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篠宮小夜の受難(二十九)

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 一泊二日の研修は、宿泊施設が併設している研修会場で行われる。教育に関する講義や議論が主な内容になっており、他校との情報を共有する場でもある。
 ちょうど教育実習の時期なので、実習生が教採を受けないと嘆いたり、指導案がまともに書けないと憤慨したり、とにかく愚痴ばかりが行き交っていた。
 研修が終わったあとも、明日が休みだということで、「飲みに行こう」と計画している先生方がいたり、観光を計画している先生方がいたりで、ロビーは騒がしかった。
 私は手早く荷物をまとめ、ロビーの隅をそそくさとすり抜け、逃げるように研修会場をあとにした。

 東京行きの新幹線が来るまでにはまだ時間があったので、駅ナカのショッピングセンターでお土産を買おうとしたとき、「今日、里見くんの誕生日だ」と不意に思い出してしまった。
 さすがに、誕生日プレゼントを買わないわけにはいかない。ピアスも貰ってしまったのだし。
 職員全員に行き渡るようなお土産を選んで、別フロアへと向かう。何かないかなぁとキョロキョロしていると、ある雑貨屋の革製のキーケースが目に入った。
 そういえば、昔、お兄ちゃんの誕生日プレゼントを選びたい女の子を助けてあげたっけ、と思い出す。ちょうど今頃の時期だった。
 懐かしいなぁ。女の子の予算と家庭の事情に合わせて、合皮製のキーケースを選んだけれど、あのお兄ちゃんは喜んでくれたかな。喜んでくれていたらいいな。

 いやいや、それより里見くんのプレゼント!
 ネクタイ? 財布? 鞄? 時計? んー、何がいいだろう?
 ……まぁ、今一番彼が欲しいものは、リボンを巻いた私なんだろうけど。さすがに「プレゼントはわ・た・し」をやるには年齢的にも立場的にも痛すぎる。

「何かお探しですか?」

 尋ねてきた紳士服売り場の店員さんに、里見くんの特徴や年齢を伝えつつ、久々に浮き足立っているなぁと思って恥ずかしくなるのだった。


◆◇◆◇◆


 新幹線こだま号が東京駅に到着した時刻は十七時前。一時間もあればうちに着くなぁと思って、荷物を転がす。
 里見くんとは十九時に約束してある。着替えたりシャワーを浴びたりしても、十分間に合う。大丈夫。

 最寄り駅に着いて、さて、どうしようと思案する。
 雨はまだ降っている。スーツケースは防水だし、お土産も誕生日プレゼントもカバーのおかげで濡れないようにはなっているけれど、さすがに傘を差しながらは厳しい。慣れないヒール付きのパンプスも地味に痛い。靴ズレかな。スニーカーを持っていけばよかった。次回は持っていこう。
 やっぱりタクシーかなぁと思って乗り場へ行こうと傘を差したら。

「小夜先生」
「えっ、あ、里見くん!?」

 普段着の里見くんが傘を差して立っていた。あれ、待ち合わせはまだ先じゃ?

「荷物、持ちますよ」
「え」
「遠慮しないで」

 う、うわぁ、ありがとうございます!
 なんて、気が利く男の子なの!?
 スーツケースと職場へのお土産を里見くんに渡すと、私は本当に嬉しくなる。こんなふうにいたわってくれるなんて、ありがたい。

「ありがとう、里見くん!」
「どういたしまして」

 里見くんは目を細めて微笑んでくれた。
 独身寮までは徒歩十分ほどだ。ちなみに、駅から学園までは十五分くらい。駅から学園に向かう道にはコンビニや軽食店が多くあり、生徒たちもよく利用している。が、独身寮までは、違う通りを使ったほうが早い。
 里見くんは私の足元を見て、ゆっくり歩いてくれる。マメができたのか、足が痛い。あとで絆創膏貼らなきゃ。

「いつもスニーカーだから靴ズレしちゃいました」
「帰ったら手当てしましょうね」
「でも、どうして迎えに?」
「雨も降っていましたし、荷物もあると思いましたので。さすがに、靴ズレを起こしているとは思いませんでしたが」

