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97話、姉。

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「――血の繋がった姉弟じゃない」

 ショウの言葉の意味が理解できない。
 私たちに、血の繋がりが、ない?
 どういうこと?
 どういうこと?
 どういう、こと!?
 パニックになっている私に、ショウはどこから出してきたのか、一枚の紙を差し出してきた。

「戸籍謄本。マドカに黙っててもらうよう、父さんと母さんに頼んだのは、俺」

 ショウから戸籍謄本を受け取って、ソファに座って確認する。父さん、母さん、そして、私とショウの生まれてからの情報が載っている。
 私の続柄は――養女。
 養女?

「マドカの本当の母親は、マドカの母さんの、妹さんだった。結婚も認知もしてもらえず、産まれたばかりのマドカを置いて逃げたそうだよ。で、婚約中だったお姉さん――マドカの母さんが父さんと結婚して育てることになって、養女にしたんだ」
「……」
「それから、マドカの母さんは、マドカの成長を見ることなく交通事故で亡くなった。そのあと、父さんと俺の母さんが再婚したことはマドカも知っていると思う」

 私には三人の母親がいた、ということだ。生みの親と、育ての親が二人。私が本当の母親だと思っていた人は、私の伯母だった。

「本当は、父さんと母さんは、再婚を機にマドカを特別養子縁組することを希望していたんだ。でも、母さんの親戚がそれを許さなくて、再婚自体も許してくれなくて……だから、俺が産まれたあとに籍を入れることになった」
「なん、で」
「俺が知っているのか、って? 中学のときにパスポートを取るために、戸籍謄本を見たんだよ。で、父さんと母さんを問い詰めた。父さんと母さんは、マドカが社会人になったとき、成人したとき――そういう節目で話そうとしたんだけど、俺が止めてた」

 知らなかったのは、私だけだ。そういうことだ。

「俺とマドカは、姉弟じゃない。血の繋がりのない、他人なんだ」

 たにん。
 家族じゃなかった。
 私だけ、家族じゃ、なかった。
 だから、母さんの親戚とは仲が良くなくて、冠婚葬祭も私は出席しなくてよくて。
 だから、早く独り立ちできるように、四大ではなく短大に行って就職をして、認めてもらえるよう頑張ったのに。ぜんぶ無駄なことで。
 だから、母さんはあのとき「父さん、母さんって呼んでくれたじゃない?」と言ったんだ。父さんも血が繋がっていないから。
 だから、ショウは。

「俺は、ずっと前から、マドカが姉ちゃんじゃないって知る前から、マドカのことが好きだった。血が繋がっていないって知ったときから、もう、我慢できなくて……本当は言いたかった。本当の姉弟じゃないから、好きになっていいんだ、愛し合ってもいいんだ、って」

 戸籍謄本を取り上げて、ショウは私を抱きしめる。
 体が熱い。ショウが震えている。泣いているの?

「でも、マドカが自分にはもう家族がいないって知ったら傷つくと思って、言わなかった。俺の覚悟が決まるまで、言わないつもりだったんだ」

 ショウはそっと私の頬に触れて、髪をよける。そして、そのまま、唇を重ね合う。優しいキス。
 ねえ、覚悟って、何?
 ショウは、何を考えているの?
 私は、皆と血の繋がりなんてなくても、家族だって思っているよ?
 もう大人なんだから、血の繋がりがないから家族じゃない、なんて思わないよ?

「ショウ、私は……」
「マドカ」

 私の言葉を遮って、ショウは。

「結婚しよう」

 ……えっ?

「マドカと家族になりたいんだ」

 そんなに「家族」にこだわらなくても、私は全然構わないのに。ショウの中で、それはとても大事なことらしい。たぶん、私より気にして、私以上に執着している。 
 けれど、「姉じゃない」とわかって、ホッとしている私もいる。
 そっか……私、ショウの本当のお姉ちゃんじゃないんだ……。

「俺はもう、マドカなしでは生きられない。だから、マドカを手放すつもりはない」

 私も。
 抗ってみたけれど、体はどうしても、ショウを求めている。
 心だって、こんなに満たされている。
 この先にある幸せを望んでもいいのなら、私は――ショウ、あなたと生きていきたい。

「でも、俺が大学を卒業して、就職するまでは結婚はしない。ただ、もし、万が一、子どもができたら、すぐ結婚しよう。だから」

 ショウはニヤリと笑って。

「俺は、高梨マドカの人生を背負う予定で、告白します。高梨マドカさん、俺と、結婚を前提にお付き合いしましょう」
「……イエス以外の答えはありません」

 母さんの言葉。二人して覚えてしまった、恥ずかしい台詞。見つめ合って、笑う。

「わかってる? イエス以外は聞かないんだからね」
「……うん。ショウ」

 私からショウにキスをして。ぎゅうと抱きしめて。その熱に安心しながら、私は、この言葉をずっと言いたかったのだと、思う。
 そうでしょう?
 弟に、ずっと恋をしてきた、高梨マドカ。

「ショウ、私の家族に、なって?」
「よろこんで」

 額をこつんとぶつけて、私たちは唇を重ねる。

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