョゼは混乱したまま新しい便箋にペンを走らせる。

=====

 少々
 お待ちください

=====

 そうして、ジョゼは慌ててその手紙を使者に託すのだった。受け取ったサフィールが混乱し「しお?」と小首を傾げることを、想像すらしないで。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました

ミズメ
恋愛
 感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。  これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。  とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?  重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。 ○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない

かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、 それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。 しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、 結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。 3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか? 聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか? そもそも、なぜ死に戻ることになったのか? そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか… 色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、 そんなエレナの逆転勝利物語。

処理中です...