 私は軽い誕生日プレゼントと傘だけ。里見くんの気遣いに、本当に嬉しくなる。

「帰りの時間伝えていましたっけ? 待ちました?」
「待つのは得意なので、大丈夫です」
「寒くなかったですか?」

 里見くんは一瞬の間のあと、ふ、と笑みを浮かべる。

「暖めてくれるんでしょう?」

 ぶわっと体が熱くなったのがわかった。
 独身寮まで、あと数十メートル。

「待っている間、楽しみで仕方ありませんでした」

 ガラガラとスーツケースの転がる音が狭い道路に響く。ストッキングが雨に濡れる。
 独身寮まで、あと十数メートル。

「小夜をどうやって気持ち良くさせてあげようかな、とか」

 傘に弾かれた雨粒の音が頭上で響く。それ以上に里見くんの甘い言葉が頭の中を侵食してくる。
 独身寮まで、あと数メートル。

「小夜はどんな声で啼いてくれるのかな、とか」

 あたりを見回して、エントランスにも道にも人がいないことを確認する。
 独身寮に、着く。

「小夜はどこが気持ちいいのかな、とか」

 エントランスのロックを外し、郵便受けのものを取り出す。
 部屋まで、あと三階。

「小夜はどんな味がするのかな、とか」

 閉じた傘から水滴がポタポタ落ちる。エレベーターは二人を乗せてぐんぐん上っていく。
 部屋まで、あと一階。

「小夜はどんな体位が好きかな、とか」

 エレベーターが三階に着く。ガラガラと音が響く。
 部屋まで、あと十数歩。

「小夜」

 手早く鍵を開けて、荷物を玄関の中に押し入れて。
 里見くんの腕が私を抱きしめる。そして、すぐに顔を近づけて、キスをする。
 傘が落ちる。足を振ってパンプスを落とす。ストッキングがまた濡れる。ぜんぶ、気にしない。

「っは」

 玄関の側壁に体が押し付けられて、里見くんの両手が私の手首を捕らえる。里見くんの体を抱きしめて温もりを感じたいのに、それが許されない。

「んんっ」

 舌を求め合って、唾液を吸い合って、お互いの意志を確認し合う。
 里見くんが手を解放してくれたので、ぎゅうと抱きつく。里見くんも私の体を抱きしめて、何度も背中を撫でてくれる。そして、そのままするりと腕を二人の体の隙間から差し込んで、私のスーツのジャケットのボタンを外す。
 キスをしたまま、私はジャケットを脱ぎ、廊下に落とす。皺になっても構わない。クリーニングに出すだけだ。里見くんは既にブラウスのボタンを外している。
 里見くんのTシャツの裾を捲り、素肌を触る。あまり肉のついていないお腹、背中。運動をしていたから筋肉質なのだろうか。羨ましい。私はぷにぷになのに。
 Tシャツをぐいと捲り上げて、里見くんに脱ぐように促す。一瞬だけキスを止めて、里見くんの上半身を裸にする。

「もう、止まりませんよ?」

 Tシャツを廊下に放り投げて、里見くんが噛みつくようなキスを落としてくる。ブラウスのボタンは既にぜんぶ外れている。

「止めないで」

 ブラウスを廊下に落として、キャミソール姿のまま里見くんに抱きつく。

「小夜っ」

 里見くんの筋肉質な腕が私の体を抱きしめる。いつもの国語準備室でのハグとは違う。今は薄い布しか隔たりがない。素肌が触れ合う面積が広くて、恥ずかしいけど、嬉しい。
 何度もキスをする。薄暗い玄関の前の廊下で、電気をつけることもなく、お互いの唇と舌の感触を確かめて、たまに壁に背中を打ち付けながら、貪り合う。

「んむっ」

 背中に里見くんの腕が伸びる。びくりと体が反応する。ぷちん、とブラのホックが外れる。里見くんはキャミソールは脱がさないまま、ブラだけ抜き去ろうとする。

「いっぱい痕がついてる」

 キスをしながら移動して、リビングにブラを落としたあとで、薄明かりの下に先日里見くんがつけた欲情の痕を見つけたようだ。里見くんは嬉しそうに笑う。
 これのせいで、私は研修会場の大浴場に時間をずらして入らなければならなかったのだ。困った人だ。

「ねぇ、小夜。見えないところに、たくさん俺の証を刻みたい」

 いいよ、と微笑んだ瞬間に、体が浮いた。思わず里見くんの首にしがみつく。里見くんは私を軽々と抱き上げて、歩き始める。
 お姫様抱っこなんて、初めてだ。薄暗い中でも危なげなく歩き、器用に寝室への扉を開けて、里見くんは私をベッドに押し倒した。

「好き」

 私の上に馬乗りになって、里見くんは何度も唇にキスを落とし、少しずつ位置を変えていく。
 頬に、首筋に、耳朶に、また首筋に、鎖骨に、キスをしながら、舐めたり、吸ったりする。キャミソールの上から胸をゆっくりと揉み、裾を捲りながらお腹に唇を寄せる。
 羞恥心よりもくすぐったい。脇腹を舐められたときは、思わず笑い声が漏れてしまった。

「里見くん、くすぐったいです」
「……小夜、名前で呼んで。敬語もやめて」

 熱っぽく潤んだ瞳で見上げられると、母性本能をくすぐられたかのような感覚に、キュンとしてしまう。
 その瞳が、ずっと私だけを映していて欲しい。そんな、呆れるような願いを飲み込む。

「……そう、すけ」
「うん」
「おいで」

 私は微笑んで、泣きそうな顔の宗介を見上げる。

「長かった……やっと、手に入れた」

 宗介は、震える声でそれだけ絞り出して、そっとキスをしてきた。

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