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篠宮小夜の受難(三十七)

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 あたたかい。
 人の肌のあたたかさだ。
 気持ちいい。
 このまままどろんでいたい。
 ……今日は予定があった気がする。

「ん」

 スマートフォンを取ろうとして手を上げようとした瞬間に、暖かいものに触れた。驚いて目を開けると、誰かの唇が目の前にあった。

「!?」

 顔の持ち主を慌てて見上げると、里見宗介。礼二ではない。ビックリした。
 宗介の腕枕で、彼と裸で抱き合っている。少し足を動かして確認すると、お互いに下着は穿いている。ようだ。
 Tシャツを着て寝たはずなのに、見当たらない。……脱がされた? 油断も隙もありゃしない。

 それにしても……私、二週間で落ちたのか。
 宗介の六年間の執念が実ったということだ。
 情けないやら、恥ずかしいやらで、とても複雑な気分だ。

 宗介の髭は薄い。少ししか生えていない。一日くらい剃らなくても大丈夫そうだ。指で髭を触ると、ジョリジョリしている。痛い。
 あ、まつ毛長い。うらやましい。鼻毛は出ていないけど、鼻の穴は、へえ、そんな形。あ、ほくろ発見。眉毛に近いし小さいから目立たないんだなぁ。耳朶は柔らかい。福耳ではないけれど。
 腕も胸も筋肉質だ。鍛えているのだろうか。お腹は、若干、肉付きがよいけれど。

「……」

 少し宗介の下に向かって体を動かして、胸元にちゅうと吸い付く。肌を吸い上げたあと、唇を離して、赤い痕を確認してニヤリと笑う。それを何箇所か繰り返して、昨日つけられた仕返しとばかりにキスマークをつけておく。
 宗介は起きない。
 キスマーク三つ目くらいで起きるかと思っていたのに。もしかしたら、低血圧で朝が弱いのかもしれない。
 今日は朝に何を食べようかな。パン? ごはん? 宗介はどっちがいい?

「んん」

 宗介が身じろぎをして私をぎゅうと抱きしめる。肌が触れ合う。宗介の腕が私の腰を抱く。ぞくぞくする。
 ペロリと宗介の下唇を舐めてみる。ちょっとかさついている。下唇を甘く食んでみる。

「ん」

 宗介は起きない。
 仕方がないので、頬に手を添えて唇にキスをする。ちょっと唇が動いた?

「小夜」
「わ」

 いきなり名前を呼ばれてビックリした。
 しっかり目を開けた宗介が私を見つめている。もしかして、たぬき寝入りでした?

「もっと」

 甘い声色でキスをねだられると、拒否できない。何度か唇を重ね、舌を迎え入れていると、宗介がそっと私の上に乗ってくる。ベッドで組み敷かれてするキスは、好き。
 太ももにわざと当てられたボクサーパンツの中は、硬く熱い。まぁ、朝、だもんなぁ。

「……ゴムは残ってるよ」
「……挿入(いれ)たい?」
「もちろん。いつでも」

 煽ったのは、私? それとも、生理現象に乗っかっただけ? どちらでもいい。
 胸の先端を宗介が舐めて捏ねて甘く噛むから、私の体も少しずつ彼を受け入れる準備が整っていく。刺激を受けてすぐ濡れるのは、便利なようだけれど、欲しがりなようにも思えて恥ずかしい。

「……そーすけ」
「いい?」
「ん、おいで」

 前戯もそこそこに、濡れた蜜口に皮膜付きの楔が突き立てられる。宗介の滾った肉棒を、膣は難なく飲み込んでいく。その形さえ覚えてしまったかのように、宗介の質量を咥え込むことに痛みはない。すぐに馴染む。

「っあ、あぁ……」
「痛くない? 大丈夫?」
「だい、じょぶ。筋肉痛、のほうが、辛い」
「昨日の?」
「……久しぶり、だったのにっ、あんなに、激しくされ……っ、酷いっ」

 体、特に下半身の違和感は、筋肉痛。久しく動かしていない筋肉を昨日無理やり動かされて、体が悲鳴をあげたのだ。

「久しぶりだったの? どれくらいしていなかったの?」
「……二ヶ月くらい、かな……」
「へぇ。高村礼二とはセックスレスだったんだね。嬉しい」

 何が嬉しくて、どこに喜ぶべき要素があったのかは私には全くわからないけれど、宗介は満足そうに笑う。

「俺がぜんぶ上書きするから」
「あっ、おく、んんんっ!」

 雨の日の朝、薄暗いベッドの上で、ただただお互いの熱を欲して貪り合う。
 奥まで、奥まで、一番奥まで、来て。
 獣のように荒く短い呼吸を吐き出しながら、その甘美な交わりに没頭する。
 なんて気持ちのいい行為――。

「ねぇ、小夜」
「あっん、な、に?」

 ゆっくり、お互いを高め合いながら、じっくり、キスをしながら、求め合う。

「好き、って言って」
「……」
「言って」

 昨日の夜、寝ぼけながら言った言葉を、再度言わされるのは恥ずかしい。けれど、たぶん、宗介はそれが欲しいのだ。欲しくてたまらないのだ。
 不安、なのだろう。
 私が宗介の立場なら、やっぱり言ってほしい。毎日でも、聞きたい。私を想う言葉を、恋人の口から、聞きたい。

