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一章 ジョゼフィーヌ○○エンド
008.サフィールからの手紙
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ジョゼがサフィールと密会した翌日、フランペル王家の紋章の封蝋がついた手紙が送られてきた。立派な二頭立て馬車を見て興奮したのは、イザベルだけだ。なぜかアレクサンドラははしゃぐことなく、眉間に皺を寄せてジョゼを睨んでいる。
「どうしたの、サンドラ?」
「お手紙にはなんて書いてあるのです? 先日お会いしたという、銀の王子様からのお手紙なの?」
残念ながら、封蝋は青い。両親の期待を裏切り、届いたのは青の王子ことサフィールからの手紙だ。昨日、「贈り物をするならきちんと手紙を書くように」と指摘したため、礼儀正しく手紙を寄越したのだろう。
どんなことが書いてあるかわからないため、ジョゼは居間では開封せず自室へと戻ろうとする。
「ジョゼお姉様、それはもしかして、求婚のお手紙なの?」
「ふふ。まさか」
「ダメ、ダメです、結婚なんて!」
ジョゼが階段を上ると、アレクサンドラが追いかけてくる。ジョゼの私室は三階にある。私室へ向かう間、アレクサンドラは「結婚しないで」とジョゼにすがってくる。
「どうしたの、サンドラ」
「わたし、お姉様たちともっと一緒にいたい! だって、今はとても幸せなんですもの! お姉様が結婚して家を出ていくなんて、イヤ!」
アレクサンドラの母が亡くなったあと、伯爵は多忙を理由に使用人たちにアレクサンドラの世話を任せていた。使用人たちからは愛されようと、両親からの愛情を身に受けることなく育ったアレクサンドラは、家族の愛というものに飢えている。
その飢えを満たしたのは、ジョゼの家族だ。
新たなロベール伯爵夫人は、継母としてアレクサンドラを甘やかし、ときに厳しく接している。王都での夫人間の交流の結果を余すところなく三姉妹に教え、時流に遅れないように流行を取り入れている。三姉妹に十分な教養を身に着けさせるために、結婚式の前から一流の家庭教師を手配している。
イザベルは一つ下のアレクサンドラが可愛くて仕方がない様子で、朝から晩まで彼女のそばにいる。厳しい家庭教師からアレクサンドラを守っているのも、彼女だ。
多忙な伯爵は、夫人や子どもたちがアレクサンドラの面倒を見ていることを、好ましいものと認識しているようだ。今まで娘の教育にお金や時間を使っていなかったことを恥じ、夫人の言いなりになって金を捻出している。
この環境が、アレクサンドラにとってはとても居心地がいいものなのだろう。末娘は、新しい家族を歓迎し、その形が失われるのを恐れているように見える。
「大丈夫よ、サンドラ。わたくしはまだ結婚しないわ」
「本当に?」
「ええ。けれど、サンドラもいつか結婚するでしょう? いずれロベール伯爵家を継ぐか、嫁いでいくかを決めなければならないのよ」
三階の廊下で、ジョゼはそんなふうにアレクサンドラを諭す。アレクサンドラは涙を浮かべて、首を左右に振る。
「そんなっ、そんなこと、言わないで。わたしはもっとお姉様たちと一緒にいたい。お姉様、結婚なんてしないで。わたしも結婚したくないの」
「ふふ。お父様が聞いたら卒倒なさるわね」
「お父様はわたしを駒だと思っているの。政治のために動かされる駒。そんな結婚なら、したくないわ」
「大丈夫よ、あなたはちゃんと幸せな結婚を……」
しかし、ジョゼはふと気づく。
サフィールとアレクサンドラの結婚は、幸福な結末には至らない。サフィールにとっても、アレクサンドラにとっても、不幸な結婚となったはずだ。
「結婚なんてしたくありません! この家で、ずっとお姉様たちと暮らしたいの!」