「宗介」

 奥まで挿入して、子宮口をぐりぐりといじめながら、宗介は言葉を待つ。いや、だから、奥は、駄目だってば。

「好きよ」

 目が見開かれたあと、一瞬で宗介は破顔する。デレデレとした、しまりのない顔だ。

「小夜、もっと」
「好き」
「小夜、俺も好き」
「私も好き」

 ぎゅうぎゅうと抱き合って、高校生みたいに「好き」を言い合って、体の奥でお互いを感じ合う。幸せな時間だ。
 いつ好きになったのか、なんてわからない。一目惚れではないのだし、ただ絆されたのかもしれないし、本当によくわからない。
 宗介を好ましいと思い、触られても嫌だとは感じず、体の繋がりを求めている――それだけなら、恋人でなくても良いのだけれど。

 私、自分のことを棚に上げて、「宗介のセックスの手順が慣れているのは、他の女の人と経験があるに違いない」と思った瞬間に、ほんの一瞬だけ、「ムッ」としたのだ。
 ……嫉妬、したのだ。

 こんなに私を求めているのに、他の人と経験したの?
 その人は、どんな人?
 一人だけ? それとも、複数?
 私と、どう違った?

 ねぇ、宗介。
 私、そんな意地悪な質問をしてみたくて仕方がないの。
 もちろん、聞いたらちゃんと答えてくれるとわかっているから、聞きたくないのだけれど。

 心も体も手に入れたい、と思うくらいには、宗介のことが好き。

「あっ、あぁ、そーすけぇっ」
「小夜、気持ちいい」
「私もっ、きもち、い、っ」
「でも、俺以外のことを考えないで」
「!!」

 宗介が私の舌に噛み付く。痛い。血が出そう。
 目の中に宗介だけを映して、私は頷く。

「ごめ、っあ!」
「何を考えていたのかはあとで聞くから……今は、気持ち良くなって、小夜」
「っあああ!」

 胸の二つの先端を同時に指で摘まれて、背中がしなる。ほんとは指じゃなくて舌で蹂躙してほしい。あれは気持ちいい。
 でも、舌は私の口の中いっぱいに挿入ってきている。我慢、しなくちゃ。

「あ、キツくなってきた……小夜、イキそう?」

 浅めに突かれると、弱い部分に強い刺激――快楽がもたらされる。とてつもなく、気持ちいい。
 十分高まってしまっていると自覚している。わかっている。
 だから、あと少し――我慢。

「小夜、我慢しないで、おいで」

 宗介の優しげな目が私だけを映す。
 悔しいな。私、この先ずっとイカされ続けるんだろうな。
 どんどん体が馴染んでいって、お互いのものでなきゃ満足できなくなって、そういう生活に慣れていくんだろう。そのときには、「好き」も「愛してる」も、普通に言えるようになっているといいな。

「そーすけ、一緒に」
「……っ、小夜」

 一人じゃやだ。一緒にイキたい。
 私の願いは、宗介の官能に火をつけることができた?
 浅いところから深く深く膣内を穿ってくる肉茎は、擦れてぐじゅぐじゅと音を立て、その水音が二人の熱を煽る。

「小夜ッ」

 宗介が私の両足首を掴んで、自分の肩の上に乗せる。肉棒の当たる角度が、圧迫感が、一気に変わった。

「いっ!? ああぁああっ!」

 深すぎるっ!!
 宗介の先端が、子宮口を押し開くかのような――そんな痛みに、目の前が白く爆ぜる。
 手の甲を押し付けることで悲鳴を抑えて、深さゆえに生じる痛みを我慢して。朝からこんなハードな情事は辛い、と泣き言を噛みしめて。

「あぁ、小夜っ、ごめんっ」
「いっ、んんっ、く」
「止められないっ」

 大丈夫。痛みは我慢する。あとで説教だけど。
 私の体で気持ち良くなってくれるなら、それで構わないから。
 でも、圧迫感がすごい……硬くて太くて、奥で出したいと貪欲で。

「小夜……小夜……イク」

 ぐっと腰を掴んで、奥へ奥へと突き進んで、宗介は、恍惚の表情を浮かべて、果てた。

「はぁ、はぁ、っ、ごめん、小夜」

 私も荒く呼吸をしながら、宗介の行動を追う。
 足を投げ出してぐったりとした私から肉棒を引き抜いて、ティッシュで後始末をしたあと、起き上がろうとした私を笑顔で押し倒して、宗介は。

「我慢、できなかった……順番が逆になってごめん。いっぱいイカせてあげるから、気持ち良くなって」

 しとどに濡れた蜜口と花芽に、指を何本か宛がって――宗介はまた、私を、追い詰め始める。

「気を失うまで、貪ってあげる」

 宗介の真剣な視線に、彼の本気度を確認して、私は青ざめながらようやく叫んだ。

「朝から、これは、しんどいっ!!」

 もちろん、盛りのついた野獣には聞こえていなかったのか……拒絶はすべて、無駄だったのだけれど。
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