ジョゼにはそれが、不幸な結婚をしたアレクサンドラの魂の叫びのように思える。結婚なんてしたくない、今のまま幸福を感じながら暮らしたい、と。
「困ったわね。説得できないじゃないの」
泣き出しそうなアレクサンドラを抱きしめ、ジョゼは困ったように微笑むのだった。
サフィールから送られてきた手紙は何とも簡素なものだ。季節の挨拶も、美辞麗句も並んでいない。
その文面を見て、ジョゼは「サフらしい」と笑う。
=====
親愛なるジョゼ
結婚はやはり選択の連続だ。
婚姻が持続しようとも心が離れては意味がない。
仕方ないと諦めるのは簡単だが、
ようやく俺も覚悟を決めた。
うそ偽りなく『真に愛する者』に愛を捧ぐ。
いつもと違う選択をする男、サフ
=====
サフィールもどうやら「いつもと違う選択」をすることに決めたようだ。ただ、彼の決めた選択が何なのかはわからない。彼が誰を愛しているのかもわからないが、アレクサンドラでないことだけは確かだ。
「お姉様! 王家の使者がしきりに『縦に読んでください』と仰っているわよ!」
扉の向こうで、イザベルの声がする。どうやら、王家の使者は帰らず、ジョゼの返事を待っているらしい。
「縦……?」
インクをペンにつけ、便箋に返事を書こうとしていたジョゼは、再度サフィールの手紙に目を走らせる。
――あのとき、お母様はなんて仰っていたかしら? 確か、手紙の中に暗号を隠すのが流行りだとか……。
「……え?」
便箋に大きなインクの染みが落ちてしまっても、ジョゼは気にすることなく――そんな些末なことが気にならないくらいの衝撃を受けていた。
「おねえさまぁー!」
「ま、待って……これは」
「お返事、どうなさいますのー!? そろそろクッキーが焼き上がる頃ですわよー!」
イザベルの催促に気づき、ジョゼは混乱したまま新しい便箋にペンを走らせる。
=====
少々
お待ちください
=====
そうして、ジョゼは慌ててその手紙を使者に託すのだった。受け取ったサフィールが混乱し「しお?」と小首を傾げることを、想像すらしないで。
「どうしたの、サンドラ?」
「お手紙にはなんて書いてあるのです? 先日お会いしたという、銀の王子様からのお手紙なの?」
残念ながら、封蝋は青い。両親の期待を裏切り、届いたのは青の王子ことサフィールからの手紙だ。昨日、「贈り物をするならきちんと手紙を書くように」と指摘したため、礼儀正しく手紙を寄越したのだろう。
どんなことが書いてあるかわからないため、ジョゼは居間では開封せず自室へと戻ろうとする。
「ジョゼお姉様、それはもしかして、求婚のお手紙なの?」
「ふふ。まさか」
「ダメ、ダメです、結婚なんて!」
ジョゼが階段を上ると、アレクサンドラが追いかけてくる。ジョゼの私室は三階にある。私室へ向かう間、アレクサンドラは「結婚しないで」とジョゼにすがってくる。
「どうしたの、サンドラ」
「わたし、お姉様たちともっと一緒にいたい! だって、今はとても幸せなんですもの! お姉様が結婚して家を出ていくなんて、イヤ!」
アレクサンドラの母が亡くなったあと、伯爵は多忙を理由に使用人たちにアレクサンドラの世話を任せていた。使用人たちからは愛されようと、両親からの愛情を身に受けることなく育ったアレクサンドラは、家族の愛というものに飢えている。
その飢えを満たしたのは、ジョゼの家族だ。
新たなロベール伯爵夫人は、継母としてアレクサンドラを甘やかし、ときに厳しく接している。王都での夫人間の交流の結果を余すところなく三姉妹に教え、時流に遅れないように流行を取り入れている。三姉妹に十分な教養を身に着けさせるために、結婚式の前から一流の家庭教師を手配している。
イザベルは一つ下のアレクサンドラが可愛くて仕方がない様子で、朝から晩まで彼女のそばにいる。厳しい家庭教師からアレクサンドラを守っているのも、彼女だ。
多忙な伯爵は、夫人や子どもたちがアレクサンドラの面倒を見ていることを、好ましいものと認識しているようだ。今まで娘の教育にお金や時間を使っていなかったことを恥じ、夫人の言いなりになって金を捻出している。
この環境が、アレクサンドラにとってはとても居心地がいいものなのだろう。末娘は、新しい家族を歓迎し、その形が失われるのを恐れているように見える。
「大丈夫よ、サンドラ。わたくしはまだ結婚しないわ」
「本当に?」
「ええ。けれど、サンドラもいつか結婚するでしょう? いずれロベール伯爵家を継ぐか、嫁いでいくかを決めなければならないのよ」
三階の廊下で、ジョゼはそんなふうにアレクサンドラを諭す。アレクサンドラは涙を浮かべて、首を左右に振る。
「そんなっ、そんなこと、言わないで。わたしはもっとお姉様たちと一緒にいたい。お姉様、結婚なんてしないで。わたしも結婚したくないの」
「ふふ。お父様が聞いたら卒倒なさるわね」
「お父様はわたしを駒だと思っているの。政治のために動かされる駒。そんな結婚なら、したくないわ」
「大丈夫よ、あなたはちゃんと幸せな結婚を……」
しかし、ジョゼはふと気づく。
サフィールとアレクサンドラの結婚は、幸福な結末には至らない。サフィールにとっても、アレクサンドラにとっても、不幸な結婚となったはずだ。
「結婚なんてしたくありません! この家で、ずっとお姉様たちと暮らしたいの!」
ジョゼにはそれが、不幸な結婚をしたアレクサンドラの魂の叫びのように思える。結婚なんてしたくない、今のまま幸福を感じながら暮らしたい、と。
「困ったわね。説得できないじゃないの」
泣き出しそうなアレクサンドラを抱きしめ、ジョゼは困ったように微笑むのだった。
サフィールから送られてきた手紙は何とも簡素なものだ。季節の挨拶も、美辞麗句も並んでいない。
その文面を見て、ジョゼは「サフらしい」と笑う。
=====
親愛なるジョゼ
結婚はやはり選択の連続だ。
婚姻が持続しようとも心が離れては意味がない。
仕方ないと諦めるのは簡単だが、
ようやく俺も覚悟を決めた。
うそ偽りなく『真に愛する者』に愛を捧ぐ。
いつもと違う選択をする男、サフ
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サフィールもどうやら「いつもと違う選択」をすることに決めたようだ。ただ、彼の決めた選択が何なのかはわからない。彼が誰を愛しているのかもわからないが、アレクサンドラでないことだけは確かだ。
「お姉様! 王家の使者がしきりに『縦に読んでください』と仰っているわよ!」
扉の向こうで、イザベルの声がする。どうやら、王家の使者は帰らず、ジョゼの返事を待っているらしい。
「縦……?」
インクをペンにつけ、便箋に返事を書こうとしていたジョゼは、再度サフィールの手紙に目を走らせる。
――あのとき、お母様はなんて仰っていたかしら? 確か、手紙の中に暗号を隠すのが流行りだとか……。
「……え?」
便箋に大きなインクの染みが落ちてしまっても、ジョゼは気にすることなく――そんな些末なことが気にならないくらいの衝撃を受けていた。
「おねえさまぁー!」
「ま、待って……これは」
「お返事、どうなさいますのー!? そろそろクッキーが焼き上がる頃ですわよー!」
イザベルの催促に気づき、ジョゼは混乱したまま新しい便箋にペンを走らせる。
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少々
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そうして、ジョゼは慌ててその手紙を使者に託すのだった。受け取ったサフィールが混乱し「しお?」と小首を傾げることを、想像すらしないで。
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